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カタボウ  作者: バランガ
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大人が知らないだけで、子どもの世界も弱肉強食だ。


「ハァ…ッハァ…あとっどれくらいだ…!」


どこをどう来たかも覚えてない裏路地を全力で走り抜ける。

空き缶やらビニール袋やらが邪魔して走りにくいったらないが、止まったら止まったで後ろから怒号をあげて追いかけてくるヤツらにボコボコにされるのは間違いないので、こっちも必死で足を動かす。


『もーちょい先。五十メートルってとこかな』


そんなオレの耳元でのん気にナビをするのは一応味方?にあたる男だ。


『にしても遅すぎ…待ちくたびれたよ』


…味方のはずである。


「お、前なぁ…ッ」


息も絶え絶えに搾り出した抗議の声は、ゴール地点に着いた合図でかき消されてしまう。


『はい到着、お疲れさま。巻き込まれないよう気をつけて』


ごちゃごちゃした先は行き止まりだった。

振り返るまでもなく、もう敵チームに追いつかれたのがわかる。


「おいおい、もォ終わりかよ」


ほら、みんなバットとか持ってるし…引きずってると音ですぐ分かるよね…。


「ったく手間取らせやがって」


口にピアスなんかしちゃって、ヤンチャが過ぎるぞ〜…はっはっはっ。

…ホントに大丈夫なんだろうな猿渡のヤツ!


「“cancer”のオレらにケンカ売っといて無事で済むと思うなブッ!?」


三人組のうち一人が降ってきた黒い塊に潰されてコンクリの地面に倒れた。


「な、なんだ!?」

「上だ!上からなんか降っベボッ!」

「タカシーーッ!」


辺りにぷぅんとすえた匂いが広がる。

ご町内から集めてきたゴミ袋が破れたんだな。

たかがゴミと侮るなかれ。

ろくに分別もされてない袋の中には鈍器も入ってりゃ液体も入ってるのだ。

あれ、風呂だけで落ちんのかな…。

もはや恐怖ではなく臭さで後ずさってしまった。


「覚えてろよッこんなことして…蟹江さんが黙っちゃいねーかんな!」


伸びた二人を引きずってもたもたと逃げていくのを見送って、こっちも汚れてないスペースにへたり込む。


「っはー…疲れた」


バット持って追いかけられるとはなー…不良って恐い。


『意外とあっさり引いたな。他にも用意してたのに』

「残念そうに言うなよ…」

『君こそ、もっと堂々としてくれ。仮にも総長なんだぞ?いずれ“cancer”の頭とやり合おうってのに』

「なあ、思ったんだけど…それ、猿渡の方が向いてんじゃ…」

『後片付けよろしく〜』

「聞いてる!?」








そもそもの始まりは二週間前までさかのぼる。




「ごめんね乾くん。私、蟹江さんみたいな人がタイプなの」


満開の桜の下、フラれた。

真っ白になった頭の中にキーンコーンカーンコーンと予鈴が流れてくる。


「じゃあ予鈴鳴ったから」


あっさりそう言って校舎へ向かう彼女。

やっと声が出たのは本鈴が鳴った後だった。


「誰だよ⁉︎蟹江って!」


30分もかけてセットした髪をかきむしる。

そーだよ。

オレだって考えたんだよ。

ちょっと高い美容院に行ってみたり。

友達の友達から彼氏はいないって確認したり。

ムード出そうな告白スポット探したり。

なのに〜〜〜〜っ!


「どうせ蟹江なんてカッコだけのチャラチャラしたヤツに決まってる!」


どうせ泣こうが喚こうがここには誰もいない。

そう思って声に出すと、まさかの背後から返事がきた。


「それは違うね」

「だ、誰だ!?」


木の陰からすっと現れたのは黒髪銀フレームのいかにも優等生っぽいヤツだった。


「同じクラスの猿渡だ。話は聞かせてもらった」

「え…ずっといた、の…?ここに…?」

「まあね」


無情にも告げられる。

口をパクパクさせるオレを無視して、優等生は続ける。


「僕にいい考えがあるんだ」


ここじゃなんだから場所を移そうと言われ、素直に着いていく。

授業サボっちゃったわけだし、あのまま校庭で話し込むのはまずい。

優等生によると、いい場所があるらしい。

どこ行くんだろう…屋上とか?

