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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第一話 爆ぜる。
4/46

壱の世界③

壱の世界――勇者の話――故郷の城にて


「ユウさん! 探しましたよぉ。祝勝パーティーから突然いなくなるんですもん、心配しました。貴族の方とか、王族の方とか、ユウさんのことずっと探してますよ?」

「どうもそんな気分じゃなくてな」

「そうなんですか?」

 宴会場の隅。柱の影になっており、よく探そうとすると奴じゃない限りまず見つけられないだろう。現に、パーティーの出席者全員にワイングラスを配っているメイドですら、俺の場所には気付いていない。

 よくルナは見つけられたもんだ。普段は誰よりもおっとりしてて、捜し物とか絶対見つけられないくせに……こういう時には感心する。

「おとなり、いいですか?」

「構わねぇが……ルナはいいのか? パーティーの中心にいなくて」

「いいんです。元々私は人見知りですよ、覚えてます? それに」

 言いながら、ルナはちょこんと俺の隣に座る。どうやら、慣れないドレスの扱い方がわからず、座る動作をするだけでドギマギしていたが……どうにか座れた時には、「えへへ」と無邪気な表情を俺に向けた。この可愛い笑顔だけは、どんなに着飾っても変わらないんだな、って少し安心した。

「私はユウさんと一緒にいたいんです。別に、他の貴族の殿方にちやほやされたくて、魔王討伐までの時間をあのメンバーで共有したわけじゃありません」

 ちょっと真剣な表情を作って、ルナは俺にそんなことを言う。

「変わったな」

 そんな言葉が、自然と漏れてた。

「……へっ? 何ですか?」

「いや、何でもない」

 ルナはいつまでも笑顔だ。いつまでも――俺が魔王を倒し、その時感極まって少し涙を浮かべて以来、この地に戻ってくるまで、ずっと笑顔だ。

 そんな笑顔を、俺はこの平和な世界で守っていきたい。


 魔王は倒れた。俺の振るう、俺の剣によって。

 自分でも信じられないくらい呆気ない幕切れだった。いつもの調子で横一閃に薙いだつもりが、気付けば魔王の身体を両断していたのだ。

 心なしか、魔王は死の直前に安らかな笑顔を浮かべていたような気がするが……奴がいなくなった今では、それが事実であったかどうか、事実であるならばその理由がいかなるものなのか、確かめる術を俺は持たない。

 とにかく俺は、おそらく魔王が言ったとおりに、魔王の力を受け継いだ。それはそのまま、俺が勇者の力を失ってしまったことを意味しているのではないか――そんな思いもよぎるが、それはひとまず考えないでおこうと思う。だって……たぶん『勇者の力』では絶対に、『魔王の力』には及ばなかったのだろうから。

 そんな後ろめたさが、祝勝会に臨む俺の気持ちを沈ませる。

 それでも、自分自身の今まで(・・・)を半ば否定する形になっても、世界を救うためには魔王を倒す他なかった。今考えると、あの魔王が俺にとって直接的にはどんな「悪」だったのかもわからないが……俺はただ勇者に与えられた役割そのままに動くしかなかった。

 ――たとえそれが、自らを勇者たらしめる全てを失うことを知るとしても。


「あぁ!? こんなとこにいた!」

「「ぶっ」」

 俺たちは笑った。普段剛胆(ごうたん)闊歩(かっぽ)のメグが、おしとやかに一生懸命ドレスを持ち上げてこちらに寄ってくる姿が、無性におかしくて。

「お前ら……あとでシメる」

「おいおい、そんな格好でそんなこと言われ――」

 ドカッ――と鈍い音がした。見ると、大理石の柱が大きく欠けていた。

「……んで、何のようだ? まさか『淋しくなったなんて』とらしくねぇこと言いに来たわけじゃねぇんだろ?」

「ああ、勿論。あたしも、あんたらが二人でいるとこをわざわざ邪魔しようってほど野暮じゃないよ」

「えと……もしかして、国王様のお呼び出しとかですか?」

「ご名答。ルナはそこのバカと違って、察しが良くて助かる」

 国王の呼び出し? 大衆の面前での勝利の儀式は無事済ませたはずなのに。……何故?

