本当の事
言葉にすると、自分の気持ちが明白になってゆく。
不器用なサトは、今回の事でようやく自分の気持ちに気付く事ができたのかもしれない。
20
「小さい頃からサトちゃんの背中に隠れて生きてきた。でも、いつまでもそのままじゃ、ダメだって」
安奈が少しだけ声を大きくして話し出す。
「それは、あたしの方だって!あたし、友だち作れないんだよ、それに友だちっていない。どうやって友だちになってどうやって接していいかわからない。だから、安奈が大切だって、安奈の事守らなくちゃって、そうすれば友だちのいない自分の事,保っていられたんだ。ごめん」
サトは自分でも言葉にしたことのない自分の気持ちが、するすると口から滑り出した。
ああ、あたしはそうだったんだね、気づこうとも思ってなかったけど、居心地がいい今の関係を壊したくなかったんだ、自分の為に。
だけど、いい加減安奈の事を解放してあげなくちゃいけない。
安奈がちゃんと自分で立っていられるようになったら、どうしていいかわからないなんて、情けないな。
「ごめんね」
サトはもう一度声に出した。
気持ちが軽くなっていく。自分が一人で立っていられるような気がした。
「わたしだよ、サトちゃん、ごめんなさい」
安奈がにっこり笑った。
その表情がこれまで見たことのないさっぱりしたいい顔で、サトは嬉しくなった。
「ま、何だか知らねぇが、一件落着ってとこだな」
熊五郎が腕を組んで、立ち上がった時
「ひど~~~い~~」
金切り声に近い高い声が、遠くの方から徐々に近づいて聞こえてくる。
「やべっ!熊ちゃん、逃げた方がいいんじゃね?」
高松翔が腰を浮かせた。
「ここは、解散した方が得策かも」
新城陽介もおしりを払って立ち上がる。
走ってきた美奈香は、息をゼイゼイ言わせて
「のけ者にするなんてぇ~~~」
「何言ってんの?部活終わったら公園集合っていったろう?」
とぼけて、熊五郎が美奈香の頭を叩く。
「え?ほんと?美奈香がきいてなかったの?いやぁ~~ん、美奈香ったら」
「最終確認したら、来々軒!」
熊の言葉に、嬉しそうにピョンピョン跳ねながら
「さいしゅうかくに~~ん?」
美奈香の言葉に陽介が
「安奈ちゃんと、学くんのカップル誕生って話ね」
当然のように安奈を見て、遠くに座っている学を見つめる。
ぴょんぴょん跳ねていた美奈香が止まった。
「だから~~ダメだっていったじゃ~~ん」
サトの中でまた怒りがむくむくもりあがってくる。
安奈が自分の気持ちを素直に言葉にするのに、どんなに勇気がいったのか知ってるのか?このチャラチャラ女は。
熊五郎が腕を組みながら、学を見つめた。
学はじっと砂場を見つめている。表情は険しい。
「待てよ、そうか」
熊がブツブツと口の中で呟いた。
「学、こっち来いよ!自分の気持ち言わないのは、ズルいぜ!」
端正な顔をスッと上げると、覚悟したように学は三歩前に進んで息を吸い込んだ。
「ぼ、僕は好きな人がいます。その人と仲良くなりたくて策を練りました。ズルいかもしれないけど、それしか方法が見つからなかったから」
顔が緊張でこわばっている。
陽介がああ、という声を上げて頷いた。
翔が隣で、は?と声を出して陽介と熊を見上げた。
「僕が好きなのは、サトちゃん、です。何とか仲良くなりたくて安奈ちゃんや美奈香ちゃんを巻き込んじゃいました。ごめんなさい、全部僕のせいですよね」
サトに向かって、他のみんなに向かって頭を深々と下げて、すみませんと謝った。
みんなが一斉にサトの事を見つめた。
サトの怖い表情を作っていた顔は、みるみるうちに赤くなっていく。
「あ、あたし?安奈じゃない?」
真っ赤になった自分の顔が想像できた。
それでも、更に身体は暑くなってきてじんわりと汗をかいて首筋につっと汗が流れてくる。
更に赤くなってくる顔はきっとゆでだこみたいになっているに違いない。
「かいさ~ん!今日はこの辺でお開きな!ラーメン食いにいくぞ!」
熊がサトの肩を促して歩き出す。
気がつけば、学も真っ赤な顔で恥ずかしそうに歩いてくる。
安奈が、にこやかな表情を作って二人を暖かく見つめた。
美奈香がルンルン声を出している。
「まったくなぁ~~、美奈香がいなくちゃ何にも先に進まないんだからぁ~~~、こまったものね~~~」
「もう少し、わかりやすくやってほしいと思うんだけどね」
陽介が頷きながら美奈香に笑いかける。
「なにいってんの~~ばれちゃったらサトちゃんと仲良くできないじゃぁ~~~ん」
美奈香が頬を膨らませる。
「おっまえ、馬鹿かと思ってたわ、意外と使えるんじゃね?」
翔が首をひねった。
「美奈香、馬鹿じゃないもんね~~だ」
舌をペロンと出して熊五郎にくねくねと身体を寄せる。
「ね~~美奈香えらい~~?今日のラーメンおごり~~?」
熊五郎が笑う。
「んな訳ねぇだろ!」
柔らかなウェーブのかかった美奈香の頭に再度手をのせてポンポンと優しく叩いた。
風か吹いてくる。
夜になりますよと薄墨色のレースのカーテンが静かに一帯に下ろされてゆく。
一番後ろを、学と一緒に並んで歩くサト。
「これからも、よろしくね」
学が恥ずかしそうにサトに言う。
「あ、うん」
学は優しい。そして安奈にも気を使ってくれる。誰にも柔らかく接してくれる。
こんな自分の事を、気に入ってくれる人なんて想像もしてなかった。
今回みたいな事がなかったら、あたしは一生独り立ちできないままだったかもしれないな。
そして、それは大好きな安奈にもマイナスになる。
涙がこぼれそうになる。
学がいなかったらいろんな事に気づかなくて、何にも成長できなかったかもしれないな。
自分が何が好きで何ができて、そしてどうやって生きていくのか。
そんな当たり前に考えなくちゃいけない事、考えながら生きて行こう。
安奈は、美奈香と話しながらお腹を抱えて笑っている。
そうだ、来々軒のラーメン、美味しかったな。
サトは背の高い自分を気にせずに顔を上げて、熊たちのシルエットを見つめた。
おわり
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
サトも安奈も学も、美奈香のように自分の気持ちをストレートに表現できない人たちでした。
それでも、熊たちがそばにいるだけで自分の気持ちに気付き、前を向く事ができたようです。
熊五郎と生徒会の面々、またどこかでトラブルと一緒に現れる事でしょう。
その時まで。
読んでいただき本当にありがとうございました。
sakurazaki




