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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第四話 終わりを司る魔王
33/46

拾弐の世界①

拾弐の世界――魔王の話――蓮皇海浜にて


「んんぅ…………」

 目を覚ました私の眼前に広がるのは広大な砂浜と地平線。妖しく揺らめく月明かりで周りがよく見える。

「不意に気を失って目を覚ますといつもここ。嫌な思い出しかないのだがな」

 奇しくも魔族侵攻の時を思い出すような状況。妖しい月が照らす日は魔族は魔力を増大させるのだが……如何せん、魔力の欠片すら残っていない私には全く関係ない話のようだ。

「……して、何のつもりだ? 冗談にしては度が過ぎるぞ」

「わたしはわたしの使命を果たすだけですよー」

 聞き慣れた声が後ろから聞こえるが、いつものような明るさはない。冷たい、眈々とした口調。こんな状況でないなら、あまりのギャップに吹き出していたかもしれない。

 こんな状況――手足を縛られて魔法陣の上に座らせられた今、笑っていられるほど私とて脳内お花畑ではない。

「わたしはわたしの主から『魔王を生け捕りにするように』と仰せ使わせられました。天使の一族として、悪の権化たる魔王を処する所存です」

「私が『魔王』だと? 笑わせるな、天使(エル)。何の力もない小娘を縛り上げて『魔王を処する』など、魔女狩りも良いところだ。即刻解放してもらいたいものだな。生憎と用事がある」

「何の力もない小娘が夜の学校に用事とは一体どんなものか、聞かせて頂きたいものですね」

「ちょっと大事な忘れ物をしたようでな。取りに行こうかと」

「忘れ物は校長室なんか(・・・・・・)に行って見つかるとは思えませんが?」

 会話自体は不自然なくらいに成立している。しかし、そこにはいつもの笑顔や優しさなどは微塵も存在せず……張りつめた空気が場を支配する。私が一つ失言などしようものなら、天使の錫杖(しゃくじょう)が否応無しに向けられるだろう。力を失った私には、曲がりなりにも天使の一族である彼女の一撃に抗う術がない。

「誰も校長室になんて言ってないが?」

「おや、これは失礼しました。てっきりナツキさんたちと一緒に学校に潜入していたので、校長室で世界の深淵でも覗こうかとでもしてるんじゃないかと思ってましたが、違うんですね? いけませんよー、夜の学校なんて忍び込んじゃ」

「世界の深淵? 私はそんなものには微塵も興味ないな」

「そうでしょう。貴女が欲しがっていたものは迅様によって失わされた魔王の力。力さえ取り戻せば蹂躙できる『世界』なんて、ちっとも興味ないでしょうね」

「………………なんのことやら」

 どうやら私の野望は完全にお見通しらしい。まぁ、2-B教室に罠を仕掛けたくらいだ。ばれていないと考える方が無理があるか。

「とぼけるんですね。まぁ、貴女が力を取り戻したところでそれを迎合してくれる存在はもういない。精々独りぼっちで持て余す力を疎まれて下さい」

「何のことかはわからんが、そういった言い方をされるとあまり気持ちの良いものではないな」

「魔王の力をもってあなたは魔族の頂点に君臨していた。だから、魔王の力はあくまでも魔族の長たる『手段』でしかなかった。しかし、今はどうでしょう? 既にこの世界に存在する魔族はもういません。さきの戦いにて(しかばね)の山となりましたからね。天使としては、天に召されたとしてもその全てが地獄に堕ちるだろうことを考えると複雑な思いでいっぱいですよー」

「地獄に、堕ちただと……?」

「ええ。あんなムシケラ達が天国に昇れると――正当な尊厳が認められるとお思いで?」

 私の浅はかな采配で命を散らしてしまった猛者達。どんなに場当たり的な私の言葉でも真摯に受け止め、自分たちにできることを精一杯やってくれた魔族の民。逃げることもせず最後まで勇敢に戦い、屍の上に屍を重ねることを承知で私への道を作ろうとした戦士達。

 それを「地獄に堕ちた」だと?

 確かに横柄で利己的で自信家な部分もあった。しかし、それでも彼ら一人一人が譲れないプライドを持って、懸命に今まで生きてきていた。自分の信念の元に武器を取り、仲間のために戦おうとしていた。

 それを「ムシケラ」だと?

