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もう一人のスパイ

「バルグ。この通りだ、許してくれ」


「国王様が気に病まれることでは御座いませぬ。私めは、身の潔白が証明できただけで十分で御座いまする」


ゲローが真犯人であったことが公になり、無事にバルグは解放された。

その際私の父である国王ジークはバルグに頭を下げて謝ろうとしたが、それをバルグが止めた。国を背負う国王たるもの威厳を持ち、易々と頭を下げてはならないとバルグは言ったのである。

またライアンも事件解決と同時にバルグと共に地下牢から解放された。さぞ地下牢生活で疲弊しているだろうと思いきや、地下牢にいる間は疲弊するどころか死刑を宣告されたバルグを励まし続けていたというから驚きだ。


そして急遽、臨時の軍事会議が開かれる。

主な議題は空席となったゲローの空白の席をどうするかだ。

因みに会議には王女の私も出席する運びになった。

一応、今回のゲローを追い詰める計画の参加者だからだ。


なお会議の座長は、国王である私の父である。


「今回の事件は、今までゲローを野放しにしてきた俺が引き起こしたも同然だ。改めて、殉職した兵士の家族、そしてバルグ、その他全てのこの事件で心を痛めた者たちに謝罪したい。申し訳なかった」


頭は下げぬものの、口頭でそう言うジークの言葉を黙って受け止める一同。

私から言わせてもらえば、本来ゲローを近くで止められる立ち位置にいたはずのものどもがゲローを止めようとすらしなかったのが一番の原因ではないかとも思ってしまうが、それは黙っておくことにした。


「バルグには然るべき者が最高指揮官に就くまでの間、陸軍大臣と最高指揮官を兼任した『陸軍元帥』として任務にあたってもらいたい。出来るか? バルグ」


「お任せください。国王のご要望とあらばこのバルグ、一肌でも二肌でも脱ぎましょうぞ」


するとジークはライングレッド家の家紋が刻まれた王印で、任命書に判を押す。

これは王が命令を下すために使われる印だ。これでバルグは正式に陸軍元帥に任命されたわけである。


「また今回の事件の解決に大きく貢献した功労兵、ジェクト少尉。ゲローを自白させる妙案に、自ら変装して前線に立つ勇気と行動力は王国を救うこととなった。協力者のレアン、そして囮という危険な役目を担った我が娘マリーもよく頑張ってくれた。感謝するぞ」


ジェクトは敬礼で応え、レアンと私はお辞儀して応える。

今回の計画の主役はあくまでジェクトということにしておいた。一連の流れを私が計画したことが知られれば、後々面倒なことになりそうだったからな。頑張ってくれたジェクトに対する報酬代わりに、今回の計画の恩賞は全てジェクトとレアンに渡すことにした。


「それに伴い、ジェクト少尉を二階級特進で大尉に任ずる。また、レアンには軍属看護長の任を与え、ライングレッド王国軍の一員となることを認める」


二階級特進は殉職時の常套句だが、今までゲローの影響で残した功績の割に中々出世できていなかった経緯も踏まえての特進だろう。ジェクトもそれを受け入れ、再度敬礼する。


「私が王国軍の一員になれたってことは⋯⋯」


ここで、レアンは何かに気付いた。

今まで医療魔法師として働いてきたレアンだったが、正式に軍に所属しているわけではなかった。だが、この件で正式な軍の医療班に属することになった。ということは⋯⋯

するとジークは軽く頷きながら言う。


「これからは定期的に行われるダイナディア帝国での軍事演習遠征への同行も可能になる。帝国にいるレアンの母君にも会いに行くことが出来るぞ」


「あっ、ありがとうございます!!」


ダイナディア帝国にて医療に従事するレアンの母。

これからはレアンが直接母親の元に行くことが出来るようになるのだ。


「それでは、最後はマリーだ。二人に負けず劣らず大きな貢献をしてくれたマリーには何をあげようか困っているんだが、父さんとの添い寝とかはどうだ?」


「結構ですわ。私は一人でもう寝られる年ですもの」


分かりやすくいじけ始めた父。国王の威厳もクソもないな。

それよりも私はどうしても欲しいものがあるのだ。


「強いて言うなら⋯⋯図書館の禁書を閲覧する権利を頂きたいですわ」


「き、禁書の閲覧!?」


それを聞くや部屋にいる全員が驚きの表情に変わった。

何も驚くことはあるまい、既に私は禁書を一冊パクって⋯⋯あ、そうかコイツらは知らないのか。


「禁じられた知識を収めた忌まわしき書籍であることは存じ上げておりますわ。しかし、私はより多くの知識を得たいのです。それに禁書の中には有益な知識も多数存在しているはずですわ」


私が法を犯して禁書を見ていなければ、メリーシャも森の祠で眠り続けていただろう。

つまりあそこにはまだまだ夢のような宝が眠っている可能性があるということである。


「どうする? バルグ」


「私は、よろしいのではないかと。下賤の輩や愚か者が見るならばともかく、マリー様はそれを御しきるだけの頭脳と才知をお持ちで御座います」


「⋯⋯分かった。禁書の閲覧を特別に認めよう。ただし、本を見るのは図書館の中だけだ。図書館の外に禁書を持ち出すことは禁じる」


「分かりましたわ」と言いながら、『ヤベ、机の引き出しの禁書は見つからないようにしないとな』と心の中で思う私。


「なお、元帥となったバルグは今後ライングレッド王国での職務に専念してもらうことになる。そのため旧ペルドット共和国領の統治については、バルグに替わる新任を選ぶことになった。それで、新たな旧ペルドット共和国領の統括責任者を誰にするかだが⋯⋯」


