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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第三話 魔王と神と。
30/46

拾壱の世界⑤

拾壱の世界――善良な一般市民?の話――蓮皇高校内にて


(それにしても…………僕は、本当に良かったんだろうか? 女の子に怪物の相手なんかさせて、自分は逃げて本当に良かったんだろうか……?)

 廊下を走りながら考える。考えたところで、既に走り出してしまったのだからどうしようもないのだけれど……それでも、女の子のナツキちゃんを一人で戦わせてしまったことには罪悪感が残る。

 『監察官』だとか『魔法少女』だとか……すごい能力を持っているって言っても。結局のところ、彼女はただの可愛い女の子でしかないんだ。確かに彼女は僕なんかより強いのだろう。だけど僕より強いからって、それを怪物と一対一で戦わせる理由にしていいのだろうか? 僕は女の子を盾にして逃げていいのだろうか? そんなの……。

 ――良いわけ、ないじゃないか!

 僕だって……少しも戦えないわけじゃないんだから。

「あー、くそっ! 何やってんだよ僕は。こんなことじゃいつまでたって――ふぐっ!?」

 突如として口を塞がれ、壁に後頭部を叩き付けられる。急に襲ったとてつもない衝撃。それに伴う脳震盪で意識がブラックアウトしてしまいそうになった。しかし目の前のよく知る顔、よく知る声を知覚した時、僕の意識は呼び戻されざるを得なかった。

「……っ!? ほ、ほおしてあらはな!?」

「はっきり喋ったらどうだ、巽? ……って、口を押さえられた状態でそれを言うのも少々酷か」

 目の前の影。普段、何気なくからかっていられるような存在が、どうして「今」というタイミングで出くわすと、これほどまでの恐怖の対象へと変わり得るのだろうか。

「さしずめ……『クラス一の美少女に誑かされてしまった』ってところか? あるいは『密命の最中に予期せぬ仲間に捕まった』か。いやはや、お前はもっと大人しい奴だと思ってたんだが…………ふふ、先生は悲しいよ。将来有望な教え子を手にかけなきゃならんなんてな」

「ふぁん、にん……」

 担任。魔の2―Bクラスを統べる重鎮。

 何人たりともその言葉に逆らうことは許されず、何人たりともその威信に歯向かうことは許されない。混沌たる魔の2―Bにおいて唯一の秩序であり、唯一の抑止力。あの如月迅でさえその存在の前では、いつもの振る舞いを抑えられ、少なからず襟を正して臨まさせられる。

 担任の『悪魔の囁き(進路相談)』は多くの生徒を圧倒し、残酷な現実を否応なくつきつけ、彼らの生気をどん底まで消沈させる。それは尊大かつ自信過剰とも言える如月迅とて全く例外ではない。それどころか、如月迅にとっては学力試験(テスト)と並ぶ弱点であるとさえ言われるくらいだ。

「……ふむ。『何であんたがここに』ってか? まぁ俺も、《凶行(きょうこう)死神(しにがみ)》を名乗らせてもらってる立場なんだよ、これがな。だから、お前らの行動を見過ごすわけにはいかないってこと。………………さて」

 担任の顔からかすかにあった笑みが消える。代わりにその顔にはいままで僕が見たこともないような、この上なく冷徹で殺気立った表情が張り付いている。そして深く染まった紅い眼(・・・)が、教え子を鋭く睨む。

「村雨ナツキ。成績優秀、眉目秀麗、品行方正、文武両道、才色兼備。いやぁ、高校生としては完璧過ぎて手のかからない全く面白くもクソもないやつだと思っていたが……なんとまぁ、無垢な女生徒や馬鹿を誑かし、挙げ句先生が一番信頼している(教え子)まで取り込んでくれるとはねぇ。面白すぎて困ってしまう、これがな」

 溜め息混じりに呟きながら、少しずつ僕の口を掴む力を強めていく担任。口が開かず息ができない苦しみと同時に、顎が少しずつ砕かれているだろう痛みが襲う。

「大人しく新しい神を迎合していれば、誰も苦しむことなんてないのになぁ。神を否定しようとするから、現実とのギャップに苦しむことになるのが何故わからんのかね、彼女らは」

