拾伍の世界②
拾伍の世界――魔王の話――獅羽邸にて
「なるほど。これはどういうことか、説明してもらおう……ナハト?」
「どういうことと申されましても、『見たまま』としか」
見たまま。
何故だろう? 私の目には、ここが他人の家とは思えないレベルでくつろいでいる輩の姿が映る。それも一人二人ではない。
学校から帰った私が目にしたのは、見知った他人どもが、私の家を占領している光景。
「がはは! 随分と良いとこに住んでおるじゃないか、魔王! 気に入ったぞ!」「白虎王はがさつじゃから気にならぬやもしれぬが、わらわは少々不満じゃて。ソファーが固い。もう少し良いのを新調してみてはどうじゃ」「鬼犀ノ巫女、我らはこれから厄介になる立場だ。あまり贅沢を言うものではない」「斬鋼帝の言うとおりだぜ。ここはみんなの家だし、多少の我慢は必要だな」
「いや、我慢以前に出て行け。ここはお前らの家ではない」
獣人族の長、白虎王。鬼人族の長、鬼犀ノ巫女。機鋼族の長、斬鋼帝。竜人族の長、竜銀士。そして、彼らの取り巻きと思われる魔族の民が幾人か。
魔界を統べる有力氏族であり、魔王に次ぐ発言力・影響力を持つ重鎮達。
それがなぜ、ここにいる? なぜ、私の家にいる? なぜ、こんなにくつろいでいる?
「何じゃあ、儂らはここに住めんのか?」「魔王の器量はその胸のように薄情じゃのう」「ぬ。我らはあまり歓迎されておらんようだな」「おいおい、そんな冷たいこと言うなよ、魔王。長い付き合いじゃねぇの」
「知るか。お前らを匿ってやる理由もなければ余裕もない。それにお前らとの付き合いなぞ一切ない。一切だ。私が情をかける筋合いなどあろうはずもない。それと、今度胸の話をしようもんならその無駄に目に付く脂肪の塊を引きちぎってやるから覚悟しておけよ」
「まぁまぁ、マオ様。そんなご立腹なさらずとも」
「やけに肩を持つじゃないかナハト。まさかこいつらをここに引き込んだのはお前じゃないだろうな?」
「まさかぁ。わたくしが彼らを呼んだみたいな言い方はよろしくないですよ、マオ様」
私の言葉に対して不自然に目をそらすナハト。どうやら事の一端はこの執事にあるらしい。
「……で? 何でお前らがここにいる? 侵攻計画は途中で頓挫。さっさと和平を結んで、魔族の民はそのまま魔界に帰ったと聞いている。お前らが残っていていい道理はあるまい」
私の言葉に一同が難しい顔で返す。どうやら事情はあまり芳しくないらしい。
「儂らもなぁ、好きこのんで残ったわけじゃないのだぞ」「仕方なくじゃ仕方なく」「全く心当たりがないわけではないとはいえ、まさか自分たちの民に訴追されるとはな」「いやいや、あれは俺たちの英断だ。あのまま残ってたら殺し合いにすら発展しかねなかった」
「いまいち事情が飲み込めん。わかるように説明しろ」
「えぇっとですね、いいですか、マオ様――」
ナハトの説明によるとこうだ。
魔界大侵攻軍は、魔族軍内部が疑心暗鬼に捕らわれ、内部から瓦解した。とてもそのまま戦を続けられないほどに。
疑心暗鬼の内容――どうやら有力氏族の何者かがこの戦に謀略を巡らせ、自らが魔界の権力を独占しようとしているという『デマ』がどこかから流れたらしい。
主な容疑者としてあげられたのは、魔王の消息知れぬ時において魔界で影響力を振るうとされた四人の長。
普段から機鋼族と縄張り争いを続け、自他共に認める気性の荒さとその並はずれた爆発力から魔界一の特攻隊長とも呼称される獣人族の長「白虎王」。同じく、獣人族とは「虎鋼の仲」という慣用句が生まれるほどに大昔から敵対関係にあり、冷静沈着さとその戦略眼の高さから魔界一の参謀と評される機鋼族の長「斬鋼帝」。加えて、利害関係からどの種族にも付き、どの種族をも裏切るとされ、占術や呪術といったものを駆使して独自の地位を確立、トリックスターとして名高い鬼人族の長「鬼犀ノ巫女」。そして、先々代魔王の子であり、魔王の幼馴染みでもある年若き竜人族の長「竜銀士」。
この四人――鬼犀ノ巫女が当初容疑者として最有力視されていたが、彼女の狂言によって他の三人も容疑者となった――は、今回の魔族大侵攻の総指揮を担う人物であった。しかし、疑いの目が向いた段階で彼らは拘束。残った人員において、血気盛んな魔族の兵を統率できる存在などいなかった。
