2話
あの後、澪吏さんに連れて来られたお店の料理はとっても美味しかった。
「澪吏さん、ありがとうございました。あわや餓死するかと……」
そう言った俺を澪吏さんは不思議そうに見つめる。
「君、家族は?」
そう聞かれ、僅かに俯く。
「実は、二、三日前に突然棄てられて、行く宛も無くて……」
その時の事を思い出し、無性に泣きたくなったが、澪吏さんの前なので必死に我慢する。
「其れは随分だね。自分が産んだ子供を棄てるなんて」
心の底から同情する様な視線を向けられる。
「虐待された様な傷は見当たらないけど、そういうのは無かったのかい?」
澪吏さんに聞かれ、頷く。
「虐待どころか、凄く優しかったんです。怒られた事なんて一度も無くて。でも、ある日いきなり化け物と言われて……」
「どうしてそんなことを云われたのか、心当たりは或る?」
そう聞かれ、今迄の生活を思い返してみる。そして、在る事が頭を過る。
「そう言えば、俺、周りの子達から一寸変な子と思われてて……」
「変な子?」
澪吏さんは訝し気な表情を浮かべる。
「俺、小さい頃から、黒い影みたいなのを良く見かけて。其れを親や周りに言っても、信じてくれなくて。それで、17歳くらいになった時、突然大きな顔をした巨体の奴がいて、驚いて叫んだんです。でも、其奴は母さん達には見えないらしくて。その数日後に、棄てられました」
俺の話を聞いてる間、澪吏さんはずっと真剣な表情で空中を見据えていた。矢っ張りこんな突拍子もない事、信じてくれないよな……
御礼をした相手が、変な事を言う奴だと知って、どう思っただろうか。矢っ張り、話すべきでは無かった様な気がしてならない。すると、今迄黙り込んでいた澪吏さんが俺を見た。
「真永君、君は相当苦労した様だね」
苦労……そんなものなのかな。俺が可笑しな事を言ったばっかりに、俺は自ら帰る場所を失ったんだ。悔しくて、服を握り締めて居ると、いきなり澪吏さんが立ち上がった。
「あ、あの、澪吏さん……?」
恐る恐る声を掛けると、澪吏さんはにっこり笑って。
「さぁ真永君、行こうか!」
いや、何処に!?腕を掴まれて、半ば無理矢理外に出た。澪吏さん、何処まで行くんだろう……?不思議に思い、上機嫌で前を歩く澪吏さんを盗み見る。
「でさ、真永君。其の顔も躯も大きい奴とは何処で見たのかな?」
急に聞かれ、慌てて答える。
「えと、家の近くの公園です」
澪吏さんはふーん。と頷き乍ら、また歩みを進める。段々と見慣れた景色が瞳に映り、厭な予感がする。そして、澪吏さんが歩みを止め、此処が何処だか漸く分かった。
此処は……!
「真永君、君が其奴を見たのは確かに此処かい?」
澪吏さんの問いに答える程、俺は冷静には成れなかった。厭な汗が頬を伝い、呼吸が上手く吸えない。何故なら、数日前に見たあの巨体の奴が目の前に居るから。
「真永君、君だけに之が見えるのは、君が特殊な力を持っているからだよ。限られた人しか其の力を持たないから、常人には此奴の姿は見えない」
澪吏さんが言い終わる前に、あの巨体の奴が俺に襲い掛かって来た。咄嗟に防御ガードしようとして、腕を自分の前に出そうとしたら、何故か躯が熱い。
「え?何……?」
すると、俺の周りを炎が包んだ。
「え、何これ!?如何なって……!?」
其の炎はあの巨体の奴に向かって行って、躯を焼き尽くしていった。それに良く見ると、炎は俺の躯から放たれている。訳が分からず、呆然と自分の躯を見つめる。
「真永君!集中しろ!」
突然澪吏さんが怒鳴り、顔を上げると炎が消えていて、彼奴が迫って来る。
『其の妖力寄越せ!』
恐ろしい叫び声を上げ乍ら真っ黒い腕を僕に振り翳した瞬間、
「霊能力、氷柱」
先の尖った氷の塊が巨体に突き刺さり、胸を貫通する。
『ぐあっ!』
短い呻き声を上げ、其奴は倒れた。
「真永君、無事かい!?」
澪吏さんが駆け寄って来て、倒れこんで尻餅を付いていた俺の顔を覗き込む。
「澪吏さん、今のは……?」
澪吏さんに聞くと、彼は苦笑して。
「君は凄いね。まあ、訳は後で話すよ。今の騒ぎで住人が起きてしまって此方に向かってるみたいだし」
ばれたら大変だ。そう言って太宰さんはまた俺の腕を掴んで走り出した。俺は先刻の事で頭がいっぱいで他の事を考える余裕がなかった。