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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第四話 終わりを司る魔王
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拾弐の世界④

拾弐の世界――大総統の話――廊下にて


「もう少し利口だと思ってたんだがな。俺に反発するでも服従するでもない、絶妙な距離感をお前は掴んでいると思っていたんだが……どうやら、お前の中では反発の方が強かったか?」

 歩み寄ってくる担任。黒いオーラを漂わせ、サイヴァスターやタイガード、ソルグラビットの攻撃を虫ほどにも気にかけず、一歩一歩確実に僕の方へと近付いてくる。

 そしてその手が僕の首に伸び――ゆっくりと、それでいて確実に、首を絞める片腕の握力だけが強まっていた。

「ボス!」「総統!」「頭領!」

「えぇい、鬱陶(うっとう)しいな。少し黙っててくれ」

 担任がもう片方の手をかざすと、僕を助けようとしていた三人は金縛りにでもあったが如く、不自然な体制で動きを止める。

「身体が……」「動かない……」「このままじゃボスが……」

「これでよし、と」

 一瞬後方の三人に目を移した担任だったが、すぐに視線を僕の方へと戻して言葉を重ねる。抗う術も潰えてしまった僕に。

「楽しい学校生活だったな、巽。少なくとも、俺はお前と話している時が一番楽しかった」

「…………何、を……」

「趣味の合う友達って奴か? いやはや、一回りも歳の離れたおっさんにそんなこと言われても、わけわからんだろうことは俺でもわかるが……まぁ、生徒と先生と言うよりは、俺にとってお前との関係はどちらかというと同じレベルで騒げる友達、と言った方が近かったな」

 どうしてそんなことを今言う? 僕は現実に殺されそうになっているにも関わらず、担任からは少しの殺気も感じられないという不可思議な感覚に付きまとわれているというのに……更にそんな殺す上で意味の無い言葉を重ねて、担任はどうするつもりだ? 僕にこれ以上の困惑を植え付けて、何がしたい?

 生徒愛や仕事への情熱なんて欠片も有していないおっさんが、どうして今更惜別(せきべつ)の思いを語り始めるのか。僕には到底わかりそうになかった。

「俺は如月迅という特異点の、監視役としてお前を付けたつもりだった。如月が世界に対して反抗しないためのストッパーとして、あるいは、あの特異な力を俺たちの世界秩序のために役立たせる為の手綱取りとして、俺はお前を奴に付き従わせた。それは良いんだ。奴にとって唯一の『友達』の存在は、力が覚醒し、暴走するのを抑制してくれた上、厄介事を課す際には奴をうまく(なだ)めてくれたからな。

 だが……如月が破壊神(シヴァ)として覚醒し、その力が暴走すれば、利口なお前はその異変に気付く。俺に相談しに来る。その時に初めて、俺は特異点を葬ろうなどと考えていたことが失敗だった。……お前は、俺の元に来てはくれなかった。それどころか、お前は俺から離れていった。破壊神の動向、監察官の挙動、生徒達の思想、雰囲気、変化……それらを逐一俺に伝えに来てくれるはずだった優等生の(・・・・)お前は、如月と行動を共にするようになってから変わってしまった。ヘルサターンの大総統として世界に貢献するお前はきっと、秩序を司る世界の守護者(ガーディアン)に協力してくれるものだと思っていた。俺は、ずっとお前を友達だと思えると信じていた!」

 紅い瞳を光らせて声を荒げる担任。そしてその腕の力が急に強まる。息など、とうにできない。だがこのまま行けば、窒息よりも先に首の骨が折れてあの世に行ける。

「優等生が、世界に逆らうような真似しちゃ駄目じゃないか……なぁたつ」

「コブライカノン、ショット!!」

「――っち。まだ動ける奴がいたか」

 刹那、担任の後方から、超極太のビームが向かってくる。その射線には担任の姿を捉えてはいるが、同時に、僕の身体までも完璧に捉えていた。

「…………ば、か……」

「無駄ぁ!!」

 しかし僕の心配を余所に、担任はコブライガーの放った光線の軌道をいとも簡単に逸らす。その結果は、凄まじい爆発音と共に壁に大きな傷跡を残すにとどまる。

 その後、担任はコブライガーの方に片手をかざし、先程の三人同様、動きを封じた。

「これで邪魔者は消えた。さて、先生の期待を裏切ることがどういう結果を生むのか……身をもって知ってもらおうか」

 担任の握力が、いままでにないほど強まる。おそらく、僕はナツキちゃんと交わした約束を実現するどころか、彼女の顔を見ぬままに逝ってしまうのだろう。

 それにしても、僕は担任のお気に入りだなんて知らなかった。彼は、いままで僕を利用しようとしか考えてなかったことも知らなかった。

 今思えば。今回の騒動……僕は、ナツキちゃんに半ば利用される形で巻き込まれたのかもしれない。

 だが、いつだってそうだ。あの時も、あの時も、あの時も。何かをする時は勿論、普通に毎日生きるだけでさえ、僕は利用されない人生なんて送ったことが無い。いつも何かに頼られて、都合の良いように使われて――関係ないはずなのに、僕は騒動の火中へと放り込まれる。