「ああ、すみません。為す術なく無様に命を散らしていった異形の者であっても、あなたにとってはあなたのアイデンティティを支える大切な存在でしたね。あなたの気持ちも考えずに無神経なことを言ってしまって申し訳ありません。でもそれが失われた今、魔王の力を取り戻すことを『目的』としてしまって、あなたは何を求めようと言うんでしょうね?」

「…………いい加減にしろよ、天使」

「ふふふ、マオちゃんは自称『何の力もない小娘』じゃなかったんですかー?」

 いつものように無邪気でケラケラとした笑い声を上げる天使。いつもと違う点を上げれば、口調に反して表情が一つも変わってないところか。冷たい表情に、不自然なくらい明るい笑い声が付随されている。

「そんなに睨まないで下さいよ、マオちゃん。可愛いお顔が台無しですよ?」

「ふざけるな! 私に何の恨みがある? お前の目的は何だ!?」

「ですからー、わたしはわたしの主の(めい)に従ったまでですよぉ。ホントは心苦しかったんですが、マオちゃんが『悪の権化たる魔王』なら仕方ありませんよね」

 相変わらず天使の口調は明るい。しかし、その表情は全く変わらない。

 特に眼が笑っていない。その赤みがかった瞳は、冷徹に私を見続けている。

 悪の権化――散々破壊行為を行ったのだから、そう言われるのは致し方ない。

 しかし、今このタイミングで私を捕らえる理由は何だ? 世界の管理者は私に家と生活を与えた。あれほど暴虐に振る舞った私に対して、彼らはいままで自由を奪うようなことはしなかった。

 もし夜の学校への侵入が問題視されるなら、わざわざこんなところに連れてきて生け捕りにする必要なんて無いだろう。ナツキの言っていたことを考えると、侵入がばれた段階で問答無用に殺されるものじゃないのか? そして、どうして私だけに焦点が当たった?

 考えても答えが出ない。魔族の民を侮辱され、憤りが支配した頭ではなおさら。

 ただ一つ分かることと言えば、目の前の天使――エル・ガブリエルは私に対して友好的な姿勢を示していないことくらい。特別仲が良かったわけではないが、特に仲が悪かったというわけでもないはずなのだが……。

「それにしても、迅様を(たぶら)かしたりしてはいけませんよ? 魔族の再興だか、世界の破滅だかを狙っているかどうかなんてわたしは知りませんが、破壊神の力を自陣に取り入れるために、迅様を誘惑しようとするのは見過ごせませんね」

「私が如月を誘惑だ? お前は何を言ってい――」

「黙って下さい!」

 刹那、天使は錫杖の先で私の顔面を殴る。

 鈍い痛みをこらえて顔を上げると、そこにはとても天使とは思えない表情を浮かべた少女がいた。般若(はんにゃ)のような形相を浮かべ、心なしか眼の赤みを増した少女が。

「わたしがどれだけ頑張っていても縮められなかった距離。それをあなたはいとも簡単に埋めてきた! わたしなんて、迅様から勉強を教えてもらったことも、迅様にお弁当を頂いてもらったことも、一度もないんですよ! ただの一度も!!」

 そう言って躊躇なく二撃目の錫杖が飛ぶ。手足を縛られて抗う術のない私は、ただその攻撃を顔面に受けざるを得ない。

「迅様の気持ちがわたしにないことは知っていました。えぇ、知っていましたとも! 迅様はナツキさんのことが好きで、ナツキさんは美人でスタイルも良くて強くて賢くて……仕方ないって思ってました。わたしが勝てなくてもしょうがないって割り切れてました。でも、あなたは何です!? 急にやってきたかと思えば、迅様の隣の席を陣取って親しげにして!」

 一発、二発……力任せに天使は私の顔を殴る。

「あなたは何の力もない! あなたは賢くなんてない! ネガティブな雰囲気を醸し出して、人生を悲観するばかりじゃないですか! それに、スタイルだって……そんなあるかもないかもわからないような胸しかないくせに、迅様を誘惑しないで下さい!!」

「胸の話は、よせ……」

「黙りなさい! わたしの方があなたより良い……何で迅様はそれがわからないのですか!!」

 強烈な一撃が私の胸を突く。正座の姿勢で座っていた私はバランスを崩し、夜の寒さに冷えた砂浜に身を沈めることとなる。

 今までは魔力による防護壁が展開できていたため身体に傷を作ることなどなかったが、どうやら今回はボロボロらしい。しばらく感じたことのないような痛みが全身を駆け回り、限界を私に伝えてくる。

 胸を突かれて気管にダメージが入ったのか、息をするのも苦しい。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「無様ですね。転校してきた時のように誰とでも壁を作ったままでいたら、こんな酷い目に遭わずとも済んだでしょうに」

