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エル・ゼロを名乗る者

ゲローを殺しスパイを片付けることに成功した私、マリー・ライングレッド。

安寧の時間が訪れ、暫くは誰も居ない草原でのんびり野ウサギと戯れたりとかできるのではないかと思っていた矢先に、そのニュースは飛び込んで来た。


「ベルディ共和国とカルダシア王国が戦争を始めた模様です」


かつてフランスの細菌学者であるルイ・パスツールは『科学と平和が、無知と戦争に勝利することを私は確信している』という言葉を遺しているが、残念なことにこの世界は科学という概念が未だにシャーマンが火の前で呪文を唱えながら神に祈りを捧げるのと同レベルで捉えられる世界である。

パスツール氏の言う、科学と平和が無知と戦争に勝利する日は一体いつになるのやらという話だ。


「ベルディ共和国。確か、デ・ヘカテス連邦陣営の国ですわよね?」


戦争開始の報を届けに来たバルグに私は尋ねる。

するとバルグは頷いた。


「連邦に忠実な国家の一つでありますな。今回の戦争も中立国家のカルダシア王国との国境付近で発生した小競り合いが原因であるようですぞ」


因みに中立国家とは、ダイナディア帝国に追従する『帝国陣営』とデ・ヘカテス連邦に追従する『連邦陣営』のどちらにの属さない第三者的立場の国家のことである。


いつの時代も、火事の元はちょっとした火花が原因なのだろう。

しかしラッキーなことにベルディ共和国とカルダシア王国は、ライングレッド王国から遠く離れた場所だ。ここから巨大なダイナディア帝国を大きく跨いだ場所にある両国の紛争が直接的にこの王国の平和を脅かすことはあるまい。


「軍隊派遣の要請は? 来るはずはありませんわよね?」


「ベルディ共和国は連邦陣営、カルダシア王国はどの国とも深い接点を持たない中立国家でありますが故、我が国に協力要請は来ておりませんな。しかしこの程度の戦争はよくあること。半月もすれば和平交渉で休戦までに至ることでしょう」


まあ、ようは我々はのんびり高みの見物をしていればよいということだろう。

私も今回の戦いにはあまり旨味を感じないし、余計な介入をするだけのメリットも感じないのでな。

と思い、私はバルグとの会話をその時点で打ち切ろうとした。


「しかしマリー殿。問題は、両国が戦争を開始するきっかけとなった火種で御座いまする」


ん? 戦争を始めた原因だと?

それが問題なのか?


「これを御覧くだされ。今日の朝に新聞屋が持って来た新聞で御座います」


それは萎びた紙に、掠れた文字が印字された新聞だった。

その一面には大きな写真の画と共にこんなことが書かれていた。


『殺人鬼エル・ゼロ襲来。ベルディの壁との全面対決を示唆か』


はあ!!??

ちょっと待て! これはどういうことだ!?

エル・ゼロは私のことだぞ!?


「昨晩、エル・ゼロと名乗る魔法使いがベルディ共和国とカルダシア王国の国境に位置する農村で殺戮を行ったと、この新聞には書いてありますな」


「一応、聞いておきますが⋯⋯」と言葉を続けるバルグ。


「マリー殿は、昨晩何処におられましたかな?」


「夢を見ながらぐっすり寝ておりましたわ。まさに、ここで」


実にいい夢を見れたぞ。

前世であのクソ本部長を福笑いみたいな顔になるまでボコボコにする夢だった。


「つまり、このエル・ゼロを名乗る者は⋯⋯」


「私とは全くの無関係。別人ですわね」


確かに私はかつてペルドット共和国を単騎で壊滅させた前科がある。それを知っているのはバルグのみであり、その悪行を行った人間を世間は『エル・ゼロ』と呼んでいるのも知っている。

しかし、もうこんなに早く模倣犯が現れるとは。しかも戦争を引き起こす火種になってしまうとはいよいよ『エル・ゼロ』の名前も世界屈指のお尋ね者の仲間入りか。


「大いに結構ですわ。好きにやらせておきなさい」


「よろしいのですか?」


「エル・ゼロの名前が広がるのは、むしろ私にとっても好都合です。彼らが名前を売ってくれれば、いずれ名前だけでも大きな畏怖と抑止力を持つようになるでしょう」


マーケティングを行うには大きな労力と金がかかるものだが、それをタダ働きでやってくれるならこちらとしても止める理由はない。私とて利益もないのに国を一々滅ぼしてもいられんのでな、『お好きにどうぞ』というのが私の本音だ。

ベッドに寝っ転がっているだけで私が恐怖の対象になってくれるのなら、いくらでも看板を持って行ってもらって構わん。私の太っ腹に感謝するのだな。まあ、今はもう痩せてるけど。


「一つ懸念することがあるなら、彼らが私の印象を下手に操作するのであれば少し面倒だと思うくらいですが⋯⋯」


と、私がボソッと呟いた時。

バルグが私に言った。


「⋯⋯マリー殿。それが問題なのです」


すると、バルグは新聞を広げて見せる。

二面以降はエル・ゼロを名乗る存在の悪行が記されていた。


『ペルドット共和国を一晩で崩壊させ、連邦陣営と帝国陣営の双方に大きな衝撃を与えた謎の魔法使い、エル・ゼロ。その実態が遂に明らかとなった』


ほうほう、その実態とは何だ?


『エル・ゼロとはカルダシア王国に所属する魔法使い、バーサーク軍曹のことだったのである』


⋯⋯なに?

いや、ちょっと待て。何で勝手に特定しちゃってんの。

あくまで『謎の』魔法使いだからいいんだろうが。


『カルダシア王国はペルドット共和国事件についても声明を発表し関与を認めた。また、『我が国には最高の戦力たるエル・ゼロがいる。以後、我が国を攻撃すればエル・ゼロによる報復を決行する』と述べた』


いや、全部私の独断と偏見による殺戮行為ですが何か?

というかちょっと待て! これってもしや⋯⋯


「完全に、エル・ゼロの名を欲しいがままにしておりますな」


あのな、確かに私は看板を貸すことは容認したぞ?

だがそれはあくまで、『名前だけを貸す』だけだ。

カルダシア王国とやらにエル・ゼロはいないし、何ならエル・ゼロは何処にも属さぬ謎の魔法使いという立場を誇示している。それは本人が言うんだから間違いないだろう。


「カルダシア王国はベルディ共和国と、古来より紛争関係にありました。恐らくは、ベルディ共和国への牽制のためにエル・ゼロの名を偽って名乗っておるのでしょう」


なるほど、分かった。

名を名乗るだけならともかく、エル・ゼロの保有まで名乗ったか。

であれば話は別だ。


「バルグ。そのカルダシア王国とやらは何処にありますの?」


「方角はダイナディア帝国を越えた先、カリアス湖を隔てた所が国境でありますが⋯⋯」


「お父様には、『十分な護衛を付けて暫くピクニックに行っている』と言いなさい。私は暫くの間、この国を留守に致しますわ」


「ま、マリー様! まさか貴方は⋯⋯!」


久々に、メリーシャの出番のようだ。

飛行魔法の腕は鈍っていないだろうか。

まあそんなことは、空を飛んでから考えればよいことだ。


「少し、カルダシア王国にお灸をすえる必要がありそうですわね」


私は噂の紛争地域、カルダシア王国まで行ってみることにした。

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