 別に頼られるのが嫌いだったわけじゃないけど……それでも僕は利用されて、巻き込まれて、そして死んでしまうなんて納得がいかない。納得がいかなくても、それでも、『死』は目前まで迫っている。おそらくこのまま――最後まで、自分以外の何かの思惑(おもわく)によって、僕の運命は決定づけられるんだ。……悔しいし、悲しい。

 目が(かす)む。意識が白濁の沼の底へと沈もうとしている。

「心配するな。如月たちにもお前の後をすぐ追わせてやる。一人ぼっちにはさせんさ」

 如月迅。

 いままで彼は、僕と共に行動していた。……いや僕は、彼と共に行動していた。何故だろう? 今考えると、そんな必然性も必要性もなかったのに。

 担任の思惑では、僕は彼の唯一無二の友達として、腰巾着のように行動を共にするのが自然だったらしい。だけどそれには、迅の意志が必要不可欠だ。

 迅の意志? 他人をなるべく近付けず、いままで友達を作ろうともしなかった、如月迅の意志? ……違う。それは、僕の自分勝手な解釈だ。あれは、僕の意志だった。迅と共に過ごしたのは、紛れもない僕の意志だった。

 担任に勉強を教えろと言われたから、僕は迅に勉強を教えたのか? 迅に殴るぞと言われたから、付いていって、迅に殺すと言われたから、僕は戦場から逃げなかったのか? 

 ……違うだろ、巽史郎。最初のきっかけは確かにそうだったのかもしれない。だけどその後は、自分の意志だ。いつだってやめることも、逃げることもできた。担任に罰を与えられることも、迅に殴られることもないってわかってた。それなのに、それを『理由』という名の言い訳に使って、僕は紛れもない自分の意志で迅に付き従った。

 だけど……何故? 何故、僕はこれほどまでに如月迅という人物に惚れ込んだ?

 八方美人。誰にも(とげ)を立てないように、誰にでも同じように接してきた。

「地味でお人好しの巽史郎」

 そんなことを言われてるのだって僕は知っていた。だけど僕自身は、いつもどこかで他人に対して心を閉ざしていた。絶対に踏み入れられたくない領域をどこかに作り、利用されながらも――いや、利用されていたからこそ、無防備に心を開くことを()としたことは一度もなかった。そのはずだった。

 だけど僕は、如月迅の前では自然体で振る舞えた。がさつで乱暴で馬鹿で不器用な如月迅に、何の壁も隔てずに接していた。それは……迅が、誰に対しても壁を作らないのを知っていたからかもしれない。――否。迅はそもそも、誰に対しても|壁を作る能力が無かった《・・・・・・・・・・・》のだ。

 絶対に攻撃されない壁を作った上で、全体の中の一つとして決して調和を乱そうとしなかった僕。ガラスほどの壁すら作れず無防備なままで、個で全体の中心となっていた迅。僕には、どうして迅があんな風で、怒濤(どとう)の嵐のような世界を生き抜けるのかわからなかった。

 もしかしたら、その異端への関心ゆえ、僕は迅に『自分とは全く違う何か』を見て、迅に惚れ込んでしまったのかもしれない。

「迅を、やらせは、しないよ……」

 力が抜けつつある手で、担任の顔を殴る。しかし、担任は全く意に介さない。

「友達思いなのは何よりだ。如月も自分のために拳を振り上げてくれる友人がいて幸せだろうな」

 笑顔でそんなことを言う担任。だが、腕の力が弱まることはない。

「さて、そろそろ……――っ!?」

 突如、校舎が大きく揺れる。それに伴い一瞬担任の腕の力も弱まるが、僕の拘束を(ほど)くには至らない。だが多少は息もでき、少し意識がはっきりした僕の目に周りの光景が映る。

 見ると揺れに伴って、学校の内装が(ゆが)んでいく。……というより、元通りになっている。不自然な隆起、(いびつ)な廊下はいつもの見慣れた姿へと形を戻す。

「おいおい、こいつは……」

 やれやれといった様子でそんなことを呟き、担任はその手を解放する。

 それに伴って、怪人達の金縛りも解放されたようだ。「どさっ」という音を立てて倒れたかと思えば、ゆっくりと皆立ち上がる。

「げほ、げほっ……な、何が……?」

「如月がやるかと思ったが、どうやらもう一人の優等生がやってくれたらしい。……はぁーあ、疲れたよ、もー」

 そう言って担任は黒いオーラを忍ばせ、普段の姿に戻る。そして、さっきまでの張り詰めた表情はどこへやら。すっかり弛んだいつもの表情になる。

「何で俺が悪役のふりなんてしにゃならんのだよなー。ったく、もとはと言えば、あの変態(校長)のせいだぜ。世界の管理者(ガーディアン)ともあろうものが異世界から来た侵略者に精神を持ってかれるたぁ、どういう了見だよ。嘆かわしい限りだね」