しかし、猿渡の足は校庭を出ることなくウサギ小屋の裏で止まった。

…ウサギ小屋?


「え?なんでウサギ小屋?屋上とかじゃなくて?」


思わず口に出して聞いてしまう。


「ここは掃除する時しか人が来ないし、万が一来たとしても害のないヤツだけだからね」

「そ、そうなのか」


まあ…言われてみれば屋上といえば不良がたむろってるイメージだしな。

それに比べてウサギ小屋に不良のイメージはない。


「本題に入ってもいいかな?」

「あ、ああ」


なんとなくだけど、猿渡はオレにとって苦手なタイプかもしれない。

銀フレームの眼鏡の奥から切れ長の目でじっと見つめられると、自分が実験動物にでもなった気になってくる。

後になって思えば、オレの勘は当たってたんだけど。


「君…チームを作る気はないか?」

「チーム?なんで?」


チームって何かスポーツのチームなんだろうか?

この時オレは盛大な勘違いをしていた。


「蟹江は“cancer”って不良チームの総長だからさ」

「え」

「つまり、君をフッた彼女のタイプは不良ってこと」

「ええーッ」


淡々と明かされる衝撃の事実にウサギ小屋のボロい壁にすがりつく。

うっそだー彼女のタイプは“背が高くて優しい人”だもん!

ちゃんと友達の友達から聞いたもん!


「あー…たぶん間違ってはいないと思う」

「不良のなのに!?」


“背が高い”だけならまだしも“優しい”なんてありえねーって!

そうまくしたてると銀フレームの奥が待ってましたとばかりに光った。


「じゃあ、実物がどんなもんか見に行こうか」



連れて行かれたのは廃ビルの屋上だった。


「…ここにいんの?」

「いや、ここは偵察用。ほらあそこに横文字の看板が見えるだろ?あれが“cancer”のメンバーが集まる店だ」


言われてみれば、斜め向かい辺りにオシャレな横文字の看板が見える。

うーむ、こっからじゃ読めないな。

とにかく大人っぽくて高そうな店だった。


「いつもならもうすぐ蟹江が来る頃だ、背格好くらいなら十分見える」


二人してコンクリの地面に腹ばいになる。

なるべく見つかりにくい工夫だそうだ。

でも、これじゃ背の高さは分かっても性格までは分からないんじゃなかろーか。


「見てれば分かる」


猿渡に断言され、しぶしぶ待つこと数十分。

ついにその時が来た。


「蟹江だ」


声に引っぱられるように斜め下を見る。

まず目につくのは栗色の柔らかそうなロン毛。

次に、傍らにはスタイル抜群のお姉さん。

腰に手なんか回しちゃってる。


「蟹江って…何才なんだ」

「僕たちと同い年だよ」


そんなことも知らないのか、と言わんばかりの顔で言われる。

悪かったなあモグリで。

当の本人はオレらに気づくことなく、お姉さんに羨ましいほど抱きつかれている。

不良の割に軟派なヤツのようだ。

ふ、ふふ、わかったぞ…。

“優しい”ってそーゆーことか。

あんなのに彼女がふさわしいわけがないっ。


「今ここら辺じゃ“cancer”が一番幅をきかせてる。最近は薬にまで手を出してるって噂だ。対抗チームが出てきたら蟹江も女の子や薬にうつつを抜かしてる場合じゃなくなると思うんだけど…どう、僕の話に乗る気になった?」

「なったなった!ずぇったいアイツに彼女は近づけさせない!」


薬までやってるなんてますますダメだ。

彼女はオレが守る!

鼻息も荒く宣言すると、猿渡が微笑んだ。


「じゃあ、これからよろしく総長」


………ん?総長?


