拾参の世界③
拾参の世界――執事の話――小島(魔族の拠点)にて
「いやはや皆々様方、ご機嫌いかがですか?」
「な、ナハトぉ!? 貴様、生きてたのか……?」
歓迎でも拒絶でもなく、その反応は驚愕。死んだとばかり思っていた存在の登場に、拠点に集った魔族はざわめく。
「えぇ、しぶとさだけは魔界一と定評がありますからね。それより、医療班なんかが編成されておりましたら、この方を診てあげてください」
そう言ってナハトは肩に担いでいた竜人を丁寧に下ろす。既に消耗しきっており、その身体は人間体に戻っている。
「りゅ、竜銀士様ッ!? これは、いったい、何が!?」
「魔王様にやられましてね。虫の息ではありますが、なんとか生きてます。この方は魔界二のしぶとさを持っていると言えますね」
「何を悠長な! というか……やはりあれは魔王の裏切りか? あれはどういうことだ?」
「随分多くの兵が魔王の攻撃によって失われた。前線に出せども出せども、規格外の魔法で塵芥だ。どうにも本土に上陸することさえ叶わん」
「貴様は魔王の側近だったであろう。先遣隊として人間界侵攻を経て、魔王に何があった? 奴は我々の敵か?」
矢継ぎ早にナハトに質問が飛ぶ。
総力をあげて人間界に侵攻してきたはずなのに、自分たちの象徴であるはずの魔王の攻撃に阻まれ、本土に上陸さえできない事実。何もできずまま、ただいたずらに魔王の攻撃によって兵ばかりが減っていく事実。
それらの事実が、ナハトに対する質問の攻撃性を強くする。
「一度に色々聞かれましても、わたくしとて万能ではないのですからお答えできませんよ」
「ではいい。答えられることから、答えろ! 全く足取りが進まず、兵達も苛立っている! 返答次第では貴様の無事は保証せんぞ」
「おぉっと、それは穏やかではないですね。それでは慎重にお答えしましょう。……と言っても、わたくしに答えられることなんて殆どないのですがね」
いきり立つ他の魔族の兵達のペースには合わせず、ゆっくりと彼は彼なりの答えを紡いでいく。
「結論から言うと、魔王様はあなたたちと敵対しておりません。この点だけはまず皆さん覚えておいてください」
「馬鹿を言うな! では何故魔王は我々を攻撃する? 結構な数の負傷者や死傷者が出ているのだぞ!」
「おやおや、人が話している最中に口を挟むのは関心しませんね。詳細も今から説明しますよ」
「んもう! 早く説明しろよ! こっちは攻め込みたいのに攻め込めなくてうずうずしてるんだよ!」
ナハトが煽られても説明を早めない理由は「時間稼ぎ」が大きい。
現在魔王は破壊神との交戦のため、浜に降りている。そのため今本土に侵攻しようとしても、何の障害もなく上陸は成功するだろう。
しかしそんなことをされれば、魔王は破壊神との戦いを中断して魔族の撃退に戻るかもしれない。そうすれば魔王はまた、数多くの同族を自分の意志とは関係なく傷つけることになる。加えて、もし上陸が成功した状態で魔王が元に戻っていたとしても、その時魔王が魔力を失っていた場合、ほぼ確実に逆上した魔族の兵に殺されてしまう。
現状、色々理由をつけて拠点に魔族たちを閉じこめておく方が良いと判断したナハトは、事情を説明しながら時間を稼ぐ。
「魔王様は現在、魔族の瓦解を狙う何者かによって操られています。……信じられない? でも考えてみてください。そもそも、魔王様があれほど強大な力を残しながら先遣隊として人間界に臨み、何の成果もあげられないなんておかしくないですか? 加えて、何の連絡もないなんて不自然じゃないですか?」
「た、たしかに……俺たちを遙かに凌駕する魔力を残しながら、何の音沙汰もなかったのは不自然だ」
「気付いてみれば、先遣隊で生き残ったのはわたくしと魔王様だけ。わたくしは何とか難を逃れることができましたが……魔王様は気付いた時にはあの調子で。長年従者であり続けたわたくしにもその魔法の矛先を向け、わたくしを抹殺しようとしました」
「何!? それは本当か!?」
「えぇ、本当ですとも。わたくしは、これが何が原因でそうなっているのか懸命に考えました。……しかし、人間界で証拠を探そうにも、めぼしいものは何も出てきません。何も出てきませんでしたが……魔王様は、人間界にて何者かの保護を受けました。人間界に一度も赴いたことのない魔王様が、衣住食完備の手厚い保護を受けたのですよ? 他の先遣隊のメンバーは容赦なく抹殺されたというのに。これは実におかしな話です」
「ま、魔王が人間共と事前に密約か何かをかわしてただけじゃねぇのか!?」
「んもう、わかってないですね。魔王様は皆さんも知っての通り、政の手腕は芳しくありません。戦闘能力だけの愚帝です。そんな魔王様が従者であるわたくしの目をすり抜けて、人間界との交流を持つことが可能であるとお思いで? あれはもう、魔界側の何者かの手引きがないと不可能ですよ」
「だ、だが、誰だよ、それ……」
「それはわたくしにもわかりません。しかし、魔王を疎む者、魔王を陥れたい者なんて魔界にはいくらでもいたんじゃないですか? 叩けば埃がでるような方も、わたくしも個人的に何名か存じ上げております。いたずらな混乱を招かぬために、あえて個人名は出しませんがね」
「そ、それじゃあ、今回のは……」
魔族の動揺を窺い、ナハトは気付かれない程度に口元をつり上げる。そして冗長に言葉を紡ぎ出す。
「もう魔界から出てくる前から、仕組まれたことだったのですよ。魔界から出てくる前です! ですから、仕掛け人は人間側ではありません。わたくしたちは、まんまと嵌められたのです。同士討ちをするように! 同士討ちをすれば、魔族は消耗します。魔王様の信頼は失墜します。さすれば、次の魔王を選出する動きになったとき……少しでもライバルを減らし、楽に王座を掴もうとした輩の仕業であると考えるのが自然ではないでしょうか、皆さん!」
ナハトの言葉に、にわかに場が騒然となる。
「人間界侵攻は罠だったのですよ。わたくしたち魔族を疑心暗鬼に追い込み、内部から瓦解させるための手段でしかなかったのです! 今は人間たちと相対するより、悪辣とした魔族内の芽を摘むことの方が先決ではないでしょうか。違いますか、皆さん!」
ナハトの言葉で完全に疑心暗鬼に陥る魔族の兵達。もうその心は、海をどうにか渡って本土攻撃をすることよりも、いるはずもない離反者探しに向けられる他無い。
(わたくしはできることをしました。あとは頼みますよ、如月殿。アスナ様の新しいフィアンセ候補として、必ずやアスナ様を元に戻してくださると信じております――)




