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追い詰められた男

「まさか、まさか、まさかッッ!!」


血の気が引いていくのが自分でも分かる。

それは自分が最も避けたかった事態が現実として起きている現状を噛みしめるが故なのか。


「絶対にあの場所に人はいなかったはずだッ! なのになぜあのガキは⋯⋯!!」


陸軍最高指揮官ゲロー。彼は今困惑と狼狽、そして恐怖に襲われていた。

自分がスパイ行為をしている様を目撃され、ゲローはとっさに兵士にナイフを突き立てて殺害した。ナイフには闇市場で手に入れた猛毒を仕込んでいたため兵士はものの一瞬で絶命し、その後ゲローはローディウスに敢えて自分の名前の部分をバルグと書き換えた手紙を見せることでバルグを犯人に仕立て上げることにも成功した。


だがそれも全て、一連の流れを他者に目撃されていないのが前提の計画だ。

しかしあの少女、マリー・ライングレッドは事の全てを完璧に把握していた。

何より自分が手紙の中身を書き換えていたのを見られたのは痛恨の極みだった。


「⋯⋯いや、所詮はガキの戯言。信じる人間などいるはずがない」


幼女にしては弁が立つが、それでも10歳の幼子だ。

それに自分が何を書き換えていたのは把握されていないはずだ。手紙は既に失われたこの状況で、そんな中途半端な証言を誰が信じると言うのか。


「ククッ、そうだ、気にする必要などない⋯⋯」


そう呟きながらゲローは自分の書斎へと入る。

そして部屋に入ると、巨大な机の奥に仕舞っておいた小さな紫色のビンを取り出した。


「毒龍ガーディンの毒袋から抽出した猛毒。たったの一滴でどんな生物をも葬ることが出来る超猛毒よ」


これこそが世界に3体しかいない毒龍ガーディンから抽出した毒である。

手に入れるまでに何年もかかった代物だ。だがその威力は折り紙付き。

ゲローは自身の護身用のナイフにこの毒をたっぷりと染み込ませていた。


「閣下! ご報告が御座います!!」


思わず毒の入ったビンを落としかけるゲロー。

部屋に警護の兵士が入って来ただけだと分かるとホッと胸を撫で下ろしながら机の上にビンを置いた。


「何だ。今は私は忙しいのだぞ」


「しかし、早急なご報告が必要かと思い参上した次第であります!」


すると警護の兵は、ゲローに伝えた。


「現在、城内にてゲロー閣下が新兵殺害に加担したのではないかとの噂が広がっております!」


「何ッッ!!!」


突然の兵の報告にバンと机を叩いて立ち上がるゲロー。

一瞬机の上の毒に目をやるが、ゲローは兵士に問いただす。


「何処の誰がそんなことを言っておるのだ!!」


「マリー様が、ゲロー閣下が殺人を犯したと城中の人々に言いまわしているとのことです!」


思わず頭を抱えるゲロー。

子どもの戯言とはいえ、あまりにも多くの人に広がるようならば流石にマズい。

何よりマリーは王族だ。これが国王や王妃、ローディウスの耳に入る事態は何としても避けたい。


「マリー様はどこにおられるのだ!」


「そ、それは小生も把握しておりません。城のどこかにはいらっしゃるかと思いますが⋯⋯」


「そんなことは私も分かる! 一刻も早く噂を止めねば!」


慌ててゲローは書斎を飛び出した。

書斎の近くは殆ど人がいない。しかし暫く走っていると、ドレスをきた金髪の貴族らしき女性が通りがかった。

するとゲローをみた女性は、明確に怯えるような素振りを見せる。


「すまんが、一つお尋ねしたい。マリー様が私について良からぬ噂を広めているという話を聞いたことはあるかね?」


すると小さく震えながら貴族の女性は頷いて言った。


「はい。ゲロー様が猛毒を利用して兵を殺したとマリー様は伝えておられました」


ただでさえ血の気の引いていた顔が土色に変わるゲロー。

足元はガクガクと震え、視界はグルグルと回転する。

まさか毒を使ったことまでバレているなんて想像もしていなかった。こうなると恐らく、毒の入手経路もいずれは特定されてゲローが本当に毒を買っていたこともバレてしまうだろう。

そうなればマリーの言葉を戯言と思わなくなる人も増えるに違いない。


恐らくゲローがデ・ヘカテス連邦のスパイであることもマリーは知っているに違いない。まさかそこまで見られていたのか? そんなバカな、あの娘はまだ10歳なのだぞ? そんな疑問が頭の脳裏をジェットコースターの如く走り抜ける。