そのため、やむを得ず本土決戦すら行わないままに降伏宣言。そのまま和平となったらしい。
そこまでが魔族大侵攻の一幕。拘束された彼らは、終戦と共に解放されることはなかった。
疑わしいとされるにはそれなりに理由がある。今回の大侵攻にて策謀を企てた証拠こそ見つからなかった。だが魔王なき魔界において、己が第二の魔王として君臨しようとしているという計画、現体制に対するクーデターの画策など、「反逆者」として認定されるには充分な証拠については、調査によっていくらも見つかった。
白虎王の嫌疑は機鋼族の民によってかけられ、同様に斬鋼帝の嫌疑は獣人族の民によってかけられた。鬼犀ノ巫女は簡単に調査しただけでもクーデターを企てる内容の文書が相当数見つかったため拘束。竜銀士は今回の魔族大侵攻の実質的なリーダーとして動いていたことから、充分な証拠が無かったにも関わらず、疑いの目が拭えなかった。
そして、魔王に頼らない自治を目指した魔族議会において、疑わしき四人の長の魔界追放が決定。魔界を追放されて行き場を失った四人の長はこの世界に残らざるを得なかったようで……現在に至るそうだ。
「事情は飲み込めた。飲み込めたからさっさと出て行け、裏切り者を匿ってやるほど私の心は広くない」
「逆効果ではないか、ナハト!」「やはり胸の小さい奴は心も小さいのじゃ」「我らに生き恥もさらさせてはくれぬか。ここは死ぬしか……」「俺の心は魔王一筋だぜ、信じてくれ!」
「少々みっともないですよ、皆様。わたくしの存じ上げる皆様はこんな方々ではなかった」
「ぬぉ! 何を申すか、貴様!」「元はと言えばおぬしがいらんことを吹聴するからこんな事態になったのではないか!」「やはり味方などおらぬか……」「裏切りやがったな、ナハト! お前が大丈夫だって言うからここに残ったのに!」
「ヴァルドレット家は代々グラディウス家にお仕えしてきました。よってマオ様のためならこのナハト、嘘つきにも偽善者にもなりましょう。しかし他の者のために、マオ様に迷惑をかけることを承知で嘘つきや偽善者になることはできませぬ」
ナハトが残酷な言葉を投げ掛けると、四人の長はあからさまに不機嫌な様子でそれに返す。四人の長に付いてきた数人の部下は、部屋の隅の方でしきりに頭を下げている。
「既に迷惑がかかっているんだがな、ナハト」
「承知しております。一刻も早くこの乞食共を追い出させて頂きます」
「まぁ待て。………………はぁ。少し話をしてからだ」
面倒なことになったとは思う。しかし、実質的には赤の他人ではあるが、よく知った身なりをしている者たちを「出て行け」と無下に扱ってやるわけにもいかないだろう。
「竜銀士は知っていると思うが、私はお前達の王ではない。私の知っている竜銀士や白虎王と言った魔族の長は、前の侵攻で全滅した。魔王たる私の浅はかな采配と計略によってな。そして、お前達が魔王として崇めていた存在はどうなったかは知らん。こことは違う世界に行って生きているか、あるいは死んでいるか……そんなことは私の知るところではないが、ひとまず私は別人だ。お互いに見知った容貌をしているみたいだが、中身は別人。もっと言えば今回が初対面だ」
「馬鹿を言うな」「そんなことを言ってわらわたちをあしらおうという魂胆じゃろうて」「にわかには信じがたいな」「別人、ねぇ……」
訝しむ表情を見せる長たち。案の定ではあるが、すぐには信じてくれないらしい。
「ああ、私もにわかには信じがたかった。しかし現実だ。博識な友人が言うには、世界のどこかには自分が今住んでいるのと殆ど同じ世界『ぱられるわーるど』とかいうものが存在していて、どうやら私にとってお前らは『ぱられるわーるど』の世界の住人らしい。『ぱられるわーるど』には姿形や生い立ちがよく似た人間がいるから、お前らが私のことを『魔王』と思うのも、私がお前らの名前を知っているのもそのせいだろう」
私自身もよくわかってないことを説明しているせいもあるのだろうが、彼らは一様にぽかんとした表情を見せる。だが、それもそうだろう。最初に説明された時には私もさっぱり意味がわからなかった。何度かナツキに説明してもらって、ようやくなんとなくわかり始めたところだ。