「なんか、魔王を討伐した四人で来いってよ。とりあえず、あたしはカミトの阿呆を見つけてから行くから、あんたらは先行ってて。国王の間ぐらい、自分らで行けるでしょ?」

「そりゃ行けるが……四人で来いってんだろ? それならカミトも一緒の方が」

「あぁ、そりゃ随分気の遠い話だわ。あたしがさっきから一時間近く探してるけど、全然見つからないんだもん。とりあえず、どうせ王様が用あるのってユウでしょ? 先行っててよ。拳士は長い話聞いてるより、酒飲んで騒いでた方が性に合ってる。とりあえずあたしはカミト見つけたら行くからさ」

 カミトの行く場所くらい、一時間も探せば見つかりそうなモンだが……。

 何だろう。何か、変な違和感がある。

「わかったが……俺もルナも、四人揃うまで待たされるのは嫌だからな。さっさと来いよ」

「それをあたしに言うかい、勇者さんよ。カミト次第だからね」

「わたしも一緒にカミトさん、探しましょうか?」

「のーさんきゅー。そもそも、あんたは一人でいて貴族のはな垂れ共に言い寄られるのが嫌だから、わざわざユウを探したんでしょ? 面倒増えるのも嫌だから、あんたはさっさとユウと一緒に行っちゃって」

「そ、そうですか……」

 ルナが完全に引き下がる前に、メグはまたさっきと同じ滑稽なモーションで去っていった。そうなると、俺はルナと二人で国王に会いに行かなければならなくなる。

「……面倒くさいですね」

「変わったな、手前」

「国王様に謁見する時間よりも、今のわたしにはユウさんと生きてる実感を共有する時間の方が大切ですから」

「変えたのか」

 俺が世界を変えたら、やっぱりルナも変わったのか。そしたら、俺がルナを変えたって言うのか。

 そんなどうでも良いことを考え、ルナが肘に手を絡ませてくるのを内心随分心地よく思いながら、俺は最後の舞台へと足を運んだ。


 ――☆☆☆――


「本当にご苦労だった、勇者。魔王討伐にあたり、さぞ苦しい旅路を経験したことじゃろうて……」

 当たり障りのない労いの言葉。どうせもう国王から勇者としての使命を与えられることもないんだ。いっそルナの「面倒くさい」って言葉に従って、サボってやれば良かった。

「苦難を乗り越えることができたのは、国王様が俺に三人のすばらしい仲間を宛ってくれたお陰です。力強い彼らの助けがなければ、今頃魔王以下の魔物の手にかかり、志半ばで倒れていたことでしょう」

「そんなことはないぞ、勇者。どうやら聞く話によると、魔王は勇者が一撃で葬ったらしいではないか。カミト様(・・・・)が褒めてらした」

「いえ、まぁ、はい」

 ………………ん? 何だろう、この違和感は。

「カミト様にもしものことがあったらと思って、貴君に指揮を委ねるのは吝かではあったが……それもカミト様の意向。どうにか全員が無事に我が城まで帰還できたことを、改めて嬉しく思うぞ」

「国王、労いの言葉はもう結構です。自分もルナもメグも、おそらくカミトも、旅の疲れで今は暫くの休息が必要かと思います。取り急ぎの用でないのであれば、日を改めて伺うことはできないでしょうか?」

 俺の言葉に、国王は露骨に眉間にシワを寄せる。普段温厚で世間知らずな王が、こんな表情をするのは初めて見た。

「おうおう。これは無粋な反応じゃのう。自らの立場を弁えておらんな」

 ――まずったか? 流石に、国王に対してこの口の利き方は……。

 だが俺の予想とは裏腹に、王の口から浴びせられた言葉は、はたして王に無礼を働いた咎めではなかった。

「いい加減カミト様を呼びすてにするのはやめろ! ぬしはカミト様に生かされてきたのじゃぞ? ぬしは、カミト様に仕える身であるということをどうやら理解しておらん!」

「………………は?」

 カミトに仕える身……? 見ると、やはりルナも俺と同じように戸惑いの表情を浮かべている。

「そもそも! 今宵、ぬしらをここまで呼び寄せたのはカミト様じゃ! ぬしらは今宵、カミト様に正式に仕え、天上に昇るという使命を負ったのじゃ。カミト様はぬしらを天上に臨む際の供と認めた。まず光栄に思え!」

