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地下牢

「まさか、あのバルグさんが裏切り者だっただなんて⋯⋯」


朝日の光が穏やかな一日の始まりを告げるかと思いきや、城中、いやライングレッド王国を揺るがす一大事の報がその安寧の時間をものの見事にぶち壊した。

陸軍大臣バルグ。彼に兵士殺害の疑いがかけられ、しかもデ・ヘカテス連邦の廻者として暗躍していた可能性まで浮上してしまったのである。バルグは事件当日中に地下牢へと送られ、今は尋問が続けられている。


「私、とてもバルグさんが国を裏切るような人には思えないわ」


そう言うのは王妃のメアリ。現在ロイヤル一家は朝の朝食中だ。

彼女もバルグのことはまるで父のように慕っていただけにショックは大きいようだ。

国王のジークは野ウサギのステーキを一切れナイフで切るとフォークで口に入れる。因みに普段の国王は朝に肉を食べるようなことは絶対にしない。そうする時はいつも強いストレスを感じている時だけだ。


「ローちゃん。本当に、バルグさんが人殺しをしたと思うの?」


「お母さま。僕だってバルグを殺人者と呼びたくなんてありません。でも、当時の状況を考えれば最も疑われるのはバルグだったんです」


すると、国王がナイフを置いた。

食卓にはまだ食事が残っているが、ジークはそれらには全く手を付けようとせず立ち上がる。


「ちょっと水竜に乗ってくる」


「あっ、だったら私も⋯⋯」


「ダメだ。今日はいつもよりも激しくなりそうだからな」


ジークはストレスを抱えている時はいつも水竜に乗って水上を走る。

それも、常人なら振り落とされかねない程の荒い乗り方でだ。


「ところで、マリーはまだ来ないのか?」


そんな一家の朝食の席に一つだけ空席がある。

ライングレッド家の末っ子、マリーの席である。

いつも誰よりも早く来て朝食を取っているはずのマリーだが今日は珍しく来ていない。


「バルグさんのことが余程辛かったのかもしれないわ。ちょっと部屋に見に行こうかしら」


「レアンがマリーの部屋に行っていると聞いています。もうすぐレアンが連れてきてくれるはずですが⋯⋯」


そうローディウスが言った時、重厚な音を響かせて部屋の扉が開く。

そしてレアンが入ってきた。


「マリー様は体調が優れず、今日は何も口にしたくないとのことでした」


レアンの報告を聞く一同。

すると頭を振りながらジークは立ち上がるとパンパンと手を叩いて従者を呼ぶ。

従者が鎧と剣を持ってくる。そしてジークのガッチリとした肉体に鎧を着せた。


「マリーは暫く寝かせてやろう。今日は勉強も演舞の練習もしなくていい。そっとしておこう」


そしてジークは食事の席を立つ。


「僕もこれで失礼します。マリーには後で安らぎ草のお茶を持って行きましょう」


それに続くようにローディウスも席を立つ。

メアリは嘆息しながら席を立つ男二人を見送った。


「レアンちゃん。ライアン君は大丈夫なの?」


「ライアンは⋯⋯朝からずっと泣いてます」


ライアンは『お爺様がそんなことをするはずない!!』と叫びながら、バルグがいる地下牢に入ろうと何度も試みては守衛に無理やり連れだされていた。


「マリーもライアン君も辛いはず。レアンちゃんには二人のことを支えてあげてほしいわ」


「はい。承知しました」


そう答えるレアンもまた、心に大きな心残りを残している一人であった。

何より彼女自身もまさかバルグがそんなことをするはずないと思っていたのである。


『お母さまには、『体調が優れない』と言っておいて。私にはやらねばならないことがありますの』


それはレアンがマリーの部屋にてマリー自身の口から聞いた言葉。

だがマリーは、悪夢にうなされているわけでも高熱に苦しんでいるわけでもない。