 みしみしと嫌な音が頭に響き、やたら心臓の音も大きく聞こえる。「あぁ、死ぬんだ」なんて、やたら現実味もなくぼんやりと思っている自分がいる。

「東雲情報統制機関だの、世界の秩序を守る仕事だの、綺麗事ばっか並べられても面白くねぇんだよな。俺たちはこの混沌たる世界の中で何とか秩序を作ろうと世界の管理者(ガーディアン)を立ち上げて世界の自治をしてきたってのにさ、横から『標的の被害を拡大しないためにこの世界の中枢を掌握する』――なんて、エゴも良いところだぜ。俺たちの行く末は俺たちが決めるってのに、生徒の分際で大人の生き方にちょっかいかけんなっての。つまんねぇんだよ、これがな」

 言葉を重ねるごとに、担任の僕の口を塞ぐ力、壁に頭を押しつける力は強まっていく。人間離れしたとてつもない握力と腕力により、頭部全体に今まで経験したことのないような絶望的な痛みが駆け回る。このまま行けば、顎が潰れ、頭が砕けるのも時間の問題だろう。その時には既に意識なんてないだろうが。

「まぁ、とか言って、結局俺もケイテン様に取り込まれちまったんだけどな! ほら、この紅い眼がその印。世界の秩序を担う世界の管理者(ガーディアン)の幹部連までこの有様だ。もう大体は奴の手下なんじゃねぇかな。だからお前も諦めた方が身のためだぜ。……って言っても、夜の校舎に侵入した罰で死ぬけど」

 口調は明るいのに、冷たい表情のまま力を加え続ける担任。既に痛みがピークを越え、もう無駄に聞きやすい担任の言葉の殆どが僕の耳には届いていない。

「………………」

「ふぅー、もうだんまりか、巽? それともあまりの激痛に喋る気すらないか? ……まぁいい。それじゃあお別れだ。悪いな、巽」

 顎を塞いでいる手に更に力を込めて頭蓋骨を軋ませ、同時に空いた手で急所に手刀を繰り出す構えを取る担任。

「――いや……今は《大総統》と呼んだ方が良かったかな?」

「喰らえぇッ! 砕粉滅閃波(サイコブラスター)ぁああああああああああああああッ!!」

 雄叫びと共に突如、真横からとてつもない速さで(はし)った閃光。そして、それに見事に飲み込まれる担任。そのまま光の軌跡は担任を奥の壁に叩き付け、僕はなんとか担任の捕縛から解放される。

「うぉえぇ……げほ、げほ。……サイヴァスター、もう少し、早く、来ても、良かったんじゃ、ない……? 危うく、殺される、とこ、だったよ」

「すまねぇな、ボス。でも、ヒーローは遅れてやって来るっていうのがセオリーだろ?」

「はぁ、はぁ………………そんなこと言ってたら、特級護衛の地位を剥奪するよ? 召喚の設定変えるよ、いいの?」

「す、すまねぇ。……だけどまぁ遅れた分、こっからは『俺ら』があいつの面倒たっぷり見てやるから安心してくれ」

 色々と心許ないが、実力は本当に心強い僕の特級護衛。ヘルサターン改造人間の実質ナンバーワンこと、『(サイ)ヴァスター』。

「やれやれ。頼りにさせてもらうよ、サイヴァスター。それじゃ、みんなも行こうか! コールッ! ヘルサターァアアアアアアアアアンッ!!」

 叫び声に呼応して漆黒の空間が開き、この世ならざる異形――更に三体の改造人間が、僕とサイヴァスターの前に姿を現す。

「マスターがお呼びとあらば、即参上!」「改造人間だって、頭領の平和は守れるんだ!」「牙無き総統の、紅の牙とならん!」

 大口径の二門のバズーカが禍々しい、蛇との改造人間『(コブラ)イガー』。右腕が『ノット兵器』という近接用特殊兵装となっている虎との改造人間『(タイガ)ード』。両腕にドリル、両肩にキャノン砲、胸部にビーム砲兼ブーメランを装備し、手には特殊合金でできたブレード『超獣剣(ちょうじゅうけん)』を持つ、兎との改造人間『ソルグ(ラビット)』。