 怒気を含んだ声。俺たちの戸惑いを余所に、国王はまるでカミトのことを神のように讃える。そして『天上に昇る』とは、どういうことだろうか?

「賛美の言葉を唱えよ! カミト様に、賛美の言葉を唱えよ! ぬしらただの人間に付き添い、共に戦ってくれたカミト様に賛美の言葉を唱えるのじゃ! 勇者はカミト様の剣! 女どもはカミト様の娼婦! カミト様を喜ばせるためだけに、我々は存在しているのじゃ!!」

 口元から涎を垂らし、一心不乱にカミトを讃える国王。そして、それに同調しない我々を見るや、国王は俺の肩に両手を乗せ、俺とルナに怒声と罵声を強く浴びせた。

「屑がぁ! 早くカミト様を讃えんかぁ! さもなくば死刑じゃぁ! ぬしらに居場所などないぃ!!」

「ちぃ、狂ってやがるぜ……」

 せっかく、魔王の手から世界を救ったッてのに……どうなってやがんだよ、まったく。

 俺は国王の手を振りほどく。簡単に地面に崩れた王だったが、すぐに狂った顔で俺とルナを睨む。

「死刑じゃぁ……反逆者、背教者は死刑じゃぁああッ!! 神の使いであるカミト様に敬意すら払えん愚か者には、わし直々に死を与えてくれるわぁッ!」

 そう言って短剣を引き抜き、慣れない動作でルナに斬りかかる王。明らかに弱い方、殺しやすい方を狙ったとしか思えない。その判断は、本当に相手を追いつめようと言うのなら概ね正しいが……国王にはそんな矮小とも言える行動に出て欲しくなかったというのが本音。そもそも、トチ狂って斬り掛かってくれるな、という話でもあるが。

 突然の出来事に、恐怖よりも困惑の表情を浮かべるばかりのルナ。しかし悲鳴を上げるでもなく、条件反射的に手に持っていたロッドで王の短剣を振り払う。非力なルナの一撃であったが、華奢な少女よりも更に非力な中年太りな国王は、無様に短剣を手から取りこぼす。

 一瞬、その場にいる全員が予想外の展開に動きを止めた。俺は、気弱なルナがそんな行動に出たのに驚いて。国王は、まさかこんな小娘に攻撃を阻止されたことに驚いて。ルナは、異様な光景を目の当たりにしたことに驚いて。

「紅、い……?」

「…………っ!? ル、ルナ、逃げるぞ! ここに居たってしょうがねぇ」

「は、はい!」

 俺は咄嗟にルナの手を引き、やたら遠い出口へと駆け出す。ここに居たところで、おそらく殺すか殺されるかまで終わらないサバイバルだ。

 国王の様子を見る限り、奴を殺そうが殺さまいが反逆者として国から指名手配されそうな勢いだが……それでも、同じ「人間」を殺すわけにはいかない。

(さんざん魔物を容赦なく殺しておいて、俺は今更何を言っているんだ?)