それは朝早くからマリーの机に並べられた何枚もの羊皮紙と、そこに書かれていたいくつもの『仮説』が如実に表していた。




=========================



「バルグに会わせなさい」


私は地下牢前にいる守衛に話しかけた。


「し、しかし、ここには誰にも入れるなとローディウス様とゲロー閣下が⋯⋯」


「ほう、そんなに縛り首にされたいのかしら? 私は貴方の罪をでっち上げて処刑台に立たせることも出来ますのよ?」


「しっ、失礼いたしました!!」


ガラガラと音を立てて開く扉。

地下牢の中は何年も掃除していない物置の様な匂いだ。

疫病が流行りかねない不衛生さに閉口する。

そして目を凝らすと、牢の中にバルグがいた。


「ご機嫌よろしいようで何よりですわ。地下牢も案外住んでみれば悪くない場所のようですわね」


「ホホッ⋯⋯それは、罪なき人間の余裕があるからこそでしょうな」


バルグは、ボロ雑巾の様な服を着せられて牢に入っていた。

足には重石のようなものが鎖で括り付けられており、自力では脱出できないようにされている。

痛々しい光景だが、唯一の救いはバルグの目からまだ光が失われていないことか。


「災難ですわねバルグ。私がいっそ変わってあげたいくらいですわ」


そう言いながら、地下牢の鉄格子を指でチョンチョンと突く私。

無論死んでもというか既に一度死んでいるが、絶対に味わいたくない光景だ。

ジョークのセンスの無さに自分自身が嫌になる。


「さて⋯⋯くだらない話はそのくらいにしましょう」


閑話休題もここまでだ。

ここから先は本題に移る。


「マリー殿は、私が新兵を殺したとお考えなのですかな?」


低い声でそういうバルグ。

彼の口調からは不安の様なものは感じられない。恐らく、私がここに来た理由を察しているからだろう。


「安心なさい。貴方があの程度の雑な殺しをするような無能なら、ペルドット共和国での騒乱時に首を刎ね飛ばしていましたわ」


バルグが新兵を殺した? 寝言は寝てから言えというものだ。

何よりこの事件には不可解なことが多すぎる。


「もし貴方が人を本気で殺したいと考えたなら、首を刎ねていたでしょう。間違っても急所とは程遠い下腹部を乱雑に刺すような馬鹿な真似はしない男なのは分かっています」


「む⋯⋯? 何故犯人が下腹部を刺したと分かるのですかな?」


「出血が少なすぎるのですわ。もし犯人が心臓を一突きしていたのならば、ナイフを刺したままにしたとはいえ恐らく一面血の海になっていたはず。それに、自分が使ったナイフを刺したままにするような愚行をバルグがするわけがないでしょう」


現場検証なら昨日の内に済ませて置いた。

死体やナイフは無くなっていたが、カーペットに付いた血の跡だけは残っていた。

少なくともそれだけ見ればある程度の情報は分かる。


「ハッ、やっぱり嬢ちゃんが先に来てたのかよ」


すると私の後ろから、粗野な纏う声が聞こえてきた。


「ジェクト少尉。貴方もバルグに用があったのですか?」


「守衛の奴らがうるさくてな。少しおねんねしてもらったぜ。後で面倒になったら嬢ちゃんの王族特権で何とかしてくれや」


見ると、入り口で守衛が全員気絶させられている。

音もなく抵抗すら許さなかったのだろう。見事な腕前だ。


「バルグの爺さんが殺しをするわけねえと思ってな。それに、今回の殺しをしたやつはかなりのアホだぜ。ついでに言えば、殺しをするのに慣れてねえ奴だな」


「ほう、そこまで言うならジェクト少尉の意見もお聞かせ願いたいですわね」


するとジェクトはニヤリと笑う。


「ナイフで刺されたのが死因だとローディウスの坊ちゃんは言ってたが、とんだトンマ野郎だぜ。失血死したにしては出血が少なすぎるし、大方血の出にくい下腹部の脂肪と筋肉の多い部位を適当に刺したんだろうな。バルグの爺さんや俺が本気で敵を殺るなら絶対にしねえ失態だぜ」


