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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第四話 終わりを司る魔王
38/46

拾参の世界①

拾参の世界――破壊神の話――海浜にて


『ったく、何で俺が人間共に加担しなくちゃならないんだ』

「ごたごたうるせぇんだよ! おかしくなった魔王を助けたくねぇのか!?」

「竜銀士殿には思うところもあるでしょうが、これも魔王様のためです。非常に申し訳ありませんが、我慢のほどよろしくお願い致します」

「妙な真似をしてみろ。あの大馬鹿娘を修正する前に、貴様を先に潰すからな」

『っく……今に見てろよ、人間共……』

 奇妙な共闘。

 俺と勇者、そしてマオの執事を自称するナハトという男は、今そこで拾った魔族の竜人の背に乗って飛んでいる。マオ(魔王)を元に戻すという共通の目的を持って。

「それにしても、貴方が破壊神こと如月迅殿ですか。魔王さ……いえ、マオ様より常々話は伺っております。大変面白いお方であると」

「無駄口を叩く暇があるなら、あの馬鹿娘をどうやって抑えるかを考えろ」

「申し訳ありませんが、わたくしの考えの及ぶ範疇を超えております故、どうしようにも」

「俺の時のように破壊神が一発ぶん殴るか、あるいはケイテン本体をぶっ殺すしか他ねぇよ。だが……おそらくあの感じだと、今ケイテンの本体はあの嬢ちゃんの中だ。殴るしかねぇな」

『殴ったところでどうなる? 正直、真に覚醒した魔王を、その程度のことで無力化できるとは思えん』

「破壊神の能力は、どんな力でも奪うんだよ。魔王の力も例外じゃねぇし、前例がある。概念的存在でしかねぇケイテンは、破壊神に殴られれば死ぬ」

『そうは言うが、勇者。お前の口ぶりだと一度そこの人間に殴られたことがあるみたいだが、お前は力を失っていない。これはどういうことだ?』

 たしかに勇者は俺に殴られたとはいえ、少なくともある程度の力を残している。魔力というものを俺に感じることはできないが、さっき竜の傷を治す際に明らかに治癒魔法なるものを使っていた。俺の一撃を受けてそんなことができた奴は今までいない。

「俺は確かに力を一度失ったさ。今の力はこいつのお陰だよ」

 そういって、勇者は両手の切れかかったミサンガを見せる。

「魔王を倒すほどの絶大な力はもう残っちゃいないが、アシストぐらいはできるぜ。勇者を舐めるな」

『剣も仲間もないのに勇者とは、片腹痛いな』

「ボロボロの身体を治療してやったのに、何て言いぐさだぜ。だが……剣も仲間もないってのは間違いだ」

 竜人の皮肉に対して勇者はそう言って、俺の肩を寄せる。

「俺の剣はさっきからこの『迅』ってのに決まった」

「何だと!? 勝手なことを抜かすな!」

「勇者に破壊神に執事に魔族……四人のパーティー。魔王討伐にはおあつらえ向きだろうぜ」

 勇者は俺の言葉を無視して話を続けたどころか、即席で集まった俺たちをパーティーなどと称した。

「なるほど。こんな非常事態でもなければ絶対にあり得ないシチュエーションですねぇ。……竜銀士殿、手を合わせるきっかけさえあれば、魔族と人間は共に歩めるようですよ」

『ほざくな。魔王を元に戻したら、侵攻再開だ。あいつが魔族に被害をもたらしてどうしようもないから一時的に手を組んでやるだけだ』

「一度地獄絵図を体験した立場から言わせてもらえば、やめた方が懸命のように思いますがね」

 そんなことを話している内に、マオの姿が眼前に迫る――



「おやおや、そろいも揃って。邪魔をしないでくれないか、破壊神(シヴァ)。私はこの世界(バースト)の平穏を守るために戦っているに過ぎんぞ?」

「それは好きにすればいいが、マオの身体は返してもらおうか」

「ほぅ。これが獅羽マオ――アスナ・ルシフェル・グラディウスの意志ではないと? 私は、この素敵な世界の平和を脅かす存在が許せないのだ。それがかつての同族に近い存在であろうと、元魔王は今はこの世界を守護する立場として、それを見過ごすわけにはいかんのだよ」

 真紅の眼を光らせ、饒舌に語るマオ。

「あの魔族の大軍はこの世界にとってはイレギュラー。あちらの味方をするというのなら、お前らはこの世界におけるテロリストと何ら変わらん。容認はできんな」

 そう言って唐突にマオは片手を向けて、光の槍を射出してくる。目にも止まらぬ速さであったが、これは竜人の尋常じゃない反射速度で全て避ける。五メートル近くある体躯を俊敏に動かし、直撃を避けた竜人には天晴れの一言だが、乗り心地はどうやら最悪であることが判明した。……気持ち悪い。