 走り出すと同時にそんなことを思ったのは、既に自分の「勇者」としての存在意義が薄らいでしまったからだろうか。それとも、「魔王」の力に毒されてしまったためだろうか。

 そんなこともわからないまま、後ろから聞こえる運動不足の中年の怒声や罵声を尻目に、ただ出口へと向かって走る。

「ユウさん……あの人……」

 もう少しで国王の間を抜ける扉に手が届きそうなところで、ルナが突然口を開いた。

「紅い眼を、してました」

「紅い眼……? それって、どういう――ッ!?」

「って、ユウさん、きゃあっ!?」

 刹那、閉まった扉の向こうから大きな魔力の放出を感じた俺は、ルナの肩を引き込み、無理矢理地面に伏せさせる。その瞬間。扉をぶち破って、雷と炎の閃光が二人の頭上を(はし)っていった。

 そして、射線上にいた俺たちの王は……。

「カ、カミト様! な、なぜぇえ……!?」

 ――灰になった。

「嘘、だろ……? 手前、なんてこと……」

 目の前に立つのは見知った顔。

 珍しく絢爛な衣装を身に纏い、顔が歪むほどに笑顔を繕っている様は、いつもの『あいつ』にはあまりに似つかわしくなくて。一瞬自分の判断を疑ったが……その声も立ち振る舞いも、紛れもなく『あいつ』以外の何者でもなかった。

「なんてことしちまったんだよ、カミト(・・・)ぉっ!」

「随分な物言いですね、ユウ。わざわざ無能で醜い肉塊の追撃から救ってあげたというのに」

「んだと……手前、自分のしたこと……」

「ああ。まぁ、あの程度の小物、僕の助けがなくても全然問題なく殺せましたね。余計なお世話でした」

「わかってんのかぁッ!!」

 俺はカミトの胸ぐらを乱暴に掴む。そして、意味不明な現状への不満を、半ば八つ当たり的にカミトにぶつけた。――いや、八つ当たりというわけでもない。おそらく元凶はこいつにある。

 だがカミトは、歪んだ笑顔のまま俺の言葉をいなす。

「国王を殺そうが殺さまいが、背教者であるあなた方はいずれにせよ国から追われ、殺される身です。余罪が増えたところで与えられる刑罰が同じとあれば、大した問題ではないでしょうに」

「だからって手前……やって良いことと悪いことが……」

 全く悪びれず、あまりに開き直った態度をとるカミト。真面目一筋だったこいつの変わりようが、正直怖くて……。

 いつの間にか俺の右手は、カミトの左手にどかされるままに垂れていた。

 困惑してどうしようもなかった俺の後ろから、想像以上に鋭い言葉がカミトを刺す。

「そもそもカミトさん! 私たちが背教者ってどういうことですか? 何で、王様はカミトさんを敬うように言ってたんですか? 何で王様の眼が紅かったんですか? それからどうして――」

 ――メグさんの左手を、付けてるんですか……?

「………………ふふ」

 歪む表情。

「ふ、ふふぅ……あははははははははははははははははははッ!!」

 下品な笑い声。聞くだけで不快になるような、とてもとても下品な笑い声。

 狂ったようにカミトは笑う。いつも冷静沈着で無表情なカミトが、心底楽しそうに狂った笑いをあげている。魔王を倒した時でさえ表情一つ変えなかったやつが今、この世で一番醜い顔でいっとう五月蝿い音を響かせる。

 ――何故なんだ。どうして、みんな変わってしまう。

「まさか、あの小娘がここまで成長するとはねぇ……こいつは驚いた。鋭い観察力があって度胸もある! 出発当初は尻の青いどうしようもないガキだったが、なるほど。あながち恋が人を強くするというのは間違いじゃないようだ。面白い、実に面白いよ、ルナ! 力を得ても、いつまで経っても昔とちっとも変わらないそこのバカ勇者さんとは大違いだ」

「な、なんだと!?」

「ルナは気付いてるようだよ、ユウ。あんなに敵意をあからさまに向けてくるんだ。具体的にまではわからなくても、何かまずいことがあったことぐらいは気付けてるね」

 まずいこと……まずいことってなんだ……?

