少年との出会い
首都、エルサーム。
主に人類、森精霊、剛精霊、龍人が人口の八割を占める。
この世界の中でも3本の指に入るほど大きい異種複合国家、ベルナの中央に位置する都会だ。
エルサームには、5つの大きな通りがある。
剛精霊の多く住む、一番街。
森精霊の多く住む、二番街。
人類の多く住む、王宮がある大通りの三番街。
龍人の多く住む、四番街。
そしてここ、五番街。
四種族以外のエルサームに住む種族が集まる街。
例えば三番街、人類の街には人狼は立ち入ることができない。その街に住む種族にとって天敵とされる種族は立ち入ることができないのだ。だが、五番街は別だ。どのような種族であっても、この【フィフスラム】とも呼ばれる五番街を胸を張って歩くことができる。
例えば、この男。
「オラァ!金出せやぁ!」
3メートルを超える巨体に、猪のような顔。
獣系の巨人族だ。
その美麗な毛並み、大きな牙。レベルは軽く38を超える。
平均的に、戦闘種でない限りこの世界でのレベル平均は大体18程度。
この男は、周りの者達からすればただの脅威。
銀行強盗、というより死の概念そのものと言ってもいいほどだ。
「早くしろッ!」
「ひ、ひぃ!」
長く鋭い爪を向けられ、エルフの男が怯えながら金庫を開け始める。
「…これに入れろ」
ドサッ、と投げ出された大きなカバン。
ギカントの男は周りを確認しながらエルフの男に爪を向け続ける。
やがて金を詰め終わり、そのカバンを奪い取ったギカントの男は警戒しながら広い場所へ動く。
「よし、お前ら動くなよ…動いたら真っ先に刺し殺すからな…」
ギカントの男が後ずさりしながら出口へ向かう。
「待ちなさいっ!」
対峙するのは、小柄な少女。
15、6歳ほどの見た目。艶やかな金髪を頭で2つに括り、胸を張って紅い瞳で敵を見据えると、白くすらっとした右手をギカントの男に構える。
「あ…?…っふ、ふはははは!お、おまえ、んな小さいくせに俺に勝とうってかっ!はははは!」
「あら?そんなこと言ってられるんですか?ぐちゃぐちゃになっても知らないですよ?」
「……っ、ほざけッッ!!」
男の拳が少女めがけて迫っていく。
その速度は最早常識の断りを超えているものだった。空を切る音は後から聞こえ、また、肌同士がぶつかった音も後に聞こえた。
故だろう、音を聞いても、誰も少女の心配をしなかったのは。
「今のが本気ですか?話にならないですね」
彼女の細くしなやかな手が、その剛腕を受け止めていたのだ。
「……っ、い、痛っ…!」
男の顔が歪み、その手を離そうとする。
すると、少女がクスッと笑ってその手を引く。
倒れこむ男の顔に、肘、裏拳、顎に膝、脳天に踵と、連弾を決める。
「くぁ…あ…」
バタッと男が倒れる音だけが響く。
「ふん、口ほどにも無いですね」
勝ち誇った少女は、男の手からカバンを奪い返し、窓口のエルフの男に渡す。
「すぐに騎士団に連絡してください。お金はきちんと確認してくださいね」
「は、はい、ありがとうござ…」
お礼を言おうとした男の口が止まる。
その顔は驚愕と恐怖に染まっている。
瞬間、ビリッと電気のような気配に、少女は振り返る。
目の前には拳。
それを蹴り上げ、拳の影に現れた巨体の足の間をすり抜ける。
「へぇ…お前、ヒューマンじゃねぇなぁ…」
黒い髭と先程の男の1.5倍ほどの巨体。
肩には先程の男が抱えられている。
「あなた…真祖ですね…」
真祖とは、ある種族の中でも上位の実力を持つ者。
真祖と通常の種族では、明確な差が現れる。
パワー、スピード、知能。真祖は全ステータスに秀でている。
大きな牙と凶鋭な爪。
つまりこの男は真祖ノ巨人、先程の男の上に立つ者という事だ。
「ご名答、ウチのをボコボコにしてくれたみたいで…嬢ちゃん、顔は悪くねぇし慰め物にでもなるんなら許してやっても…」
「嫌です。貴方たちみたいなのに抱かれてたまるもんですか。臭いがついたらどうするんですか。」
男の挑発に、挑発で返す。
暫くの沈黙の後、男が頭を掻いて口を開く。
「じゃ、ぶっ殺しフルコース確定だなぁ…」
ニタァと三日月型に笑うと、男が消える。
(しまった、見失って…!)
