1話
俺は、これから如何すれば良い?
夕陽の光を受けて、川の湖面がキラキラと反射するに対して、俺の気持ちは失意に満ち溢れていた。
『出て行きなさい!此のバケモノ!』
母が自分に言った言葉を思い出す度に心が抉られる。正直何で?という疑問だらけ。俺が何かしたから母さんは俺を捨てたのか。いや、落ち着け。そう思うが、身体に力が入らない。
自分の身に起こった事が、未だに信じられないのだ。それとは裏腹に、ギュルル~とお腹鳴った。うっ、お腹空いた……三日前から何も食べていない為、餓死寸前だ。いっそのこと、其処の川に身投げでもしようかな……
そう思った時だ。何処かから「ああああああああ~~っっっ!!」と言う声が聞こえた。驚いて上を見上げると、男の人が空から落ちて来て川に飛び込んだ。
……はっ!?
自分の目が信じられなくて目を擦ってもう一度見るけど、確かに男の人は溺れていた。助けなくちゃ……!そう思った瞬間身体が光った様な気がして、一瞬意識が飛んだ。
けれど気付けば男の人は河原に横たわっている。あと何故か俺の身体が怠い。チラリと溺れかけていた人を見ると、起き上がっていた。黒の外套を羽織って、ズボンの腰辺りに銀色のチェーンが付いていて、幾つかの鍵が下がっていた。
何の鍵なんだろう……?不意に、男の人がゆっくりと振り返り、其の瞳が俺を捉えた。身も心も凍える様な、冷たい視線が僅かに驚きを含むものに変わったのは俺の気の所為だろうか。
「あ、あの……」
まるで責められているかの様な気分になり、慌てて口を開こうとした。
「君かい?僕を助けたのは」
俺が口を開く前に男の人が問うた。しかし助けた?自力で川から這い上がったんじゃないのか?此処の川はそこまで深いわけじゃないし。
「えっと、俺は貴方を助けましたか?」
俺がそう訊くと、男の人は立ち上がり、
「自覚なしか、参ったな。にしてもまたか……」
と呟いた。
え……?また……?
何のことか分からず頸を傾げていると、
「僕の名は桐谷澪吏。少年、助けてくれて感謝する。自覚が無いようだが君は僕を助けたんだよ」
どうやら俺は無意識の内にこの人を助けていたらしい。でもこの人が無事で良かった。そう思う俺の前で澪吏さんは衝撃発言をする。
「それにしても、また死ねなかったな」
男の人……澪吏さんが言った言葉を理解するだけの脳は俺には無かった。また死ねなかった?つまり自殺を繰り返しているって事?意味が分からない……
驚いている俺の前で、澪吏さんは愉快そうに笑う。
「僕は自殺が好きでね、良くこうして入水したり首を括ろうとしたり、崖から身投げしようとしたり。でも何時も善人な人達に助けられて失敗に終わってる」
そう説明され、漸く理解に追いついた。
「じゃあ、今のも入水……?」
そう聞くと澪吏さんは首を振り、
「いや、今のは事故だよ。ちょっと足を滑らせてしまってね。でも途中で今なら自殺出来そうだと思ったのだよ」
……俺も今此の川に身投げしようとしたけど、止めようかな。すると、俺のお腹が盛大に鳴った。恥ずかしくて腹を抱えて俯く。耳が熱を持つ感覚がはっきりと分かる。
「君、お腹が空いてるの?」
澪吏さんの問いに正直に首を縦に振る。すると澪吏さんはにっこり笑って言う。
「なら、一緒においで。食べさせて上げる」
「え、そんな悪いですよ……!」
断ろうとするけど、澪吏さんに強く腕を掴まれた。
「良いから。子供が遠慮しないの。それに、僕を助けた御礼もしたいし」
その言葉に反応して無意識に顔を上げる。澪吏さんと目が合って、彼は真剣な顔をして言う。
「僕は自殺は趣味だが、人に迷惑を掛けたいとまでは思っていなくてね。だから迷惑を掛けたお詫びと助けてくれた御礼をさせてくれ」
そう云われちゃ、断れない。
「分かりました」
そう言って、自分がまだ名を名乗っていない事に気付く。
歩き出した澪吏さんの背中に声を掛ける。
不思議そうに振り向く澪吏さんに笑う。
「俺の名前は雪星真永です!」
そう自分の名を名乗った。
「真永君か……よろしくね、真永君」
その日、俺は光を見つけた気分だった。