「はぁ、はぁ、嫉妬か………………醜いな」

「うるさいッ! あなたに、わたしの、何がわかる!!」

 倒れた私に対して、大きく錫杖を振り上げる天使。

 その眼は深紅に染まり、既に天使の面影は残していない。

(万事休す、か……)

 呆気ない最期だ。

 だが、これで魔族の民たちと同じところに行けると思うと、不思議と寂しくない。形見まで残して私のことを気にかけてくれた竜銀士には怒られそうだが……何とか仲良くやっていこう。

 いや、だがこちらで仲良くなった如月やナツキたちには怒られてしまいそうだな。申し訳ないが……まさか友人だと思っていた奴に襲われたとあれば、私にはどうしようもあるまい。私は、今は何の力もない小娘に過ぎない。

 そう思って眼を閉じたとき、私が聞いたのは肉の潰れる不快な音ではなく、天使の「ぎゃっ」という悲痛な声。そして――


「なに捕まってんだ」


 颯爽と駆けつけた救世主の力強い声。聞き覚えがあるその声に、私は目を見開く。そして勢いよく振り返ると、そこには――

「来てくれたんだな! きさら…………ぎ?」

「何言ってんだ、お前?」

「………………何で?」

 そこにいたのは破壊神でも無ければ、如月迅でもなかった。

 私のことをいつもどこかで見て、力を貸してくれた幼馴染み。どんなことがあっても常に私の味方をしてくれた友。

 そして、私のことを好いて、私にその溢れんばかりの想いをぶつけてくれた男。

「何で、お前がいる! 『竜銀士』!?」

「おいおい、助けに来てやったのにその言いぐさは無いだろ、魔王」

 そう言って竜銀士は私の手足の拘束を解いてくれる。その時、エルが少し離れたところで倒れているのが目に入った。おそらく竜銀士の一撃でぶっ飛ばされたのであろうが……さっきは私をボコボコにしてくれたとはいえ、どうしてか生きていることを願わずにはいられない。

「生きてたなら……生きてたなら、連絡ぐらい……」

「っておい、抱きつくなっての」

 涙が止まらない。てっきり死んだとばかり思っていたのに……。

 よく生きてくれていた。私を、独りぼっちにしないでいてくれた。

「どんなに心配したと思っている? どんなに泣いたと思っている?」

「心配したのはこっちだ。お前が無事かと思って、魔族連中全員で冷や冷やしてたんだぜ?」

「ほ、他にも生き残りがいるのか!? てっきりみんな死んだものだと……」

「何寝ぼけてる、魔王? ちょっと会わなかったからって死ぬわけないだろ。もうじきみんな来る。白虎王と斬鋼帝のおっさん達に率いられてな」

「白虎王や斬鋼帝も生きてるのか!? 戦死の報告を聞いていたから、てっきり逝ったものだとばかり思っていたのに……」

 嬉しい誤算ばかりが夢のように続く。「もしも竜銀士が生きていたら」「もしも魔族の皆が生きていたら」と願って止まなかった「もしも」が次々と現実になっていく。

 全部嘘だったらどうしようと思うが……紛れもなく目の前で私が抱きしめているのは竜銀士であり、感じられる温かみは忘れようにも忘れられないものだ。

「何であの化け物じみたおっさんたちが死ぬんだよ。って、魔王お前……」

 竜銀士は気付く。魔王の異変に。

 気付かれないわけがない。その魔王の座に君臨することを唯一支えてくれたものだ。それが無くなった今、私は竜銀士に魔王として認めてもらえるかも分からない。

 だが、仕方がない。私は今のありのままの姿を見てもらう他ないのだから――

「……胸、縮んだな」

「…………はぁ!?」

「ちょっと前までもっと、ドガーンっと大きいのが付いてたのに。どうしたんだよ、魔王。目のやり場に困るってなもんだったんだが、お前それじゃあまな板と変わらんじゃないか!」

「ば、馬鹿者ぉ!!」

 竜銀士の頬に鉄拳を見舞うが……如何せん、魔力も何もない小娘の細腕では、彼の顔を動かすことすら叶わない。

「はぁー、加えて魔力もないと来た。どうしたんだよ、お前。そんな変なヒラヒラのついた服着て……いつもの黒い服はどうした? らしくないぞ、お前」

「う、うるさい!! お前がさっさと助けに来ないから、私は……」

「おいおい、無茶言うな。これでも軍をまとめて迅速に動いたつもりだぜ? 『先遣隊』であるお前らが出陣して『一週間』。何の音沙汰もないから、魔王の命令を待たずに独自判断で『議会』を招集。あわよくばお前が戦死してくれれば自分に王座が回ってくると思っていた各氏族の頭の固い連中を、なんとか説得して来てやったってのに」

「ちょっと待て、どういうことだ?」

 どうにも話が噛み合わない。先遣隊、一週間、議会?