 わからない。俺には全然、目の前で何が起こっているのかわからない。

 王様が狂った。カミトが王様を殺した。メグの左手がカミトの左手の部分にくっついてる。

 カミトは笑ってて、それに対しルナは、警戒心と敵意をむきだしにしている。

 どうしてこうなってるのかわからない。楽しいはずの祝勝パーティで――平和が訪れているはずのこの国で、どうしてこんな混沌たる状況の渦中にいるのか、俺にはさっぱりわからない。

 わからないから……確認してみたんだ。一つだけ、そのたった一点だけは絶対わかってて欲しかったから。

「カミト……手前は、俺たちの『仲間』だよな……?」

「違うよ?」

 やつは穏やかな声で即答する。とても穏やかな表情で、とても残酷な答えを。

「僕が君たちの仲間のはずがないじゃない。行動を共にし、時に障害を排除し、勇者が魔王の元に辿り着くのを助け、ひいてはそれを倒すのに力を貸しただけに過ぎない。生憎この世界において、魔王は『勇者』にしか倒せないようにプログラムされていたみたいで、魔王は独自のプログラムで動いているため、『伝説の勇者』の干渉しか受けないときた。……そうでなければ、君たち人間風情が僕と同じ立ち位置でいられるわけが無いじゃないか」

「まるで手前が神様にでもなったような言い方だな」

「だってその通りだから」

 …………何だと?

「いや、厳密には違うんだけどね。この『カミト』の身体は憑代(よりしろ)に過ぎない。だから、カミトそのものが神であると言うと語弊があったりもするが……まぁ、そんなことは些細な話さ。いずれにせよ、神と等しいものとしてこのランドウィルの人間が崇めるべき存在であることに変わりはない」

 カミトは時に満面の笑みを浮かべながら、そんなことを手振りを交えて話す。俺とルナはカミトのあまりに超次元的な話に正直ついていけなかったが……それでも、目の前の存在が既に仲間とは呼べない存在に成り果てていること悟った。

「ふざけたことを抜かすなよ、手前……」

「ふざけてなんかないさ。僕は大まじめに説明してあげてるんだよ? 『勇者一行』として行動したおかげで、プログラム改竄の影響を受けなかった君たちに」

「『プログラム』って……なんですか……?」

 ルナの疑問は俺の疑問。まるで『RPGゲーム』の設定でも語るように、世界のプログラム云々を言うカミトに対し、その疑問が生まれるのは必然だろう。

「ふむ。異世界から来たユウなら、ややもすれば概念を理解できるかもしれないけど、この世界で生きてきたルナにはきっと言ってもわからないね。プログラムの概念を理解することは、『神の創造』を全面的に肯定すると同時に、『自らの独自性』を全否定することになるんだから。それでも聞いてみる?」

「…………はい。聞かせてください」

「それでも聞く……か。面白いね。それじゃあ、魔王を倒してくれたお礼に教えてあげよう。

 ランドウィルは、いままで世界の住人たちが『神』と呼んでいた存在によって創られた。……いや、正確には構成されていたと言うのが適切かな。実際に『神』がいたのかどうか、僕は知らないし。……まぁ、全ての事象がどのように起きるのかは、この世界ができた時から決まっていたんだ。君たちは時に『運命は神のみぞ知る』なんて言うけど、まさにその通りだね。神様の手によって、『周りで何が起きるか、それに対してどのような感情を抱き、どのように行動するのか』はあらかじめ決められているんだ。あたかも君たちが自分で考えて行動したかのように思えても、それは神の創りし『運命』に従って行動しているだけ。実際は、君たちの意志なんて関係してない――もっと言えば、君たちに意志なんて存在してない。ただ決められた道筋に従って、決められた役を死ぬまで演じているだけ。君たちが生きる上で今まで知らずに従っていた脚本や台本のことを、僕は『プログラム』と呼んでいる」

「つまり、あなたは私たちの運命を書き換えたということですか……?」

「運命というか、正確には基本概念と言った方が正しいかもしれないね。いろいろ簡単に言ってるけど、神の創りし物語の書き換えをすることができるのは、それに等しい存在だけだからね。本来ならそんなことができるはずがないんだけど……まぁ現状を見てもらえれば、とりあえずの納得はいくでしょ?」