 それにサイヴァスターを加えたのが、大総統直衛の特級護衛。実力は文句なしでヘルサターン内で他の追従を一切許さない、いわば『四天王』とも言える戦士たち。大総統の敵を切り裂く剣であり、あらゆる物から守り抜く盾である。

「おぅおぅおぅ、初めて見せてもらったぜ、巽ぃ。お前の『召喚術』!」

 叩き付けられた壁から、何事もなかったかのような調子で立ち上がってくる担任。先程の攻撃くらいなら、何発もらっても大丈夫なのだと言わんばかりに。

「要所要所にその姿を現し、この世界を暗躍する秘密結社ヘルサターン。違法な改造手術を施された構成員は、時に破壊活動に、時に人命救助に従事する。いやはや、改造人間とやらを生で初めて見たが……思ったよりもクラシックな佇まいだな。シンプルながら端的に特徴を捉えた造詣には感動すら覚える」

 攻撃を受けて動揺するどころか、むしろ気分を高揚させて饒舌に語り始める担任。この人が得体の知れない化け物であることは知っていたつもりだったが、サイヴァスター渾身であろう一撃を受けて平気な顔を見せる姿には、こちらが動揺を隠せずにはいられない。やっぱり化け物だ、この人は。少なくとも普通の人間ではない。

「その活動は多岐に渡るが……基本的には自作自演の三文芝居を続ける悪役三流劇団。自分のところの怪人に襲わせて、自分のところの怪人にそれを退治させる……なんてマッチポンプもいいところだな」

「マッチポンプだぁ!? 手前に何がわかるってんだ!」

 血気盛んなサイヴァスターが憤怒の表情で怒号を担任に向けるが、担任は涼しい顔で無視して続ける。

「まぁ、それも政府の勅命とあれば、素直に従うほかないんだろうがな。十代そこそこでバケモン部隊の指揮権を委ねられた、大総統で優等生の巽史郎くんは」

「さて……何の事やら」

「とぼけるなよ、先生は何でもお見通しだ。だが、それにしても……」

 そう言って担任は、改造人間たちとその出現した場所に視線を向ける。その紅い眼が描く怪しい視線は、宵闇の中でもはっきりと見て取ることができた。

「流石、世界最高機密の治安維持部隊の大総統に抜擢されるきっかけになったというだけあって、便利な能力だ。……まぁ、お前のようなひよっこのガキには、程度の過ぎた玩具(おもちゃ)だが」

「随分と、お詳しいんですね」

「馬鹿にするなよ? これでもお前らの担任だ。素行を見るだけで何でもわかる」

 嘘を付け。学級における制圧力で一級に位置することは認めるが、教師として生徒を見る目などこの担任にあろうはずもない。彼にとって自分の生徒は、都合の良い尖兵()か、暇つぶしの道具(玩具)程度の価値しかないのだから。

 それにしても、僕の仕事内容と役職について知っているのは任命主である『あの人』だけのはずだが……どこかで情報が漏れているらしい。一番知られたくない担任に殆ど知られてしまっているなんて悪夢としか思えない。

 今まで誰にも――迅やナツキちゃんにすら言ってない、どんなことがあっても隠し通してきた秘密だ。にも関わらず、そんな情報をあっさりと入手している担任には、やはり不気味さ以上の何かを感じずにはいられない。この人はいつもどこから仕入れたかもわからない機密情報を流して、僕たちで遊ぶことは知っていたつもりだったが……。

