拾壱の世界④
拾壱の世界――魔王の話――蓮皇高校内にて
「道……塞がれたな」
「なんだってんだよ、これ!」
突如として起きた学園の変形。それにより、私たちとナツキたちの間の道は塞がれてしまう。
「クソッ!」
ドカンと、隆起した床だか壁だかわからない何かを殴る如月だが、表面が少し削れるばかり。どうやら破壊神の力をもってしても、破壊することは難しいようだ。
「くそったれぇッ!」
如月が諦めずに壁に向かってラッシュを繰り返すが、効果は今ひとつ。精々壁の表面を少し凹ませる程度で、怒濤のラッシュも徒労に終わる。
「如月、諦めて他の道を探そう。壁を壊すよりは他の道を探した方が現実的だろう」
「………………ちっ」
納得いかない不満げな顔を浮かべる如月だが、本人も殴り続けて気付いたのだろう。殆ど壊れない壁を殴っても仕方がないと。
苛立った表情を見せながら壁に背を向けこちらに歩いてくる如月だったが、刹那、乱暴に私を突き飛ばす。
「んな!? な、なにをする、如月!」
不当な扱いに対し悲痛な叫びを上げてみるが、全く意に介さず。
(やはりこいつは乱暴で粗野な馬鹿なのか。そんな奴に私は一瞬でも……)
先ほどまで上げた好感度を一気にどん底まで引き落とさなければならないようで、この上ない失望を覚えそうになる。だが、突き飛ばされた箇所に目を戻して気付く。
「く、い…………?」
いち、に、さん。
壁に鉄製の杭が刺さっている。如月に突き飛ばされなければ、おそらく私の頭、胸、腰があったであろう箇所に。
「ぼやっとするな。死ぬぞ」
冷静な声にはっと我に返る。引き締まった表情をしている如月の視線の先を追いかけると、夜闇の校舎に異形がまた一つ。
『ピピガガ、ピピピガガ』
全身を鉄鋼で覆ったそのマシーンは、怪しい光で辺りを照らして。
目にあたる箇所ばかりが明々と光を灯し、赤と青の点滅を繰り返して。
ノイズがかった電子音を鳴らしながら、鉄と鉄の擦れあう不快な音を響かせて。
両の手に携えられた大型の杭打ち機を、こちらに向けて。
廊下を塞ぐように現れたその巨躯を持つ無機物は、ただただ同じ言葉を繰り返す――
『侵入者ハッケン侵入者ハッケン。タダチニ排除タダチニ排除』
ガシュッガシュッガシュッと続け様に空気を裂く音がしたかと思うと、どうやら私の方に杭が打ち出されたようだった。『ようだった』というのは、当たる直前に如月が私の前に出て杭をさばいたからである。
飛んでくる二本の杭を人間離れした反射神経と腕力で器用に両手で掴んだかと思うと、そのまま流れるようにしてもう一本の杭を蹴り飛ばした。
「くらいやがれッ!」
そして如月は体勢を戻すとすぐ、二、三歩の助走を付けて手に持った杭を強靱な肩力でマシーンに投げつける。ジャイロ回転を伴って真っ直ぐ飛んでいった杭は、見事に射出機を支える腕部の間接部分へと刺さったようだ。ガコンと大きな金属音を響かせたマシーンは、次弾を天井に向けて放っている。
「もういっちょ!」
そしてもう一方の手に持っていた杭を利き手に持ち変えると、同じ要領でマシーンに投げつける。すると弾丸のような軌道を描いた杭は、今度は射出機本体に直撃したようだ。またも鈍い金属音を響かせ、射出機はついにその機能を停止した。
杭が射出された場所から目の前の如月の位置まで目測で五十メートル前後だろうか。マズルフラッシュや発砲音がなかったことから杭の射出そのものに火薬は使われておらず、弾速は銃弾に比べれば遙かに遅いのだろうが……それでも射出から到達まで零点五秒もなかったはずだ。加えて、矢などはどんなに重くても五十グラムが関の山だが、如月が蹴り飛ばした杭を持ってみると五キログラム前後はある。この重さがあの速度で飛んできたのを正確につかみ取って、更にすぐさま投げつけて敵に致命傷を与えているのだ。
そこまでやっても涼しい顔をしている如月迅。奴が「破壊神」と呼ばれる所以――人間離れした能力の一端を垣間見たような気がする。
「やったか……?」
「………………いや、まだだ」