 とりあえずの納得。それは国王の狂気であろうか? 俺の目には、まだそれだけしか現状が映っていない。

 しかし、国において絶対である王が変わってしまうということは、王国で生きる身にとって運命が変わってしまうことと同義なのかもしれない。一概に過言とも言えないだろう。

「まぁ、納得がいったところで本題だ。ユウ、君には僕と一緒に来てもらいたい」

「…………どこへ?」

「異世界『バースト』。あそこに行って、破壊神(シヴァ)に復讐するため力を貸してもらう。最強の魔王を倒すまでに成長した力を」

 不敵な笑いを漏らし、恍惚な表情浮かべるカミト。もうヤツの目には俺とルナどころか、この場の風景一切に至るまで映っていない。

「断る! 何で俺が手前と」

「君に拒否権はない。拒否すれば、ルナもメグと同じ末路を辿(たど)――」

「誰と、同じ末路ですって?」

 刹那、ドロップキックがカミトの顔面に真横から炸裂する。そしてヤツは地面を転がり、勢いそのまま壁に激突。吹き飛ばされたカミトの身体が壁を突き破ったことや、直撃の瞬間「ボキッ」という嫌な音が響いていたことを考えると……おそらく今の一撃で首は折られた。

 魔王を討伐した勇者一行の拳士――メグの蹴撃によって。

「……メグ!? 手前、てっきり……」

「死んだとでも思った? おあいにく様、このようにぴんぴんしてるわよ! ……って言いたかったんだけど……」

 満身創痍。

 ドレスはずたぼろに引き裂かれ、屈強な身体の一部が所々から姿を覗かせている。体中は傷だらけで、全身に血を帯びている。特に損傷のひどい左腕は、二の腕の半ばから千切られており、グロテスクにただれた肉がおびただしい量の血を滴らせている。

