レイの家
「これ…は…」
「ね…?わかっただろう?」
「人の家に勝手に乗り込んでなんだその言い方」
「いや…だって……」
シエラが言葉に詰まる。
それもそうだ、何故なら今3人がいるこのレイの部屋が
「汚すぎますよ!」
芸術的なまでに散らかっていたからである。
床には魔力発熱式の即席麺とごみが散乱し、服は脱ぎっぱなしで山になっている。
台所には油ベットリの食器が山積みになっている。
「我慢…出来ません…!」
震えながらシエラが言う。
そのタイミングに、待ってましたと言わんばかりにレイが反応する。
「だろ?嫌だろ、ほら、じゃあ事務所か社長のとこに泊まれって」
「いえ…」
「え?」
「……します」
ボソッとうつむきながらシエラが言う。
聞き直したレイに向き直り、今度は大きな声でもう一度言う。
「そうじします!さぁ、一度出て行ってください!」
「いや、掃除するも何もここ僕の部屋…」
「はい、早く出てく!ほらほら!」
レイの反論をもろともせず、シエラはバートスとレイを玄関から追い出す。
「しばらく待っててください!」
顔だけ出してそういうと、シエラはバタンと強く玄関を閉めた。
外に残ったのは、男二人。ため息をつきながら座るレイに釣られて、バートスも共に座る。
バートスが懐から煙草を出す。指をパチンと鳴らし指先に付けた火を、煙草の先に移す。
「ふぅ」と煙りを吐き、バートスは一息つく。
先に口を開いたのは、レイだった。
「どう言うつもりだ」
「やっぱ、嫌か?」
「…別に、ヴァーミリスと僕は関係ないだろ」
「まぁ、そうだけどさ…」
しばらく二人は空を見上げる。
雲に煙草の煙が重なるのを、ただ眺め続ける。
また一息吐いた後、目を瞑って嫌味のように言う。
「ま、お前シエラちゃんの仇だしなぁ」
「………いや、実際僕ではないだろ」
それから、レイは押し黙った。
少し、昔のことを思い出した。
まだ幼かった頃。自分の頭を撫でたその手が赤く染まった記憶。冷たくなった両親に抱きつき、ひたすらに泣いた記憶。
怪しく笑う夜の王の記憶。
そして、また思い出すのは、ついさっきのシエラの言葉。
【私の両親は、悪魔に殺されました】
自分の、種族。
最強戦闘種族の一角でありながら、忌み嫌われるその種族。
悪魔。
「ま、上手くやるよ」
「…そうか」
いつも通りのぶっきらぼうな言い方に、バートスは安堵の表情を見せる。
また辺りに煙草の匂いが広がり、スゥッと消えていく。
なんどそれが続いた頃か、中からドタバタと音がしてきた。
ガチャっと開いたドアから、美しい金髪の少女が顔を出す。
「掃除、終わりました。お昼ご飯も作りましたよ。さ、食べてください」
「そか、悪いな」
「いえ、居候させていただくんですから、それくらいは」
レイが立ち上がり、「ささっ!」と張り切るシエラに中に引き込まれる。
一人残ったバートスは、もう一度だけ煙を吐く。
「俺が心配なのは、シエラちゃんの仇の事だけじゃないんだけどなぁ…」
床に煙草を擦り付けて、その火を消す。
吸い殻を手で握りつぶすと、指の隙間から光の粒子が漏れてきた。
「悪魔が仇の吸血鬼と、吸血鬼が仇の悪魔か…」
一人呟くと、奥から聞こえる少女の声に応えて、すくっと立ち上がる。
「わかったわかった、いまいくよ!」
♢ ♢ ♢
「おぉ…」
バートスは、素直に感心するしかなかった。
なんと言う事でしょう。あんなにゴミだらけだった部屋は綺麗に整頓され、バラバラだった漫画は一巻から順に並べられています。
今まで見えなかった壁紙も綺麗になり、いつのにか黒ずみがなくなった机の上には、彩り豊かな食事が並んでいます。
「シエラちゃん、凄いねぇ…」
「えぇ、家事は得意なんです、だだっ広い家に一人で住んでましたから。
…その、どうですか?レイさ…」
シエラの言葉が止まる。
レイの表情は全く変わっていなかったが、目の前の皿が全て空なのだ。
「ごちそうさまでした、っと」と呟きながら手を合わせている。
レイを座らせてからものの数分。シエラはまたも項垂れてしまった。
「いや、まぁ食べていただく為なのでいいんですが…もう少しこう、なにか有りませんかね…」
「…まぁ、なんというか」
「なんというか?」
「僕、基本エネルギー摂取は触れるだけで終わるから」
「……はぁ…それは、スキル的な話ですか…」
「まぁ、そういう事」
シエラは更に項垂れた。
バートスも頭を抱えている。
レイに関しては、「事実じゃないか?」と首を傾げている。
「…スキル、どんなの持ってるんですか」
シエラは、曲がっていた背筋を伸ばして椅子に座る。
子供の相手をするような口調で話しかけたところを見ると、食事をしながら適当に話をする気なのだろう。
「ほぼ攻撃系だな。パッシブだと下位能力と中位能力はないけど、上位能力が超速飛行と思考加速、最上位能力が真闇操作と因果反転、あと詐欺師に武器生成かな。んで、とっておきのがあるけど…それは、まぁ」
「いや…分かってます、切り札を聞き出すのはマナー違反ですしそれ以上は聞きませんけど…」
いつのまにかシエラはスプーンをスープの中に落としていた。
目を見開き、理を超えた化け物を見る目だ。
そもそも、彼女の反応は妥当である。
上位能力といえば、熟練の戦士が一生かかっても手に入れられない超絶技である。ましてや最上位能力など、真祖戦闘種クラスの最強格でやっと二つである。
それが三つ。隠しているも含めれば五つ。
正真正銘の、化け物であった。
(ただ、それより…)
「やっぱり、迷惑…ですかね?」
「…いや、話の流れが掴めないんだけど…」
見開いていた目をうつむかせ、眉を下げる。
シエラのその様子を見て、レイは不思議そうな顔をしている。
「レイさん、さっきからどこか距離があるっていうか…」
「…僕ははじめましてからそこまで仲良くするタチじゃない」
「そう…ですか…」
またも、シエラが俯く。
レイは表情を変えずに直刀の手入れを始める。
そんな二人を見ていられなくなったバートスが、溜息をつきながら懐から丸められた紙を出す。
「お腹も膨れたし、初依頼と行こうか、シエラちゃん」
相変わらず柔らかい物腰で、バートスが言う。
その表情に、シエラも顔の曇りを晴らして答えた。
「はい、わかりました!」