 だが、知られてしまっている以上、今更隠す必要もないだろう。

 僕の大総統という地位を支える重要な能力が『召喚術』。そしてそこから、僕のもう一つの二つ名が《召喚士》。

 契約を済ませた対象を、時、場所、空間、状態を問わずに、自分の眼前に召喚することができる。また、自動召喚型と任意召喚型があり、自動召喚型では、設定した条件を満たせば、自分の意思とは関係なく召喚が可能。四天王の中では、サイヴァスターがこれに該当しており、例えば、『外敵との遭遇』『命の危険』という条件を満たせば召喚される。他にも、『致命傷を負う』『意識を失う』といった条件で召喚される改造人間もいる。そのかわり、一度に自動型で召喚できる上限や、そもそも設定に登録できる数が少ない。

 それに対し、任意召喚型では、契約した対象をイメージし、設定したコードを入力すれ(叫べ)ば、召喚が可能。一度に召喚できる上限は術士がイメージできる限りであり、自動召喚型と比べれば遥かに多くの数を召喚することができる。……と言っても、事細かに対象をイメージし、召喚の際に極限まで集中力を高める必要があるため、現実的な運用を考えれば、今の僕では一度に三、四体召喚するのが限界だ。

 だが、それで充分。寧ろ、充分すぎる。

 実際問題、殆どの場合――彼らのポテンシャルが高すぎて――サイヴァスター一体で事足りてしまうのだ。いやサイヴァスター一体でさえ、多くの場合はオーバーキルで終わってしまう。

 生憎ながら、僕は特級護衛の四天王全員を呼び出して、全員に仕事を割り振れるほどの強敵には未だ遭遇したことがない。

 だが、そういった経緯があっても……部下達が担任を圧倒するヴィジョンが浮かばないのだから困ったものだ。

「ひ、秘密を知っているとあれば、い、生かしてはおけませんね」

「戯言はよせ。似合わん上に、声が震えてるぞ?」

「う、うるさいです!」

「まぁいい。さて………………」

 刹那、二十メートル先の担任の姿が、僕の視界から消える。

 そして、僕が辛うじて担任の姿をもう一度視界に入れた時には――耳をつんざく、風船が割れるような乾いた音と、担任の「ふむ、一番鈍そうな奴から狙ってみたが……なかなかどうして反応は良いようだな」という呟き。そして、担任の右の拳を間一髪のところでどうにか受け止めたコブライガーの姿が、そこにはあった。

「なめんなよ、おっさん!」

「おっさんとは失礼な。これでも俺はまだ四十一だ」

「充分おっさんだよッ!」

 コブライガーは、担任の拳を握って放さない。すると、担任の行動範囲は必然的に狭まる。

 そこを狙って、四天王は担任に対して四方から攻撃を加えようとしたが……その全てを、主にその左手と柔軟な体さばきによっていなされる。四人全員が絶妙なコンビネーションで猛攻を繰り返している様は、僕の目には非常に壮絶に映ったが……しかし、その全てを難なく避けてみせる担任の姿は、とてつもなく『異様』に映った。

「どうしたどうした怪人ども。四人で囲んで、一人も満足に倒せんのか?」

「うるさい黙って」「今すぐその口を」「さっさと閉じて」「くたばりやがれ!」

「やーだね」

 刹那担任は、掴まれている右手を軸に、身体をコブライガーの頭上へと送る。するとほんの一瞬、コブライガーを攻撃しそうになり、三人の手が緩んだ。そのわずかな一瞬で、担任は改造人間たちを四方に吹き飛ばす。

 具体的には、右足でソルグラビットを回し蹴りの要領で蹴り飛ばし、そのまま今度は左足でタイガードを蹴り飛ばした。そして、一対二の状況になるや、左の掌底をサイヴァスターの胸にぶち当てて思い切り突き飛ばし――残ったコブライガーは担任に身体を引き寄せられ、腹部に左フックを見舞われていた。そして、きりもみ回転をしながら奥の壁に叩き付けられる。

 所要時間、わずか三秒足らず。

 あまりにその攻撃が完璧で、鮮やかで、完成されすぎていて。僕はその状況に対して、まともに声をあげることさえできなかった。

「…………そ、でしょ…………?」

 僕が呆気にとられている内に、コブライガーを除く精鋭達はふらふらと立ち上がって、戦闘を再開する。コブライガーは、なんだかぐったりしていて……全く立ち上がる様子はなかった。

