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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第三話 魔王と神と。
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拾壱の世界⑥

拾壱の世界――魔王の話――教室にて


「………………行ったようだ。なんとか撒けたな」

「ふぅ、やっと一息つけるか」

 如月に引っ張られて全力疾走した数分間。私は息絶え絶えでようやく安堵の溜め息を漏らしているのに、ケロッとした顔をしている如月。

「ずるいぞ。ケロッとして」

「お前が運動不足なだけだ、マオ。もっと身体を鍛えることだな」

「むぅ、私は元々肉体派じゃない。本当なら魔法で身体を強化できるんだから、お前なんぞに引けはとらんのだぞ!」

「今は魔法使えないんだろ? なら身体を鍛えるしかないだろ。俺が引っ張ってやらなかったらお前、追いつかれてたぞ」

「い、今に魔力取り戻してぎゃふんと言わせてやるんだからな……!」

「そのときを楽しみに待たせてもらう」

「ぐぬぬ……」

 私が魔法を使えないからといって強気に出おって。

 だが今回の潜入を成功させれば、魔力を取り戻す糸口がつかめるかもしれないんだ。やはり、なんとしてでも成功させなければ。

「だが……よりによってたまたま入った教室がこことはな」

「どうした如月? 何か問題でもあるのか?」

「いや、教室を見てみろ」

 言われて気付く。表札を見ずとも、教室の特徴的で異様な光景を見ればわかる。

「……私たちの教室か」

「『魔の2―B』だ。縁起が良いとは思えんな」

「そういうな。私は嫌いじゃないぞ、このクラス」

「俺は嫌いだがな、このクラス。変な奴しかいやしない」

 そうは言うが、お前もその一人だぞ破壊神。

「はぁ、やれやれだ………………」

「全くな………………」

 しばらく続く沈黙。

 いつもざわざわ騒がしいこの教室を、今は沈黙が支配している。

「………………巽やナツキは、大丈夫だろうか?」

「ナツキちゃんがあんな中年太りの化け物校長にやられるはずもない。史郎も今まで何だかんだ生き残ってる。心配ないさ」

 それなりに逃走中に校内を回ったが、巽やナツキに会うことも、二人がいたであろう痕跡を見つけることもなかった。あの化け物となった校長と戦っているのか、あるいは私たちと同じように逃走劇を続けているのか……皆目検討もつかない。捻れた校内で、ただ無事であることを願うばかりである。

「無事だと、いいが……」

「………………」

「………………」

 またしばらく続く沈黙。

 思えば学校で二人で話す機会は、席が隣同士ということもありいくらかあった。しかし、こうして二人きりで話すのは初めてな気がする。

 なんだか今になって緊張している。何を話せばいいかわからない、「気まずさ」と言うのもちょっと違う、よく……わからない感じだ。

「マオ」

 そんな中、不意に如月が口を開く。

「何だ?」

「お前は……こういうのは初めてなのか?」

「どうしたいきなり?」

 如月がぎこちなく問う。彼もまた、よくわからない感情に困らされているのだろうか。

「その、なんだ……」

「こんな『命に関わる経験』か?」

「え? いや、その……あ、あぁ。そうだ」

「これでも魔族を束ねる長だった存在だ。それなりに修羅場もくぐってる」

「人間との戦争でか?」

「いや……主に、魔族間の抗争でだ」

「ほぅ、意外だな」

「魔族と言っても一枚岩ではない。人間が地域や宗教、肌の色や信条によってそれぞれ区別されるように、我々魔族も同様の理由で様々な種族が存在しているんだ。それらが一同に介し、同じ思想をもって共同体を作り上げるなんて、なかなか上手くいくことでもないさ。……まぁ、姿形どころか住む世界まで違っていた存在が一同に介し、仲良く和気藹々と生活しているこの2-B教室の前でそんなことを言うのも馬鹿らしいがな」

「まぁ、『馬鹿馬鹿しさ加減』で言えば大して変わらんさ」

「いや、馬鹿だからこそ、あながちうまくいってるんじゃないかと思うぞ。魔族の奴らはみんな私よりも賢くてな。結局最後まで何考えてるのかわからなかったよ……」


 魔族の歴史は争いの歴史。

 今でこそ魔族は一つの組織として動いているが――いや、動いていた、と言うべきか。まぁ、その一つの共同体になれたわけだが……それも「人間界への侵攻」という目的あって初めてのことだ。氏族同士では領土問題や食糧問題からいがみ合いが続いていたし、目を合わせただけで喧嘩をおっぱじめるような輩も少なくなかった。

