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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第四話 終わりを司る魔王
34/46

拾弐の世界②

拾弐の世界――勇者の話――教室にて


「くらえッ!」

 破壊神は砕いた壁の破片を投げつけてくる。破片といっても、殆ど砂状の欠片ばかりなのだが……当たれば致命傷にもなりかねない。

 咄嗟に大剣でそれを防ぐ。……が、視界すら覆ってしまうほどに大剣を盾として使ってしまった結果、俺は破壊神に隙を作ることになる。

「へ、まさか俺に防御態勢を取らせるだけの体力が、まだ手前に残っているとはな」

 一瞬視界が切れた状況だったが、破壊神が一気に間合いを詰めてきたことがわかる。

(視界を塞いで、防御の隙間から一撃を狙う寸法……それくらい想定できないとでも?)

 かわす体勢を整える。予測さえできれば俺の反応速度で充分対応できる。……そう思っていた。しかし、破壊神の行動は異なる。

「まずは剣先!」

「――っ!?」

 破壊神の手は、俺ではなくまずその大剣に向かう。そして、奴の剛腕が俺の大剣をしっかりと掴む。

「……クソ勇者。これならどうだ?」

 渾身のブロー。叩き込まれた先は、俺の身体ではなく、その剣――

「冗談……きついぜ……」

 「ガキンッ!」という金属音と共に――折れた。根本から、完全に。

「次はない。今度は貴様に当てる。外すつもりは、毛頭ない」

「ちぃ、反則だぜ破壊神さんよ……」

 新しくカミサマから与えられた真紅の大剣『レーヴァテイン』。数発の攻撃を耐えたが、結局破壊神のデタラメな攻撃の前に折れる。

 折れると同時に動揺するのも束の間、眼前には破壊神の追撃。

「っぐ」

 二つ目のアッパーは紙一重でかわす。しかし、拳が起こした風圧は、容易に頬を切り裂く。なんとか一旦距離をおいたが、頬が熱い。止めどなく血が滴っているのがわかる。

(動きが変わった……? さっきよりスピードも精度も攻撃力も、段違いに上がってやがる)

「へん。だけど別に、剣が無くなったって戦えねぇわけじゃねぇ。勇者奥義七十二の――」

「遅い!」

 間髪空けない連撃。俺に行動の機会など与えてくれない。

 その拳は直撃こそしなかったものの。先刻と同様、風圧が俺の身体を切り裂いた。

 奴の顔から焦燥の色なんて完全に消えた。どう考えても、さっきまでと違う。覚醒(トランス)状態に入り、破壊神としての力を完全に発揮しだしたら手をつけられなくなるとは聞いていたが……たしかに、こいつはちと厳しいぜ。

「『特異点』と言われる所以(ゆえん)か……恐ろしいもんだぜ。だがよ、俺だって負けるわけにいかねぇんだよ!」

 攻守交代。一気に距離をつめる。

 今回は正拳をかわし、回し蹴りを放った俺に軍配があがる。奴の身体は、一直線に反対側の壁まで叩き付けられる。……が、

「………………軽い」

「馬鹿野郎、重さなんて変わってねぇよ。ったく、頭のおかしな野郎だぜ」

 まるで応えてない。破壊神は何事もなかったように立ち上がり、向かってくる。

 勇者としての俺の役目は破壊神の抹殺だ。しかし、今の一撃が効かないとあれば……剣もない状態で奴に勝てるのだろうか?

