捌の世界③
捌の世界――魔王だった娘の話――蓮皇高校にて
「トコロデ、マオチャンハドンナ男性ガタイプナノ?」「やっぱ変身とかできた方が良いの!?」「率直に言うて、わいとか……どう?」「わん……わわわん(い、犬派ですか、猫派ですか?)」「い、一度、油さしてみませんか? 後悔はさせません……」「マオーッ!! 好きだぁー!! 愛してるんだ、マオーッ!!」「やぁね~、男子。マオちゃんは女の子よ? そんなにがっついたりしたら恐いじゃない、ね~?」「黙れ、オカマ」「髭剃ってから来やがれ」「オカマ殿の存在が一番の恐怖でござるよ」
私は転入初日から、周りの圧倒的存在感を知覚せざるを得なかった。これは個性が強いとかユニークとか、そういう次元のモノでは断じてない。
竜銀士を限りなく馬鹿に近付けたような奴らが、私の周りにたかっていた。そしてなにか、明らかに人間ではないような生徒も数体確認できた。
というか、人間より賢い犬やら、ドラム缶体型で明らかにメカメカしいロボットやら、肌の色が青緑色のメタモルフォーゼやら…………これにあとモヒカンと胸毛を足せば『魁! 蓮皇高校』の完成だ。……いや、私は何を言っているのだろうか。
「ごめんなさいね。ウチの男子馬鹿ばっかで」「とか言いながら、あんたはまた武蔵くんを……」「まぁ、女子も大して学力は変わらないんだけどね」「よろしく! あたしこう見えて、とりあえず学級長だから、わからないこと何でも聞いてね」「というか、学級長以前に学級賭博の責任者でしかないけどね」「おぅ、相変わらずグサリと刺さるお言葉を、蓮高一のアイドルこと、村雨ナツキさんから頂戴いたしました」「迅様の隣……わたしですら叶わなかったのに……良い度胸してますね、よろしく」
対して女子の第一印象は――ただただ無邪気。
彼女たちに裏の顔があるようには思えなかった。鬼犀ノ巫女みたいに私を疎むような視線を送ってくる者は誰もいない。
そして思うに……なんとも美形が多い。いやはやこれは、若さ故の美貌だろうか? 魔王という立場上、周りの同年代と接するような機会はあまりなかったためよくわからないが……それにしても「十七歳はカワイイモノ」で済ませてしまうにはあまりにも綺麗な娘が多い気がする。加えて……
「少し発育が良すぎやしないか?」
蓮高一のアイドル……らしい村雨ナツキという子は確かに、格段にカワイイ。「蓮高一」「アイドル」の二枚看板を背負うのも納得できる容貌を持っていると言えよう。
黒く澄んだ瞳、整った顔立ち、ポニーテールに結いだ長く茶色がかった髪、幼さのどこかに大人びた様相を漂わせる不思議な雰囲気……そして、誰もが憧れるであろう絶妙なプロポーション。全体的に細く引き締まっているが……あまり主張しすぎずにも、十七歳としては充分な大きさがある胸部。
おそらく世間一般大多数の男子諸君が好むサイズを的確についていると言える。「モデルみたい」どころか、モデルそのものであるようにしか思えない。同性の私から見ても凄くカワイイと思えるのだから、きっと異性からも絶大な支持を得ているのだろう。
次に「よろしく」と言って、半ば挑戦的にも映る眼差しで握手を求めてきた、頭に輪っかのような物を浮かべている女子。名前を「エル・ガブリエル」というらしいが……この子もカワイイ。先程男性陣が、エルちゃん親衛隊どうのこうの言っていたのはこの子のことだろう。先述した村雨とはまた違った可愛さを持っている。
肩まで伸ばしている殆ど銀髪に近いような亜麻色の髪、丸く大きな碧眼が印象的ではあるが……何においても、衣服がはち切れんばかりの胸部には感嘆の言葉が漏れる。
何をどう幼少期を過ごしたらそこまで大きくなるのかと。なぜ私の胸との差がそこまであるのかと。
いや、か、勘違いしないで頂きたいのだが、決して私とてそれほどに小さいわけではないぞ! た、ただ……おそらくは同年代の平均値より少しばかり小振りなだけであって…………って、私は誰に釈明をしているのだろうか?