 魔族軍は始めから総力戦を仕掛けた。そして、この世界の民の力の前に大惨敗を喫した……二ヶ月前に。生き残りがいたとしても、議会を開けるほどの指揮系統や頭数が残っているとは、流石に思えない。

「どういうことも何も、もうすぐ本隊が次元の扉を通ってやってくる。侵攻作戦の再開だ」

「んなっ!? 次元の扉が残っているのか!?」

「はぁ? さっきからお前は何を言っているんだ。胸が縮んだショックで脳みそまで縮んじまったか?」

「うるさい! 私の胸は、前から、ちっとも、変わってなんか、いないッ!」

「やれやれだ。こいつはダメだな」

 そういって竜銀士はまるで私の頭がおかしいかのような言い方をする。

 おかしい。いくらなんでもおかしすぎる。

 竜銀士は常日頃、私の胸の小ささを笑っていた。……いや、今も胸の小ささをネタにしているが、それでも私の胸が大きかったなどという変なことを言いだしたのは初めてだ。

 加えて、竜銀士の言い分を聞いているようだと、まるでまだ人間界侵攻は行われていないみたいじゃないか。これはどういうことだ? 

「………………もうすぐだな。妖しい月が輝く夜の魔族大侵攻(パレード)……開幕だ」

 突如、けたたましい轟音が辺り一帯に響き渡る――

「んな……これは……!?」

 海の方を見ると、空間が大きく裂ける。そこから映るは、おびただしい数の魔族の大軍。獣人族、人魔族、機鋼族、鬼人族……各氏族長を先頭にして、ある者は仲間の背に乗り、またある者は自力で海洋を泳ぎ、大規模な軍勢が、怒号を上げ、地響きを起こし、こちらにやってくる。

「ど、どういうことだ、竜銀士!?」

「どういうことも何も…………さっきから変だぞお前」

 あっけらかんと答える竜銀士。

 だが大軍を見るその目の輝き、口元の緩みを見るや、こいつは心からこの状況を楽しんでいることがわかる。

「魔族の大軍がこれから人間界を蹂躙することを考えたら、気分が高揚するのが普通だろう。人間共に何をされたかは知らんが……変だぞ、魔王」

「へ、変なのはお前らだ! 私が率いた兵の殆どは戦場に散った! あれだけの兵を用意できるはずがない。何があった!?」

「お前は『足手まといになる』と言って、極々少数の精鋭しか連れて行かなかったじゃないか。何をおかしなことを言っている?」

 私に対して、心底呆れたような表情を見せる竜銀士。

 何かがおかしい。これは現実か? それとも幻想か?

 竜銀士との会話が噛み合わない。私の記憶と現状が噛み合わない。何もかもが少しずつずれている。

「さぁ行くぞ、魔王。わざわざ一番槍を譲ってまで俺はお前を迎えに来たんだ。お前がどんな状態であれ、魔王がいるかいないかじゃ全体の士気に関わる」

 そう言って私の腕を掴んで強引に連れて行こうとする竜銀士。

「わ、私は……行けない。こんな姿で、こんな状態で、行けるわけがない。皆に迷惑がかかる」

「馬鹿を言うな。弔い合戦のつもりで出てきているとはいえ、魔王は死んでいるよりも生きている方が良い。どうせお前に大したことはできんことは知っている。ただ後方の玉座にふんぞり返ってくれているだけでいい」

「そんなこと、できるわけないだろ! 戦士が最前線で戦っているというのに、魔王が一人安全なところで温々とできるわけがなかろう!」

「お前……どうしたんだ? らしくないぞ」

 らしくないのはどちらだろう。果たして竜銀士はこんな男だったか?

 私に婚約を申し込んだ男は、こうも冷たい男だっただろうか。私が動揺していれば、いつも気遣って助け船を出してくれた竜銀士。私が困っていれば、まず優しい言葉をかけてくれた竜銀士。

 私が魔力を失ったことを知った竜銀士は、こんな対応をしただろうか。私が泣いてすがりついた時、手も添えてくれないのが竜銀士だったであろうか。

 人間界侵攻は一種のガス抜きであり、魔界に蔓延る不満を解消させるための『手段』でしかなかったはずだ。

『随分暴力的だが……仕方がないのだろうな』

 そんな風に呟いていた竜銀士。侵攻が始まってからも幾度か気乗らない表情を浮かべていた竜人族の聡明な族長は、開戦に対して喜々として目を輝かせるような男であっただろうか。