「つまりだ⋯⋯」とジェクトは言葉を続ける。


「犯人はナイフを使い慣れてねえ。殺しの経験も皆無だろうよ。殺された新兵は軍では優秀だと聞いていたが、そんな素人同然の野郎に刺されるとは思えねえ。きっと不意打ちを喰らったか、何らかの理由で反撃するのをためらう様な奴だったんだろうな。例えば⋯⋯」


不気味とも言える笑みを浮かべながらジェクトは言った。


「犯人が軍のお偉いさんだった⋯⋯とかな」


ケッケッと笑うジェクト。

だがそれは、私が真っ先に疑った一つの『仮説』だった。

どうやらこの男、相当に勘が良いようだ。


「しかし解せませぬな。ナイフで刺されたとはいえ、若い優秀な兵士なら痛みに耐える訓練も受けているはず。そんな兵士がたった一回、それも急所を外された状態で何の抵抗も出来ずに死に至るなど考えにくいですな」


そう。それが一番の謎だったのだ。

前世ならば検死で死因を徹底的に洗うのだろうが、どこぞのアホが既に死体は骨にしてしまったらしい。よって直接的に死因を特定することはもうできないのだ。

あくまで、『直接的には』だが。


「私はこう考えましたわ。新兵は刺された直後に何らかの作用によって『動けなくさせられた』と」


それを聞いたジェクトはまたもニヤリと笑い、バルグは何かに気付いたようだ。


「「「毒」」」


それが私が辿り着いた最も有力な仮説。

そして最も有力な新兵が死に至った死因。


「ナイフに毒を仕込んでいたに違いありませんわ。神経に作用し、ほんのかすり傷で絶命するような非常に強力な毒をナイフに仕込んでいたのなら、全ての辻褄が合うのです」


「どうりで新兵が抵抗できずに死んじまったわけだな。しかし、そんなに強力な毒は王国でも手に入れられる場所は限られるぜ。当然、手に入れられる人間もな」


犯人を捜す方法は、まずは毒の入手経路を明らかにしなければ始まらない。

だがそのルートが分かれば、犯人は直ぐに見つかるはずだ。


「ジェクト少尉。貴方に重要な任務を与えます。闇市場を徹底的に洗い出し、毒の入手経路と入手した人物を明らかにするのです。必要な資金は全て私が出します。手段も問う必要はありません」


「つまり、邪魔な奴はブッ殺しても構わねえってことか?」


「殺しは証言が出来なくなるので避けましょう。ただし、口が開く状態なら後のことは問いません」


するとジェクトは、私に軽く敬礼をした。


「万事、承ったぜお姫様。任せておきな」


そしてジェクトは地下牢を後にした。

あの男なら後は放っておいても仕事を遂行してくれるだろう。

では、私は何をすべきかというと⋯⋯


「デ・ヘカテス連邦から届いたという手紙。アレがもし真実ならば、この軍内部に連邦と通じている内通者がいるということになります」


やはり軍事会議で感じた違和感は正しかったのか。

溢れる裏切りの匂い。前世で嗅ぎなれたクズの匂いだ。


「バルグの処断は今日中に下されると聞いていますが、間違いなく死刑でしょう。つまり明日までに真犯人の特定が出来ねば、貴方は無実の罪で天に召されることになるのですわ」


そんな私の言葉にもバルグは動じる気配がない。

むしろ彼は、私を鋭い眼光で見つめていた。


「心配などしておりませぬ。何故なら、マリー殿がいてくださるのですからな」


「私は人の死に興奮する変態ですわよ?」


「しかし、今最も頼りになる御方でもありましょう」


世辞ならば100点満点だ。

だが恐らくこの男は本心でそう言っている。

つまり、私を信じているということだ。


「⋯⋯部下の期待に応えるのは、いつの時代も疲れますわね」


「ん? 何か仰いましたかな?」


「何でもありませんわ。下らぬ独り言です」


私のやるべきことは固まった。


内通者は必ず見つけ出す。

そして殺す。

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