そしてまぁ、委員長の胸部も大きかった。ボーイッシュな雰囲気のせいで、あまり目立ってはいないが……それでも確実に大きい。もしかすると着やせするタイプなのかもしれない。
いや……なんだかんだで、みんな大きかった。十七歳のサイズを私は過小評価していたのかもしれない。でも、ナハトは私のことを平均より少し下なだけだと言ってくれた。それを信じた結果が……この有様か。
何故だろう……? 無性に悲しくなってきた。とりあえずこの件は、栄養が魔力に行ってしまったということで納得しようと思う。うん、そうに違いないのであるから。
……にしても、自分より身長の小さい子に負けているのは釈然としないというか、何とも言えない気持ちになるというか。
まぁ、サイズの話は置いておいて。なんだかんだで、私は少しずつではあるがこの「ガッコウ」という日常に慣れていった。そして他のクラスメートと共に過ごす内に、いつの間にか十七歳の少女として、この2―B教室という空間に溶け込んでいっていたのだと思う――
――☆☆☆――
「学校には、慣れたか?」
「ガッコウ」に来るようになって二週間。「ジュギョウ」が終わった折、珍しく隣の席の、たしか……「如月」という奴が話しかけてきた。
「それなりに、だがな」
率直な感想。流石に二週間も通えば、なんとなく世界が見えてくるようになる。
しかしこいつは……始めの頃は、ぶすっとなんとなく不機嫌な様相を呈していて、毎時間筆記具を借りるにも教科書を借りるにも、ずっと無愛想だった。なのに、いきなりどういう風の吹き回しだろうか?
「だが……字もロクに読めないのに、授業なんて受けててどうなんだ? 教科書もよくわかんないだろ」
「ああ、わからんな。……正直、完全に異国の言葉だよ。文字がそもそも私の知っているのと全く違うし。加えて、聞いているとどうしてか眠くなる」
「俺が起きた時、いつも寝てるからもしかしてと思ったら……やっぱりそうか」
如月はやれやれと肩をすくめ、私に筆記具を持つように促す。そして、ちょっと予想外の言葉を、私は聞くことになる。
「教えてやんよ。俺のわかる範囲までだけどな」
とても気怠そうな声色ではあったが、如月はたしかにそう言った。「教えてやる」と。状況から推し量って、まさか勉強以外のことではなかろう。
如月は私がこの席に座ってからは、時々私の方を向いては溜息ばかり漏らしていて。その溜息には、私に対するあらゆる負の感情すら感じ取れた。言うなれば……「どうしてお前がそこにいるんだよ」といったような。
私を嫌悪しているとしか思えなかったのだが、如月は私に勉強を教えてくれると言う。依然、おそらく私のことが嫌いであろうにも関わらず。
いつも何が気に入らないのか不機嫌そうな顔を浮かべ、何かにつけてその鋭い眼光で相手を威圧し、粗暴な印象ばかりが目立つ――というより、粗暴かつ凶悪な印象しか抱けないような奴……なのだが、私に勉強を教えてくれるというのであれば、その認識を改めなければなるまい。
「ではまず、この問題の解法を教えてくれ」
「見せ…………おい、史郎。ちょっとこい」
「ん? どうしたの、迅」
「これ、どうやって解くんだ?」
「いや、これ中学生でも……」
「早く、教えろ」
「……はぁ、仕方ないなぁ」
如月に呼ばれた私の斜め前の席の「巽史郎」という男子は、流れるようにすらすらと筆記具を動かして式を組み立てる。私が何時間思考に思考を重ねてもさっぱり意味不明だった問題を、ほんの一瞬で解いてしまった。
「ふむ。そんなふうにして解くのか。ではこれはどうするのだ?」
「………………」
「……え!? 迅に……聞いてるんだよね、マオちゃん。なのにどうして、無言で、さも当然のように僕の方を見るの、迅!?」
「ごたくはいい。さっさと教えろ」
「むぅ……ええっと、これはね……――」
巽は、私のわからなかった問題を全て手際よく解いていった。無論、その整えられた答には、一寸の誤りすらも見受けられない。
その鮮やかな手並みには感心せざるを得ない。のだが……果たして、私の問いにどうして巽が応えてくれているのだろう? 私は確か、如月の好意に甘える形を取ろうとしたはずなのだが……。
