血鏡~願うなら~第3話
夜、眠りについた私は不思議な夢を見ていた。
1人の女性が屋敷の使用人と恋に落ち、おまじないの鏡で一緒になりたいと願った。そして、反対していた父の死によって女性は男性と結婚する事が出来た夢。
それは 私には怖い夢でしかない、女性は父の死を笑っていたのだ。
そして女性が持っていた鏡は……。
《貴女の願いは何?復讐?生き返り?》
「…っ…はぁ、はぁ…はぁ……。あれは、今日 展示した鏡?どうして、こんな怖い夢を」
どうしても眠れなくなった私は、窓から見える月を見た。
「明るいと思ったら、今日は満月か」
ただの夢なのに、目を閉じると女性の姿が鮮明に浮かぶ。
とても綺麗な顔立ちで肌が白く、綺麗な着物と綺麗な屋敷、現代の男性なら微笑まれたら恋に落ちそうな女性。その女性が不敵な笑みを浮かべて立っている。
1度も会った記憶の無い女性だからと、これは鏡を不気味に感じたから脳が見せた夢だと、自分に言い聞かせた。
これから訪れる、現実に起きる、悪夢を知らずに。
「だから何度も言わせないでください、私たちは貴方に会いたくありません。……だから家に来たいと言わないで、迷惑です。朝から電話してくるなんて非常識ですよ」
朝食の為に1階に降りてみると、朝から母は誰かと電話をしていた。
内容から誰からの電話か分かる、分かったからこそ聞かない方が良い。母の機嫌を更に悪くさせる気は無いし、今安定している母を刺激したくない。
いつも父が、届いた手紙を読んでいるのは知っている。その後捨てたか残したかは知らないけど多分、母に見付からない場所に隠しているんだと思う。
電話の様子だと、相手は手紙の話はしていない。さっきから父は早めの朝食を終え、新聞を読むフリをしてチラチラと母を見ている。
「おはよう、お父さん」
「おはよう」
父に挨拶をして椅子に座る、父も私に気付き挨拶を返す。
いつもと変わらない日常、それに慣れるまで何年も掛かった。そう…何年も……。
本当は慣れてなどいないのかもしれない、それを家族は口にしないだけ。
「今日の朝食も美味しそう」
テーブルに用意されていた朝食を美味しそうだと言ってから一口食べる、これも日常風景。1つだけ別の家族とは違うとしたら、私の横に置かれた誰も座ることの無い席に用意された朝食。それを母に何も言わない。
以前 1度だけ、一人分多いと指摘したことがある。母は「そんなこと無い」と言って取り乱し、暴れ、そして私に言った。
《まだ寝てるのかしら。千波、起こしに行ってあげて》
微笑む母の目に、私は泣きそうになった。
「お前からしたら、代わり映えしない朝食だろ」
私の横に置かれた朝食から、父は だし巻き玉子を一口食べる。私もサラダからトマトを取って食べた。
「お父さん、ちょっとは空気読んでよ」
「?」
暗い空気を少しでも明るくしたかったのに父ときたら。しかし いつも通りの父だと思えば、少し安心することが出来た。
「お父さんらしいね」
「最近の若いやつの考えていることが分からないな」
父も少し笑う。父は私が笑う理由が自分だと気付いていない、それが更に可笑しく感じた。
「楽しそうね、どんな話をしていたのかしら?」
通話を終えた母が、笑う二人を見て笑顔になる。それを見て、父も私もホッとする。
母にとって電話の相手は、朝から押し掛ける知らない人。電話が終われば、あったことを忘れる。
笑っていると言うことは、自殺する可能性は低いと言うこと。
「お父さんは、空気が読めないって話」
「失礼な。俺は空気が読めないんじゃない、空気を読むタイミングを逃しているんだ」
「いや、タイミングを逃してるって言葉で完全に空気が読めない人だから」
「まぁ、お父さんに失礼よ千波。あっ、そうそう、忘れるところだった。あなた、真弓くんから今日休みたいって電話があったわよ、体調が優れないんですって」
母はキッチンに戻ると、思い出したように新聞を読んでいる父にバイトの子が休むことを伝えた。
「そうか心配だな」
「私、夕方に1度 様子を見に行ってこようかしら」
「どうして?」
「真弓くん、独り暮らしをしているの。体調悪いなら、食事とか心配でしょ。辛そうなら、誰かが居ないと」
「……そうだね」
独り暮らしだろうと普通は訪ねない、それほど母は彼を誰かと重ねている。
それが誰かとは、私も父も言わない。二人だけの暗黙の約束。
母は、たまに真弓くんを千里と呼ぼうとする。