第3話 変化
ウノの父親が死んだ。
過ごした時間こそ少ないものの、私の剣を作ってくれた人。
ウノのように明るく、おせっかい焼きで、やさしくって、それでいて行動力のあるひとだった。
ウノは、もう3日経つが、ひきこもったまま。
ウノのお父さんがいなくなったことで、この村からもう一人兵を出さなくてはならなくなった。
隣国リアネルとの戦争はもう10年も続いている。
騎士団だけでは兵の数が足りなくなったのだ。
リアネルには暗殺部隊が有るらしく、こんな風に昇進して兵団に不可欠となった人を狙って殺すのだ。
「ウノ。」
まぁ、そういうことで、この村は兵を出さないと国に焼き討ちされるのだ。
だが、生憎村に若い男はいない。
そうするとウノが、女でもギリギリ出来る白兵戦の要、歩兵になるわけだが、
歩兵なんて、しかも先頭の突撃部隊なんて、つまづいて転んだりしないかぎり確実に死ぬ。
要するに捨て駒。
田舎の村の女に食事係などの安全な係があてがわれることもないし。
そうすると、何処の国民でも、村民でもない自分が生まれを偽って出兵するしかないわけだ。
「ね、そうおもわないかい?」
「思わないよ!だって、ケイン、死ぬかも知れないんだよ?」
ドア越しにすすり泣くウノの声を聞いて、私はようやく覚悟が決まった。
村の端っこのアグダさんちの長男がもうすぐ13だから、それまでたえて、適当なところで死ねばいいと思っていた。
だけど、私は、ウノを泣かせたくない。
ウノには、笑っていてほしい。
いつか、遠い戦地の私のことを忘れて、家庭を作って、穏やかにおばぁちゃんになって。
「ウノだって、死ぬかも知れない。いいや、死ぬ。
私は剣のけいこを付けてきたから、大丈夫。心配しなくても、大丈夫。」
私の表情は動かない。
動かしかたを知らないから。
自分の知っているのは1つ。
-君の教えてくれた、笑顔。-
「私が、この戦争を終わらせる。気長に、待っていて。」
ドア越しに笑顔が見える筈もないが、ウノも、やっと落ち着いたようで、しゃくりあげながら言った。
「ケイン、長寿なんだか、らっ、私が、おばぁちゃんになる、前に、終わらせなさい、よ」
冗談を言う余裕を取り戻したウノに安心して、聞こえないように呟いた。
「・・・終わらせる。絶対に。どんな手を使っても、結果、だれが死んでも、自分が死んでも。」
言葉にすると、自分自身に暗示を掛けられるんだ。
ほんとは、ウノといっしょにいたいくせに。
けどね、ウノの寿命、短いから。
老いて死んで行くのを見たくないから、助けるって都合のいい理由で逃げてるんだ。
知ってるよ。そんなことは。
もうとっくに。
9の月 1の日
「ケイン、・・・いや、シュクロ、荷物は、これだけでいいのか?」
ちいさい肩掛けカバンと、剣、ナイフ、厚手のマントと持てるだけのお金。
「ケイン、死なないでね。」
心配そうなウノにそっと微笑みをかえす。
「私が、死ぬ?世界の英雄様直々に鍛えられた私が?ありえないね。」
少しの恐怖を自信で隠して、村の農場からもらった活きの言い馬にまたがり、出発した。
・・・この馬、適当なところで売ろうかな。
鷲になって飛んだ方がずっと速い。
後ろで延々と手を振っているウノをあえて無視して、私は兵団の本拠地、王都に向かったのだった。