「――――はっ! もしかしてお前、『社会不適合者』かッ!?」
「んな!? な、なんでお前、そんな……」
「よくわかったね、マオちゃん。そう、迅は『赤点量産機』の二つ名でみんなから恐れられてい――」
「史郎、これ以上口を開けばお前の顔の形が変わることになるぞ?」
如月の拳が巽の眼前に突き付けられる。すると、周りからは、
「迅様ぁ、大人げないですよ? ホントのことなんですから、史郎くんに八つ当たりしたら駄目ですよぉ」
「自分の非を暴力で解決しようとするのは頂けないわね」
などといった声があがる。なんともまぁ、救いようがないとはこのことか。
「な、ナツキちゃんまで…………みんなして俺を馬鹿だって言うのかよ」
「そりゃ、迅様は」「迅の成績表を見れば」「そりゃ仕方ないわよ」
「「「「馬鹿だもん」」」」
「………………ぬぅ……」
私は見た。如月の目にうっすらと涙が浮かぶのを。実は本人も気にしているのだろう。
「お前も、俺のことを馬鹿にするのか……?」
半分涙目で、にも関わらず鋭い眼光そのまま、如月は私の方に視線を向ける。だから私は正直に答えることにした。
「……まさか。私は、勉強ができない者を罵るようなことはしないよ。私もできない一人だからな。その代わり、私は人として愚かな者に対して、『馬鹿』という形容を用いるのを厭わない。その点で言えば、私に対して勉強を教えようという心意気を充分見せてくれたのだから、私はお前を『馬鹿』などと言って蔑むような真似をするつもりは毛頭も無いさ」
「…………そ、そうか」
私の言葉に、如月は少し照れたような表情を見せ、私の方から目を逸らした。周りの者はというと、心なしか呆気にとられたような顔をしていたように思える。
「マオちゃんが迅様を擁護した……!?」
「随分と寛大な言葉をもらえたようね、迅くん」
「マオちゃん、格好いいよ……」
えてして、この一件以来。なんとなくあった私と如月とのわだかまりも緩和されたように思う。少しずつではあるが、私は奴と話をするようにもなった。そして気付けば、休み時間の大半を奴との談笑に費やしている自分がいた。
この時、無意識ながらも私は如月に、自分の境遇や生い立ちを話していたのかもしれない。勿論、「人間界侵攻を企てた魔王」という素性を明かさない程度にではあるが。
もしかすると奴のぎこちない相槌に任せて、私は自分の状況を知ってもらい、何らかの慰めを求めていたのかもしれない。いやただ単に、奴の破壊神の肩書きが裏付ける「力」に、憧れや嫉妬心に似た感情を抱いていただけなのかもしれないが……。
――☆☆☆――
「私は、どうして力を失ってしまったんだろうな……」
ある日、私はそんな自虐的な言葉を呟いた。
「皆からは力があると言ってもてはやされ、ある者からは常識外れなほどの強大な力を疎まれていたにも関わらず、気付いた時には……私は無力だった。何故、私はこんなにも無力な」
「お前、終わったモンを考えてどうするつもりだ?」
半ば、私の愚痴とも取れる言葉を遮る形で、奴は口を挟む。
「『自分は死んだ』とか、『力を失った』とか、『何も出来ない』とか……じゃあお前は、何の為に生きてるんだよ?」
「何の為に……?」
「お前は死んでない。生きてる。なら、何かを無くしたら、また手に入れればいい。失ったなら、また蓄えればいい。お前はうだうだ言ってるが、何も出来ないわけじゃない。『何もしてない』。それだけじゃないのか?」
「……簡単に言ってくれるな」
「こういうのは心意気次第だからな」
奴は弁当を口に運びながら、私に目も向けず、ぶっきらぼうに答える。
「少なくとも俺は『生きる為に生きる』『惰性で生きる』『生きてるから生きる』ってのはごめんだ。そんなだったら生きてる意味なんてないからな」
「私が『生きる理由』を見つけられてない、と?」
「さてな。だが、お前には生きる理由があるんじゃないのか? ただ、『力を失った』とかなんとか言って、今はそれから逃げてるだけで」
「わ、私は…………」
「一回初心に戻ってみたらどうだ? ……さて、と。ごちそうさん」
そう言って奴は私に弁当を押し返しどこかへ行ってしまった。ナハトが作ってくれた美味しい弁当は、生憎ながら殆ど残って無かった。




