第2話 どこにも属さない森・2
「師範・・・・、ノルマ追加とか言って、この森の生態系破壊するつもりですか?それとも、
黒狼根絶やしにするつもりですか?」
ケインは静かに告げた。
ハタナギ師範・・・・1つ言わせてくれ。
シチューは・・・・・・温かくないとおいしくないんですよ?
ここはあえて正論で対抗する。この表情の無い顔ならシチューの事がばれる筈がない。
人間になるのは慣れていないから。それを逆手にとってこの戦いに勝つ。
ハタナギはといえば、そういえば最近黒狼を見つけるのが難しく、修行の終了時刻が遅れ始めていることを思い出し、焦り始めていた。
「言っていたじゃないですか。」
ケインはそう言うと、空気に溶けて消え、代わるようにハタナギ老人に良く似た男が現れた。
そいつは、「いいか?我々人間は動物を大切にする義務がある。決して、食べる以外の目的で殺してはならない。」そうもったいぶって言うと、また消え、先ほどの中性的な顔立ち少年が現れた。
その顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
すると、ハタナギは「・・・晩飯抜きな。」とつぶやいて、家の方角に向かって歩き出した。
作戦成功。ご飯についてに決定権はウノにある。ハタナギが何を言ったって意味のないことだ。
軽い足取りで暗くなり始めた森を、ウノの待つ家へ進む。
私たちがあまりにも家事ができないので、ウノが時々おせっかいを焼きに来てくれるのだ。
すると、突然ハタナギが足を止め、人差し指を口に当てて黙っているように合図した。
おどろき、耳を澄ましてみると、確かに足元の茂みからガサガサと音がしているのがわかった。
ハタナギからのプレゼントのファルシオンソードに手を掛ける。
ファルシオンソードは1m程の片手件剣で、0.5kgの軽い剣だ。
形も中々かっこいい。
そのままじっとしていると、茂みから黒い影が飛び出してきた。
黒狼だ。よく見ると後ろに子供が3匹いる。
ハタナギは、悲しそうにため息をついた。
「子持ちは殺したくなかったんだが・・・・このままじゃこっちが噛みつかれる。せめて、
親子そろって殺してやるかな・・・ケイン!」
「分かってます。」
私は剣を抜くと、親の首を狙って、剣を振った。
痛みは無いだろう。親狼は紅く染まって地面に倒れ込んだ。
それを見た子狼たちの内、1匹は逃げ出そうとしたところをハタナギに殺され、1匹は懸命に威嚇するも命を断たれ、もう1匹はというと、妙にすばしっこく、逃げられた、取り逃がした。
・・・・ハタナギが。
「・・・・・・、師範?」
「五月蝿い。」
「師範?」
「五月蝿い」
「し~は~ん~?」
「晩飯抜くぞ。」
「スミマセンモウ二度トカラカイマセン。」
うつむいて、なにやらブツブツ言ってしょんぼりしながらとぼとぼ歩くハタナギを見て、私は時の流れを実感した。
私の剣の腕は全盛期にこそ届かないものの、師範を超えたし、師範もいつの間にか年をとって、剣の腕も、思考力も落ちた。思えばもう師範と出会ってから50年。ウノも大きくなった。
戦争も、1000年ぶりくらいに起こった。この森にすむ私には関係のないことだが、そういえば
ウノの父さんも戦争で死んだらしいし、もうすぐウノの年の離れた兄さんも初陣らしい。
この戦争の終結を早めることが、ウノの幸福につながるのだろう。
もちろん、リアネル、タ―ク両国の人々の幸福にも。
そして、師範をこえた私には、それに協力することができるのだ。
これはどちらの国にも属さない、人ですらない私だからこそできることだ。
ただ、1つだけ、1つだけ気がかりなのが・・・・・
「おかえり、ケイン。いつもより10分遅かったわね。」
腰に手を当ててこちらをみつめる、三つ編みの似合う少女、タ―ク国民ウノだ。
「黒狼に襲われた。飯はできているのか?」
ハタナギが聞くと、もちろんよ、とウノはうなずいて、小屋のドアを開けた。