こっくりうなずかれる。


「む、無理無理!ケンカとかオレには無理だって!」


手と首をぶんぶん振る。

やたら背だけは高いせいで勘違いされるが、ケンカはからっきしだ。

近所の犬にすら負ける自信ある。

裏方ならどんと来いだけど、とても総長なんて器じゃない。


「そう?でも蟹江はそう思ってないみたいだよ」


猿渡の視線につられて下を見ると、お姉さんといちゃついていたはずの蟹江と目があった、気がした。

直後、店から二、三人が出てきてこっちへ走ってくる。


「え…え…?」

「気づかれたようだ」

「気づかれたら…どーなるんだ?」

「そりゃ平和的にはいかないだろうね」


そーでしょーねー…。


「ってのんびりしてる場合じゃねーよ!逃げないと!」

「今から降りてったら奴らと鉢合わせだよ」


猿渡は銀フレームの奥からじっと見つめてくる。

まるでオレに委ねるかのように。


「か、隠れよう…!どっか物陰でやり過ごすんだ!」


やっとそれだけ口にできた。

でもそれ以外ないだろ!?

そう目で訴えかけると、向こうが先に目をそらした。


「ま、40点ってところかな」

「へ」

「次に期待してるよ、総長さん」


意味を理解する前に、よっこらしょと猿渡が立ちあがる。

そして手慣れた感じで鉤爪のついたロープをひゅんひゅん回し始めた。

そんなのどこにあったの。


「よっと」


勢いをつけたロープは難なく隣のビルの屋上の淵へ引っかかった。

ウソだろ。

さらにこっち側に生えてたフェンスにぎゅうぎゅう結びつけている。

まあ何ということでしょう!

綱渡りロープの完成だ。


「まさか、これを、渡れ…と…?」


平凡な学生には思いもよらないアドベンチャーだ。

親指くらいの太さのロープが地上十数メートルの風に揺られている。


「渡るわけないだろ、ほらさっさと隠れるぞ」


え?渡らないなら、なんでロープを張ったりしたんだ?

その疑問は数十秒後、あっさり解決した。

屋上出入り口の死角に息をひそめて隠れるや否や、ドアがバンッと鳴る。


「なんだよ、いねーぞ?」

「あっあれ!ロープっすよ、きっとあれで向こうのビルに渡ったんすよ!」

「この高さをかぁ?」

「間違いありませんって!オレらも行きましょう!」


声だけ聞くと、蟹江の手下といっても下っ端の下っ端らしい。

とてもじゃないが幹部とは思えない口調だ。

首だけ出してのぞいて見ると、背の低い方が高い方をせっつきロープに手を伸ばしていた。


「…渡り始めちゃったけど」

「よし」


ギャーギャー喚きながらも二人はロープをつたって数メートルの綱渡りを渡り切った。

渡れるもんなんだな。

オレはもう逃げることも忘れて感心しきりだったが、猿渡は違った。

涼しい顔でハサミをふるい、ロープをちょん切ったのである。

だからどこにあったんだよ!?


さすがにこれには下っ端二人も気づいた。


「あー!テメェらなんでそっちにいんだ!?」

「だからオレは嫌だって言ったのに」

「それどころじゃないっすよ!どーやって下に降りたらいいんすか!こっちの屋上鍵閉まってるっすよ!?」


大混乱である。

そしてオレも大混乱である。

逃げるためとはいえ、ちょっと陰湿ではなかろーか。

しかし、オレは甘かった。

横にたたずむ銀フレームは不良より極悪だった。


「そーだ!スマホで応援頼みゃいーじゃん!」

「おお!」


二人ともいそいそとスマホを取り出す。

しかし、そんなの猿渡が許すわけがない。

止める間もなく手の平サイズの小石が二人のスマホに鮮やかに命中した。

当てようと思って当てられるんだ…。


「「あ゛ーーーッ!」」


当然スマホは小石が当たったのとコンクリの床に落下したのとで、完全に壊れてしまった。

うわぁ、数万パーだよ。


「何しやがんだテメェ!」

「何って…宣戦布告だよ。蟹江に伝えな。“cancer”はこの“Messiah”が潰す。総長はコイツだ」

「えっ」


待て待て待て。

今なんかさらっと紹介しなかったか?

本人の了承も得てないのに!?


「ふっっざけんな!!ちょっとガタイが、いーからってナメてんじゃねーぞ!そこらの雑魚が蟹江さんに勝てるわけねェだろ!!」


ここにきて初めて猿渡はかすかに笑った。


「勝てるよ。だって」


それは、


「この僕が選んだんだから」



勝利を確信した笑みだった。



















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