ジュルドの森
エルサーム郊外、ジュルドの森。
この森は魔素量が多く、生息する生物も大きく、協力である。
そんな危険な森の中に、一つの小屋があった。
「しっかし、この前のエルフの娘はよく売れたなぁ」
「あぁ、最近はドワーフの娘も、ガキ好きの変態に需要出てきたしな。大繁盛だよ」
男達は汚い服と剣を持ち、樽の酒を浴びるように飲んでいる。
無造作に生やした髭と髪にはシラミがあり、しばらく水浴びもしていないことがわかる。
「なぁ、聞いたか?エルサームの街に吸血鬼の娘が出たらしいぜ」
「吸血鬼か…いいな、ちょっと楽しんでから売り飛ばすか」
「ま、俺達なら余裕だろ。この前だって、あの巨人種をぶっ倒したじゃないか」
「は、四人がかりだったし、真祖からは逃げまくってたじゃねぇかよ」
「うるさいなぁ、そもそも真祖なんて勝てるわけないだろ?」
「まぁな…つか、真祖内でも滅茶滅茶強いのがいんだろ?なんだっけ、七星巨人だったか?アイツらが一人でもいたら死んでたわなぁ」
「おま、七星巨人っつったら千年クラスの真祖ノ巨人だろ?一人で国一個ぶっ壊せるだろうが」
「ま、エルサームの奴らなら大体殺れんだろ。万が一騎士が討伐に来たって、Aランクまでならどうにでもなるだろ」
はははと笑いながら、男達はまたも酒を浴びる。
袋にパンパンに溜まった金貨を見て、光悦に笑う。
「もう、誰も俺達を止められねぇ…!」
♢ ♢ ♢
「ここがジュルドの森ですか」
「そうだな」
シエラとレイが立つのは、ジュルドの森の入り口。
いくつもの大きな獣が通ったのであろう、そこには草木は生えておらず、綺麗に穴が空いたようになっている。
だが、森の中に入り口のような穴があるのはそう珍しい事ではない。
問題は、別の点である。
「すごい魔素…」
「そうだな、少し気分が悪い」
「ですね…」
生物の体調は、空気中の魔素量できまる。
強い種族ほど魔素が必要というわけでもなく、その個体にあった魔素量というものがあるのだ。
それはほとんど自分の生まれ故郷などによって分かれるのだが、当然ジュラドで育ったわけではない二人には、ここの魔素の濃さは酷であるのだ。
「とりあえず、探しましょうか。行方不明のエルフの娘」
「うむ」
穴に入ると、そのまま道がまっすぐ進んでいる。二人は、その跡を辿っていく。
途中小鬼や猪人などに襲われたが、無論二人の敵ではなく、順調に斬り伏せ、焼き殺し進んでいた。
「あ…」
「…分かれてるな」
二つに分かれた道。
少なくとも何かしらの巣穴が二つ以上あるということだろう。
道である以上エルフの娘はどちらかを進んだのだろうが、到底それがわかるわけもなく。
「手分けしますか」
「ふむ」
妥当な案だとレイが頷き、二人は別れた。
♢ ♢ ♢
レイと別れて、しばらく経った。
だんだんと腐敗臭がしてきたことから、この先に巣があることがわかる。
「しかし、本当に濃いですね…」
吸う空気に混ざる濃い魔素に吐き気が強くなる。
森の入り口より濃くなっている気すらする。
だが、腐っても真祖のシエラはそれくらいでは身体能力は低下しない。むしろ、少し我慢すれば魔法の威力だって上がる。
倒した獣も100を超えてきたところだろうか、シエラの足にグシャッと殻のような物が潰れた音がした。
「…これは、ブルの実…?」
屈んでつまんでみると、よく見る木の実だった。
ブルの実は、魔素を多く含んでおり、魔法使い系の者達が好んで食べる。
一時的に魔素量を増やす効果もあり、市場にブルの実をこして凝縮された錠剤が出回ることもある。
「こんなに魔素量の多い森なら、そりゃなりますよね…」