 そして、メグが来た廊下に目を移せば延々と血の跡が続いており……どれだけの距離を、とっくに倒れてもおかしくない状態で進んできたのかがよくわかる。

 ほぼ如何なる時であっても気丈な態度を貫き通すメグも、今回ばかりは今の自分が大丈夫とは言えないようだ。そりゃ……そうだろ。

「まだ魔王を倒したばっかだってのに、早速感覚が平和ボケしてたわね。カミトの殺気に気付けなかった上、左腕を持ってかれちゃったわ」

「いや、手前は悪くねぇ、メグ。今回ばっかは誰も気付けなかったし、予想外だった……」

 メグは無理な笑顔を作って、飄々とした態度を取ろうとする。だが、血で右目さえ開かなくなった状態でのその振る舞いは、余計に俺たちに『限界』を伝えるばかりだ。

 俺が慰めの言葉をかけても、それはただ虚しく響くだけ。かけつけてやれなかった自分の不甲斐なさを嘆く思いばかりが募る。

 しかし、そんな俺の思いを余所に、ルナは杖を握りしめて、必死に現状をなんとかしようとしている。

「メグさん、腕を出してください! このままじゃ、死んじゃいます!」

「治癒魔法は、失った血液や、もげてパクられた腕まで再生してくれるのかい?」

「そ、そんなことはできないけど……そ、それでも! 傷口を塞いで出血を止めることぐらいならできます! 早くしないと手遅れに……」

「悪いね、ルナ。もう手遅れ……みた、い…………」

「って、おい、メグっ!?」

 力無く地面に沈むメグ。そして、もう二度と……。

「何で手前、死んで……」

「せっかく! せっかく魔王を倒して、平和な世界で暮らせる日が来るのに……」

 地面に崩れ、メグの上でボロボロと涙をこぼすルナ。正直俺にはもう、二人を直視することはできない。

「くそ! なんとか言えよ、メグ!」

「メグ、さん…………」

「…………いや、勝手に、殺さないで、くれる……?」

「「んなッ!?」」

「生きて、るわよ……まだ。カミト、なんかに、殺されて、たまるもん、ですか……」

「メグ……」

「メグさん!」

 虫の息ではある。だが弱々しい声でも、いつもの気丈な態度をとり続けてくれるメグに、俺とルナは「なんとか大丈夫そうだ」と安心した――

「力だけが取り柄にしては、よく頑張ったね」

「――え?」

「だけど、今度こそさようなら、メグ」

 火球が俺の眼前を(はし)る。そして次の瞬間、メグの頭が――()ぜた。

「あ、ああぁ、ああぁああぁあああああああぁ……」

「ふざけんなぁ! カミトォッ!!」

「ふざけてなんかいないさ。いやぁ、今の一撃は効いたよ。おかげでこの身体は、もう殆ど使い物にならない」

 壁の間から姿を現したカミトの首は、明らかにおかしな方向に曲がっていた。というか、殆ど千切れかけてさえいた。

 普通なら死んでいる状況。だがカミトはそんなことお構いなしに、壊れかけの首を持ち上げ、無理矢理元の位置にはめる。そして、何事も無かったかのように振る舞う。

「やっぱり、僕がトドメをささないといけないね。腕だけもいで、あとは城中の兵士に任せたんだけど……爪が甘かったよ」

「てぇめぇえええぇッ!!」

 もう容赦はしない。

 剣を抜き、怒りに任せて奴の胴体目掛けて全力で薙いだ。身体を一刀両断するつもりで。完全に、殺すつもりで。だけど……。

「おやおや、所詮はその程度かい、勇者様」

「んな……!?」

 止められた。身体に達することなく。それも、メグから奪った左手で。

「それじゃ、今度はこっちの番だ」

 俺に飛んでくるのは、カミト自慢の魔法じゃない。素手の一撃。

 肉弾戦を不得意とするカミトの掌撃(しょうげき)。しかも、左手は剣を抑えているため、右手での一発。

「そんなもの!」

 恐るるに足らぬはず。上半身の動きだけで受け流せる!

「…………え?」

 一瞬、視界が暗転する。

 意識がはっきりした時、背中の激痛とカミトがさっきより遙か遠くに見えることから、俺がどうやら随分な距離を吹き飛ばされて壁に強打されたことに気付く。

 そして立ち上がろうとした時、絶望が押し寄せる。

「立て、ない……?」

 身体に力がうまく入らない。どうやら壁にぶつかった際、頸椎を強く打ったようだ。

「……嘘、だろ?」

 カミトの非力なパンチのたった一撃により、俺は瞬く間に戦闘不能に陥ってしまった。

「いやぁ、嘘じゃない。この世界のプログラムは書き換えたって言ったでしょ? 神の力が宿ったカミトの一撃は、この世界の中で最強になったのさ。魔王は勇者にしか倒せないだけであって、別に魔王の力を越えられないわけじゃない。『魔王』という秩序(プロテクト)が無くなった今、その力を越えることなんてそう難しいことじゃない。……まぁ、まさかたったこれだけで立てなくなるくらい、魔王の力を得た勇者様の身体が脆いなんてのは、予想外だったけどね」

 そう言って、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、おぼつかない足取りでカミトはルナとの距離をゆっくりと詰める。

「…………え? い、いや、来ないで…………」

「や、やめろぉ! ルナには手を出すな!!」

「黙ってなよ、へっぽこ勇者。そんなふうに言われると余計に残酷に殺したくなる」

 既に共に旅をしていた時の面影はカミトにない。そこにいるのは、俺の大切な人を手にかけようとしている、一人の悪魔。

「助けて、ユウ、さん……」

 ルナを助けたい。ルナを助けたいが、身体が思うように動かない。

「くそったれぇ!!」

 ただ叫ぶことしかできない。今の俺には、ルナの首にのびる悪魔の手を払ってやることはできない。

「ユウ、さ……ぐぅっ!?」

 カミトの左腕がルナの細い首に到達するや否や、尋常じゃない腕力で彼女の華奢な身体を持ち上げる。そして、首を絞められたルナは悲痛な叫びをあげることさえ許してもらえない。

