エピローグ
エピローグ
――ユウさん――
(…………ん?)
――ユウさん――
(……声?)
――ユウさん、起きて――
(誰かが、俺を呼んでる?)
――ユウさん、起きて――
(悪いな。俺は今眠いんだ、寝かせて――)
「ユウさん、起きてください!」
「う、うわぁッ!?」
驚いて声を上げたが、どうやらその声に驚いて目の前の女の子は目をチカチカさせている。
「び、びっくりさせないでくださいよぉ、ユウさん」
栗色のショートカットの髪に、蒼い瞳の女の子。俺の良く見知った――
「………………ルナ?」
「そ、そうですよぉ。そんな不思議そうに覗かないでくださいよ」
「本当に、ルナか……?」
「突然どうしたんですか? ユウさ――きゃっ」
抱きしめる。細い身体を目一杯。
彼女の体温が伝わってくる。彼女の息遣いが感じられる。彼女の鼓動が聞こえてくる。
「どどど、どうしたんですか、ユウさん! わ、わたし、突然そんなことされても困っちゃいますよ……」
「ルナ……会いたかった……」
涙がこぼれる。溢れてくる気持ちが抑えられない。
「ゆ、ユウさんっ。みんなに見られたりしたら……」
「構うもんか……ルナに会えたのに……」
「あらぁ、真っ昼間からお盛んね。もしかして、こんなことをするためのお寝坊さんだったかしら?」
聞き慣れた声。喧嘩もしたし、よく相談もした。下ネタを言ったり冗談を言ったりしたら、すぐに回し蹴りを飛ばしてきた仲間。
「メグ……か……?」
「ん、何よ?」
「メグなんだよな? ちゃんと、メグなんだよな!?」
「な、何わけわかんないこと言ってんのよ!? って――ふゅぐっ」
筋肉質ではあるが、しなやかな肉体。鍛え抜かれた筋肉と一カ所だけ浮いた脂肪の感触。
抱きしめてわかる。しっかりとメグだ。
「ゆ、ユウさんッ!?」
「な、なにしてくれてんのよぉ!! ユウ!!」
「……何って――ぐぇッ!?」
抉るように背中を掴まれ、大外刈りの要領で地面に叩きつけられる俺の身体。
強烈な一撃であるが、不思議と痛くはない。何でだろう?
「ゆ、ユウさん、大丈夫ですか!?」
「何いきなり抱きついてきてんのよ、気持ち悪い!」
「おやおや。出発の時間まで寝坊してどうしたものかと見に行ってみれば、レディ二人にわいせつ行為ですか。感心しませんね」
頭上に響く嘲るような、呆れたような声。
「カミト、手前…………まさか『様』付けで呼べなんて言わねぇよな?」
「……は? まぁ、行く行くは大魔導師カミトとして名が知れる予定ですから、『様』呼びをされるのも吝かではありませんが……あなたに『カミト様』などと呼ばれても気持ち悪いだけですね。やめて頂きましょう」
「ははは! カミトらしいセリフだ! 愛してるぜ、カミトぉ!」
「ゆ、ユウさんッ!?」「ま、まさかあんた男にまで手を出すつもり!?」
「ど、どうしたんですか、ユ――ぐぇらばっ!?」
渾身の右ストレート。あの時届かなかった拳が、今はしっかり届く。
「悪いな、カミト。これで俺の気持ちも晴れたぜ」
あの時、届かせたくても届かなかった俺の気持ち。
「すまねぇな、みんな! どうやら、悪い夢でも見てたみたいだわ」
「ど、どうしたんですか、ユウさん! 夢って……さっきから変ですよ」
「変な夢を見てたにしてもおかしいわよ、ユウ。いきなり抱きついたり、殴ったり」
「痛てて……解せませんね、どうして僕が殴られないといけないのか……」
心配そうな眼差し。不思議そうな眼差し。恨めしそうな眼差し。
俺の仲間が俺を見ている。俺の仲間を俺が見ている。
「なぁ、ここ『ランドウィル』だよな? 俺たち、魔王を倒しに行くんだよな? 俺、伊佐見ユウだよな?」
俺の問いに、皆不思議そうな面持ちで答えてくれる。
「ほんっと、頭大丈夫? 一回診てもらった方がいいんじゃない? そうよ、ここは『ランドウィル』」
「リーダーがこんなでは先が思いやられますね。僕たちは魔王を倒しに行く道中、ここで休憩を取っていた次第です」
「疲れているのならもう少しきちんとした宿で休んでいっても良いんですよ、ユウさん。伊佐見ユウは魔王を倒せる力を持った唯一の勇者様なんですから、大事をとることも時に必要です」
「……あぁ。ありがとう、みんな! 帰ってきたんだな……俺……」
涙がにじみ、その顔を見せまいと自然と俯く。いっぱい辛い思い出も、いっぱい楽しい思い出も残してきた場所に、俺は帰ってきた。
大切な仲間の元に、俺は帰ってきた――
「な、何泣いてんのよ、ユウ?」
「これは深刻ですね。勇者様が情緒不安定なんて困ったものですよ」
「大丈夫ですか、ユウさん? わたしに力になれることなら何でもしますからね」
「すまねぇ、みんな……少しだけ、少しだけで良い。時間をくれ……」
――★★★――
「落ちつきましたか?」
「あぁ、なんとかな……」
街まで少し距離があるということで、皆には無理を言って先ほどの木陰で休ませてもらった。
「あんたら二人きりの方がきっと落ちつくでしょ」
「先ほどのように抱きつかれたり殴られたりしても敵いませんから、僕らは少し離れたところにいます。何かあったら呼んでください」
そう言ってメグとカミトは俺たち二人を残して去っていった。
「それにしても突然ですよ、ユウさん。どんな夢見てたんですか?」
「嫌な夢だ。思い出したくもねぇ」
こんな状況で二人きりとあれば、いつもはルナがあたふたしているようなものだ。しかし今は心配が勝るのか、ルナはそういった素振りを見せない。あまりに冷静だから、むしろ俺の方がドキドキしている始末だ。
「それなら、あんまり深くは聞けないですね」
「ああ、その方が助かる」
「……それにしても。夢の中で恋人でも作ったんですか、ユウさん?」
ちょっとムッとした表情でそんなことを聞いてくるルナ。
「はぁ? 何でそんなこと」
「だって、左手の薬指。そんなのいつも付けてないじゃないですか」
見ると、左手の薬指に何かが結ばれている。…………指輪?