咄嗟に周りを素早く見渡すが、男の姿はない。
「どこ見てんだよ」
不意の後ろの声に反応するより先に、少女の身体に一撃が入る。
少女はボールのように簡単に吹き飛び、窓口の奥の壁に穴を開けて打ち付けられた。
「おいおい、こんなもんかぁ?んな弱え身体じゃ、若えのに回したらすぐ壊れちまいそうだなぁ?」
ヘタリと腰をつき、下を向く少女に男が近づく。
窓口のカウンターを蹴り飛ばし、少女の前に立ちはだかる。
「じゃ、まずサラッと楽しもうか…」
少女に男が手を伸ばす。
だが、少女の戦意は、まだ途絶えてはいなかった。
「…なめないでくださいっ…!」
伸ばされた手を強く掴み、少女がそのまま立ち上がる。
「くっ…やはりその紅い瞳…吸血鬼か…」
立ち上がった少女が、背中から紅い羽を生やす。
それは蝙蝠の物のようでありながら、艶めかしく美しい。よく見ると鋭い糸切り歯が、唇の隙間から見えている。
いつのまにか傷の癒えた顔で、少女は笑う。
「ええ。それも真祖の、ですけどね…!」
そう言うと共に男を蹴り飛ばす。
男はその途中に肩に抱えた巨体を手放し、うまく受け身を取る。
「ははぁ…楽しめそうじゃんかぁ…」
「そうですか?私はすぐ終わると思いますけど」
2人が、消える。
風圧と衝撃波の後に轟音が響き渡る。
最早、周りに怯える者には、姿さえ目視できない。
結論から言えば、劣勢は少女だった。
それもそうである。所構わず攻撃をする男から、周りの者を庇わなければならないのだ。
ただ、それでも少女が諦めなかったのは、勝てない相手では無かったからだ。
勿論、気を抜けば待つのは死である。
だが、性能、経験は互角。あとは、技。
巨人族には、強力なスキルが少ない。少し強い程度の巨人族とならば、スキル勝負では、協力なスキルが多い吸血鬼の少女に分があった。
「ウルァ!」
男が、拳に魔力を乗せてきた。
巨人族特有の、魔力を纏う攻撃法だ。
(受けたら不味い…ですね)
少女は、その小さな身体でするっと脇をすり抜け、男の背後に回る。
不発に終わった魔力拳が空を切ると共に、少女が両手を合わせて、魔力を込める。
「穿てっ!血獄の灼炎!」
ドォンッ!という音と、紅い炎、そして高熱。
だが、その炎が広がる前に、結界で男を囲む。
「グ、グゥアア、ウアァァァ!」
「大丈夫、酸素がなくなれば炎は消えます。まぁ、貴方は生きていられないでしょうが」
腰に手を当てて、少女はふうっと息を吐く。
周りを見てみれば、知らないうちに避難は完了していた。
誰かが逃げたのに釣られたのか、先導されたのかわからないが、客の中に勇気ある者がいたのだろう。
やがてうめき声が聞こえなくなると、パチンと指を鳴らして結界を解く。
「さ、仕事探さないと。吸血鬼でも無職はだめですよね」
髪を手櫛で梳きながら、少女は歩きだす。
死んだはずの大男に背を向け、勝利を体現しながら歩み出す。
そんなことができるのは、確実に相手を倒したと確信しているから。
だがー
「いやあ、やってくれんな、クソガキ」
「っ!?そんな、なんで生きてっ!」
目を見開き、瞬間的に右手に魔力弾を用意する。
だが、少女の驚きは、それだけに収まることはできなかった。
次の瞬間、天井をぶち破ってやってきたのは、6人の巨人。
「おや、ブルータス、ボロボロだね」
「まさか、このような幼子に負けたわけではありませんよね」
「バカ言え、コイツがそんなタマかよ」
「そうそう、どうせまた油断しただけだろ」
「ブルータス…頑丈…」
「こいつ、八割型筋肉だしな」
愉快そうに話をする六体に、少女は警戒を緩めない。
(強さは、全員コイツ…ブルータスと同じかそれ以上ですかね…。一体二体ならどうにかなるでしょうが、六体……絶望的ですね…)
じりじりと間合いを空けながら、撤退の準備をする。
上位種の戦闘種であれど、さすがに真祖ノ巨人六体の相手は難しい。
右足を後ろに出し、バックステップを踏む。
「おっと、逃がさないぞ」
少女の足を掴んだのは、赤い髪の巨人。
掴んだ足を持って少女を振り回し、そのまま地面に叩きつける。
「カハッ…!」
少女の全身にとてつもない衝撃が走ると、すぐに少女の何倍もの重量が潰しにかかる。
倒れた少女の上には、巨人が馬乗りになっていた。
「…っ!重…い……!」
「えぇ?最近ダイエットしてんだぞ?お兄さん、傷付いちゃったなぁ…?」
男は、少女の顔より大きい手で、少女の身体を弄り始める。