「やるじゃないか、竜人。少しは楽しめそうだ」

 そう言ってマオは下品な薄ら笑いを浮かべる。今までそんな表情などして見せたこともなかったマオ。そんな娘にそれをやらせたことに、俺は不快感と怒りを覚える。

「この世界にとってのイレギュラーは手前だ、ケイテン! ここも『ランドウィル』のように、手前だけのための世界にするつもりなんだろ! 許されると思ってんのかっ!!」

「ほぅ、『ランドウィル』とは……なるほど、誰かと思えば『極光の勇者』じゃないか。破壊神を殺すことが使命のはずなのに、そんなところで破壊神と仲良しこよしなんてして何のつもりかな?」

 そう言ってマオは喉に手を当て、

「――勇者よ、あなたはあなたの役割(正義)を果たすのです――」

などと、とてもマオの声とは思えない声を出す。透き通った女性の声は、どちらかというとエルの声によく似ていた。

「手前に大事なものを奪われて、今まで良いように操られてきたが……もうそうはいかねぇぞ! 今までの借り、全部返してやるぜ」

「おやおや、女神様に逆らうのか? 随分とお行儀の悪い勇者様だな。……ふむ。と言っても、今の私は魔王か」

「うるせぇ!! ぶっ殺してやる!」

 そう啖呵(たんか)を切って、勇者は竜人の背中を踏み切り、マオの方に突っ込んでいく。

「貧弱ぅッ!」

 しかし、勇者はマオの手に突如として作り出された光の大剣によって海面にたたき落とされる。

「弱い! 弱いぞ、勇者!! その程度の実力しかないなら、大人しく私に支配されていれば良かったものを! 実に愚か! 愚かとしか言いようがないッ!!」

「勇者の剣の、忘れものだ」

「――っ!?」

 一瞬予想しない攻撃に動揺した表情を見せるマオ。しかし、すぐに防御壁を展開して俺の拳の勢いを弱め、同じく光の大剣で海面に落とそうとする。

 これを避けて二撃目を放とうとするが、重力がそれを是としない。俺の身体は物理の法則に従い自由落下していく。

「ふふ……ふはははははははは!! そうか、破壊神(シヴァ)は空も飛べないんだったな!」

 自由落下を続ける俺をマオは笑う。さも平然と空を飛ぶのはずるいと思わずにいられない。

『何をやっているんだ、お前』

「仕方がないだろ、俺は空を飛べない」

 自由落下を続ける俺を、竜人が救ってくれる。空さえ飛べれば助けを借りずに済んだものを……とは思うが、無い物ねだりをしても仕方ない。

「執事は?」

『落ちた勇者を助けに行った。だが……どうする? 頼みの綱であるお前が飛べないなら、空中戦は分が悪いぞ』

「ああ、実感した。プランBで行こう」

『なんだ、プランBって?』

 俺は思いついた計画を竜人に話す。

『――………………んな!? 正気か、お前?』

「勿論だ。空中戦が無理なら、それしかない」

『ぐぬぬ……成功するんだろうな?』

「やってみないとわからん」

『ぐぬぅ、失敗したらただじゃおかんぞ……』

「失敗して貴様が生きてればな」

 竜人は渋い表情を見せるが、渋々従うことを了承する。

 見てろよ。絶対に奴を空中から引きずり下ろしてやる!


 ――★★★――


「ふん、破壊神(シヴァ)は諦めたか。……まぁ、飛べもせんのに、流石に無理か」

(心配するな、破壊神(シヴァ)。魔族の連中を根絶やしにすれば、次はお前の相手をしてやる)

 しばらく破壊神の姿が見えないことから、そんなことを思って魔族の方に向き直っていた魔王の顔のすぐ横を、弾丸のような石ころが通過していく。

「………………なるほど、一筋縄ではいかないか。やるじゃないか、破壊神(シヴァ)

 一発二発三発……浜の方から次々に投擲される石ころ。

 その尋常じゃない速度を気にしないのであれば、所詮石ころの一言で済まされそうな物である。しかし、その一発一発が破壊神による投擲であることを考えれば、下手に当たることは得策でないことをケイテンは知っている。

「だが、撃ち落としてしまえば関係ない!」

 そう言って特大の火球を出現させて、石ころの軌道上を通るようにそれを放つ。しかし、石ころは全て火球を貫通。それによって火球自体が鎮火されることもなかったが、浜に到達する際に破壊神の拳一つで火球は鎮火される。

「――くそっ! 相変わらずデタラメな能力だ……!」

 忌々しく舌を打ち、その身体能力をもって全ての石をよける魔王。魔力によって強化された身体能力をもってすれば、音速を超えない程度の速度しかない石ころは、悠々と避けられてしまう。