どうしたらいい? スパイであることまで公になれば、最早その先にあるのは死あるのみ。 


「アアアアアッッ!!」


頭を掻きむしり、手のひらからは力強く握りしめ過ぎたが故に爪が食い込んで血が流れる。

このままでは待っているのは破滅だ。折角ここまで登りつめ、邪魔者のバルグを亡き者にすることにも成功しかけているというのに、こんなことですべてが終わるのか。

そうだこれも全てあの小娘。マリー・ライングレッドが悪いのだ。


「あの、クソガキめエエエエッッ!!」


王族に対する敬意など吹き飛んだ。

あの子供はもはやただの幼子ではない。人の皮を被った悪魔なのだ。

そう思えば自分の置かれた状況にも納得がいく気がした。


「何とかしてあのガキを黙らせなければ⋯⋯!!」


ゲローという男の思考はクズだった。

手段を選ぶ必要はない。どうせ相手は少しませただけの幼女だ。大人の本気の怒りを見せてやればその場で怯えて失禁するような子供である。ならば脅迫して無理やり黙らせてやる。

そんな悪魔の様なゲローの暗黒面がマリーに向けられた。


胸元に仕舞ってある金属に手を振れるゲロー。

一人の兵士の命を刈り取ったそのナイフ。その刃を見せれば減らず口も閉じるに違いない。


「俺を舐めんじゃねえぞクソチビがアアアアアッッ!!」


ヒャッヒャッヒャ!!と大声で笑うゲローは混乱して狂いきっていた。

こうしてゲローは、マリー襲撃を決定したのである。



==========================



そして時刻は、夜の殆どの人が寝静まる刻。

城内の明かりも消え、城全体が暗黒に支配される時間。


静かな廊下をゲローはゆっくりと歩いていく。

足音を殆ど立てず、マスクで顔を隠した男はターゲットの眠る部屋へと進んだ。

扉に鍵は掛かっていない。部屋の中でスヤスヤと寝ている少女は、まさかそれが命取りになるとは夢にも思っていなかっただろう。


「ケケケ⋯⋯寝てるなあ」


ナイフを光らせ、ベッドの横に立つゲロー。

そしてゲローはベッドの掛け布団を剥ぎ取った。


「キャアアアア!!」


「ケケッ⋯⋯お話ししましょうよお」


そこにはフワフワのパジャマを着たマリーがいた。

突然の襲来者に身の危険を感じたのだろう。慌てて逃げようとするマリーだが、ゲローはその細く白い腕を骨ばった手で捉えた。


「ほんの少しだけお話しするだけですよ。君がちゃーんと聞いてくれれば何も痛いことはしなくて済むんです」


マリーの口を押え、その喉元にナイフを突きつけるゲロー。


「城中に人の悪口を言いふらしている悪い子がいると聞いて、罰を与えるために君の所までやって来たんだよ」


「誰!? 貴方は誰なの!?」


「君みたいな悪い子に制裁を与える⋯⋯そう、正義の味方だよ」


毒を塗りたくったナイフをマリーの喉元に突き付けるゲロー。

もしほんの少しでも掠れば、マリーは毒に侵されてしまうだろう。


「今ここでもう誰にも悪口を言わないって誓ってくれれば、君には何もしないよ。そのまま君は無傷でいられるのさ。でも、もしこれからも悪口を言い続けると言うのなら⋯⋯」


もう数ミリもないくらいに刃先をマリーに近づけるゲロー。


「君はここで死ぬことになるよ。ねっ、だから今ここで誓ってよ、『もう二度と人の悪口は言いません』って」


「いっ、言わないっ!! 言わないから許して!!」


マスクの裏でニヤリと笑うゲロー。やはり子供を脅すことなど実に容易い。

これだけ言っておけば、マリーは恐怖に束縛されてゲローのことを口にすることすら恐れるようになるだろう。そんな心の声が聞こえるようだ。


「いい子だ。それでいい、それでいいんだよ⋯⋯!!」


グスグス泣き始めたマリーを見てもう問題ないと判断したゲロー。

ナイフを突きつけながらゆっくりとマリーから離れようとした。

だが、その時である。


先程まで怯えていたマリーの口角が少しずつ上がっていく。

まるで、事の全てを見通していたかのように。


「⋯⋯やはり、貴方は私の策略の中で見事に踊ってくれましたわね。ゲローさん」


フフフ⋯⋯とどこからか聞こえてくる低い笑い声。

それが目の前の少女から聞こえてきているとゲローが気付くのには、幾分かの時間を有した。


「アホのくせにプライドだけは人一倍高い貴方なら、私に散々バカにされたと感じれば直接ここにやってくると予想しておりましたわよ」


「なっ、何だと!?」


「そうでしょう? 新兵殺しの殺人者さん」


するとマリーは突然、懐から茶色い球のような物を取り出すとゲローに投げつけた。


「うわっ!!」


「それはゲロゲロという、沼に住む魔物の卵ですわ。割れると中から一ヵ月は匂いが取れない悪臭を放つ汁が出てきますの。今の汚らわしい貴方にぴったりのプレゼントですわね」


