弐の世界②
弐の世界――監察官の話――公園にて
結局、間に合わなかった。
『標的』を見つけて排除するために、この世界における多くの重鎮を尋問してきたけれど、もう遅かった。史郎くんが侵される前に決着を付けようともがいていたのに……結局、全然間に合わなかった。
この世界はもう手遅れだ。一般市民にまで標的の支配が及んでいるのであれば、もう世界を再構築することは不可能。標的を見つけ出し排除しなければ、もう元の秩序を取り戻すことはできない。
そして一般市民に――まだ完全とは言えないまでも――毒牙が及んだ時点で、標的のこの世界における目標は達成されたと言える。標的はもうこの世界にはいないだろう。既に他の世界……あるいは、もう準備を整えて『バースト』に向かったのかもしれない。
「手掛かりは……もう無しか……」
できれば、この世界で食い止めたかった。既に八つもの世界が、標的によって侵されている。これ以上犠牲者を出してはいけないはずだったんだ。
なのに。
「手掛かりの一つも見つけられず。手遅れを悟り彼氏を殺め……あたしがこの世界に来た結果は、時間ばかりを徒に浪費したという事実だけ。あたしは、監察官として……」
失格だ。
結局は、誰の命を救うでも誰の自由を守るでもなく、ただ侵された人たちを殺しただけ。標的に遭遇することさえ叶わなかった。
「ごめんね、史郎くん。絶対、仇を取るから」
――自分が殺したくせに。
わかってる。殺された史郎くんの立場からすれば、仇になるのはきっとあたしだ。標的の支配から解放するには、現状では侵された人間を絶命させるしかないとはいえ……それでも、支配されているという認識もないまま殺されるのは、当人からすれば随分と理不尽な話であろう。
殺人鬼。異常者。不穏分子。
この世界においての『村雨ナツキ』は、もうそういった存在でしかない。そしてあたしの彼氏だった史郎くんは、そんな存在の元彼氏として蔑まされる。
最期は紅い眼となりながらも、神の意志に従ってあたしに抵抗するでなく、ただ死を受け入れた史郎くん。彼はきっと背教者として罵られるんだろうな。
「もう支配されてしまっていて、それでもあたしのことを受け入れてくれようとして……それで結局殺されちゃうなんて、理不尽極まりないよね」
どうやら暫く涙は止まらないらしい。泣いても泣いても、悔やんでも悔やんでも、ただただ史郎くんのことが愛おしくて。
胸の中で、全身を真紅に染め、冷たくなった彼氏。彼ともう一緒に過ごせないことが悲しくて苦しくて。抱きしめても顔を赤らめてくれないから、彼の血を頬に塗りつけている自分が虚しくて壊れてて。
最愛の人をこの手で殺したばかりだというのに、標的に対する殺意ばかりが込み上げていた。
「もう犠牲者は増やさない。次で絶対に、止めるっ……!」
苦い思いを胸に、唇を噛む。口の中に血の味が広がり……不快感ともどかしさの中、村雨ナツキはこの世界を後にした――