 ………………今になって(おび)えているのか、俺? ははは……なってないな。

「行くぜ、破壊神!」

「さっさと終わらせてもらう!」

 お互い、覚悟を決めた――

「「うぉおおおおおおおおおおおッ!!」」

 激突した、二つの力。顎の下を完璧に捉えたアッパーと、連続で叩き込まれた強力なストレートは、その身体を豪快な音を伴って再び壁に叩きつける。

「…………………軽いんだよ」

「すこぶる頑丈になりやがった野郎だぜ」

 ――初手は、ギリギリで奴の右手をいなした俺に軍配が上がった。だがダメージ量は微々たるもの。奴はすぐに立ち上がり、また向かってくる。

 何度殴れども、何度叩き付けようとも、全く意に返さない。

 血反吐を吐き、全身を血まみれにしても、まだ奴は向かってくる。ゾンビのように……と表現したいところだが、時間を重ねるごとに段々と動きは良くなっている。対して俺の方は、大剣を失ってから動きの鈍りがひどい。辛うじて破壊神の攻撃をかわせてはいるが、このまま行けば一撃をもらうのは時間の問題だろう。

「手前は……何なんだよ……」

「貴様らの言うところの『特異点』だろ?」

「常識で考えるな、と……?」

「マオの場所を吐けば、勘弁してやる」

「……はっ、ほざくな。さっきから一撃も当てられてないくせに」

「なら、そろそろ当てるぞ?」

 そう言って破壊神は大きく腕を振り上げ、電光石火のスタートダッシュを切る。

 そして、その一撃は遂に俺の胸を捉えた――


 ――☆☆☆――


「ユウさん、世界が平和になったら、何したいですか?」

「んぁ? 突然なんだよ。そんなこと」

 考えたこともなかった。魔王を倒した後の世界で何を為すかなんて。

 召喚され、勇者の使命を言い渡され、流されるままにここまで来た。魔王軍によって虐げられる民も、人間同士の醜い争いで傷つく子供も色々見てきて、やっぱり魔王を倒さないことにはいけないんだろうなって思ってた。だけど、そこから先には考えが及ばなかった。

「……それとも、やっぱり元の世界に帰りたかったりします?」

「『元の世界』ねぇ」

 元の世界――召喚される前の世界。

 捨て子だった俺は、平凡な養父と平凡な養母によって引き取られ、平凡な人生を過ごしていた。特に虐げられていたわけでも、特に溺愛されていたわけでもない。俺が元は捨て子で両親が肉親ではないということ以外、何の変哲もない家庭の中で、何不自由なく育ってきた。

 小学校を卒業して中学校に入り、中学校を卒業して高校に入った。特に進学校でもなければ、職業高校というわけでもない。人生の進路選択がまだできてないような宙ぶらりんの奴がこぞって行くような普通科の高校に進学し、普通に勉強したり部活したりバイトしたりして過ごしてきた。時には恋愛することもあったが、そんなに長く続いたもんじゃなかった。

 よく言えば無難。悪く言えば退屈。

 そんな世界に今更帰ってどうする?

「元の世界に帰りたいとは思わねぇかな。第一帰れるとも思えねぇ」

「家族とか恋人とか、いないんですか?」

「血の繋がった家族はいねぇし、恋人なんて言うまでもねぇ。随分長いこと経ったし、行方不明からの死亡扱いだろう。俺が帰る場所なんてもうねぇよ」

「そう、ですか……ごめんなさい」

「おいおい、気にすんなよ。今は今で満足してるんだから」

 仲間と旅をして数ヶ月。当初ちぐはぐだったパーティも、最近ようやく馴染んできたのを感じる。

 ダンジョンを探索し、強大な敵を破り、魔王城への歩みを一歩ずつ進めてきた毎日。時には人助けもしたし、ギャンブルや遊びに興じたこともあった。勘違いで命を狙われたり、奴隷商人に売り飛ばされそうになんてこともあった。

 その都度四人で力を合わせて、問題を解決してきた。共に戦い、共に食べ、共に寝泊まりすることを重ねる内に……俺にとっては、元の平凡で退屈な生活や関わりよりも、この世界での刺激のある生活と仲間との関係の方が余程大事になった。

「元の世界に戻っても、こんなカワイイ娘と旅なんてできねぇしな」

「か、カワイイなんて……私は、そんな……」

 目の前の賢者は照れたように顔を赤らめ、顔を伏せる。

「暮らそうぜ」

「……へ?」

「平和になったら、俺はみんなで平和に暮らしたい。王国に戻ってな」

「みんなって?」

「そりゃ勿論、『みんな』だ。メグは拳法の道場を開きたいって言うだろうから、たまに一緒に組み手をしたり、カミトは役人仕事に精を出すだろうから、たまに顔を出してみたり。ルナは……」