マシーンは鉄杭の射出機をパージし、『モード変更モード変更』と繰り返す。そして眼光を黄色に変えたかと思うと、射出機の逆側の腕部に鋭利なノコギリ状の刃を出現させる。どうやら如月の言うようにこれで終わりではないらしい。
「倒せそうか……?」
「愚問だ。あの程度なら――」
如月が言いかけたその時、マシーンの背後からいくつもの手が姿を見せる。月明かりが照らすと、どうやらどの手にもノコギリ状の刃が装着されているらしい。そして次の瞬間『ニトロセットアップ。ブーステッドモードオン』と電子音で語ったかと思うと、足下と全ての手が爆音を上げ始める。
宵闇の中、先刻まではささやかな風の音さえ聞こえるほどに静けさを保っていた廊下。そこに金属のぶつかり合う不快な音と電子音が加わり、更に今は、けたたましく上げられたその爆音によって金属の音も電子音も掻き消されてしまう有様である。
劇的にめまぐるしく周囲の音が変化する中、ローラーで滑るように十一本のチェーンソーが急速に迫ってきた。
「前言撤回。流石に逃げる」
「それが良さそうだ」
如月が私の手を握り、階段まで走る。
如月のスピードに合わせることは私にとって非常に困難であったが、そのスピードで走っていても遅いくらいだ。静音を保つことを諦めたマシーンが背後から急接近している中、弱音を吐いてぐずついている場合でもない。
『排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除』
爆音の中でも、狂ったように繰り返されて否応にも聞き取れる電子音。いや聞き取れてしまうといった方が適当か。私は別にそんな殺伐とした音声は聞きたくない。
「飛ぶぞ、マオ!」
「んぁ、な、何?」
私たちの前に階段が近付くと同時に、同じくらいか、おそらくもっと速く背後から殺人マシーンが迫ってくる。
間に合わないと判断した如月は踊り場に飛び込むことを提案する。……否、言うと同時に私の手を引っ張ったまま飛んでいた。
そして、落ちた。
着地と言うには些かどころか随分不格好である。不用意な体勢で飛び込んだ私たちに足からの着地など不可能であり、身体全体で落ちていったことを考えれば、「飛んだ」というよりは「落ちた」と表現した方が幾分も適切であろう。
「…………ぐっ、痛……」
着地の衝撃が身体全体に鈍い痛みとなって現れる。だが、身体全体……正確に言えば肩から落ちていったのだが、思っていたよりはダメージが少ない。
「大丈夫、か……?」
如月がかばってくれたからだ。
奴が私のクッションとなるように落ちていってくれたお陰で、随分と衝撃が緩和されている。
「あ、ああ。思ったよりは」
鈍い痛みを感じながら身体を見ると、スカートの先が切れていた。見たくないと思いながら階段の上に目を移すと、やはりチェーンソーを振り回すマシーン。しかし、どうにか私たちに届かないかとチェーンソーを何度も伸ばしているが、精々上から四段目のところまでくらいしか届いていない。どうやら階段を下る能力はマシーンにはなく、なんとか逃げられたようだ。
「一安心、か?」
「………………いや、まだだ」
如月の中でその台詞は流行っているのだろうか。
「そうは言っても奴に階段を下る機能はないじゃ――」
『モード変更モード変更』
前言撤回。そんなに甘くはないようだ。
「とりあえず逃げるぞ!」
「あ、ああ」
まだ身体に鈍い痛みが残っていたが、そんなことも言ってられない。衝撃としては私をかばった分も加えて如月の方が強いはずなのだ。しかし人間離れした破壊神は微塵も痛がる素振りを微塵も見せず、すぐさま私の手を引いて駆け出している。
階段を離れる際、チラと階上が視界に入ったが、どうやらマシーンからは六本の機械的な足が生えているようだった。機敏な動きで階段を下っている……というか、壁を伝っている光景が写ったような気がした。
「……トラウマになりそうだ」
「生きて帰れたらな。今は逃げることに集中しろ」
その後もマシーンに数分間追われ続け、廊下を走ったり階段を登ったり下ったりして逃げ続けた私たちだったが、なんとか教室に入り込むことで撒くことに成功する――。