ぽたぽたとゲローの体を茶色い汁が垂れる。

その瞬間、ゲローの頭の中で何かがキレた。


「ふざけんじゃねえエエエエエッッ!!!」


ブチ切れたゲロー。怒りのままにマリー目掛けてナイフを振り下ろした。

しかしマリーは華麗な回避でナイフを避ける。


「伊達に演武のレッスンを受けてはおりませんのよ。運動不足が隠しきれない今の貴方に私を捕らえることなど出来ませんわ」


するとマリーは膝カックンの要領で、後ろからゲローを転ばせた。

そしてゲローは無様に転がる。


「殺す⋯⋯殺してやるッ!!」


怒りで完全に我を忘れているゲロー。

するとマリーはそれを見てニヤリと笑うと口を開いた。


「そんなに私を殺したいなら、せめて冥土の土産に貴方のことを全て教えて貰えませんこと? 私は貴方が処分した手紙の秘密を知りたいのですわ」


それは明らかに見え透いた挑発だ。

普通であればそんな言葉に易々と乗るような人間はいないだろう。

しかし、今のゲローは普通ではなかった。

完全に頭に血が昇り、マリーへの殺意で溢れるゲローに理性はなかった。


「ああ教えてやるよクソガキ!! このゲローはな、連邦のスパイなんだよ!!」


すると少しだけ眉を上げながらヒューと小さく口笛を吹くマリー。

それがまたゲローの神経を尚更に逆撫でした。


「そうだお前が言いふらしたように、兵士を殺したのはこのゲローだ! そして王子をダマし、バルグを嵌めて邪魔者を始末出来るはずだった! それを全部ブチ壊しにしやがって!!」


「つまりバルグではなく貴方がデ・ヘカテス連邦のスパイで、王国の機密を連邦政府に流していたと?」


「そうだよ、その通りだよ! どうせこの国はすぐに連邦によって破壊される! そしてお前ら王族は全員皆殺しにされるんだよ! だから俺は勝ち組の船に乗った。それだけだ!!」


それをマリーは、自身の長い金髪を指でクルクル巻きながら聞いている。

そしてゲローは完全に暴走しているのか話す言葉を止めない。


「兵士を殺したのも、あの新兵が俺の邪魔をしてきやがったからだ! だが俺はお前のバカな兄を利用して窮地を脱してやったのさ! 俺宛ての手紙の名前をバルグの名前に変え、短刀を子供騙しの魔法でバルグの刀と似たような形に変えただけでアイツは直ぐに騙されやがった!」


「なーるほど、そんなことがあったのですわね。説明してもらえて有難いですわ」


するとゲローは、話は終わったとばかりにマリーにナイフを向けた。


「ここまで聞いたからには、もうお前のことは生かしてはおけない。あの兵士を殺したこの短刀で、お前もすぐにあの世に送ってやる!!」


そしてじりじりと今度は逃げられないようにゆっくりとマリーに近づくゲロー。

マリーはもう逃げられない。そしてナイフがマリーに振り上げられて⋯⋯!


「僕の妹に近づくな!!!!」


暗闇を銀色の光が瞬いた。

そして宙を赤い鮮血が舞う。


「アアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


闇夜をゲローの叫びが劈いた。

その時マリーは、ナイフが握られていたゲローの右腕が斬り落とされたのを確かに見た。


「話は全て聞いていたぞ! この反逆者め!!」


そして鎧を着て銀の剣を持つ青年が私の前に現れた。

対照的にゲローは、現れた青年を見るや真っ赤に染まっていた顔が白くなる。


「ロ、ローディウス様!?」


「マリーを傷つけようとする者は、たとえ誰であっても許さない!!」


現れたのは王子のローディウスだった。

激痛に耐えながらも、反射的に頭を垂れようとするゲロー。

しかしもう何もかもが手遅れだった。


さらにその後に続くのは⋯⋯


「よおゲロー。見事に騙されてくれたなあ」


「⋯⋯貴様はッ!!」


ローディウスの後ろから現れたのは、書斎にマリーが城中に噂を流していると伝えに来た兵士だ。

しかしよく見るとその顔には見覚えがある。


「ジェクト!! 何故お前がここにいるッ!!」


「年貢の納め時ってやつだぜゲロー。お前はもうおしまいだ」


すると今度はジェクトの後ろから、ドレスを着た貴族の女性が現れる。

だが女性は頭の髪に手を掛けるとそのまま下に降ろす。

金髪のカツラが外れ、そして下から目の覚めるような水色の長髪を持つ美少女が現れた。


「ゲロー閣下。貴方はもう逃げられません」


「お前は医療魔法師のレアン・シルヴァーリか!?」


何と、ゲローが会った二人は変装したジェクトとレアンだったのである。


「話は全て聞かせてもらったぞ。ゲロー」


そして背後から怒気を孕んだ男の低い声が聞こえてきた。

その瞬間、怒りで我を忘れていたゲローの顔が蒼白になる。


「そ、その⋯⋯声は⋯⋯」


「ライングレッド王国陸軍参謀長ゲロー。お前を王国に仇名す国賊と認めよう」


そして筋骨隆々の鎧を着た男が現れた。

闇夜の中でも威風堂々たるオーラを放ち、その面構えはまさしく王たる威厳に満ちている。


「この俺の前で愛しいマリーに刃を向けるとは、殺される覚悟があるということだな!! ゲロオオオオッッ!!!」


腰の剣を抜き放ち、この世のものとは思えぬ咆哮を放つその男。

国王ライングレッド15世。マリーの父がそこにいた。

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