 目の前の男は、この侵攻を明らかに『目的』として捉えている。

「らしくないのはお前だ!? 私の知っている竜銀士は、お前のような男ではなかった!」

「何をグダグダグダグダと! 良いから一緒に来い! 魔力を失ってどうしようもないお前を、俺が『引き立ててやる』と言っている!」

「や、やめろ、離せ!」

 強引に引っ張っていこうとする竜銀士の手を振りほどこうとするが、魔力も何もない私の力では竜人族の強靱な腕力に抗えるわけもなく。私の身体は、竜銀士の思うままになろうとする。

「ったく、往生際が悪いぞ! 人間界を落としたらお前と俺は結婚し、魔界は俺とお前の協同統治となる。デタラメな力しかなかったお前を、力を失っても俺がめとってやろうと言っているんだ! 当初の約束通りな。ありがたく思え!」

「ふざけるな! 誰がお前のような俗物と夫婦(めおと)の契りなんか結んでやるか! 私の知っている竜銀士は、そんな権力のために動くような軽薄な男ではなかった」

「お前馬鹿だろ?」

 私の言葉は、最終的に竜銀士の呆れ顔と、それに伴う発話と共にかき消される。

「な、何だと……!?」

「何度でも言ってやるよ。お前馬鹿だろ? ……いや、お前は馬鹿だ。大馬鹿娘だ。何にもわかっちゃいない。前から、馬鹿だとは思っていたが……正直ここまで馬鹿だとは思わなかった。想像以上の馬鹿だ。こんな馬鹿見たこと無い。俺が権力欲しさだけでお前を助けに来たと思っているのか?」

 竜銀士は、呆れ顔に手振りを加えて、私に対して馬鹿馬鹿と連呼する。

「ば、馬鹿だと……!? お前に……お前に、私の気持ちがわかるのか? 人魔族の下級階級に生まれ、凡庸な父と凡庸な母に育てられ、平凡な人生を歩むはずだった子供が! 当時の人魔の長に規格外の魔力と戦闘センスを認められ、『王』となるべく最強へと仕立て上げられ! 何も分からぬままに言われた通りに戦って、そして『王』となる資格を得て、人魔の皆に望まれるまま意気揚々と頂点に立った……世間もまともにわからない、十四歳の少女がだ! 力の使い方しか教わったことのない私が、人心を掌握し、(まつりごと)で手腕を振るわせ、魔族の民をより良い方向へと導いていける訳もない。力だけでは、魔王などという職が務まるはずがなかったのだ! そんな中で、ただがむしゃらに頑張って……頑張って頑張ってようやく築いた安定が、ほんの少しの驕りと予想外の事態によって全て崩れたんだぞ!? 果たしてお前に、民をいたずらに殺し、友の死に目も看取ってやれなかったとばかり思い、ひたすら友への邂逅を望んでいた私の苦悩など、わかってたまるものか!!」

「知るかよ、馬鹿」

「まだ言うか! 確かに、この呪われていると言える私の宿命(さだめ)など、お前にとっては他人事以外の何物でもないだろう! だがな、それを受け入れようと頑張ってきた私の姿勢を『馬鹿』と一蹴するならば……流石の私もお前を許さん! お前は変わってしまったんだ。お前は……かつての私が知る竜銀士なんかじゃない、(まが)いものだ!」

 私は、最大魔力の最大出力の攻撃で竜銀士を消し炭に変えるべく集中する。それから攻撃を放つため、涙も(ぬぐ)わぬまま竜銀士に掴まれていない掌を向ける。そして――

「………………ふぇ、なんでぇ……なんでぇ……私は、私はぁ! ……ぐす、あぁあああああああ、あがぁ、あああああああ…………」

 何も起きない現実。竜銀士は死なない。私の手から獄炎の(ほのお)が生み出されることはありえない。だって、私の魔力は、もう、欠片も、ないのだから。

 分かっていたはずなのに……今一度突き付けられた現実は、あまりにも残酷すぎた。

「泣くなよ、魔王」

 竜銀士が、地面にへたれこんでしまった私の頭を宥めるように、しかし不器用に抱き締めてくれる。眼前には、既に竜銀士の温かい胸しかなかったため、彼の表情を窺い知ることなどできなかったが……おそらくは、随分と困った顔をしていたんだろうと思う。

「……何なんだ、竜銀士。お前は、誰なんだ? 私の知っている竜銀士じゃないくせに、どうしてお前は私にそんなに構う……? 何で中途半端な優しさを見せる? 馬鹿じゃないのか?」

