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瑞穂国戦記 ―幕末血風―  作者: 九蓮 開花
序章 小野鉄太郎、大石種継と出会うのこと。
2/2

第一話 武士として生まれた者。


 瑞穂国。


 それは、蒼球という惑星に存在する超大陸の極東地域に存在する島国である。


 俯瞰してみれば、それはまるで漢字の米の字を描いているような列島だ。


 本州に当たる十文字型の巨大な瑞穂の島を中心に、西南に鎮西ちんぜいの島、東南に坂東ばんどうの島、西北に伊予いよの島、東北に蝦夷えぞの四つの島が十字の隅に存在している諸島である。


 小野鉄太郎、後の山岡鉄舟が生まれたのはそんな瑞穂諸島の中で、徳川幕府が開かれて以降、三百年の長きにわたってこの島国の中心となっている坂東島。その江戸の八百八町の外れ、本所と呼ばれる地域であった。


 鬼族、龍族、エルフ族、ニンフ族、コロボックル族、ヒューマー族、ドワーフ族と言った数々の多種族が暮らす傍ら、神話の時代から続く因縁である八俣大蛇との戦いの島。


 その島には、今、時代の巨大な荒波が訪れようとしていたが、今はまだ誰もそれを知る由は無い。

 


 ☆☆☆☆☆




 竹刀が防具に炸裂する音がする。


 そうして防具や竹刀を打ち合わせる音と共に、中には蹴り飛ばし、殴り飛ばし、体当たりによって人を弾き飛ばす重い音がする。


 ここ、『撃剣』の剣術道場では既に見慣れた光景だ。


 剣術が撃剣となり、道場で竹刀と防具を着用しての稽古が主流となった今でも、実戦派を自称する撃剣の道場では、こうして剣術以外にも柔術や拳法を混ぜて、とにかく相手を倒せればいいと言う、乱暴な考えが主流となっている。


 そんな撃剣道場の中で、一際重い音をさせて試合を執り行うのは、一組の親子だった。


 子供の名前は、小野・鉄太郎。そして、父親の名前は、この道場の館長も勤め、旗本として飛騨に曲がりなりにも小大名の格を置く武士であり、一流の剣客としても名を馳せている小野・朝右衛門あさえもん高福たかよしだ。


 今年で元服である十七歳になる鉄太郎であるが、その体躯は既に六尺(180 センチ)はある様な立派なものであり、どこに行っても恥ずかしくの無い立派な若武者である。

 それ故にだろうか。尚更父である高福の打ち込みは激しくなる。


 竹刀で防げば両手が痺れ、小手を撃たれれば手首の骨がへし折れるような音がし、胴の防具で防げば吐き気が込み上げ、面を撃たれれば意識が一瞬消し飛んだ。


 それは稽古というよりも実戦さながらの光景であり、筋骨隆々とした鉄太郎にとってさえもその扱きは地獄と言っても過言では無いものであった。


 まるで憎しみをぶつける様な、激情を吐き出す様な、激烈な打ち込みを続ける高福の剣戟は、鉄太郎の技量では防ぎきれるものでは無く、鉄太郎の体はこれでもかと言う程に打ち据えられる。


 やがて、高福の竹刀が一際大きいうなりを上げてしなると、鉄太郎の着込む防具は酷く重い音を立てて軋み、そのまま鉄太郎の身体を勢いよく壁際に向けて吹き飛ばす。


 鉄太郎は全身に走る鈍い痛みに耐えきれず、そのまま胃の中の物を吐き出して道場の床に踞ってしまうが、高福はそんな鉄太郎の様子に毛ほどの心配さえも見せなかった。


「どうした鉄太郎!!竹刀を取れ!!貴様の体はまだ動くだろう!!命有る限り戦いは終わりでは無いぞ!!」


 むしろ、高福はそう言って道場の床に踞る鉄太郎に向けて竹刀の鋒を突きつけると、防具の面も取らずにがなり立てる様に怒鳴り散らした。


「武士の務めとは戦う事だ!体を張り、命を懸けて忠義を尽くすことが武士の本懐!本道である!!!近頃の武士はやれ国学だのと、やれ算盤そろばんだのと、さも頭を使うことでさかしらに立ち回ることが武士の道であるかのように声高に叫ぶが、それは真の武士ではない!鉄太郎!貴様はいずれ飛騨群代知行六百石の旗本である小野家の四男として相応しき男となり、幕府や国元の御主君に忠義を果たさねばならぬ時が来る!この程度で音を上げるなど、到底許されぬぞ!!!」


 高福は、きっさきを向けたままがなり立てる様に鉄太郎を怒鳴りつけるが、それに対して鉄太郎は、ただ蹲ったまま、そんな父親からの延々と続く説教を聞き続けることしかできなかった。


