いざ、転生
夢を見ていたような感じがしたが、意識が徐々に覚醒に向かっていく。
ゆっくり目を開けて周りを見渡すと、どうやら硬い床の上で横になっているようだ。
どのくらい寝ていたのだろうか? 特に体は痛い所も無く違和感も無い。
床に手をついてゆっくり立ち上がり、両手を膝に当てて屈伸、その後腰に手を当てて後屈。
両手を大きく振りその場駆け足、ぐぐっと背伸びをして両腕を曲げ伸ばすして体をほぐしていく。
体のどこにも異常は無いみたいで、問題なく動くのを確認して、改めて周りを見渡してみる。
俺はどうやら教室ぐらいの広さはあると思われる部屋の中にいるようだ。
窓は無く真ん中に対面式の二人がけの白い机と木の椅子があり、周りの壁には燭台とロウソクがある。
燭台は壁一面に等間隔に配置されており、ロウソクに点いている火が赤々と燃えており、部屋の中を薄ぼんやりと照らしている。
壁や床を見てみるが明らかにコンクリートではない、よく分からない材質のようで、床も壁も天井も黒色で継ぎ目は一切見当たらない。
(ここはどこだ? 俺はどうなったんだ?)
目の前に迫るトラックの場面を思い出し、恐らくだがあれで俺は死んだと思う。
あれは無理だ。確実に死んでいる。
むしろあれで生きていたら奇跡だろう。
仮に生き残っていても体には何かしら障害が残るだろう。
いじめられる日々に加えて、障害を背負って生きるのはあまりにもツライ。
それと比べれば素直に死ぬ事が出来て良かったのかもしれない。……本当に俺が死んでいればの話だけど。
カタン、と音がする。
音のした方を向くと木の椅子に誰かが座っていた。
真っ白のフード付きの外套で全身をすっぽりと覆っており、顔や体型が見えず分からないので男か女かも分からない。
フードが俺の方を向くが、やはり顔は見えなかった。……が、なんとなく目が合ったような気がした。
フードの人物はこっちを向いただけでそれ以上の反応はない。
しん……と、静まった部屋でこのまま時間が過ぎるだけだろう、と思った俺は意を決してフードの向かいの椅子に座った。
(気配がまるで無かった。向こうが俺に危害を加えるつもりなら、俺はとっくにヤられているはずだ。なのに椅子に座ってこっちを見ているだけだ。少なくとも敵意は無いはず)
向かいに座りフードの人物もこちらを向く。
こんなに至近距離だというのに、顔が全く見えない。
「はじめまして。綾瀬 真一君。目覚めたら突然こんな場所で戸惑っていると思うが、あまり気にしないで欲しい」
フードの奥の闇を見つめていた俺に、目の前の人物が語りかけてきた。
声質は中性的で男とも女ともとれるような声だった。
「まずは自己紹介を。私の名はザトゥハ。あなた方の言う死神というやつです。まあ、死神といっても魂を刈り取る方ではなく、あの世への案内人のようなものと思っていただければいいと思います」
聞いてもいないのに向こうから一方的に話しかけてきた。
目の前の人物……ザトゥハが言うには、あの世への案内人らしく、どうやら俺はあの世に行くことになるようだ。
生まれ変われるのだろうか。天国? それとも地獄?
「さて、あなたは綾瀬 真一君で間違いないですね? 地球という世界の学生で、高校に入ってから毎日のようにいじめられる日々。失意の中車に轢かれてトラックに圧殺されて、今あの世へ旅立とうとしています」
どうやら向こうは俺を知っているみたいで、自己紹介の手間が省けたと思えばいいのだろうか?
しかし……そうだよな、やっぱり俺死んであの世へ行くことになるのか。
あの世はどんな所かな……と、考えているとザトゥハが続けて話しかけてきた。
「通常どんな形であれ死んだ者は、あの世へ旅立つか生まれ変わるかを選択して頂きます。あの世とは、まあ…天国と地獄ですね。生前の行いによって行き先が決まります。生まれ変わる場合はこれも生前の行い次第で、人だったり生き物だったり…それ以外に生まれ変わります」
「ちょっと待て。それ以外って何? え? どういうこと?」
「それ以外は生命体以外の物ですよ。木とか建物とか。最悪生霊になってしまう可能性もありますね」
なんということだろう。
死ぬ前の俺の生き方次第では生き物以外に生まれ変わってしまうらしい。
……ってか、なんだよ建物って、あれにも意思はあるのか? あれは生きているといえるのか?
「ちなみに綾瀬 真一君は微妙に地獄寄りですかね。数年地獄で過ごしてから天国へ行くことになります。まあ、大抵の方は地獄に行くと魂が摩耗して消滅するので、天国には行けないと思います。生まれ変わりの場合は……、少なくとも生き物ではないですね」
なんということだろう。パートⅡ。
……ってふざけている場合じゃないな。
俺の今までの人生ってそこまでアレなのか? 地獄行きか生物外なのか?