「『キズナ』で編んだ指輪なんて……普通結婚前の恋人同士が付けるものですよ? 離れてても一度結んだ絆は離れないっていう願い事を込めて、相手の髪とキズナを一緒に結って指輪にするんです。ユウさんがそんなの付けてるなんて、わたし……」
「ば、馬鹿!? 誤解だ! 俺はこんなの結んだ記憶ないぞ! きっと寝てる時にメグあたりが悪戯して……」
そう言って慌てて解いてみると……それは一度千切れたキズナを結い直して指輪にしたものだと気付く。
「嘘ですよぉ。だって、メグさんじゃ薬草に回復魔法なんて施せませんもん。誰から貰ったんですか、ユウさん……?」
いつもはニコニコかオドオドかしかしていないルナの表情が、突如として険しくなる。そして、解いたキズナを取り上げ、まじまじと見つめる。
「むー、誰のですか、この栗色の髪の毛! メグさんは赤毛ですから、こんな色――え?」
栗色の髪。それはルナの髪によく似ていた。というよりむしろ、それは目の前のルナの髪と全く同じだった。
「もしかして……わたしの髪?」
俺には記憶がないから、そうだともそうでないとも言えない。ただ、一言。
「俺がルナ以外からもらったものなんて付けると思うか?」
「え、でも、わたし、こんな……」
困惑と同時に顔を真っ赤に染めるルナ。
「おーい、そろそろ調子戻ったかい、ユウ?」
「日が暮れて野宿というわけにもいきませんから、そろそろ動き出しますよ、ユウ」
「わわわ、メグさんにカミトさんっ」
「んー、ユウの次はルナ? やめてよねぇ、そういうの」
「変なものを感染させないでくださいよ、ユウ、ルナ」
「違うんです、違うんですよぉ!」
顔を真っ赤にして必死に首をぶんぶん振るルナ。
「さてと、行こうか。俺は大丈夫だぜ!」
「もー、ユウさんずるいですよ! いつわたしの髪の毛取ったんですかぁ、卑怯ですっ!」
「俺は知らないね」
「ってか、ユウ。いつの間にあんたそんな上等な装備手に入れたの?」
「随分と経験値も上がってるみたいですし、不思議なこともあるものですね」
「夢の中でちょっとな、色々あった。その話は魔王を倒してから心おきなくしてやるさ」
「ねぇユウさん、いつこんなの作ったのかだけ教えてくださいよ。自分ばっかりずるいです」
「それはホントに知らないってば」
「嘘ですよぉっ」
木漏れ日の中、勇者一行は魔王城の途上にある街を目指して歩く。途中モンスターを倒し、途中他愛もない雑談に興じ、まっすぐに歩いていく。その足が止まることはない。
勇者には、この世界がまた、かつての世界みたいに壊れてしまうかはわからない。仲間が牙を向き、仲間が果て、大切な人が自分の前から消えていく。そんなことがまた繰り返されるかどうかなんて、今の勇者にはわからない。
だが神の悪戯によって、再び異界に生を授けられた勇者は誓う。もう二度と、仲間を失うことがあってはならないと。もう二度と、大切な人を失ってはならないと。
「形だけの紛い物のために遠慮するくらいなら、『ルナ』さん本人のためになることに全力を注いでください」
誰がそんなことを言ったのか、既に勇者には朧気にしか思い出すことができない。
「残りは、頼んだぜ。後は、遠慮無く、やってくれ……」
誰にそんなことを言ったのか、既に勇者には全く思い出すことができない。
しかし、その殆どが悪夢の断片だ。勇者にそれを思い出す必要はない。
ただ魔王を打倒し、平和な世界で愛した人と添い遂げる。そのために、誰にも邪魔をさせない。どんな強大な力をも打ち破り、最後には彼女を再び抱きしめてみせる。
覚悟と決意を胸にした勇者と共に、一行は日暮れ前に次の街へと到着した。
――FIN――




