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出会いの巻 宇宙と薬と青年と①

 数日後。

 フローラは主星行きのシャトルの中にいた。

 合格通知という名の強制的な招聘令状ともいえる手紙が届いてから、小屋を出る準備をして、森を出発したのが2日後。砂漠を越えて首都に着いたのがその翌日。そこから隣の惑星までシャトルで出て、ようやく今いる主星行きのシャトルに乗れたわけだ。

 まだ父も元気だった子供の頃にホルスの首都まで出たことはあるとはいえ、フローラにとってこの道程は大冒険のような往路になる。今のところは、順調に主星までの道筋を辿れていた。

 このシャトルが幾つかの惑星を経由すれば、最終的に到着するのは主星のはずだから、このまま乗っていれば目的地は目前……のはずだ。たぶん。

 首都までの時間、フローラの肩は始終強張り、緊張に溢れていた。

 惑星ホルスの首都を出るシャトルに乗るフローラの顔は青白いを通り越して白かった。

 ――しかしシャトルに乗って数時間後。

 初めて目にした光景に、そんなものは一気に吹っ飛ぶことになる。



***



「うわあ…すごい。これは、すごいよ」


 ここは主星行きのシャトルの中に用意されていた、自由スペースの宇宙鑑賞席。

 フローラは、見上げるばかりの広大な宇宙の星々と、真の暗闇ともいえるそのコントラストに思わず声を上げていた。


 憂鬱な気持ちを抱えて、囚人よろしく惑星ホルスを旅立ったものの、フローラにとっては未知ともいえる移動用宇宙船――シャトルと、窓から見える光景に、気鬱など消え去ってしまった。あるのは宇宙に対する、ただの感嘆。それで胸がいっぱいだ。

 惑星ホルスから近隣の惑星までは2時間程度と短かったが、今度は主星行きの、しかも数か所の惑星を経由する大規模なシャトルである。五階建ての超巨大客船だ。このシャトルには一等から三等までの旅客用寝室がある。一等は個室だが、三等になると三段ベッドの一つという規模になるようだ。

 フローラにとっては初めての旅。それも新しい出会いしかない不安に満ちた旅だ。それだけで充分心細かった。

 しかし今回、幸運もあった。合格通知と一緒に各シャトルの旅券までも同封されており、運よく一等の個室に乗ることができたのだ。ある意味豪華すぎて慣れないが、シャトルの内部は各等級で区画されている。フローラのいる一等の自由スペースたるや、素晴らしかった。


 一等の乗客用には、シャトルの端の、五階分の高さを使った広大なスペースが用意されていた。

 シャトルの端、つまりこの部屋の前方から屋根にかけて、円形の透明な物質で覆われている。初めてこのスペースを訪れた時、頭上を覆う天蓋のような宇宙空間には驚いた。まるで宇宙を漂うような感覚すら感じられる。前方から天井までの宇宙の星々と、スペースのそこかしこに飾られた瑞々しい植物たち。その間にゆったりと座れる大きなソファが点々と置かれている。

 こんなに美しいのに、一等の客人はあまり利用していないようで、閑散としていた。動くものは壁の向こうの過ぎ去っていく星々ばかりがそこにある。


 フローラは今日も自由スペースの中ほどのソファに座った。体を包み込むようなソファは不思議な弾力で、座ると全身が宇宙を見上げるような姿勢で横たわったようになる。

 静かだった。人の気配もこの広大なスペースのどこかに微かにあるだけで、フローラは一人でそこにいるように感じる。


 ……目を閉じる。

 柔らかなソファに全身を委ねて。

 考えなければならないことが多すぎた。

 考えたくない。考えるのも恐ろしいことだ。なのに、考えまいとすることもまた、疲労を呼ぶのだ。

 本来、あの手紙のように恐ろしく面倒なことは知らずに関わらずにいたい。

 アリアがフローラを「面倒くさがり」というのもわかる。けれど、あまり感情的になると、とても疲れてしまう。

 フローラはうっすらと目を開けた。

 天井の透明な壁の向こうで、無限の漆黒と、銀の星々がきらめいている。シャトルの速度のせいで、星が巡っているように見えた。


 ……何のとりえもなく、特別な訓練を受けたこともないフローラが軍の養成機関に入るなんて、何かの間違いじゃないだろうか。そのことを思えば、知らず手も震えた。

 とりあえずこの件は、どうにかならないか打診してみなければ。フローラがいかに凡人であるかを語れば、なんとかなるだろうか。

 先行きの見えない不安に、思わず腕で目を覆った。

 「……やっぱり、やめればよかったかなあ」

 短い手紙にあった、シルヴァンティエという姓と、姪という言葉だけがフローラを突き動かしていた。

 もしかしたら。

 もしかしたら、フローラと血のつながりのある人が、本当にいるのかもしれない。

 母はフローラの記憶にない頃に亡くなり、フローラの家族はずっと、父だけだった。

 けれど呆気なく、フローラの前からいなくなってしまった。

「……父さん」

 柔らかな笑顔。

 森に精通した知識と、確かな射撃の腕。

 いつも穏やかで、ちょっとばかり物ぐさなところはあったけれど、フローラも似たようなものだった。

 だから父娘二人で、支え合ってなんとかやって生きてこれたのに。

「……これからどうなるんだろう」

 シャトルは主星へ向かっているが、いくつかの惑星を経由する予定だったはずで、あと四日はかかるはずだ。

 とても長い旅だが、これだけ広大なシャトルなら揺れもほとんどないし、ホテルに滞在しているようなものだろう。惑星ホルスの首都で、ホテルには泊まったことがあった。アリアの家は町の宿屋として巡礼者もやってきていたし、手伝いをしたこともある。そんなに意識をせずに、この数日を過ごせばいい。

 ……けれどどうしても、未知への不安が消えない。

 軍の件も恐ろしいが、本当に叔父にあたる人がいるのだろうか。……その人は、どんな人なのだろう。


「……これからどうなっちゃうのかなあ」

 気弱な言葉しか口から出てこない。

 気分を変えるため、飴でも舐めようポケットを探ったけれど、シャトルに怯えて買った酔い止めの薬しか出てこない。あいにく、このような大きなシャトルで酔うことはまずないから、使うこともだろう。

 せっかく高い薬をホルスの首都で買ったのに無駄だった。

 ……はあ。と、溜息を吐きながら寝返りをした。

 その時。


「……ぐっ……うっ……うぅ……っ」

 怪しいうめき声にフローラは勢いよく振り返った。

「なに……?」

 よろよろと、顔を抑えた男が一人、このスペースに入ってきていた。顔を覆っているものの、首まで蒼白なのが見て取れる。

 急病だろうか。フローラは跳ね起き、男に駆け寄った。

「大丈夫ですか? 救護の人を呼びましょうか」

 ……何か小声で言っているが、呻き声のよう何を言っているのか分からない。

「あの、聞こえないんですが。大丈夫ですか? 休みますか?」

 座るためのスペースならここにはそこら中に余っている。

 答えようとしてよろめいた男に、フローラは咄嗟にその肩を支えた。

 華奢なように見えたのに、以外に筋肉質で重い。思わず眉を寄せる。

 男は抵抗するそぶりを見せたが、すぐにそれどころではなくなったらしい。

「……ぐっ」

「やっぱり救護の人を……!」

「……気持ち悪い……。もう、だめだ……」

「え?」

 フローラが顔を上げた途端、男は崩れ落ちた。 

 


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