 ぶつくさと愚痴りながらポケットに手を突っ込んで白いケースを出したかと思えば、眼に手を当てて取り出した物をケースにしまう。

「お陰で慣れもしないコンタクトレンズなんて付ける羽目になっちまったぜ」

「それカラコンだったんですか?」

「そーだよ。紅い眼してねぇと疑われっからな。やっこさんの管理下に陥ると、みんな眼が紅くなっちまうんだと。恐ろしい限りだね、全く」

「や、やっこさんって?」

「この世界を乗っ取ろうとしてる侵略者さ………………って、俺は別に相手になってやっても構わんが、後ろの連中少し黙らせた方がいいんじゃねぇか?」

 そう言って担任は親指で後ろを指す。見ると、万全に攻撃態勢を整えた怪人達が、攻撃命令を今か今かと控えている。

「なに、校長先生があの世かどこかに長期出張に出かけちまったんだ。少しぐらいさぼっててもバレはせん。……安心しろ、って言って用心深いお前は信じないだろうが、もうお前を襲うつもりはない。流石の俺も自分の教え子に手をかけたりはせんさ」

「さっきまで生き生きと人のことを痛めつけてた人の言う台詞とは思えませんね」

「ばーか、演技だよ。本当に殺すつもりなら」

 そう言って一瞬、担任は表情を引き締める。

「時間はかけん」

 冷たい目でそれだけ言って、担任はポケットからタバコを取り出し、火を付ける。

「………………」

 なるほど。確かにその通りだ。

 侵入者の始末が目的なら時間をかける必要はない。変なところで合理的な担任が、すぐ殺せる相手にこんなに時間をかけるとは思えない。

 そもそもこの人は、仕事が嫌いなのだ。わざわざ長々と引っ張るようなことはしないだろう。

「僕も、このまま引き下がらせてしまうと彼らも欲求不満になってしまいそうなので交戦を続けることは(やぶさ)かではないのですが……どうやら率いる僕が疲れてしまった。下げましょう」

 僕の発言に、戦闘態勢万全であった怪人達から不満の声があがる。

「い、いいんですか、ボス?」「そいつはヤバイ」「早く消さないと大変なことに」「息の根を止めましょう!」

「君たちの気持ちはわかる。……でもどっちにしたって、担任には勝てないよ。今のままじゃね」

 僕の言葉を聞いても、彼らの不満の表情は変わらない。

「いたずらに君たちを消費させるのは得策とは思えない。大総統は無駄死にが何より嫌いなんだ。とりあえず、今回は下がってくれないか? ……心配しないで、何かあったらまたすぐ呼ぶから」

「だが、そいつはボスを……」

「なに。これくらいで済んだのなら、いつもの学校での『(たわむ)れ』の方が余程クレイジーだね」

 柔和な表情で話してなお、怪人たちは怪訝そうな表情を見せる。「なんて良い部下を持ったものだ」と思わずにいられないが、安全になった今――果たしてこのサイコな担任の前で安全なことなどあるかはわからないが――臨戦態勢でいられ続けても、それはそれで困る。

「言ってくれるなぁ、巽」

「違いますか?」

「オーケー。お前が俺をどんな目で見てるかはわかった」

「……お互い様ですよ。まぁ心配しないで、みんな。ハング、ヘルサターン!」

「何かあったらすぐ呼んでくださいね」「ちゃんと生きて返ってきて下さいよ」「我々も精進します」「先帰って待ってるぜ、ボス」

「うん、おつかれ、みんな」

 僕のかけ声と共に、僕の四人の守護者たちは薄ぼんやりとなっていき、この場から消える。元いた場所へと帰っていったのだ。そして、残ったのは僕と担任。

「世界の状況、話して頂けますか? おそらく、あなたがそんな小芝居を打たなければならないくらいだ、状況は芳しくない」

「ほぅ……」

 ニッと口元をつり上げ、不敵な笑みを浮かべる担任。大体これは良からぬことを考えたときか、感心したときに浮かべる表情だが……前者でないことを願うばかりである。

「ここじゃなんだ。丁度もう一人の優等生もいるだろうし、校長室で面談なんてどうだ? ――ってか、どうせお前はそのために、こんなとこくんだりまで来たんだろ?」

 ふむ。どうやら担任は何でもお見通しのようだ。

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