「耐久性もまずまず。とりあえず、合格ラインだな。そこの蛇の怪人は、俺の左フックをもろに受けて死んじゃったかもしんないけど……まぁ、そいつは仕方ないかな」

「この野郎……もう勘弁しねぇ……」

「サイヴァスターだっけ? お前らじゃ俺には勝てないな。あんな動きじゃあ、絶対無理だぜ」

 それにしても、担任はわかってる。

 そもそもヘルサターンの改造人間の幹部クラスは「一体でどんな戦況をも覆せる精鋭」をコンセプトに作られている。基本的には改造人間を主軸に、戦闘員が援護等の陣形を組んで対処するのが本来のヘルサターンの戦い方だ。

 そのため幹部と戦闘員の連携が第一に想定されており、うまく機能すれば無類の強さを誇る。事実、そうやってきて負けたことなど無い。

 しかし、得てして幹部同士の連携は想定されていない。

 そもそも、「一体で戦況を覆す」ために、幹部クラスの能力はたいてい強力で大味である。攻撃力、破壊力においては、他の追随を許さないものを各員が持っているが……如何せん、小回りがきかない。一様に、細かい作業が不得意な傾向にある。

 本来は、そこを大勢の戦闘員が補うはずなのだが……戦闘員がいないこの状況では、誰も細かい役回りを演じることはほぼ不可能。

 「絶妙なコンビネーション」と言っても、それはあくまで止めどない連続攻撃に過ぎず、効率的なチームワークが為されているとは言えまい。各々が他の迷惑にならないように動いているだけだから。

 四人の懐に入っていった担任の行動は、一見自殺行為に見える。しかし実際のところ、彼らにとってはこの上なく有効な一手だった。

 ある程度距離があるならまだしも……密集した場所において攻撃する際には、殊更細かい作業と綿密な連携が必要になってくる。しかし……生憎、彼ら幹部四人にそれを望むことは難しい。

 だって、それができるようにはそもそも作られていないのだから。

 傍目から見れば担任の立ち回りはもの凄いモノなのだろうが――傍目から見なくとも常人離れしていることには間違いないが――攻撃を受ける側にとっては、ただ順番に攻撃されているのと同じような感覚なのだろう。

 順番が回ってくるのと一つ一つの攻撃が繰り出されるスピードが異常に速いことにさえ目を瞑れば、実は割と簡単に四人の攻撃はいなせるようにも思える。

「黙っとけよ、おっさん……」

「でかい口はその『おっさん』をボコボコにのしてからにしてくれや。ちんたらやってないでよ」

「っ。……俺が殺す! 絶対殺す。すぐさま殺す。お前らもう手を出すな、邪魔だ」

 担任の安い挑発に乗り、完全に激昂した様子のサイヴァスター。実力は申し分ないのだが……もう少し精神面で成長してくれればと思う今日この頃である。

 だが状況がわからないほど馬鹿じゃないだろう。無策で飛び込むような真似はしない……と思う。そうじゃなかったら僕は非常に困ることになる。

「邪魔って……ちょっと傲りすぎじゃないですか!?」「サイヴァスターだけじゃ心許ない。ここは僕たちも」

「うるせぇ! お前らはボスとくたばってるコブライガーの面倒でも見てやがれ! 出ろ、サイカッターッ! 行くぜぇええええええ、おっさんッ!! 鳳凰剣(ほうおうけん)、ウェーブちゃぶだい返しぃいッ!!」