「ユウ、さん……助け……」

「ルナァ! やめてくれ、カミト! 何だってするからッ!!」

「言われなくても、これから死ぬまで働いてもらうさ。ただ『バースト(あっち)』に行く前に、唯一神を讃えることができない背教者には死んでもらいたくてね」

「何だと……!?」

「これからは全ての世界が、共通にして唯一の神を讃えることになる。それには一つの例外すら許されないんだよ」

「何をわけのわかんねぇことを……ルナを、離しやがれ!」

「この崇高な理念はへっぽこには理解できないか、やはり」

「黙れ!」

 そんなやりとりをしている間に、ルナの身体はどんどん弱っていく。最初じたばたしていた手足も、既に動きは乏しい。

「いずれ君には無理矢理にでもわからせるさ。それまで、背教者の死に様でも眺めててよ」

「んなことぉ!」

「ユウ、さん……」

「ルナ! ちっくしょぉおおおおおお! 動けぇええええええええええ!!」

 思うように動かない身体を無理矢理立たせ、大剣を杖にしながら、ルナの下に向かう。必死に力を振り絞り、カミトの手を切り落とす覚悟で向かう。

「……ごめん、ね……」

 ――だが、遅すぎた。



 ルナの最期の言葉。

 どうして、俺は聞くことになったんだろう? どうして、俺はルナと平和で幸せな日々を過ごすことを許されなかったんだろう? 

 神様に聞けば、答えてくれるのか? それとも神様なんて、目の前の悪魔のような奴しかいないのか?

 誰も教えてはくれない。現実は、ただ残酷であり続ける光景を見せるだけで。

 ぐったりとなって、ルナはもう動かない。もう、俺はルナの微笑みを見ることは叶わない。

「もう死んだか。つまらんね」

 そう言って、カミトはルナの身体を無造作に投げ捨てる。まるで汚いゴミでも捨てるような動作で。

「カミトォ!! 手前だけは、絶対に、許さねぇッ!!」

 走る。動かないはずの体に鞭を打ち。俺の大切な仲間を奪い、俺の大切な人を奪った悪魔に、ただ一太刀あびせるために。

 走って走って、大きく振りかぶって、渾身の一撃を見舞う。

「くらぇええええええええッ!!」

 にやりとカミトは笑う。まっすぐ走ってきた俺から逃げるでも、振り下ろされた大剣を避けるでもなく――ただ笑った。

 そして、一言呟いた。

「へっぽこだよ」

 カミトは左腕を大きく前に出す。あろうことか、敢えてやつは左腕を斬られるような真似をした。

 だから俺は容赦なく左上から右下に剣を振り下ろし、やつの左腕を切り落とした。やつは直前で止めるでも避けるでもなく、ただ甘んじてその太刀を受けた。

「次の一撃で!」

「次はないよ?」

 カミトの不自然な動きに、それが罠であると気付くべきだった。

 左腕を差し出したことの意味――敢えてあの行為に意味があるとすれば、次に繰り出す右の一撃のための布石。そう、やつは左腕失うこと覚悟で、俺の剣を振り下ろさせ、渾身の一撃に最大限の威力を見出そうとしたんだ。

 不自然さに気付いた時にはもう遅い。

 やつの右手は俺の胸に直撃。さっきの一撃よりも遙かに強力な一発は、俺を壁に叩き付けるどころか、壁をぶち抜かせた。

 右手のインパクトの瞬間と壁をぶち抜いた瞬間、おそらく俺の全身の骨はバラバラに砕けた。異常な息苦しさは、おそらく折れた肋骨が肺にでも刺さったからだろう。

 もうカミトの姿もぼんやりとしか映っていない中、俺はただ怨嗟を込めて呟く。もうこの世界では、俺にはその程度の抵抗しかできなかった。

「……絶対、手前は、俺が、殺、す…………」

「安心しなよ。転移するとき、頭の中いじくり回して、都合の悪いことは全部忘れてもらうからさ。伊佐見ユウ改め――」

 混濁する意識の中、これから仕える主人から、新しい名前と二つ名が与えられる。

極光(きょっこう)の勇者。今日から君は、破壊神(シヴァ)を倒すための駒だ」

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