少女は必死に抵抗するが、巨人の身体は動かない。
(魔法で強化されてますか…くっ、手が潰されて魔法が撃てない…)
「あーあ…あの娘、壊れちまうぞ」
「えぇ、アンドレの性癖は狂気じみていますからね…」
「お前ら…俺を好き勝手言い過ぎだぞ…まぁいいや、じゃ、先に楽しませてもらうぞ…」
ニタァと凶しく笑うと、男は少女の髪に手をかける。流れるように頬へ滑らせ、荒い息からよだれを垂らす。
未だ男を睨んだままの少女に屠虐心をかられた男は、目を見開いてもう一方の手を少女の足にかける。
少女を完全に押さえつけた男は、その笑みをより深くさせ、低い声で粘着質に言った。
「いただきまぁす…」
赤髪の男が少女の襟に手をかけた瞬間、言葉を詰まらせ動きが静止する。
やがてスッと綺麗に男の身体に縦の線が入り、そして
ズバッ
男は、真っ二つに割れて二方向に倒れた。
強い圧で飛び散る紅が、少女を染める。
一瞬。誰もが硬直した。
絶対に自己的でない動き。なんらかの干渉を得なければ起きない現象。
ただ、誰一人その干渉を観測できなかった。
「誰だ!」
巨人があたふためく。六体で円を作り、外側を向いて完全な警戒態勢。
「うるさいな、でかい身体してそんな大声出すなよ」
それは、巨人の円の中心に音もなく現れた。
黒いスーツにロングジャケット。黒髪に白いメッシュの少年。少女とも見間違えるほどの中世的な顔立ちに、線の細い華奢な身体。
だが、誰もがその気配に絶対的な力を感じる。
誰よりも早く反応したのは、スーツを着た老人のような巨人。
今までの巨人とは一線を制したその拳に、少女はその巨人の強さを感じる。
(レベル80は下らないですね…私と同等のレベルの者なんて何年振りでしょう…)
(ただ…)
少女の真の驚きは、そこではなかった。
音速をも超えるだろうその拳を、少年は全て避けているのだ。
それも、全て巨人の後ろに回って。
「この小僧…!速さの自慢のつもりですか…!」
「自慢…?はっ、こんなの自慢のうちにも入らねぇよ」
「なっ…!」
その挑発に、全巨人が反応する。
「やったろうじゃんか!」「ぶっころす!」
と、全員が奮い立つ。
六体の真祖ノ巨人の連携攻撃。何百年も研ぎ澄まされたチームプレイだ。
だが、その悉くを少年は受け流す。
避けて、流して、返して。
その全ての技術が一級品。
「そろそろ、反撃しよっかな」
そういうと、彼は突き出された二つの拳を掴み、それを交差させ、鉄棒のように自分ごと回って捻る。
「ぐっ!」
「ぐあっ!」
苦痛に悶える二体から手を離し、空中で一回転。体制を直し、着地と同時に両踵でもう二体の頭を蹴落とす。
最後の二体が必死に掴みかかろうとすると、脇に刺した直刀を鞘のまま抜き、両端を両雄の顔面にのめり込ませる。
全員に隙を作ったところで、ついに脇差から刀を抜く。その白い鋼と、刀身を真っ直ぐに進む黒く光った芯が、その刀を持つものの力をより感じさせる。
「うるさい奴らは、こうだっ」
かるく、ふざけた口調でいうと、キンッという乾いた音だけが響く。
スッと六体の首に赤い線が走り、やがて同時に六つの大きな頭が落ちる。
その「現象」で、先程アンドレを切り裂いたのがこの少年だということがわかる。
六体の死体の山に立った少年は、やがて「ふぅ」と間の抜けた息をすると、ポケットから端末を取り出した。
「もしもーし、あ、社長?仕事完了ー。ん、保護?あー、うん、了解」
とても上司への態度とは思えない電話を切ると、少年が少女へ近づいていく。
「えっと、大丈夫…ですか?」
ドギマギしながら、少年が問いかける。
右手を中断に構えて震わせている。手を差し伸べるか差し伸べないか迷っているのであろう。
その少年の姿をみて、少女の気が少し緩まる。
「ええ、ありがとうございます。助かりました」
「えっと、一応保護っつー形でうちの事務所に来ることは出来るけど…」
「…」
少女が押し固まる。
少女は睨むように少年を見上げながら一歩踏み出す。
それに合わせるように少年も一歩下がる。
「むー?」と唸りながら少女が少年に迫る。
「え…なに?」
「…えっちなことしませんよね?」
「いや、しねぇよ…」
少女の問いに、うんざりした表情で少年が応える。
後に巨人族最強集団と言われた七星巨人全員が殺された事件は、巨人族大虐殺として語り継がれるのだが、それはまた別の話だったり。