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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第三話 魔王と神と。
20/46

捌の世界①

捌の世界――善良な一市民の話――教室にて


「転校生、か……」


 『蓮高魔の2―B』『異界』『吹き溜まり』。

 それが僕、巽史郎が所属する教室だ。それはもう、甚だ残念なことに。

 加えて言うには、先日からあらゆる意味で問題児パワー全開で暴れ回ってくれた如月迅も同じ所属。ついでに天使の末裔であるエルちゃんも同じ。

 しかしながら、どうして『魔の2―B』やら『異界』やら『吹き溜まり』やら呼称されるのか。

 理由は偏に……その学級を構成する生徒にある。

 在籍三十一名の生徒。彼らは個性豊か……と表現するには、些かどころか、かなりぶっとんでいる。

 まず迅が普通でないのは、その不可思議かつチートじみた「無力化」の能力、『破壊神』などというあだ名がつけられること、いつもの傍若無人っぷりを見れば、一目瞭然だろう。

 しかし、その迅が至って【普通】に思えるほど、この「2―B」は狂っている。

 因みに、蓮皇高校は全クラス四十人編成であるはずなのに、何故か我がクラスだけが定員に足りておらず、定期的に色んな意味でおかしい転校生がやってくる。例えば、それは宇宙人だったり、未来人だったり、スナイパーだったり、犬だったり、サイボーグだったり――天使の末裔であるところのエルちゃんも、かつての転校生の一人だ。

 僕が入学した頃は確かに四十人学級だったはずなんだ。だけど……ある時を境に一人減り二人減りなんなり……。で、結局最初から2―Bの生徒であって、今現在もその所属を全うしているのは、僕と迅、何故かいつも日本刀を帯刀している竹倉(たけくら)武蔵(むさし)の三人しかいない。と、少なくとも僕は記憶している。

 残りの人間は全て転校生で――例外なくなんらかの【普通】でない人達なので、ひとまとめに不本意な俗称を振り当てられても文句は言えないのだろう。

 仕方がないっちゃ仕方がないとは思うし……生憎、僕自身も【普通】ではない自覚はあるので――周りがどう思っているかは知らないが――このクラスの一員であるという事実には納得しているつもりだ。


「さぁさ! 今度の転校生について恒例の(かけ)を始めるよぉ!」

「男に一票!」「いや、最近は二連続で男続いたから今度は女!」「どんな転校生が来るのカナ! 女の子カナ! 男の子カナ!?」「わたくしの勘ではそれは男でも女でもないわ。そう……わたくしと同じ」「黙れオカマ!」「なぁ、そんなこといいから誰か俺に油さしてくれよ」「皆が男だと思えば男。女だと思えば女なのだよ」「うるさいわよ、魔導師」「変異体。メタモルフォーゼ。変じゃない」「馬鹿野郎! 変身できる奴はもういるだろ」「ヨンダ?」「お呼びではござらんよ」「まぁ、待て。まずはレートをだな……」「ワン、ワンワン、ワン(騒がしいな、転校生くらいで。大人しく待てないのか、高校生だろ?)」「おーい、誰かこのワン公の通訳頼む」「どれ、儂が……」「」「」「」「」…………。

 因みに、言い忘れたが……このクラスの偏差値はあまり高くない。というか底辺だ。ぶっちぎりで他のクラスと比べて低いという事実は、僕の精一杯のこのクラスへの「納得」を揺るがしているというのは、言うまでもないだろうか。ってか、できることなら察して欲しい。

「よーし、当てた奴にゃ、喫茶の限定シュークリームの引換券だぁ! 参加料は千円!」

「限定シュークリームだと!?」「委員長、貴様どこでそれを!」「今回は当てさせてもらう!」「アイドルみたいな可愛い女の子が来るに一票!」「我らのアイドルは天使のエルちゃんだろ?」「馬鹿! 永遠のアイドルはナツキちゃん一人で充分だ!」「おぉっと、そいつはエルちゃん親衛隊の一人としては聞き捨てならねぇな!」「おいおい待てよ。いつからお前がエルちゃんの親衛隊なんて大役任されてんだよ」「お、俺はあくまでアイドルとしてエルちゃんをだな……」「そんなこといいから、早く俺に油さしてくれよ」「ワンワン、ワン(仕方ない。俺がさしてやるよ)」「おーい誰か通訳ー」「どれどれ儂が……」「あんたらねぇ……まだ女子って決まったわけじゃないのよ?」「そうよそうよ。男の子でも女の子でも」「あんたは黙ってなさい。オカマちゃんなんだから」「男子っていっつも馬鹿なんですからね」「とか言いながら、あんたなに武蔵くんを念写してんのよ」「お呼びでござるか?」「よ、よ、呼んでないですぅっ」「ヨンダ?」「おめは違うど」「結局話は脱線。賭けは白紙。面白いくらいいつも通りね」「まぁ、盛り上がったから良いんじゃないのぉ。親としては財布が寂しいままだけどねぇ」「」「」「」「」…………。