 高福は怒鳴り声を上げるものの、だからと言ってそれで鉄太郎の体の痛みが引くわけでも無ければ、体力が回復するわけでもない。


 鉄太郎はただ床に蹲ったまま、じっと耐えるように堪えるように高福の説教を聞くことしかできず、そんな鉄太郎の様子に高福はの方が手を引いた。


「ええい!!!軟弱者!!この程度の稽古で呆れた奴だ!今日の稽古は終まいだ!とっとと片付けて、勉学にでも励め!!」


 高福はそう言い捨てると、そのまま投げ捨てる様に竹刀を道場の床に置き、門弟達には道具の片付けを命じて道場を去った。


 後に残ったのは、未だに床からに起き上がる事すら出来ないでいる鉄太郎と、その周りを囲む道場の門弟達であり、余りにも惨い扱きを受ける鉄太郎に、どの様に声をかけるべきかと互いに顔を見合わせるばかりである。


 そんな中、床に踞る鉄太郎に濡れた手拭いを持って駆け寄ったのは、真仙族エルフの出であり、鉄太郎の幼少期から小野家に仕える武士である月島つきしま・十蔵だ。


 月島は、エルフ特有の整った顔立ちに悲嘆の表情を浮かべながらも、床に蹲る鉄太郎から面を手早く外してその顔を拭うと、未だに立てずにいる鉄太郎を介抱しようとその背中を撫でさする。


「……立てますか、若君?気分が優れ無い様でしたら、養生所ようじょうところに行きましょう。拙者が肩を貸すので、お捕まり頂ければ、」


「良い……。立てる……」


 鉄太郎はそんな心配そうに声を掛けて来る月島の手を力無く払うと、息も絶え絶えになりながら起き上がり、月島の持ってきた濡れ手拭いを顔に当ててふらふらとした足取りで立ち上がった。


 月島は、体の芯がはっきりしない鉄太郎の様子に、何事かを言わなければと思いながらも、掛けるべき言葉が見当たらず、毒にも薬にもならない事を思わず口にする。


「師範は、……父君は別に貴方が憎くてこの様な事をしているのでは無く、ただ武士の務めを果たさんと思い、」


「うるせえ!稽古で死にかけてまで剣を振るのが、武士の務めかよ!意味も無くただ単に死ぬのが武士の務めかよ!大体、家督を継げるわけでもない四男の俺が、勉強だろうが、剣術だろうが、どれだけ達人的に上手くなっても、結局褒められるのは兄貴じゃねえかよ!」


 しかし、月島の慰めは、今の鉄太郎には逆効果であった。月島の言葉に鉄太郎は鋭く月島を睨みつけると、思わず怒鳴り散らしてしまう。そして、その怒鳴り声で体を再び痛めてしまい、鉄太郎は一度呻いて大きく咳き込むと、深く深呼吸して血を吐く様に口を開いた。


「武士の務めだと……。こんな目に遭いながら、そんな扱いなど。ただの馬鹿じゃないか。俺の頑張っている意味って、何なんだよ……。武士ってのは、何の為に居るんだよ」


 吐き捨てる様に溢した鉄太郎の小言に、道場の中に残っていた多くの道場の門弟たちが、そんな鉄太郎の言葉に複雑な表情を浮かべていた。


 戦国の時代に海外から伝来した火縄銃は、戦国の世の戦いと平和な世の時代の中で研鑽され、既に弾切れの心配もなく幾らでも打てるように進化した。

 魔術は多くの研究が行われたことで進歩し、戦国の世には兵器としての扱いしか受けなかったものの、今では誰もが気軽に扱うものになった。

 

 今時、刀剣や槍に頼って戦うような、時代錯誤な剣士などいない。


 そんなものは三百年も昔の戦国の時代に既に終わっているのだ。今、例え戦争が起こっても腰に刀を一本だけ下げていくような馬鹿はいないだろう。

 ましてやそれが、此処まで技術が進んだ現在であればなおさらだ。


 そもそもの話し、今の侍に求められているのは、剣術の腕でも無ければ、砲術の腕でも無い。


 親の縁故か、頭の良さだけだ。


 それでも今こうして、上級下級を問わずに多くの武士たちがこうしてこの狭苦しい本所の剣術道場で撃剣を振るって剣技の修得に躍起になっているのは、それこそが真の武士の姿と信じての事であったが、同時に、少しでも縁故を広げてより良い仕官の場を求めての事でもあった。


 それが武士の道と言えるのか?それが剣の道と言えるのか?

それともやはり、最早、剣術とは武士の嗜みという程度の意味でしかないのだろうか?


 それは、この道場に居る門弟の多くが、否。或いは、今武士として生きる多くの者が薄々と疑問に思っている事であった。


 それでは、武士の意味とは何なのか?武士の生きる意味とは何なのか?武士の存在する意味とは何なのか?

 それは、今、武士として生まれ生きている者全てが、求めてやまない答えであった。


「……少し、外をふらついて来る。夕飯も、食ってから帰るわ」


 皆、答えの無い問いに黙り込む中、鉄太郎はそう言って道着を着たままふらつきながら道場を出ていくが、その背中を皆、言葉も無く見つめる事しか出来なかった。

 


 



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