安奈、再び
再び安奈が生徒会室に現れた。
3
笹塚熊五郎が生徒会室のドアを開こうとした時、中から笑い声が聞こえてきた。
美奈香のいつもの拍子抜けしたようなへらへらした笑い声と聞きなれない高いコロコロと笑う声。
「チィッス」
ドアを開けると、相変わらず袋から取り出したポテチを口に放り込みながら、上を向いて笑っている美奈香。
まったく、こいつはお気楽だ。
向かいの椅子に座っているのはこの間、背の高い女子に連れて行かれた小柄のおとなしそうな女の子だった。
オレらが拉致したと思われているんだったっけ。
「なに?今日は大丈夫?」
声をかけると軽く会釈して頷く。
「安奈ちゃんっていうんだから!名前覚えてよ~くまちゃ~ん」
今日もいつも通り天辺で黄色いポンポンと一緒に茶髪がゆれる。
お気楽以外の言葉が見つからない。
「大丈夫だよ~この間のでっかい奴風邪でおやすみなんだってさぁ~~。でもさぁ~安奈ちゃんの意志も聞かないで連れていっちゃうのってどうなのよね~~?」
美奈香が同意を求めようと安奈の顔をみると、困った表情で
「サトは、わたしを心配してるから」
小さな声で呟く。
廊下からガヤガヤした声と一緒に高松翔と新城陽介が入っていくると、安奈はますます小さくなって肩をすくめる。
「お!この間のお客さん、もう一人はごえんりょ~、て感じじゃね?マジこわかったんすけど~」
今日は黒いティーシャツに裾の所に小さなドクロの高松翔。寝起きのような髪の頭をかいた。
「それより、もともと用事があったから来た訳で、拉致られるのは心外だったんじゃないの?本当は」
部活申請書を棚から取り出して、新城陽介がふわりと安奈の目の前の机に置いた。
陽介が用紙の脇にペンを置くとにっこり笑った。
何をしてもそつがない。
「本当に申請していいの?この間の子、反対だったりしない?」
熊五郎が、美奈香のポテチの袋を取り上げて
「おっまえ、太るぞ!いい加減にしとけよ」
空中でキャッチした翔が
「もらい~~」
と言って袋に手を入れた。
「え~~、もうカラじゃん~これ大袋なのに?美奈香ぜったいデブる!けってい!!」
「太んないもんね~~、こう見えてあたしは運動してるんだかんね、みんなが知らないところで!」
美奈香が性懲りもなくポケットからペロペロキャンディーを取り出して舐める。
安奈にもう一つ取り出して勧めるけれど、笑って断られる。
「この間の子、お前が何しに来たか知ってるの?」
熊五郎が、安奈に聞きながら椅子に座った。
涼しげな熊の眼差しと目が合って、うつむいて首を振る安奈。
「うまく話せなくて」
安奈が困った表情で熊五郎を上目使いに見る。
「だいたい、この学校の部活は今まであって無きのごとく、ですからね」
学校が荒れだしてから、部活はただのたまり場のようになっていて校庭もトラックもグランドも使われてはいない。
遊びで野球をやる生徒、サッカーをやるグループ、それは皆気まぐれで遊んでいるだけの状態だ。
最近、野球部とサッカー部が部員に声かけ始めたところだ。
「しゃーないな、オレらが話した方がいいか?」
熊五郎が、安奈の顔を覗き込む。
「そんな、迷惑かけられないから。それに自分の事だし」
翔が美奈香のポケットからキャンディーを奪い取って口に入れながら
「そもそも、何部作りたいの?」
「勝手に人の物とるなぁ~~~」
美奈香が翔につかみかかる。
翔はバリンバリンとキャンディーを噛み砕きながら舌を出してみせる。
「別に、怒るような部活じゃないだろ?」
熊五郎が不思議な顔になり、腕を組んで唸った。
小さくなった安奈は、じっと下を向いていた。
翔と美奈香が声を上げる中、安奈は何かを決心したような表情を作って口元を結んでいた。
まあ、部活もいいよな。
熊五郎は、窓の外を眺めながら唸った。