「はん! 結局のところは当たらなければどうということはない」

 一転、そんなことを豪語する魔王だが、次の瞬間その表情は引きつる。

「………………ふざけやがって」

 眼前に映るは『竜』。竜が一直線に魔王の身体目掛けて飛んでくる。

「的が大きければこちらも都合が良い!」

 そう言って魔王は手からいくつもの光弾を放つが――その全てが、竜の身体に触れると同時に消滅する。

「本当にデタラメな能力だ。吐き気がする」

 うんざりした表情で魔王は竜の突撃をぎりぎりでかわす。その額には冷や汗が浮かんでいたが、直撃を免れて、まだ自信が崩れることはない。

「これで打ち止めか? はん、所詮はこの程度か!」

 そう言って元の位置に向き直ろうとしたとき、魔王の目は完全に見開かれる。……今ほど避けたはずの竜が、大きく向きを(ひるがえ)してまたこちらに向かってきているではないか。

「そんなの、ありか……?」

 音速を少し超えるくらいのスピードで滑空する竜。

 一度避け、二度避け……避けるたびに少しずつその速度には衰えがあるが、魔王が安心できるほどのスピードに落ちつくにはどれほどかかるかわからない。

「えぇい、鬱陶しいッ!!」

 魔王は突撃をぎりぎりでかわすと同時、過ぎていったばかりの竜の後方から光弾を飛ばす。

『――ぐぉっ!?』

 これは竜に被弾し、その身体を海中に墜落させることに成功する。

「はぁ、はぁ……魔王であるこの私に汗をかかせてくれるとは、やるじゃないか、破壊神(シヴァ)

(また同じ攻撃をされた場合、空中にいることは得策ではない……か)

 その考えに基づき、魔王は魔族の軍勢に向かって、

「仕方ない。お前らを殺すのは後回しだ。指をくわえて待っていろ」

と言い放った後、浜の方に降りていく。破壊神の待つ、地上へ。


 ――★★★――


「随分と遊んで欲しいらしいな。心配せずとも、お前は私がちゃんと殺してやったのに」

「マオの姿で言われてもまるで説得力がない。自分の力で独り立ちできないような奴に、俺を殺せるとは思えんな」

「抜かせ。やがてこの世界は私の物だ。お前らの価値観など知ったことか」

 姿形、その声に至るまで獅羽マオそのものだ。ただ、その妖しく光る真紅の瞳を除けば。

「思えば……随分と長かった。お前の中では精々一年にも満たない出来事かもしれないが、私にとっては数世紀、数次元に渡る時間だったのだ! 私をその拳一つで滅してくれたお前への復讐のため、どれだけの世界を廻り、どれだけの民を支配し、どれほどの信仰を力に変えてきたかもわからん!!」

「何のことかはよくわからん。だがとりあえず、貴様は俺に一度負けた奴だということはわかった。ご苦労なことだ」

「ムハンマドという団体を覚えていないか? ケイテンという名前を覚えていないか?」

「あぁ……!」

 俺はぽんっと手を叩く。

「俺が一々ぶっ飛ばした奴のことを覚えているわけないだろ? マオも元々馬鹿だが、貴様はもっと馬鹿のようだな」

「私を……」

 刹那、マオの姿が視界から消える――

「馬鹿にするなぁッ!!」

 気付いたときには、俺の身体は吹き飛んでいた。

 右頬が妙にひりひりすることを考えると、どうやら顔面を殴り飛ばされていたらしい。

「ふ……ふはは……ふはははははははははははははは!! かつてはお前に一方的に殴られるのは私の方だったが、どうやら形勢は逆転したらしいな! 今の私は、お前に負ける気など一切しない!」

「そいつは良かったな。生憎、貴様の(やわ)パンチぐらい、何発もらっても関係ないけどな」

 身体についた砂を落としながら、立ち上がる。大丈夫だ、まだまだ行ける。

「ははは! 面白いなぁ、破壊神(シヴァ)。流石は特異点として恐れられることはある」

「おい、マオはそんな下品な声は出さない。今すぐその口を閉じろ、馬鹿」

「また私を馬鹿にするか、お前は……――っ!?」

「自分で閉じられないなら俺が閉じさせてやるよ!」

 一気に距離をつめて、顔面に向かって拳を放つ。

「お、遅い!」

 しかしこれはかわされ、反対に鳩尾(みぞおち)にカウンターをもらう。

「ぐっ……」

 俺がよろめいている間に、マオは追撃をかけるでなく大きく距離をとる。

「はぁ、はぁ、お前を自由に殴らせているともしものときが恐い。慎重に行かせてもらおうか」

 そう言ってマオはそこら中に膨大な数の光弾を出現させ、空中で維持する。

「じわじわとなぶり殺しにしてくれるよ、破壊神(シヴァ)

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