「馬鹿なお前に、半疑問系で言われようが知ったことじゃない。だが、馬鹿は馬鹿なりに思うところもあってだな」

「………………え?」

「一つ。お前を危険な所へ行かせたくない。二つ。お前を守りたい。三つ。お前に死んで欲しくない。四つ。お前にカッコイイ所を見せたい。五つ。お前を――幸せにしたい」

「竜銀士…………何を言って……」

「言ったはずだ。『この戦いが終わったら俺と結婚してくれ』と。それは、別にお前の『力』に憧れてただけでも、お前の権力を利用したかっただけでもない。ただ単純に、俺はお前のひたむきな姿が好きだったってのもある。できないことに一生懸命になっている姿が可愛いと思ってたから。そして、いつか。至らないところを支えてやれるような、お前に相応しい男になったら、絶対に想いを伝えようと思ったから……俺は、あのタイミングで告白した。

 状況は一転。お前が、俺が守ってやらないといけないような存在になった今、ようやく俺は自分の本懐を果たせる。元々、魔族軍は弔い合戦で来ている。今や何の力もないお前の死体を持っていって『魔王の(かたき)を!』と叫ぶことができないわけじゃない。それでも充分に士気の上昇は見込める、だけど、俺はそんなことしようなんて言ったか? どう考えても足手まといなお前を、さっさと切り捨ててしまおうなんて言ったか? 違うだろ。俺は生きたお前と契りを結びたいんだ。いい加減俺の気持ちに気付け、馬鹿魔王」

 何でだろう? 涙が、止まらない。涙がどんどんどんどん溢れてくる。私の顔を濡らし、竜銀士の胸をぐしょぐしょにしても、まだ私の涙腺は全然満足しない。

「お前……馬鹿だろ?」

「ああ、馬鹿だ。俺は馬鹿だ。ただ……お前には少し劣るがな」

「まだ、言うか……」

 竜銀士は私の頭を胸から離した為、私はぐしょぐしょの顔のまま竜銀士の顔と対峙する。

「確かに俺は、お前を支えてやれる存在にはなった。だがそれは、魔王のお前をだ。今のふぬけたお前を支えてやれるほど、俺は強くもない。だからもう一度、魔王としての責任をかざして欲しい。魔族の兵の象徴となって欲しい。それは、今の俺にはまだできないからな。……だけど、お前にはできるな?」

「それくらいなら、できるかも……しれない」

「その意気だ」

 そう言って、竜銀士は一度私の腕を放す。

「強引に引っ張っていこうとしたのは悪かった。謝るよ。だけど、これでも俺を紛いものと呼ぶか……ナグサ(・・・)?」

 ………………ナ、グ、サ?

「何、だって……?」

「おいおい。これでも俺を紛いものと呼ぶか、ナグサ(・・・)?」

 私は……『アスナ』だぞ……?

「………………すまない。どうやらお前は紛いもののようだ。少なくとも、私の知っている竜銀士ではない。私は、お前とは一緒に行けない」

 竜銀士が私の名前を間違えることは、長い付き合いの中で、ただの一度だって無かった。こんな大事な場面で人の名前を間違えるほど、竜銀士は空気の読めない男ではない。断じて……ない。

 さきほどからの言動から考えると……やはり、目の前にいる竜銀士は『竜銀士』の姿をした別人だ。

「んなっ!? 何を言って……?」

「私の名前はアスナ・ルシフェル・グラディウス。お前が捜していた『ナグサ』とかいう奴じゃない。人違いだ」

「馬鹿を言うな! お前はナグサ・ルシファー・グラディウスだろ? 魔界第百代魔王で、俺のガキの頃からの幼馴染みのナグサだろ!?」

「確かに私は魔王だった。そして、『お前とは違う竜銀士』とも小さな頃からの幼馴染みだった。だが、私の名前はナグサではない、アスナだ。別人だよ」

「別人だぁ? きっと頭でも打っておかしくなっているに違いない。だって、どっからどう見たってお前はナグサだ。――いや、たしかに胸はないが……」

「この胸は昔からだ。生憎と、私の胸を見て目のやり場に困るなどとほざいた輩は一人もいやしないよ。それに……」

 私は、この二ヶ月間何よりも大切にし、肌身は出さず持ち歩いていたモノを取り出す。

「私の知っている竜銀士は私にこれを遺した。これは、竜人族にとって命よりも大切だって言われる代物だろ? そんなものを託した竜銀士が、ぴんぴんとして眼前に姿を現すとは考えづらい。私の知っている竜銀士は、やっぱりもうこの世には居ないさ」

