10
とうとう一週間経ってしまった。
牛頭先輩のレンタカーはもう来ない。
「はぁ~こんなんが本当に効くのかよ……」
猿渡に押しつけられた、腕のなかのそれを見下ろした。
カタボウ10
「集団下校なんて小学校以来っす!」
「分かった。分かったからミツヨシ、白線の内側を歩こうな」
「ヤスタカキヨ三人は後ろを警戒してくれ。臼井さんは真ん中。乾が先頭だ」
「うぇえ俺ぇ!?」
両手が塞がっているというのに先頭に抜擢されて、声がひっくり返った。
まあまず無傷じゃすまねぇよな……。
骨折は痛いって聞くけど、どれぐらい痛いんだろ……ぼーっとして溝にハマったときより痛いんかな……。
ああ、俺も雀みたいに空と戯れてたい。
「じゃ、行こうか」
おら歩けと言わんばかりにせっかちメガネがぐいぐい背中を押してくるもんで、足が勝手に動く。
「猿渡さんっ次!次オレにやらせてください!」
アトラクションかオレは。
押されるがままヤスタカキヨ、針山、ミツヨシ、そして臼井さんを無事送り届けた後、見計らったかのように一週間前の装備そのままでスキンヘッドたちが現れた。
今度は本当にナイフをペロペロしている。
「久しぶりだなァ~待ち遠しかったぜぇ……あ!?なんでテメェが“それ”を持ってやがるッ!?」
が、オレの腕のなかのものを見てナイフを取り落とした。
そりゃもうマンガみたいにカラーンと滑っていく。
三白眼はオレの持つ『ギャラクシーベガ』の未開封フィギュアを凝視していた。
「あれ、フィギュアか……?」
「はあ?何のだよ?」
「お前知ってる?」
「いや……」
リーダー格がめちゃくちゃ狼狽えだしたせいで、手下の皆さんにも動揺が広がっている。
オレだって知りてーよ。
猿渡に『ギャラクシーベガってなに?』って聞いた翌々日くらいに、軽い感じで「はいこれ」って渡されて今に至るからな。
「説明しよう」
猿渡のメガネが光った。
「ギャラクシーベガというのは、三年くらい前に深夜帯で放送してた銀河系魔法少女アニメだよ。
宇宙の未知なる環境で人体実験された少女たちが特殊能力を得て、自身の生い立ちや人体実験の後遺症に苦悩しながら、それでも生き抜くために外宇宙から迫りくる生物に立ち向かう壮大なストーリーでね。全二十一話完結のオリジナルアニメなためか、今じゃ新規のグッズはめったに出ないんだ」
なんか始まったぞ。
「そうッそうなんだよ!衣装はSFっぽいピッチリスーツだけど、キャラとその特殊能力によって少しずつ違ってて分かりやすいし、最後の敵が生物じゃなくて小惑星だったのも最高なんだッ悪意ある生物より、偶然の無機物のほうが宇宙の不条理さが感じられるッ……科学者連中を恨みながらも、ベガたちは大好きな人たちのために全員、命をとして小惑星を外宇宙への軌道に押し戻したんだ……彼女たちは文字通り、宇宙へ還ったんだ……ズビッ」
自分で解説して自分で感動してる……。
事態に全然ついていけてないオレだったが、猿渡に視線で促され我に返った。
「う、動くな。一歩でも動いたら開封する、ぞ……?」
唇を震わせて近づいて来ようとする金太に、予め練習させられていた台詞を言う。
自分で言うのもなんだけど、こんな情けない脅し文句は初めてだ。
「わっ分かった!動かない!話し合おう、な?お前らも絶対動くなよッ」
「き、金太さん……!?でも」
「うるせぇッあれがどんだけ貴重なブツか知らねーのか!?」
すいません、オレも知りません。
ただ持たされてるだけです。
「受注生産のみの初回限定品なんだぞ!?それを、それを……ッ開封!?しかもこんな道端でするなんてーッ!!!」
「はあ」
並々ならぬこだわりがあるらしい。
フィギュアじゃないけど、オレはいつも買ったそばから雑に開けるタイプなので、こんな葛藤とは無縁だ。
「とりあえず落ち着け、な?悪いこた言わねえ。今なら間に合う」
とうとう説得まで始まった。
もう襲撃どころじゃないらしい。
効くってこーゆーこと!?