急にレイと離れた寂しさ故か、心なしかシエラの独り言が多い。
だが、次の瞬間、独り言さえ言えなくなってしまった。
「…!!あれは!」
急に走り出すシエラ。風のような凄まじいスピードで走り、遠くから見えたその人影を確認すると、そこに歩み寄る。
「…す…けて……たす……けて……」
そこにいたのは、十字架に身包みを剥がされたまま縛り付けられたエルフの娘。
いたるところに青アザがあり、歯と爪は全て抜き取られている。髪もボサボサで、美しいと聞くエルフの面影はどこにもない。
「なんてことを…今ほどきます…!」
娘を縛る縄の結び目を小さく燃やして、娘を十字架から解放してやる。
力無く落ちてくる娘を受け止めると、シエラは自分の上着をかけてやる。
「もう…いたい……のは…いや……」
「大丈夫です。私は貴女の味方ですよ」
娘の頰の大きな痣をさすってやる。
静かに立ち上がり、シエラは"先程からそこにある"気配に言った。
「あなたが、こんなことを」
「あーあ、何してくれてんの、お前?」
シエラは何も言わずに気配の方へ向く。
木の上に立っていたのは3人。
武器や装備、身なりから見ると、猪人の武闘者が一人、人狼の弓兵と狂戦士が一体ずつ。
シエラはそのパーティをみて静かに確信した。
(勝てますね…!)
「死ねやッ!」
まず弓兵が弓を五本飛ばす。シエラが最初の一本を避けた時に視認したのは、毒。
シエラはエルフの娘を自分の後ろに庇い、残りの矢を羽を掴んで止める。
隙もなく飛び込んできていたのは狂戦士。
「グルゥア!!」
振り下ろされる特大の鉄剣の横面を右の裏拳で砕き、左手に持った四本の毒矢を狂戦士に突き刺す。
「グァ、ガフッ…」
だいぶ速効性があったようで、すぐに鼻と口から滝のように血を吹き出す。
そのまま狂戦士を殴り飛ばすと、またもその影から素早く武闘者が走りこんでくる。
(一瞬で距離を…!)
「喰らえ!我が最速!」
檄を飛ばして繰り出したのは、くっきり残像が残るほどの速度の連弾。
通常の者達であれば瞬殺であろうが、相手が悪かった。
「レイさんは、見えもしないですよっ!」
シエラは、その全てを捌ききった。
何百手もの攻防が終わった後には毒矢を十二本両手に携えて、まとめて一方向に投げる。
「そんな!全部掴むなんて!」
弓兵は嘆くが、毒矢を避けきれずそのまま堕ちる。
死の間際に二本矢を飛ばすが、やはりシエラには届かず、両手に捕まえられてしまった。
だが、両手が矢で塞がったシエラの隙に、狂戦士と武闘者が殴りかかる。
それを冷静に確認したシエラは、細い足で狂戦士の頭に蹴りを入れ、そのまま回して武闘者にぶつける。
狂戦士の方は絶命は免れないであろう。
2匹が空中を舞う間に、手に持つ二本の矢を後方二時の方向に投げ、羽根の方で弓兵を落とす。
「いてて…ったく、こんな化け物だなんて聞いてねぇぞ…!」
脇腹を抑えながら武闘者が立ちあがる。
(狂戦士越しとはいえ、かなり強めに蹴ったはずですが…)
シエラは武闘者の打たれ強さに少し感心しながら、冷静な顔で構えを取る。
「今です!やっちまってください!」
武闘者が不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。
シエラは咄嗟に死体含め全員の動きを警戒するが、何も起きない。
「なんですか、ブラフで………っ!」
シエラの言葉の最中に、右脇腹に激痛が走る。
吸血鬼のスキル血の支配者が血の流れに異変を感じる。
毒だ。
後方、矢が刺さった方へ視線を向ける。
「アハァ…ちょっと泣けばすぐ騙されてくれるのね…」
いつのまにかあざの消えた口元で不敵に笑う娘。
遠くの夕日は、沈みかけていた。