 竜人族の秘宝とされる紅い宝玉――『竜玉』があしらわれた首飾り。

 月明かりに照らされて煌々と紅い光を映す宝石を見て、目の前の竜銀士の表情が変わる。

「………………はぁ。そんなもの持ってるの見せられれば、流石に信じざるを得ないか。何でお前が持ってるのかは知らんが、そいつは紛れもなく竜玉だ。……この世に二つと無いはずなんだがな」

 そう言って、彼はやれやれと自分の懐から同じ物を出す。煌々と紅い光を見せる竜人族の秘宝を。

「正直、俺はお前がナグサであってもこればかりは譲ることはできん。どうやらお前の知っている竜銀士はとんでもない阿呆らしい」

「何だとっ!」

「まぁ、落ち着けよ。伊達に秘宝って言われてるわけじゃない。こいつの効果は特殊でね」

 「他言無用」と前置きした上で、竜銀士はその『竜玉』の効果について説明する。

「竜人族歴代の長が(まじな)いを重ね、常に身に付けることでその魔力を流し込み続けた代物だ。そいつに蓄積されているものは既に『魔力の器』という枠を超え、天変地異すら容易におこすことのできる可能性を秘めている」

「よく、わからんな」

「簡単に言うところ、こいつを使えば『何でも願い事が叶う』と思ってくれ。と言っても、俺も使ったことがあるわけじゃない。竜人族、あるいは魔界の存亡を揺るがす事態に際して、初めてその能力の解放が認められているんでね。俺にも詳しいことはわからん」

「随分とざっくりしているな」

「ああ。だが、わかりやすいだろ?」

 『何でも願いが叶う玉』。竜銀士が形見として遺したものはそういった代物らしい。

「本来竜人族の族長のみしか扱うことができないものだ。悪用されれば、恐ろしいことが起きるからな。だから普通は、それが魔王であろうと本気で惚れた女だろうと、絶対に渡したりはせん。竜銀士は大馬鹿野郎だ」

「ふふふ」

「何がおかしい?」

「……いや、竜銀士の格好をした同じ名前の奴が、竜銀士を『馬鹿』と言っているのを見るとな」

「………………」

 竜銀士は黙る。そして、しばらく目を瞑って考え込む。

「……む。気を悪くしたのなら謝る」

「…………おい。その竜玉をよこせ」

「な!? それはできん。これは竜銀士が唯一遺してくれた形見だ! 竜人族の秘宝だからと言って、お前には渡さんぞ!」

「勘違いするな、馬鹿。……それに、お前にはそれは使えんだろう」

「だから何だ馬鹿。形見だから持っているだけでも良いんだ。お守りだよ」

「俺が竜銀士の立場なら、お前にそれを『お守り程度』のために遺したとは到底思えんがな」

「なんだと?」

 竜銀士はまた一瞬目を伏せる。しかし、すぐに顔を上げて言い放った。

 ――魔力、取り戻したくないか?――

「な、に……?」

「何度も言わせるな。お前は自分の魔力を取り戻したくないのか?」

「私は…………」

 自分の魔力を取り戻したいか? そんなこと、考えるまでもない。

 この二ヶ月……無力感に(さいな)まれるばかりの日々を過ごした。魔力があったら、幾人かの命を救えたかもしれない。魔力があったら、竜銀士を死なせることは無かったかもしれない。魔力があったら、空間をねじ曲げて次元の扉を再び開くことができたかもしれない。

 魔力がないばかりに何もできなかった。魔力がないばかりに如月やナツキに頼り切りで、弱者として振る舞わなければならなかった。周りに異能が溢れる中、私だけがただの小娘として生きることがただただ辛かった。

 だからナツキの提案に乗り、わざわざ危険を犯してまで夜の学校に忍び込んだのだ。それなのに、今更魔力を取り戻したくないなんてどうして言えよう?