 数千年前、初代魔王がその圧倒的力をもってして魔界に君臨するまでは、群雄割拠の時代が続き、己の種族以外は全て敵であるという状況が続いていた。侵略と略奪のみで繰り返される日常は、魔族の民の闘争本能を育てることには役立ったが……それには大きな疲弊が伴った。それを是としなかった初代魔王は、力をかざすことで全ての魔族の民を従わせ、魔王を頂点とする魔界のシステムを作ったのだ。

 そうは言っても、各氏族は魔王に従うというだけで、氏族同士が仲良くする気などはさらさらない。百代目の私が就任するまで、歴代の魔王が氏族間の軋轢を緩和するために宥和政策を講じ続けてなんとか、出会い頭に殺し合いを始めることが無い程度まで落ちついた。しかし殺し合わない程度であり、特別仲の悪い氏族間では武力を含む罵声や挑発の飛ばし合いは日常茶飯事だった。

 特に人魔族と鬼神族、獣人族と機鋼族は仲が悪く、私が魔王に就任してから、何度種族間の争いを諫めに入ったかわからない。会議中に渾身の力を込めた秘技を両種族がぶっ放し、私が間に入って受け止めた数などもう数えようがない。

 また、鬼神族などは人魔族の小娘が魔王の座にあることを快く思っておらず、何度クーデターを企てたか計り知れない。ナハトと竜銀士の助けがなければ、とっくに私はそのクーデターによって魔王の座を追われていただろう。

 夜襲や騙し討ちで命が脅かされそうになったことは何度もあった。謀略によって魔王の地位から失墜しそうなことも何度もあった。

 それでも私は――魔族の殆どが人間界侵攻によって息絶えた今においても――生きている。力を失ってもなお、魔王(マオ)として生きている。


「かつてと違うところは、私に魔王たらしめていた力がないことと、いつも助けてくれた従者や友が側にいないことだが……なに、そこらの女子供のように膝を抱えて震えているようなつもりはさらさらないさ」

(少なくとも今は、如月が私をちゃんと守ってくれているから……)

 んな、な、何を考えているのだろう、私は!? 如月は友人だ。それ以上でも、それ以下でもないのだぞ! それに、私には竜銀士が……って、なんでここで竜銀士が出てくる!? りゅ、竜銀士は今は関係ないだろ! だってあいつは……死んで、形見を、私に、寄越して、それで………………。

「何が『震えるつもりはさらさらない』だ、マオ」

「………………っ!?」

 そう言って如月は私の手を握る。震えていたであろう、私の手を。

「落ち着けよ。お前が魔王の力とやらを取り戻すまでは俺がなんとかする。ナツキちゃんに頼まれたしな、お前のこと」

「|ナツキの頼みじゃなかったら《・・・・・・・・・・・・・》、どうした?」

「…………………」

 私は何を聞いているのだろう? 如月が助けてくれる。その事実があればそれでいいじゃないか。

 ナツキなんて今は、関係……ないじゃないか。

「生憎と俺は友人も多くない。そんな数少ない友人に死なれたら寝覚めも悪い」

 そう言いながら如月は私の片手を両手で握り、私の小指と小指を結び――

「守ってやっただろうよ、たぶんな」

 指を解い(切っ)た。

「そそそ、それにしても! こ、これからどうする? ナツキがいない今、わ、私たちにできることなんて限られてるが」

 おそらく顔を真っ赤にしていたのだろう。この非常時に何てこと考えてるんだ、と普段の私なら己を諫めるだろうが……残念なことに私の頭は違う意味で非常事態だ。なんてことをしてくれる、如月よ!

 だが、私の慌てた問いに如月は渋い顔をして答える。

「どうしようもあるまい。ナツキちゃんを助けに行くにしても、史郎を捜しに行くにしても、校長室を自力で探しに行くにしても、あまりにも当てがない。下手に動いて迷子になった中、また襲われるのも面白くない」

「な、なるほど。で、では、こ、ここで暫く待機するのか?」

 如月は顎に手を当てて少し考えた後、小さく頷いて私に指を向けた。

「マオはな」

「………………む?」

 何を言っているんだ、こいつは?