「だから、私とお前らには何の関わりもない。初対面の奴から『今日からここに住まわせてくれ』と言われて、『わかりました、どうぞ』なんて言えるほど私の心は広くない。だが……」
「だが?」
一同が声を揃えてその言葉に食いつく。
「私自身もこの家を紹介してもらった立場だ。その紹介してくれた人間にお前らの居場所を掛け合うことくらいはできる。なに、事情を話せば相手方も嫌とは言わんだろう」
経緯はどうあれ、第二次魔族大侵攻が『ケイテン』とやらの野望を挫くのに一役買った面もある。私としても、あちらの竜銀士が来てくれなければ、力を取り戻すこともできなかっただろう。
「そしてナハト。命令だ」
「は。何でございましょうか、マオ様」
「こいつらのこの世界における教育、仕事の斡旋はお前に一任する。どうやら、こいつらが追放されるきっかけを作ったのはお前にも責任があるらしいしな」
「は。仰せのままに」
お人好し。
きっとナハトにはそんな風に思われているだろうし、このことを友人に話せば皆口を揃えてそう言うだろう。しかし、大したことじゃない。
あちらの魔王ならば、事情が事情だけに即刻血祭りにでもあげたような案件だが……生憎私はこちらの魔王だ。そんなことをする資格も、そんなことをする理由も持ち合わせてなどいない。
それに、私は死に行く彼らに何もしてやることができなかった。各氏族の長として一歩も退かぬ姿勢を見せた彼らに、恩返し――でもないが、何か報いてやるようなことをしてやってもいいだろう。たとえそれがただの自己満足であっても。
――――――なんていう甘えを見せたのが私の運の尽きだった。
この後彼らは住むところにしても仕事にしても、あれも嫌、これも嫌。ようやく家や仕事が決まっても、サボっては私の家に『遊び』にばかり来る始末。
魔族の民――戦をさせれば右に出る者は早々いないが、てんで他のことはダメらしい。
「疲れたよ。ナハト、お茶を一杯くれないか? うんと濃い奴」
彼らが帰った後、焦燥しきった表情で私は椅子にもたれかかる。そして、私の従者は、微笑みを交えてそれに応える。
「いえいえマオ様。こんな時は酒でも呑んで綺麗さっぱり忘れてしまった方が気が楽かと」
「ああ、ああ。わかったわかった。酒でも呑めば即座に夢の中。嫌なことなんて覚えてりゃせんさ。――だが、目を覚ました時が恐い。二日酔いで学校などごめんだ」
「ふふふ。では、麦茶で宜しいでしょうか、マオ様? うんと濃いのを」
「頼む、ナハト。……はぁ~、何であんなこと言ったんだろう、私は……。あんな連中、知らん顔で追っ払ってしまえば良かったのに……」
「マオ様が変な情を見せるからですよ?」
そう。私が情を見せたのは事実だ。おそらく、ナハトはこうなることも百も承知であんな態度を取っていた。そしてこいつは、私が頭を抱えている様を楽しそうに見ている。
「ナツキには如月との関係は進んだのかなどと茶化されるし、竜銀士には変に付きまとわれるし、エルは時々恐いし、如月は………………んぅ、あぁ! もう嫌にな――ってぇ!? 苦いよ! な、なんていうか、この茶、いつにも増して、じ、尋常じゃないくらい濃いぞ!?」
「いやはや。マオ様の仰せの通りに注がせて頂きました」
「もはや泥水だな……茶と言っていいものか……」
とは言うものの、濃い麦茶は嫌いじゃない。一杯飲み干すとすぐにおかわりを注文した。
「マオー、いるかー?」
そんな最中、如月の声が玄関から響き渡る。
「『ないとしょー』とかいうやつか……面倒だな」
「如月殿とのデートでは? マオ様は如月殿のことは嫌いではないでしょうに。それに、今回は映画を見るだけみたいですし……」
「いや。だからこそ面倒なんだ。私としても如月と一緒に映画を見に行くことは吝かではないが……その、緊張して、逆にどんな風にしてればいいのかわからなくなる。それに、どうせ竜銀士の奴がどこかで邪魔に入るのだろう? ……はぁ。面倒臭いことは全部、広域殲滅炎系魔法で解決できれば楽なのにな……」
「マオー、まだかー?」
「悪い。今行くー」
一気に二杯目の麦茶を飲み干し、私は如月のいる玄関に駆けていく。おそらく、自分でも気付いてないくらいの笑顔で。