「私は、ユウさんと一緒にいたいです」

 俺が話すのを遮って、ルナは芯のこもった声でそんなことを言う。

「俺と?」

「はい。ユウさんと! ……嫌、ですか?」

 くりくりした碧い瞳を向け、少し困った表情で問いかける天使。

 そんな表情でそんなこと言われたら……元の世界で経験した恋愛感情なんて、所詮子供のお遊びに過ぎないって感じた。俺は、この娘をただ幸せにしてあげたい。他の誰の手でもなく、俺自身の手で。

「嫌なわけあるかよ」

「良かったです」

 目を輝かせて、心からの笑顔を向けてくれる。

 これからはこの娘のために生きていこう。魔王が倒れた後は、この娘を幸せにするためだけに生きていこう。

 俺はこの時そう誓った。


 ――そう、たしかにあの時そう誓ったんだ。


 ――☆☆☆――


 破壊神の一撃を受けた勇者はそのまま壁に叩き付けられ、大きなクレーターを残す。しかし、それで神の手は止まらない。

 すぐさま追撃をかけるべく、一気に距離を詰めて第二撃を放つ。

 放つ――が、それは勇者に接触する直前で止まる。不可思議な壁にでも当たったかのように、その拳が勇者を攻撃することは叶わない。

「何だと?」

 そんな中、突如として勇者の両手が光り輝く。いや、その発光は破壊神の攻撃とほぼ同時であったかもしれない。

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぇあぁああああああああああああああああッ!!」

 そして、咆哮。感情の放出。嗚咽と血涙。

 勇者は、苦悶とも憤怒とも言えるような厳しい表情を浮かべ、声として全ての感情を吐き出す。吐き出しつつ、地面をのたうち回る。

「とても勇者が出すような声とは思えんな」

 まるで魔王でも生まれるかのような咆哮。破壊神は警戒心を緩めず、その有様を見届ける。しばらくすると、勇者は苦しそうにうめき声をあげ始める。

 破壊神としては、初めての反応にただ困惑せざるを得ない。いままで殴られて意識を失ったり、放心状態になったりする輩はいたが、唸った後に呻き声をあげ始めた存在への遭遇は初めての経験だった。

「声が……」

 苦しそうな呼吸をしながら、輝く両手で眼を押さえ、勇者は声を絞り出す。

「聞こえた……」

「何?」

「自分の、役割(正義)を、貫け、と……」

 眼を押さえ、苦しそうな呼吸を続けながら勇者はふらふらと立ち上がる。

「…………破壊神。俺は、『極光の勇者』なんかじゃ、ねぇ……」

 勇者は片手で眼を押さえ、壁を伝うように破壊神の元に歩み寄っていく。

「伊佐見、ユウ……それが、俺の、名前だ。覚えとけ……」

「貴様は、何を言ってる……?」

 破壊神は勇者の変わりように困惑する。先ほどまで場を支配していた殺意が消え、明らかに勇者の関心事は破壊神とは別のものに向いた。

「俺は、惚れた女一人も、満足に守れなかった、クソ野郎だ。笑いたければ、笑え。だが……俺のようにはなるなよ、如月」

 すれ違いざまにそう呟いて、教室のロッカーを指さす勇者。

「魔王を助けて、あのカミサマ気取りのクソ野郎をぶっ殺す。……力貸してもらうぜ、破壊神」

 そう言って、血だらけの顔を上げる勇者。視線の先には、既に破壊神の姿など欠片も映ってはいない。漆黒の瞳で勇者が見ていたものは、おそらくは彼の自由を奪った相手。彼の大切なものを奪った相手。彼の夢を奪った相手。

 勇者は、その血涙で血だらけになった特攻服を投げ捨て、ロッカーの扉を乱暴に開放する――。

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