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出会いの巻 宇宙と薬と青年と④

「辺疆星系の、戦艦……?」

 惑星ホルスの僻地にある神聖な森。乾いた砂漠。それが世界の全てだったフローラにとって、中央星系の名は、所在を示す記号に過ぎなかった。辺疆星系の名はもっと遠い。

 中央星系と辺疆星系の戦争が続いていることは知っていたし、ヴィジョンでもその様子を垣間見たことはある。けれどどれも、自分の身とは全く関係のない、液晶の向こうで繰り広げられているものだった。逼迫した、肌に触れるほどに近い脅威ではない。

 なのにその最たる兵器が今、接近しつつあった。目の前の透明な壁を隔てた、すぐ向こう側に。

「……こちらの軍は何をやっているんだ」

 低い声に、はっと意識を戻して隣を見上げると、ルネは眉を顰めていた。

 自由スペースはソファの位置は乱れ、テーブルには物が置かれたままで、数少ない人の気配が消えていた。どこかに逃げて行ったのだろうか。

 フローラ、とルネが呼んだ。

「辺疆星系の軍艦が中央星系内に侵入してくるなんて事態は滅多にあることではないと思う。シャトルの爆発はあの軍艦が原因に間違いないな」

「え、ええ。攻撃されたということですよね」

「そうだ。撃墜を狙っているのか、このシャトル内の人物の捕縛が目的かはわからないが……」

 攻撃。撃墜。思いもよらぬ言葉の羅列にフローラの顔は勢いよく蒼白となった。

 ルネは思案するように腕を組む。

「どこからそんな余裕が来るんですかっ」

「余裕なんてないさ。だが、焦ってもしょうがないだろう?」

「どうしよう。どこに逃げたらいいの……っ」

 ここは宇宙だ。逃げ場なんてない。しかし目の前には軍艦が迫って来ていて、理由もわからないがこのシャトルを攻撃している。このまま攻撃を受ければ一般旅客用のシャトルはすぐに爆破されてしまうだろう。

 宇宙の塵になる、だなんて。どこの三文芝居だ。

 震えが止まらない肩を、思わず両手で抱く。

 どうしよう。ここで死んでしまうのだろうか。どうしよう。私には何もできないのに。

「落ち着くんだ、フローラ」

 ルネはことさら穏やかにフローラを宥めようとした。

「辺疆星系の軍艦が侵入してきたんだ、主星軍だって出動しているはずだ。だから少し落ち着くんだ」

「で、でも……」

「このシャトルは民間の旅客船だろう。たぶん、攻撃はされても爆破はされない」

「そんなこと、どうしてわかるんですかっ! いつ攻撃されるか……!」

 いや、恐らくない。ルネはすっとフローラに視線を合わせた。

「いついかなる時も、動揺してはいけない。落ち着くのが先決だ。動揺は何も生まないから」

 それに、とルネは続けた。

 静まり返った自由スペースで、警報のアラームの狭間にそっと。

「思い当たることがある。……一緒に乗船している僕の伯父が、主星軍の将軍なんだ」


***


 ルネは再びフローラの手を手を引いて歩きだした。客室の区画とは離れた方向に進んでいるのはわかったが、警報のアラームがけたたましく鳴り響き、人々が右往左往している様子はもはやパニック状態で、方向は既に分からなくなっている。

 幾つの角を曲がっただろうか。ルネは淀みない歩みで人の間をすり抜けて進んでいく。やや強い力でフローラの手首は握られており、痛いくらいだったが、決して離さないようにしてくれているせいだとわかっていた。ただ、ルネの邪魔をしないように懸命に後を追った。不思議なことに、急いでいるはずなのにルネはフローラに無理をさせようとはしなかった。曰く、「このシャトルだけでも少しは時間が稼げるはず」だからとのことだが、この一瞬にも軍艦に攻撃されるのではないかとフローラは気が気でならなかった。