「魔力を、取り戻したい……」

「そうか。なら……少しだが力になってやらんこともない」

「私は、魔力を取り戻せるのか?」

「竜玉は何でも願いを叶える。どういう経緯があったかは知らんが、失った魔力を取り戻すことぐらい容易い。魔力を取り戻したいなら、竜玉をよこせ」

「あ、ああ…………」

 そう言われて、竜銀士に竜玉を渡す。

 だが、何で私にそんなに便宜を図る? 今となっては赤の他人のはずなのに。

「ナグサと顔が一緒で、もう一人の竜銀士がいなければ、こんなこと絶対にやってやらないんだがな。竜人族にとって、その秘宝を渡す覚悟なんて相当のもんだ。同族として、それを反故(ほご)にするようなことはできん」

「竜銀士、お前……」

「ほら、いくつか手順がある。魔力を取り戻したければ黙って目を閉じろ」

「あ、あぁ……わかった」

 やれやれとした表情で言う竜銀士。そんなにうまくいくものなのか、などと思ったが、ここまで言われたら私も目を閉じるほか無い。だから少しビクビクしながら、そして内心「何が起こるのか」と好奇心も膨らませながら、ゆっくりと目を閉じた。


 ――失敗だった。


「…………んな!? は、はひふるんだ(なにするんだ)ほまえ(おまえ)! や、やへろ(やめろ)! や、やめ」

 突然の接吻。私の初めては、ほぼ反則的にこの変態に奪われてしまった。

ほは(こら)あばへふな(あばれるな)! 玉入れはへなひだろ(られないだろ)!」

「玉!? ほまえ……!?」

 口の中に異物の感覚が拡がる。この気持ち悪いモノは何だ? 竜銀士の口の中からおくられてきた物体が、私の口の中で奥へ奥へと進もうとして……

 その……なんだか、ものすごく気持ち悪い。ぬめぬめして、ぬるぬるで……奥に進みながらも、私の舌に絡みついてくる。そして――

「……うっ!?」

 ――ゴクリ。

 その瞬間、両腕の力を振り絞って思い切り竜銀士の身体を突き飛ばした。そして、どうにかこの変態の口づけから解放される。

「この変態め! 見損なったぞ、竜銀士! ……くそ、お前のような犯罪者に、一瞬でも気を許した私が馬鹿だった。本当に本当に馬鹿だった! 力を失った私は、お前の欲望の()け口か……ふざけるなッ!」

「俺だって不本意だがこうする他なかった。……誓って(よこしま)な感情はない」

「嘘をつけ、この変態!」

 ――あれ?

「…………あ。もしかして……『初めて』だったか? すまん。い、いや、俺はそういうのは気にしないから。今回は非常時だから、ノーカウントで大丈夫だ」

「お前が気にしなくても私が気にする!! わけの分からん言い訳を、いけしゃあしゃあと……」

 ――力が、入る?

「に、睨むなよ。折角の可愛い顔が台無しだぞ?」

「ぬけぬけと……よくも私の純潔を奪ってくれたな、竜銀士……」

「わ、悪かった。せめて一言伝えるべきだった。俺のミスだ、謝る。だが承諾貰おうにも、嫌がられたら面倒だと思ってだな……」

「竜人族の若き長、言い遺すことはそれだけか?」

 ――身体から、少しずつ魔力が溢れて……。

「いやいやいや、魔王。その口調はマジで怖い。ってか、目が据わってる。……ってか、ほら。竜玉を呑んだから、お前と竜銀士はいつまでも一つに――」

「誉めてやろう竜銀士。褒美として、一瞬であの世に送ってやる。……乙女の純潔を奪った罪、重いぞ?」

 ――私はまた、力が使える? それなら……

「わ、わかった! 正直に白状する! 破廉恥(はれんち)な感情はありました! 今なら無防備なナグサと同じ顔したお前に何したって良い、とかいう感情はありました! この竜銀士、調子に乗ってました! 本当にごめんなさい! だ、だから、そのやたらおどろおどろしく光ってる両手をこっちに向けるのはやめてくれ、お願いします!」

「ふふ……ふはははははははははははははッ!! 楽しいなぁ、竜銀士。力があると、こうも気持ちに余裕ができるものか!」

「怖いから、本気で怖いから! ってか、キャラ変わってるぞ! お、俺だって竜銀士なのに、殺気が出てるから! ……そもそも俺――方法はさておき――お前のことを助けたよね? さっきまで俺格好良かったよね? なのに、何で魔王の逆鱗に触れたことになってんの!?」

「安心しろ、ちょっとした反動だ。問題ない」

「え、そうなの?」

 掌を竜銀士に向け、魔力を目一杯集中する。当てるつもりはない、ほんのお遊びだ。

弾劾の雷閃ギルティ・ライトニング! 貫け、閃こ――っ!?」

 ――刹那、私の胸を何かが貫通する。

「…………か、は……」

 そして力を取り戻した私は、いとも呆気なく砂浜に倒れ込む。

「手間が省けた」

「ま、魔王ッ!? お前ぇ……」

 私が意識を失う寸前、眼光全てを真紅に染めた堕天使が、血のように紅く染まった錫杖を持って(たたず)んでいた――

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