「えっと……これからもMessiahを襲撃するつもりなら開封する。あー……ほら、オレらに何かあれば先生に処分されちゃうかも」
「処分んんんんーッ!?」
仰け反りつつ絶叫される。
逆に面白くなってきた。
調子に乗ったオレは、やめときゃいいのに振りのつもりで箱のラベルに指を当ててしまった。
「や、やめろォー!」
「うわ!?」
ぺり…っと小さな音が耳に届く。
「あ」
「あーーーー!?」
やべ。
本当に剥がしたちった。
怒られたらどうしよう、と猿渡の方を恐る恐る見る。
「これで分かったろ。うちの総長は本当にやるぞ?」
「くっ……帰るぞ」
「マジっすか金太さん!?」
「いやまずいっすよ、糸目さんがなんて言うか」
「糸目なんざ知るか!ギャラクシーベガの方が重要だ!!」
律儀にナイフを拾って帰ろうとする金太に、そういえばと声をかける。
「あ、あとさ」
「あ゛?まだあんのかよ」
うう、怖い。
でもこれだけは言っておきたい。
「その〜、ついでにクスリもやめたらどうかと」
「あ゛あ゛!?」
「いや、聞いてたらギャラクシーベガへのあんたの情熱はよーく分かった!分かったから言うけど、ギャラクシーベガたちは人体実験されて後遺症に苦しむことになったんだろ?なのにあんたは自分からわざわざ不健康になるのか?矛盾してないか?」
もし臼井さんが同じ境遇だったら、オレ絶対毎月献血行くよ。
「ケッ素人が、偉そうに説教たれてんじゃねぇ!!」
スキンヘッドが吠えた拍子に、箱が爆発した。
「うわッ!」
勢いよくギャラクシーベガは道路へ飛び出して行く。
そしてその上を車が通過した。
「あ」
「あっ」
「ベガーーーッ!!」
いの一番にスキンヘッドが駆け寄る。
しかし時すでに遅く、フィギュアはバラバラのベッコベコになっていた。
ウッソだー、んなことある?
切り札がなくなっちゃったよ……。
んが!
ただじゃ転ばないのが我らが腹黒メガネである。
「君のせいだぞ、金太」
とんでもない責任転嫁をしだしたのだ。
フィギュアの残骸を前にうずくまる彼の前に、猿渡が仁王立ちする。
「健康や生命をないがしろにするのはベガの存在意義の否定だ。君はあの第十三話を忘れたのか!?」
中盤も中盤じゃん。
十三話で何があったんだよ。
「い、いや……でも、でも俺は」
こっちはこっちで目の前で推しのフィギュアが木っ端微塵になって呆然としてるし。
オレだけでなく、二人以外会話についていけてない。
「いいか。seedは確かに依存性も効果も軽い。けど体内には確実に蓄積していってるんだ。気づいたときにはもう抜け出せない。止めれるのは今しかない。一生幻聴に悩まされたいか」
そうだったのか。
だからミツヨシも何とかなったんだな。
なんとなく強いクスリの方が怖いイメージあったけど、逆に軽いクスリの方が使用回数が増えて結局深みにハマるわけね。
なるほどなるほど。
cancerの下っ端といっしょに聞き入っていると、今度は妙に優しい声音で猿渡がスキンヘッドの肩に手を置く。
「確かにベガが飛び出したのは偶然かもしれない……だが、ベガは自分を犠牲にしてでもみんなを救ってきた。そのなかに、どうして君がいないと言える?」
「まさか、ベガ……俺のために……?」
「よく考えてみることだね」
「うお゛おおッベガー!!俺が悪かったぁーッ!!」
茶番ってこーゆーことを言うんだなあ。
スチャッと立ち上がって猿渡がこっちに来た。
「さ、帰ろうか」
二人並んで歩く。
「あのさ、あれって……」
「もちろん小細工だよ。フィギュアの足下にちょっとね」
こっから先は聞かない方がいいんだろうな。
絶対ちょっとやそっとじゃなかったぞ。
「でも見直したよ」
「へ」
「あそこで君が自分から金太を呼び止めるとは思わなかった。格好よかったよ」
「お、う」
珍しく腹黒じゃない笑顔を向けられて、変な声が出かけた。
どぎまぎしてるオレをよそに、猿渡が「あ、僕の家ここだから」とマンションの前で立ち止まる。
「送ってくれてありがと。また明日」
「うん……」
その後、ぽーっとして溝にハマったことはオレだけの秘密だ。
続く