生物外なら生霊だけは勘弁だな。木や建物…うーん、微妙。微妙というか、うーん何と言えばいいやら。
「……とまあ、普通ならこの二つの選択肢から選んで頂くのですが、地球以外の他の時間軸や他の世界からも死んだ者がここに来るわけです。正直に言うとキャパシティオーバーしています。なんでしょうかね…最近はどの世界でも自殺が流行っているのでしょうかね」
「自殺が流行とか知らんがな。第一俺のは自殺じゃないだろう」
「綾瀬 真一君も見ようによっては自殺です。だってふらふらと車の前に飛び出したのですから」
あ、俺飛び出したことになっているんだ。
そうだよね、車から突っ込んできたわけじゃないんだよね。
まぁ、死んでいるからこの際どうでもいいんだけど。
「先程も言いましたがどこも定員オーバーです。地獄も天国もこれ以上受け入れることができません。そもそもなぜ自殺をするのか。現状の自分に満足していなかったり、受け入れることができないから自殺をするんだと、我々のお偉いさん達がそのように述べておりました。なので、ここ最近は生前の生き方に応じて希望を聞き、元の世界か違う世界へ転生してもらっています」
へぇ~、死神にも上司がいるんだ。でも、お偉いさん達って……。
それよりも俺は『転生』という言葉に反応していた。おまけに希望を聞いてくれるらしい。
別の世界に生まれ変わってモテモテ人生とかも叶えてもらえるのだろうか。
……やばいね。そう思うだけで夢が膨らんでしまった。
「よっぽど悪に染まっていなければ転生できます。当然綾瀬 真一君も転生の対象です。さあ、どうしましょうか。どのような世界に転生したいですか? 転生の際にどのような希望がありますか? 教えてください。叶えられるものは叶えて差し上げましょう。」
よし、落ち着けよ俺。まず元の世界はノーサンキューだ。パスだ。イヤだ。ムリだ。よし。
転生先はそうだなぁ……、ラノベで読んだような剣と魔法の世界がいいな。
そんでもって、当然目指すはハーレムだろう? 思春期男子を舐めんなよ。表に出さないだけでモテたい願望は強いし、付き合うなら一人よりは複数だろ。
やっぱり男なら一度は夢見るハーレムを転生先で是非やっちゃいたいね。
……でも正直人間はもう信用したくないや。河野とか河野とかその取り巻きとか、あいつらむを思い出すから人種族はダメだな。
裏切られると思うと怖いから、ハーレムは人種族以外の女の子で作りたいね。作ります。
奴隷文化のある世界なのかな? 契約とか何らかの方法で主従関係を結ぶみたいな感じかな? まぁ、でも裏切らなければ何でもいいや。
人種族以外の女の子かぁ…… ケモミミとかもふもふとかしっぽとか…… ああ~やべぇなぁ……、妄想が膨らむ一方で全然止まらないや。
ハーレムを作るわけだから、長く楽しむ為にも長命種になるのは前提だな。それと当然記憶は引き継いで知識とか色々持って行きたいし、そもそも別人格とか俺じゃなくなるからこれも必須だな。
それに何と言ってもチートな能力も欲しいな。どんな世界に行くか分からないけど、出来れば剣と魔法の世界みたいな? その世界で全ての魔法が使えるとか、とんでもない魔力を生まれつき持っているとか、人外の女の子にモテやすい能力だったり、武器はなんでもすぐに扱える能力みたいな分かりやすいチート能力が欲しいな。
……いいねいいね~、夢がどんどん膨らむよ。
しかしちょっと落ち着けよ俺? 全部叶えてもらえるか分からないから、一つ一つザトゥハに確認しながら決めよう。うん、それがいい。
よし、落ち着け俺。俺は冷静だ。冷静なんだぜひゃっほーい!
「ええ、大丈夫ですよ。希望はそれでいいですか?」
「え? あれ? もしかして……」
「はい。思いっきり声に出していましたよ」
マジでヤベェ。超恥ずかしい。
心の声じゃなくて欲望がダダ漏れになっていたみたいだ。
目の前のザトゥハも、表情は見えないが笑っているような気がする。俺の被害妄想か?
「先ほどの希望でよければ全部叶えることはできますね」
結構言いたい事言ったみたいだけど問題ないようだ。ザトゥハが言っているんだから間違いないだろう。
他にも細々した希望はあるけれど、大まかなのはさっき言ったから大丈夫だろう。大丈夫と思う事にしよう。
「では、そろそろ転生させますね。ああ、そうそう、人種族以外のハーレムを希望されているみたいなので、おまけの能力を付けてあげますね。きっと役に立つと思いますよ」
俺の駄々洩れ欲望願望に加えて、更におまけも付けてくれるらしい。
何とは聞いていないが役に立つらしいので、ちょっとだけ期待しておこう。
「短い時間でしたがそろそろお別れのようですね。転生後は能力とかの説明に何度か会いに行きますので、良き異世界ライフを満喫してください」
ニコリと、フードの奥で笑ったような気がしたが、相変わらず顔は見えなかった。
そうこうしているうちに俺の転生準備が出来たようで、俺の足元に光り輝く魔法陣がでてきた。
魔法陣の光はどんどん強くなっていき、同時に俺の意識も遠のき始めた。
ありがとうと、言うつもりで口を開いたが、声に出せただろうか?
だが意識が遠のく俺に向かって、ザトゥハはもう一度ニコリと微笑んだような気がしたが、確認することも出来ずそこで俺の意識は消えた。