 やがて私服を着た客人が少なくなり、従業員らしい人々の区画に入る。それすらも通り抜けて人気がなくなった頃、ルネは一つの大きな扉の前に出た。

 重厚な扉であることは一目でわかった。フローラには見慣れぬ紋章が扉を豪奢に飾り立てている。

「元々伯父とは部屋を分けていたんだが、あの人が辺疆星系の軍艦に攻撃されて大人しくしているわけはないからな。恐らくここだ」

 緊急事態は開いているはず、とルネは一歩、扉の前に踏み込んだ。すると呆気なく重厚な扉は開いた。

 ここはどこなんでしょうか、と思ったより小さくなってしまった声で問いかけると、ルネはあっさり答えてくれた。

「このシャトルのコックピットだ」

 促されて一歩、また一歩とルネと進む。

 ……ああ、もう何度目だろう。

 フローラには想像もつかない世界がここにあった。


 自由スペースと同程度の広さ。そして真正面には天井まで広がる透明なガラスの壁。壁に見えたけれど、よく見れば先ほどの軍艦が映っていた。この大きさで考えられないが、ディスプレイなのかもしれなかった。ここはあの一等用の自由スペースの反対側――先端に位置する場所なのかもしれない。

 フローラたちが入った扉と、その先のスペースはあまり広くない。見渡せば、ここは二階部分に当たるらしい。一回はぐるりと壁一面の下部を覆うように機会が埋め込まれており、数々の映し出されたディスプレイが煌々と輝いている。そのディスプレイの内容はどれも数字や不可思議な文字が満ちており、素早く移り変わっていく。機械たちを操縦するのは、それらの機会の前を陣取っている操縦士たちだろうか。ここだけで二十は超える人々が各配置について自分の使命をこなしていた。

 喩えるなら、そう、先ほど見た戦艦の操縦室のようだ。飛行機の操縦席とは全く異なる広さと人数、そして配置。映画の中でしか見たことがないような光景が広がっていた。

「……その様子だと、知らなかったんだな。中央星系を巡るシャトルの操縦室は大体似たようなものなんだが」

「……びっくりしました。見たことがないもので」

 隣のルネはおかしそうに口の端を上げた。

「当然だろう。だが、全てのシャトルの操縦は主星軍の管轄なのは一般的知識だと思っていたが」

 思わずフローラはルネを振り仰いだ。つまり。

「ここの人は、みんな軍士の方ということでしょうか」

 軍士とは、軍隊に入隊した兵士の呼称である。

 すると野太い声が割り込んで、フローラの問いに答えた。

「そうだよお嬢さん。みんな平和ボケしてやがるがな、いつおっぱじめてもいいように、全てのシャトルは一応軍事用にできてるんだ」

 ルネから視線を外すと、一階部分のディスプレイの正面前を陣取り、仁王立ちしている大男が肩越しに振り向いていた。

 背後から見てもよくわかる。筋肉がせり出した分厚い背中と、太い首。こちらを振り向いてにぃ、と頼もしく口元を歪めて笑う姿。それに加えて口元の髭と太い眉。派手な容貌は男性的で粗野な印象を与える、そんな男だった。


「よう。ルネ。お前が女をひっかけて来るたぁな。ちと連れて来るには色気がない場所だがよ」

 がはは、と周りの緊張感を吹き飛ばすように男は豪快に笑った。あれだけのシャトルの緊急事態にも全く動じていない様子が見て取れる。

 ――……余裕、なんだ。余裕があるんだ、この人。こんな時でも。フローラはその様子を見ただけで気が抜けそうになった。

「馬鹿も休み休み言ってください伯父上」

 ルネはフローラを連れて二回の先端部分まで進ませた。崖のように突き出た二階部分の先には頑丈な手すりがぐるりとついていて、そこに両手をかけさせるためだ。

 いつの間にか震えが止まったフローラの手は、ルネの骨ばった白い手でしっかりとその手すりを掴まされた。

 二階部分の最先端の部分には、重厚な細工がついた巨大なライフルの形をした物が設置されている。その先にはフローラの頭では及ばないような大きさの巨大なスコープが取り付けられている。……一体どうやって使うのだろうか。

 お嬢さん! と野太い声に引き寄せられて、意識は再び男の方を向く。

 もちろん両手はしっかりと手すりを握りしめたままだ。懸命に握りしめているのに、どこか力が入らないのが、不安だった。

 傍らにルネがいることが救いだった。

「あの……はいっ!」

「お嬢さん、名は何ていうんだ」

「伯父上……」頭上から呆れたような声が降ってくる。

「フ、フローラです!」

「おおし元気がいいじゃねぇか。嫁にもってこいだな!」

「……」声にもならない嘆息だけが聞こえた気がする。

「ちっとばかし怖い思いさせちまったな。だがもう大丈夫だ。いいか、そこで大人しくしてろよ。今からあいつらをぶちのめしてやるからよ!」

「一網打尽の間違いじゃないですか」

 すかさずルネが突っ込んだ。


「――違ぇねえな。塵も残さず消してやるぜ!」

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