「俺はちょっとあのキラーマシンをぶっ壊してくる。一旦撒いたとはいえ、あんなのをうろつき回らせておいていいことはない」

「たしかにそうだが……やれるのか、お前だけで?」

 私の問いに、目の前の破壊神はニヤリと素敵な笑みを見せる。

「無論だ。足手まといがいなければ、すぐにでも」

「…………なるほど」

 目をギラギラと光らせ、指をポキポキと鳴らす如月。

 どうやら目の前の男にとってこのシチュエーションを続けるよりかは、身体を動かして物をぶっ壊すことの方がワクワクするらしい。やはり破壊神には、守るよりも壊すことの方がおあつらえ向きなのかもしれない。

「ならば、私はしばらく待っていた方が良さそうだ。足手まといを自覚して付いていくのも御免だしな」

「なによりだ。それじゃあ、行ってく――」

「だが条件がある!」

「……なんだ?」

 私の言葉に露骨に眉をひそめる如月。

「その……さっさと、帰ってこいよ……? んぁ、べ、別に心細いとか、恐いとか、そんなんじゃ」

 「なんだそんなことか」と呆れたように呟いたかと思うと、「わかった」と言って、私が言い終わる前に如月は教室を後にした。

「ない、から……な。って、私は何を言っているんだろう。ガラにもない」

 おそるおそる開け放たれた扉から廊下を覗くが、既に如月の姿はない。左右に広がるは捻れた廊下と闇ばかりである。

「随分と速いな、如月。流石は破壊神か……」

 私がにわかに感心していると、教室の掃除ロッカーがカタカタと音を立てた。

 最初は小さくカタカタと揺れる程度だったが、段々とその音は大きくなる。やがて、そこだけ震度七の地震が起こっているのではないかというくらいに大きくガタガタと音を立て、ロッカーは先ほどまでの静寂を取り戻した。

「勘弁、してくれ……」

 先ほどまでの静寂を取り戻した教室であるが、よもや何もないということがあり得るはずもない。教室全体が揺れていたならむしろなんとなく安心できるが、揺れていたのは掃除ロッカーのみ。

 これは即ち掃除ロッカーに何らかの異変が生じているため、「開けて確認しろ」ということだと思われるが……開けて安全安心が約束されるわけがない。

 かと言って如月が帰ってくるまで放っていられるほど、今の私には勇気がない。突然「ギィ」と勝手に開かれるよりは、まだ自分で開けた方が対処もできる。ビックリして教室から逃げた先に、先ほどのキラーマシンと鉢合わせでは洒落にならない。

 さて、どうする、魔王?

「開けるしか、ないよな……」

 ひとまずもう一度廊下を確認する。こちらは先ほどから何の変化も見せていない。どうやら出てすぐ何かに襲われるようなことはなさそうだ。

「え、えぇーい、ビクビクしていても仕方ない。力がないとはいえ、何から何まで如月におんぶに抱っこでは魔王の名が廃る!」

 小声で力強く呟いてみるが、なんとも勇気が振り絞れない。そこにいるのは魔王を自称するただの年相応の女子である。

 だが、開ける勇気よりも開けない勇気を持つことの方が難しいだろう。すぐ帰ってくるとは言っていたが……それでも、どれくらいかかるかは未知数だ。ともすれば如月はキラーマシンに負けて帰ってこないかもしれない。

 一秒一秒がとんでもなく長く感じる。冷や汗が頬を伝い、全身に鳥肌が立つ。

 もしかしたら何もないかもしれない。ガタガタと揺れていたロッカーで何もないことなんてそもそもありえないが、あったとしても別に大したことじゃないかもしれない。

 だがそれは調べないとわからない。しかし、調べたら何かに遭遇する可能性は高い。

(どうする、どうする、どうする、どうする……?)

「どうする魔王?」

 ………………無理だ。耐えられない。

 いやいや、耐えられないんじゃない。ここで開けないのは、それは臆病者だろう。如月を待つなんて、それこそ魔王の名が廃るに違いない。

 そんなふうに無理矢理自身を納得させ、掃除ロッカーの前に立つ。

「………………よし」

 そして「何もありませんように!」とひたすら願いながら、恐る恐る取っ手に手を伸ばす。

 だが、私が手をかけることはなかった。寸前、ロッカーの扉が自ずから開け放たれたからである。

「………………え? お、お前は……!?」

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