 完全に頭に血が上ってしまったサイヴァスターは、タイガードとソルグラビットの制止を振り切り、剣を発生させて単騎で担任に突っ込んでいく。

「そうこなくっちゃなぁ、怪人。三人で一人を囲むなんてせこい真似――っ!?」

「喋ってる余裕なんてあるのかよ?」

 驚異的な加速を見せて、誰の予想よりも速く担任に斬りかかったサイヴァスター。その一撃は、どう考えても致命傷を与えるには充分なスピードとパワーだったはずだが――

「――まだ、な。今のところ」

 ガキン――という鋭い金属音が響くと共に、担任が突如として右手に出現させた死神の鎌によって、それは未然に防がれる。

「面白ぇ……俺の太刀筋を受け止めたことは誉めてやるよ」

「光栄だ、と言いたいところだが……こんなぬるい攻撃止められたところで、自慢にもならん」

「言ってろ!」

 両者完全に、単純な力は拮抗しているかのように見て取れる鍔迫(つばぜ)り合い。しかし……サイヴァスターが怒号を交えて、一瞬ではあるが押し切ることに成功する。

「今だぁあ! 俺の奥の手を見せてやるぜ! 『秘剣・サイカッター乱舞の太刀』! 細切れになりやがれぇええええええええええええええええッ!!」

「全力で断る」

「おらおらおらおらッ!」

 今眼前で繰り広げられているのは、一秒間に数十というやりとりが行われる攻防。既にサイヴァスターの剣先(けんさき)も、担任の鎌柄(かまつか)も見えないが――少しずつではあるが、担任の体が後ろに下げられ、着崩した背広に切れ目が入っていくのを見ると……どうやら戦況はサイヴァスターが多少優勢らしい。

 そして壁際まで下がっていった二人。致命傷を与えられないながらも、猛攻で追い込んだ怪人。全ての斬撃を――防御一貫の姿勢であるとはいえ――直撃とは決して結びつけなかったが、防戦で追い込まれた教師。

 苦しいのはどう考えても後者の方であるはずだが、担任の表情には微塵も焦りがない。

 そしてその涼しい表情に、とうとう不機嫌バロメーターが臨界点を振り切ってしまったサイヴァスターは、絶対に葬るべく必殺の一太刀を振り上げる。

「秘技! 行くぜぇ! 一太刀(いちのたち)『KURUMI割り人形』ッ!! 割れちまえぇええええッ!!」

「真正面からの馬鹿正直な太刀筋が見切れんとでも?」

 地面に足を沈めながらも、鎌の柄を使って「唐竹割り」の要領で振り下ろされた一太刀を食い止める担任。だが、サイヴァスターの真骨頂はここからだ。

「抜けば璧散る気鋭の刃……えぇーいっ! 寄るな、寄らば斬る! 入羽流(いりうりゅう)犀巌崩(さいがんくず)し……受けてみよっ!! ……なんてな。二太刀(にのたち)四郎入道(しろうにゅうどう)・MASAMUNE』ッ!」

 刹那、サイヴァスターの剣の形状が変わる。刀身が異常に太くなり、まるで岩石を纏ったかのように形を変えたそれは、さしずめ剣というより、質量をもって破壊力とする「鈍器」と表現した方がはるかに的確だろう。

 そして、その二太刀でサイヴァスターがしようとしたことは、決して担任への直接的な攻撃ではない。極限まで一撃の攻撃力を重視した衝撃は、まず担任の身体よりも、その象徴たる死神の鎌を葬る。

 ガキンッ――と鈍い金属音が校内に響き渡ると共に、担任の表情がようやく焦燥のそれ(・・)へと変貌を遂げた瞬間を僕は見た。

「っく、やってくれて――っ!?」

「終わりじゃないぜ? どうやら手前は俺を本気にさせたようだ。……我が身既に鉄なり、我が心既に空なり……天魔覆滅(てんまふくめつ)……はぁあああああ!!」

 また形状を変え、今度は長く大きく鋭くなった太刀を手に、静寂のまま前方に大きな円を描く。粉々になってしまった鎌で攻撃することは不可能だったとはいえ、何かしらの行動を起こすこともできたはずの担任。しかし彼は、サイヴァスターからにじみ出る闘気とも覇気とも言える威圧感と集中力に暫く(おのの)き――次に放たれるであろう頭上からの攻撃に備え、心ばかりに腕を頭上に持ち上げることしかできなかった。

三太刀(さんのたち)改め、終ノ刃(しゅうのやいば)ッ! 『圓月殺法(えんげつさっぽう)・MESSAI』ッ! いっけぇえええええええええッ!!」

 振り下ろされた斬刃(ざんじん)。あまりに研ぎ澄まされ、完成され過ぎた太刀筋。見る者の心を奪い、あまりの鋭利な勢いに味方でさえ震え上がらせ、凍えさせてしまうような一振りは……完璧すぎた。

 ――そう。あまりにも完璧すぎた故に、その一撃が勝負を長引かせる要因になるなんて……そんな皮肉があっていいものだろうか?

