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出会いの巻 宇宙と薬と青年と③

 喫茶室はこじんまりとしたカフェと大差ない広さで、こちらは自由スペースよりも少しにぎやかに、人々が時間を楽しんでいるようだった。

 青年の名はルネ・ユリアンティラというらしい。

 喫茶室に入ると、ルネは速やかに注文を済ませてくれた。

 着席から注文までの流れるようなエスコートに、フローラは目を白黒させる。こんなに見目麗しい男性と二人でお茶ができて、しかも女性として扱われる気恥ずかしさに頬が紅潮する。……帰ったら、絶対アリアに自慢しよう。うん、そうしよう、絶対。

 しかし、その勢いも運ばれてきたケーキのおかげであっという間に霧散するのだった。


「おいしい! おいしいです!」

「……それはよかった」

 できるだけ丁寧に、美しい所作で食べようとフォークを入れて口まで運んだものの。そのクリームの滑らかさ、甘さの自然さ、そしてふんわりと卵の風味まで感じるスポンジにフローラの頬は一瞬で落ちた。心ごと陥落したと言っても過言ではない。

 青年はほっとした様子でブラックコーヒーのみ口にした。その仕草は指先まで整っていた。

「やっぱりきれいですね……えっと」

「あまり見ないでくれないか。飲めない」

「すみません……」

「ああ、いや……」

 沈黙が辺りを漂う。惑星ホルスの片田舎では味わえないケーキも、やはり親友と笑顔で食べるのと、見知らぬ男性と食べるのとでは違う。

 なんだか喉を通らなくなりそうで、フローラはフォークを置く。

 それを待っていたかのように、ルネはフローラに問いかけた。

「聞いてもいいだろうか。先程の重力酔いについてだが」

「ああ、いいですよ。でもなんでしょうね。ルネさんだけそんなに酔うほどの重力って」

「いや。おそらく君にだけ、と考える方が妥当ではないだろうか」

 そんな特技は持ち合わせていないはずだが。車の揺れにはめっぽう弱いのだし。

 そう告げたが、ルネは首を振った。

「違うんだ、車酔いと重力酔いは。重力がある惑星内での乗り物酔いは三半規管の原因が考えられるが、重力酔いは重力がない真空状態……つまりこのような宇宙に出た時に生じる慣性の法則の影響によるものなんだ。君は宇宙航行は何度目だ?」

「初めてです」

 ルネは納得したように頷いた。

「やはり。君は知らなかっただけで、重力酔いに相当強いのかもしれないな。しかも相当に」


 宇宙を移動する場合、シャトルの内部で重力発生装置が作動することによって快適な重力が保たれる。シャトル自体が宇宙を移動する際に生じる引力はシャトル内部に漂う重力との間に相殺されるが、人体内部にはその引力が影響し、酔ったような状態を引き起こす――これを「重力酔い」というらしい。

「重力酔いも、もちろん重度から軽度まで個人差はある。しかし皆無の状態というのは……あまり聞いたことがないな」

「はあ」

 空気が抜けたような返事に、ルネはフローラの目を見て言った。

「わかっているのかどうか、わからないが……素晴らしい才能だと思う。君のその体質は」

「そうなんでしょうか」

 重力酔いも市販の酔い止めで解消されるなら、大した才能ではない気もする。

 ルネは真剣に否定した。

「いや、そんなことはない。少なくとも僕にとっては喉から手が出るほど欲しい体質なんだ。宇宙で働く可能性があれば、誰だってそうだろう」

「ルネさん、宇宙で働いているんですか?」

「いや、僕は……」

 そうルネが言いかけた時、遠くで小さい爆発音。

「え?」

 と、次の瞬間周囲に響き渡るような轟音が鳴り響いた。一瞬にして周囲を白い煙が包み込む。

 周囲の甲高い悲鳴とざわめきに、一気にフローラの心拍数が上がった。

「な……ルネさん、何でしょう!? 爆発!?」

 思わず向かいに座っているルネに手を伸ばすと、すぐに強い手に掴まれた。フローラより熱いそれ。

 周囲は見えないものの、席を立って混乱する客の声がする。テーブルにぶつかっているのか皿が割れる音もそこかしこから聞こえてきた。

「フローラ、落ち着こう」

 ルネはまだ平静を持ち合わせているようだ。でもフローラはそうもいかない。

「で、でも!」

「煙の原因がわからない。無暗に動き回らない方がいい」

「そうは言っても……」

「……ふ、言う割に案外落ち着いているじゃないか」

 大丈夫だ、とルネの静かな声が聞こえる。フローラは、見えないことを承知で一度、頷いた。ルネの声は前方から聞こえるが、こんなに近いのに白い煙で視界が遮られている。

 そこに警報のアラームが鳴った。これは確か、乗船時に緊急事態がある時に鳴らされると説明があったものではないだろうか。

 つまり、このシャトルは今……緊急事態ということになる。

「ルルルルネさん! アラームが!」

 ビーッ、ビーッ、と強く鳴り響くそれにフローラの声がかき消されそうだ。不安がどんどん心の底を押し上げて来る。

「仕方ない……とりあえず、自由スペースが一番近いからそこへ戻ろう。あそこには確かメインモニターが……」

 またしても爆音。

 立ち上がったルネにフローラは手を引かれてルネの隣に移動した。

「ぐっ……!」

「ルネさん!?」

 急に屈みこんだルネにフローラは叫ぶ。何が何だかわからないのに、またしてもルネに不調が出るなんて。

「大丈夫だ……くっ、今、シャトルが大きく揺れたんだ。フローラは無事、だな」

「ぶぶぶ無事です」

「……はっ、良かった」

 小さく笑ったルネの手をしっかりと握りしめると、ルネは強く握り返してくれた。その手に導かれるまま、フローラは足を進める。

「行こう」

「はいっ!」

 ルネは人や障害物に当たらないようにフローラを誘導しているようで、人の影が見えるたびにフローラを肩でかばいながら道を進んだ。周囲がはっきり見えない今、どこを歩いているのかよくわからないフローラはその邪魔をしないでついていくしかない。焦りと恐怖がフローラを覆いつくそうとするけれど、ルネの力強い手はしっかりとフローラの心を支えてくれた。

 何度か道を曲がって、白煙の影響から抜け出すと、ようやく自由スペースの扉が見えてきた。二人は走り抜けてその扉をくぐる。

 と、そこには。

 二人は一瞬にして、足を止めた。


 自由スペースはは、宇宙を見渡すガラスの壁にその大半を覆われている。そのガラスには、先ほどまでなかったはずの巨大な戦艦が映っていた。

「な、なん……なに、あれ」

 フローラの肩は思わず震えた。

 単なるシャトルではないことは、フローラにも形状で理解できた。縦に長いのであろうその戦艦は、こちらを追いかけているかのようにまっすぐ船首をこちらに向けている。

 フローラの肉眼でも見えるような大きな大砲がそこかしこから生えているように見える。……間違いなく、旅客用ではない。

 しかしルネの声に、フローラは今度こそ息をのんだ。

「……まさか、そんな……辺疆星系の艦隊だと……!」


 ――……中央星系の端。

 主星へ行く途中のこんな航路に、宿敵ともいえる辺疆星系の軍艦が突如、立ちはだかったのだった。

 


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