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雀がチュンチュン鳴く爽やかな朝。
つま先でスニーカーの履き心地を確かめてから、軽く走り出す。
ジョギングってほどじゃないけど、こうやって毎朝学校まで走れば体力着くかも?とオレなりに考えた結果だ。
デカいバッグを背負ってるからまあまあ負荷もかかる。
うん、いいんじゃないか?
自画自賛しながら通学路を走ってると、隣に影が並んだ。
てっきり近所のおっさんおばさん辺りかと一瞬横に目をやって、二度見する。
「おはよう」
だって、だって!
そこにいたのは忘れもしない、強面のボディーガードさんだった。
「うぇ、は、はよっす……」
それだけじゃない。
なんと学校の制服らしきものをお召しなのである。
この迫力で学生だったなんて嘘でしょ……。
もしかして同校の先輩……?
いやいや、まさか。
こんな怖い顔一回見たら忘れないって。
「二丁目の商店街だ」
「はい?」
「潰すんだろう?」
え、それって……。
「健闘を祈る」
ぐんとミスター強面の速度が上がってあっという間に見えなくなった。
何者なんだ。
学校に着くなり、早速猿渡に報告する。
幸か不幸か走って来たおかげで朝の予鈴まで余裕があったのだ。
「二丁目の商店街……確かにそう言ったんだな」
「う、うん……てかさ、あの人ってまさか知り合いだったりする?」
ほら、一方的に知られてるのってなんか不気味だろ?
あんな強面ならなおさらだ。
「まあ、知り合いというか協力者だと思ってくれていい。今のところは」
「今のところはかよ」
とりあえず敵じゃないのは良かったけど、それならそれでずっと味方でいてくれよ。
いきなり襲いかかられたら泣きじゃくるぞオレは。
「それより二丁目の商店街だ」
「商店街と蟹江のチームとどう関係あるんだ?」
二丁目にある商店街と言えば『キノイチ商店街』だ。
オレが小さいころからシャッターの多い寂れた商店街である。
あんなところで集会とかして盛り上がるのか?
この前のオシャレな店で良くね?
顔に出てたんだろう、オレの疑問に猿渡がサラッと解答する。
「店だけでやってたらすぐ特定されちゃうだろ」
「昨日か一昨日は店が中心だって言ってなかった?」
「たぶん上客とかコネのある客を店でさばいて、不特定多数は外でやってるんだ。小手調べにはちょうどいい」
きっとその小手調べにはオレが行かされるんだろたーな……。
が、しかし。
すごすごと教室に戻って、放課後準備室に行ってみると意外なのに白羽の矢が立っていた。
「段取りは理解できたかな、ミツヨシくん」
「カンペキっす!もー大船にノッた気でいてください!」
不安だ。
猿渡を壁際まで引きずってコソコソ耳打ちする。
「ミツヨシは病み上がりなんだぞ、何考えてんだよ」
「今回は彼が適任なんだ」
しれっと冷血漢が言う。
「どー見ても小手調べには向いてねーって」
下手するとまた捕まるのがオチだぞ。
「だって君はラジコンの操作できないだろ?」
……ラジコン?
キノイチ商店街唯一の喫茶店で、猿渡がメニューを差し出した。
「何にする?奢るよ」
「はいっこの『ミラクルギャラクシーファンタジアパフェ』がいいっす!」
「俺は……コーヒーで」
三人の目がこっちを向く。
「乾、君は?」
「じゃあ、ホットケーキ……あのさ、本当にこんなとこで寛いでて大丈夫なのか?」
これから密売現場を押さえに行こうってときに、呑気すぎやしないだろうか。
もうちょい慎重にいった方がよくないか?
今のうちに逃げ道を確保しとくとかさあ。
「まー見ててくださいよ総長、オレのラジコン捌きを」
それが心配なんだよなあ。
「行きますよ~しゅっぱーつ!」
針山のスマホにさっき通ってきた商店街の通りが映る。
そう、作戦ってのはラジコンにミツヨシのスマホをくっつけてテレビ通話状態で走らせるというものだ。
正気か?
これが不良のやり方か?
そもそもラジコンなんて、スネ夫のおもちゃでしか知らんぞ。
「ドローンとかじゃダメだったのかよ」
「予算オーバーだ。それに足下をちょろちょろさせた方がおちょくってる感じがしていいだろ?」
「壊されたらまた数万パーだぞ」
機種によっては二十万くらいするかも。
確か猿渡お前ミツヨシたちのスマホ一回オシャカにしてなかったっけ?
「それも対策済っす!ちゃんと保険入ったんで!」
「え、ああ……そう……」
まあ本人がいいならいいの、か……?
「お、さっそく怪しいヤツ見っけ」
その言葉につられて全員画面に集中する。
ガタガタ揺れる画面にはオレらと同年代くらいのが一人いた。
「売人若すぎじゃね?」
「コイツ……“cancer”のメンバーだ」
針山が低い声でつづける。
「たぶん、あと二人いる」
「根拠は?」
「いっつも三人でつるんでるんだ。幼馴染らしい」
「幼馴染なら誰か止めろよ……」
思わず心の声がもれる。
「全くだ」
いの一番に猿渡が同意した。
ちょっと驚いたのは、その声音が怒ってるように聞こえたからだ。
てっきり余裕かましてくると思ったのに。
あっけにとられてると、オレに気づいたのかいつもの調子にもどった。
「幹部連中より、まずその仲よし三人組の性根を叩き潰すのが先のようだね」
……叩き直すの間違いじゃないかな。
……間違いだよな?
「ミツヨシ、後二人の顔撮れるか?」
「いけますっ」
ミツヨシが手元で操作すれば、ものの数分もたたないうちにそれらしき二人が見つかった。
うわ、口にピアスしてる……痛そう。
蟹江みたいなイケメンがやるならまだしも、オレと似たりよったりなのがすると『格好いい』とかより『痛そう』が先に来るんだよな……。
世の中残酷だ。
『あ?何だこれ』
「おいっ気づかれたぞ!」
口ピアスが画面に手をのばしてくる。
「はっ!ほっ!」
『この、ちょこまかウゼーんだよ!』
映像がブレすぎて酔いそう。
にしてもミツヨシの指捌きはすごい。
マジでおちょくりながら逃げてる。
二人ともラジコンを追いかけ回すのに夢中で、客を放ったらかしだ。
というかさっさと逃げたみたいだ。
客の方が賢いな。
「そこ左に曲がって。隙間があって通り抜けられる」
「はいっ」
『あー!コイツ隙間に!』
『どけ!引きずり出してやるッ。あ、ヤバい、引っかかった……抜けない、どうしよう』
『えー!?』
こうしてまんまとラジコン作戦は成功したのだった。
続く