「前言撤回――いや、全言撤廃(・・・・)だ。いままでの無礼を詫びよう、怪人」

 振り下ろされたはずの最後の太刀。おそらくは、全てを問答無用で切り裂くはずの必殺。

 ……それなのに、担任は生きている。サイヴァスターの太刀筋と同じような感想を抱かせる、冷たい炎を目に灯して。

「久しぶりに心が洗われるような見事な一振り。いつもアホ共の相手をしてばかりいて、どうやら俺の姿勢も緩んでいたようだ。感謝する」

「う、せぇ………………」

 サイヴァスターの頬にひとすじ伝う汗。それは、体中に浸透するとてつもない動揺を、無理に封じ込めようとしているのを嘲笑うかの如く。

剣戟(けんげき)の腕は天晴(あっぱれ)の一言。おそらく新参の世界の守護者(ガーディアン)じゃあ、一刀両断は免れなかっただろう。瞬く間に、否応なくな。正直これほど見事な太刀筋は初めて受けた。おそらく2-Bのクソ共をまとめあげてきた俺じゃなければ、まぁ死んでる。生憎だが、運が悪かったとしかいいようがない」

 ――真剣白羽取り。

 有効タイミングを作り出すのは、幅十五センチにも満たない(てのひら)。研ぎ澄まされた集中力と精神力。そして、一種の経験から来る「勘」とも言える第六感を頼りに、手を差し出し、刃を止める。

 遅くとも速くとも待つのは死。ほんの一瞬のタイミングにのみ生への活路を見いだす、剣技における最難関奥義。

 担任はやってのけた、完璧に。そしてそれは、一瞬の内にサイヴァスターを絶望の淵に叩き落とすには充分過ぎる結果である。

「………………くそ、まいったぜ」

「はぁああああああ!!」

 初めて聞く担任の気合いの入った声。次の瞬間、剣を斜めにそらされて上半身が少し落ちたところを、サイヴァスターは担任の剛脚によって天井すれすれまで蹴り上げられる。そして、落ちてくるところを更に回し蹴りで――文字通り――蹴り飛ばされた。サイヴァスターの身体は高速で奥の壁へと向かっていく。

「いわんこっちゃない。一人で突っ込んでいって、ろくな事になった試しがないんだから」「後は僕たちが引き受けるよ、サイヴァスター!」

 サイヴァスターの身体が飛ぶと同時、間髪入れずにタイガードとソルグラビットが、担任のもとへと向かっていく。

「ドリルアーム!」「スパイラルブリンガー!」

 各々が大きな機械音をうならせるドリルを腕に装着して。

「「今必殺のォ! (ダブル)(ドリル)(ドライブ)ッ!!」」

 光景だけで圧巻される二つの破壊力の回転と、二つの殺傷力の轟音。

 しかしそれは、今し方サイヴァスターを叩きのめした担任には何の驚異ともならず。先程までの飄々とした雰囲気が一新された彼には、一切のダメージを与えられなかった。それどころか――

「その程度か?」

「ど、ドリルを!?」「素手で掴んで!?」

 ――投げた。

 ドリルを素手で受け止めて。その人間離れした強靱な握力で回転さえ止めて。

 そうして二体の身体を思い切り放り投げ…………二人の戦士は、先刻のサイヴァスターと同様、凄まじい勢いで壁に叩き付けられた。

「巽。俺をがっかりさせてくれるなよ? せっかく久々にスイッチが入ったんだ」

 その言葉と同時に、担任の身体は夜闇の学校よりも更に漆黒に染まった(もや)に包まれ…………やがてある日の教室で稀に見ることができる、本当の見紛(みまが)う事なき「絶望」が、僕たちの前に粛然と姿を現した。

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