するとジークは、ジェクトを見た。


「バルグの推薦もありジェクト大尉、貴公に任せることとなったが受けてくれるか?」


「了解しました。このジェクト、王国を守るため軍務になお一層邁進いたします」


心強く引き受けるジェクト。この男なら大丈夫だろう。

こうして、今回の議題の全ての話が終わったようだ。


「ではこれにて会議を終了する。諸君、ご苦労だった」


そして、会議室にいる私を除く全員が国王に敬礼をして会議は終わった。


だが、私はこの時何かの『匂い』を感じていた。

間違いなく排除したはずのあの匂い。前世で嗅ぎなれたあの匂い。


組織に潜む『裏切り者』の匂いが再び香っていた。

ゲローを始末したことで消えたはずの匂い。何故今になって再び匂うのか。


(気のせい⋯⋯だろうか)


ここ数日、疑り深くなることが多かった。

その影響だろうと自分を納得させて私は席を立った。



=========================



ここはライングレッド王国城の新たに造られた執務室。

昇級することで広めの個人用執務室を手に入れたその男は指をパチンと鳴らした。


彼は防音魔法を作動させたのである。これで部屋の音は外部に一切漏れない。

すると背後のカーテンを全て閉め、扉の鍵を固く閉める男。

外からの視線すらも完璧に排除した後、男は再度指をパチンと鳴らした。


すると空中に青い魔法陣が浮かび上がったのち、何処からか声が聞こえてきた。


『コード278番、機密回線です。合言葉を』


「陽は東から昇る」


『中央通信室より、ジェラルド少将へ回線接続中。しばしお待ちを』


プルル⋯⋯という音が少しの間響く。

その間部屋の中央に立つ男は、微動だにせずその時を待つ。


『接続完了。帝国諜報部です』


すると部屋に、バリトンボイスの男の声が聞こえて来た。


『報告を聞こう』


簡潔にそれだけ伝えられた言葉。男は話し出す。


「ゲロー・サリバルの抹殺完了。また、旧ペルドット共和国領の実効支配権奪取にも成功。万事、全ての任務遂行に成功いたしました」


『よくやった。これで、我等は世界中の運輸拠点となる旧ペルドット共和国領の実効支配に成功したというわけだ。これで連邦政府への我等陣営の監視はより一層強固なものとなるだろう』


「既に、帝国からの援助物資を旧ペルドット共和国領を介して、世界各地の帝国側陣営に輸送しております。少将のご指示通り、王国にこの件は一切伝えておりません」


『ライングレッド王国があの場所を使えば、それによって得られる莫大な関税で巨万の富を得ることになるだろう。多数の行路を持ち、物資の輸出入において絶大な影響を持つあの場所を王国に握られるは我等の血管を王国に支配されるも同義。さすれば遠い将来、得た資金を武器に帝国に牙をむく可能性もある。今後も『都合の良い盾』であってもらうためにも、奴らに過ぎた武器は与えるな』


「承知いたしました。以後、帝国から他国への輸送品はダミーを除いて全て『存在しない物』として扱います。また、逆も同様の措置を取りましょう」


『ライングレッド王国宛ての物資であれば通常通りの措置で構わん。奴らとて全くのバカではない。自国への物資であれば多少は警戒もするだろう』


その言葉に恭しく礼をする男。

彼らは一体何を話しているのか。

すると魔法陣の向こうの男が再び話し出す。


『お前がライングレッド王国に潜入してもう5年ほど経過した。ここまでで、我らの脅威になりえる危険因子の存在はあるか?』


「全くありません。連邦の息がかかったゲロー・サリバルは早期の排除に成功し、最大の危険であるバルグは既に老兵であります。あと数年もすれば隠居を余儀なくされるでしょう。全ての計画は良好であります」


『お前が下手を打つとは思ってはいない。だが用心はし過ぎるに越したことは無い。あくまで我らの成すべきはライングレッド王国の帝国に対する『従属化』であり、『侵略』ではないのだ。ペルドット共和国のように廃国に追い込むのではなく、国としての体裁を保ったまま現状を維持させよ』


その言葉に「ハッ!」と強く応える男。


『私はお前を高く評価している。皇帝陛下には、お前が大いに活躍していると伝えておこう』


「勿体なきお言葉。感謝いたします」


『雑魚に過ぎぬデ・ヘカテス連邦の廻者と違い、お前は武と知を併せ持つ帝国屈指の工作部隊員。ライングレッド王国に牙が生えぬよう、引き続き工作を続けるのだ』


「お任せください。少将閣下のご期待に応えて見せましょう」


男は部屋の中央にて拳を床に付ける独特の構えで拝礼する。

これは、ダイナディア帝国軍人の上官に対する礼の構えである。


その構えを見せる男の名は⋯⋯


『期待しているぞ。ダイナディア帝国秘密諜報工作部隊長、ジェームズ少佐よ』


「ハッッ!!」


そう応える男に、いつものお茶らけた雰囲気は全く無い。

ライングレッド王国屈指の実力者として知られる男には別の顔があった。


本名はジェームズ・ヴァラン。だが王国では別の名前で知られている。

ライングレッド王国陸軍大尉、ジェクト・ヴァリアと。


ジェクトは、ダイナディア帝国が送ったスパイだったのだ。

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