玖の世界②
玖の世界――管理者の話――執務室にて
「既にこの世界の殆どが掌握されたり。中枢部への侵食も甚だしく、従来の管制もままならない状況であり、迅速な対応を望まれたし……ってところだな」
「世界の管理者の幹部連も、儂を除けば殆どが奴の言いなり……か。さて、どうしたものやら……」
机に行儀悪く腰掛ける秘書と、その報告を聞いて眉間の皺を更に歪ませて憂う老人。秘書は報告内容の割に明るい口調で話しているが、それを聞く主はただただ顔を沈ませるばかりである。――ついにこんな日が来たか、と。
|ガーディアン《世界の管理者・世界の守護者》。
他の世界から様々な干渉を受けるという「多元世界」の特性上、世界の住民はこの危うげな世界の秩序と安定を維持するため、他の世界の武力的干渉を排斥すると同時に、この世界に留まった異界の民を管理する、という名目で特別機関を組織した。それが世界の管理者であり、今まで何度か崩壊の危機に瀕している世界であるが、世界の管理者の構成員の活躍によってなんとか存続している。
九鬼十兵衛は現在世界の管理者を統括する幹部の一人であり、突然の来訪者たる異界の民を監視、管理することを主な任務としている。だが異界の民の侵入を誰よりも早く察知、対応できるという特性とその立場上、武力をもって干渉してきた彼らに対し、世界の守護者所属の部隊を手配するのも半ば必然的に彼の仕事となっている。さきの魔族大侵攻において各方面に部隊を手配したのも彼であり、実質「世界の管理」と「異界の民への対応」の両方を兼ねる世界の管理者の最高司令であるといっても過言ではない。
「どうしたもこうしたもあるか。早く何とかしないと、お前も特異点に喰われるぞ」
「わかっておる。さすればこの世界は終わりであろうこともな。だが、それにしてもこうも奴の思い通りにされるとは……。さきの魔族大侵攻に際してほんの一瞬監視の目を逃れた奴に対して、事なかれ主義を貫いて悠長に構えていたつけが回ってきたか。……ふむ、今後は特異点の管理はもっと厳重に行うべきじゃな」
「今後があれば、な」
刹那、爆発音が屋敷全体に響き渡る。それに対応していっそう眉間に皺を寄せる主人と、まるでそれを予期していたかの様に口笛を吹いて飄々と振る舞う秘書。
「ヒュー。来なさったぜ、どうするよ?」
「…………むぅ……」
肘をついて手を組み、目を瞑って考え耽る老人。穏やかな時間がしばらくその場に流れるが、ひとたび部屋の外に目を向ければ、うって変わって激しい銃撃戦が繰り広げられている光景。
「負けるぜ、こっちの衛兵。いくらなんでも数が違いすぎる。どうやら内部からの離反者も出ているようだし、ここの陥落も時間の問題だろう。とっととずらからないと、死ぬぜ、十兵衛」
どうやらいままで幾度と無く主人である九鬼十兵衛の命を無頼漢の手から護ってきた英傑たちも、今回ばかりはお手上げらしい。押し寄せる数の暴力に次々とバリケードが破られ、賊の侵入を許してしまっている。
その状況を顧みて、九鬼十兵衛は半ば諦めとも呆れとも取れる溜め息を一つ漏らす。その後、携帯電話を胸から取り出し、おもむろにどこかに電話をかけ始めた。
「…………うまくいくのか、あいつらに?」
「なに、儂よりも有能じゃ。成功すれば、あの神様気取りのインチキハッカーに一泡吹かせることぐらいできるじゃろうて」
「…………うまくいくといいな」
あざ笑うかのような口調で雇い主を煽る秘書に対し、主人は不機嫌な声色で返そうとする。
「ふん、よくいう。お前は全部――」
「大変です! 最終防壁を突破されました! 早く――」
九鬼十兵衛の言葉を遮るように乱暴に扉が開かれたかと思うと、血相を抱えて執務室に飛び込んだのは守衛の一人。そして、
「――死んでください、御主人様」
銃弾が九鬼十兵衛の頭に向けられた。




