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メッセージ一つで、校門にレンタカーで迎えに来てくれた牛頭先輩が喚く。
「だからって、なんでまた僕を巻き込むんだよ君らは!」
言ってみるもんだなあ。
「いいか、一週間だけだぞ。タダじゃないんだからな」
ミラー越しに目があって気まずいことこの上ない。
「はは……お世話になります」
いやマジで思いつきだったんだよ、真に受けた猿渡が止める間もなくスマホいじくっただけで。
いい先輩を持ったもんだ。
こんないい人がどうして猿渡にこき使われてるんだろう。
「へー猿渡さんの先輩なんすか」
「そうだよ、医大にはストレート合格だったのに国家試験に落ちちゃったんだ。でもいい人だろ」
「乾くん。この性悪男に嫌気が差したらいつでも言ってくれ。夜逃げの手伝いくらいはするよ?」
「はあ」
申し出はありがたいが、まずこの先輩が猿渡を出し抜けるとは思えない。
……今度何か差し入れよう。
試験頑張ってください。
「順番に送ってけばいいんだよな」
「ええ。確かいちばん近いのは……」
「「「俺たちです!」」」
ヤスタカキヨか。
お前らほんと仲いいな。
「その次は俺とミツヨシだな」
「牛頭先輩あざーすっ」
それぞれを自宅まで送り届けてもらい、オレと猿渡と臼井さんの三人になった。
臼井さん家ってどこなんだろ、これをきっかけにcancerを潰した暁には一緒に登下校しちゃったりして。
ささやかな夢に想いを馳せる。
「危ないッ」
「ぐえっ」
シートベルトの食い込みで現実に引き戻された。
「先輩ッ大丈夫ですか!?」
「轢いてない、ギリギリセーフ……!」
牛頭先輩が運転席の窓を全開にする。
「こら!危ないだろ!」
飛び出しらしい。
どこのどいつだバカ野郎。
オレもそう口に出しそうになったそのとき、先輩の顔面がガッと掴まれた。
車内に、舌でナイフをペロペロしそうなスキンヘッドが首ごと入ってくる。
「はじめましてえ〜、cancerでぇす。乾ってのはお前かこの野郎!!」
「ひえ」
来たー!
来るなら来るって言えよ!
びっくりするだろ!
先輩も固まってるじゃん!!
「囲まれたね」
いたって冷静なのは猿渡だ。
やっぱな!そーゆーヤツだよお前は!
オレらはともかく臼井さんだっているんだぞ!
「へー不良って本当に鉄パイプとかナイフ持ってるんだ」
「臼井さん!?危ないって!」
なるべく相手を刺激しないよう小声で止めるけど、もう遅い。
「ああ?なんだてめぇ」
矛先がこっちに向いた。
あああ、終わ
「あっ」
らなかった。
矛先を向けてきたスキンヘッドが、それだけ言ったきり喋らなくなった。
逆再生のごとく牛頭先輩の顔面から手を離し、窓の外へ引っ込んでいく。
そして車を取り囲んでいたヤツら全員が、ササーッと波のように引いていった。
「え……え?なん、だったわけ?」
「さあ?苦手な相手でもいたんじゃないか?……何か言いたそうだね」
「……イエ、ナンデモナイデス」
苦手な相手って絶対お前じゃん。
何やったらあんな反応されるんだよ。
体育祭でも見たことない機敏さだったぞ。
口ごもるオレの代わりに先輩が叫びつつアクセルを踏んだ。
「もう嫌だこんな生活ーッ!!」
「へーあの後そんなことがあったんだ」
「口ピアスはしてなかったけど目つきの悪いスキンヘッドだった、めちゃめちゃ怖かった」
敵対してきたときとは一転、タカシくんとはよく話す仲になった。
いや~結構気のいいヤツなんだよ彼は。
同年だし。
オレのつっかえつっかえな話も、否定せず適度な相槌をうちながら聞いてくれるのだ。
幼馴染三人組が仲良し三人組のままなのも納得である。
「スキンヘッドっていうと、金太さんかな」
「金太さん……?」
力持ちそうではあったけど優しくはなかったぞ。
山賊とかの方が似合う。
「金太さんって気難しくて荒っぽいから、運が良かったな」
「将来の持ち運ゴリゴリ減ってそうだけどな」
乾いた笑いしか返せない。
「でも、いつかは対決しなきゃなんないぞ。あの人も確かやってるはずだからな、クスリ」
「マジで!?あーもーなんでクスリなんかやんだよ、ゲームとかでいいだろ?」
猿渡も言ってたが、何の保証もない、訳がわからん代物だぞ?
そんなものが身体のなかに入るって、怖くないのかよ。
ちなみにオレは今でも注射が怖い。
針が身体に突き刺さって無事なわけなかろう。
「でもそれなら、もう少し練習しといた方がいいんじゃね」
「何を?」
「ケンカ」
「…………」
「そんな顔すんなって!俺で良けりゃ教えるからさ」
イスやら段ボールやらを隅に移動させて、狭い準備室の中央にスペースを作った。
タカシくんがゆっくり動きを見せてくれた。
「いいか?ケンカってのは先手必勝!とにかく相手の攻撃が当たるより先に、自分の攻撃を相手に当てる」
「そりゃそうなんだろうけどさ~」
それが咄嗟にできないから怖いんだって。
猿渡も臼井さんもいないので、思いっきり情けない声を出す俺に、尚もタカシくんは続ける。
「まあ、乾のタッパなら闇雲に腕と足振り回すだけでも何とかなるかもな~運が良けりゃ」
「……悪かったら?」
「その腕と足を掴まれて、ボコボコにされる」
そーですよねえ。
牛頭先輩、一週間と言わず一年くらい帰り送ってくれないかな〜〜。
無理だろうな~~~。
翌朝。
案の定牛頭先輩にすげなく断われたダメージを引きずってジョギング登校をしていると、またもやあの人が現れた。
「おはよう」
「は、はよっす」
相変わらずの強面だ。
「金太と遭遇したそうだな」
「遭遇ってより襲撃されたって感じですけどね……」
前を向いたまま、力なく答える。
来週生き残れるかなオレ……。
「ギャラクシーベガ」
「は?」
「金太にはギャラクシーベガが効く」
「は??」
「健闘を祈る」
行っちゃったよ。
何なんだよギャラクシーベガって。
……プロレス技とか?
またもや学校に着くなり猿渡に聞きに行ったのは御愛嬌だ。
ながらスマホは危ないからな!
そうして、オレは衝撃の事実を知ることになる。
続く