「この前あんなことあったってのに、呑気なモンだな。あいつらは」

 そう漏らすのは、僕の親友――っていう設定の、他人でいたい人候補ナンバーワンである迅。

「でもまぁ、少なくともウチのクラスの人間で、巻き込まれて被害を受けた人はいないんだからこれが普通なんじゃないかな?」

「馬鹿。首突っ込んで被害を拡大させそうな奴は山ほどいるが、間違っても被害を受けるような奴なんていない」

 なるほど、迅が言うと説得力が違う……なんて思ってても、口に出そうもんなら殺されることは間違いないので、「そうだね」と笑っておくことにした。今度の転校生が読心術の使い手じゃないことを心から全力で祈るばかりだ。なにぶん、僕の寿命に関わりかねない。

「やべ! センセが来なはった。みんな、早く席に付くんや!」

 ざわざわと未だ教室には騒がしさの余韻が残るが――三分後、担任が転校生を連れてくる頃には全員が着席。完全に先程までのお祭り騒ぎは治まり、教室にただよう『それ』は、ほぼ厳格なモノへと様変わりを終えていた。

「はい。みんなももう知ってるかもしんないけど、我らが2―Bに新しい仲間が加わることになりましたー。パチパチパチ」

 担任の言葉を受けて、わざとらしく「し、知らなかったぁ!」「て、転校生!? 信じらんないぜ」等々、教室の各地で小声で囃し立てる生徒たちの光景。

 それは既に転校生が全く珍しくもなくなった「魔の2―B」において、生徒達なりの、転校生に対する『転校生』の存在を際だたせる配慮であり、自分たちが新鮮な気持ちで『転校生』を受け入れられるようにする為の準備であった。

 担任は毎度繰り広げられる既にパターン化されたと言っても過言ではないその光景を、ある意味では微笑ましく思いながら、口元を緩ませながら転校生を教室へと招き入れる。

「えぇと、獅羽(しば)さん。入ってきて自己紹介をお願いできるかな?」

 ………………。

「……あれ? 獅羽さん、入って自己紹介をしてってば?」

 ………………………………。

「いや、みんな歓迎してるから。俺は仕事が増えて面倒くさいから歓迎しないけど、たぶんこいつらはアホみたいに歓迎してるから」

 ………………………………………………。

 担任の半ば必死になりつつある説得が続くが、開かれたドアから入室する影はない。そして、担任の呼びかけに応える声もない。

「獅羽さん! ね? 大丈夫だから! みんな頭は悪いけど、いい人達ばかりだよ」

 担任の顔には既に必死さすら浮かんでいる。なんせ、流石に転校生が多かったとはいえ、あの担任にとってまさか教室にも入ってこないという事態は初めてだったから。思春期真っ盛りな少年少女にはありそうなことではあるが……なんせ2―Bにおいて、そんな存在は今現在、皆無。

 はじめの四十人の時にはそんなクラスメイトもいたのかもしれないが――現在、「魔の2―B」と恐れられているこの学級においては、そんな存在がいようモノなら、即座に天然記念物指定確実だ。恐ろしい現実である。

 あと、頭が悪いのは余計のお世話だと、殆どの生徒が心の中で漏らしたであろうことは内緒。

「獅羽さ……よし、わかった。もぅ、怒った。ふふ……ふはははっ! 『あの手』を使うかんね!」

 どうしようもない状況にしびれを切らした担任。今度は不敵な笑みを交え、殊更子供っぽい口調でいかがわしいことを唱え始め……それを聞いた生徒一同は震え上がる。

「や、やめてください先生!」「そいつはあまりにも転校生が可哀想じゃねぇか!?」「早まった決断はよせ!」「わ、私だったら明日から登校拒否だわ……」「泣くカナ? それともいっそ笑うカナ?」「止めろ! 今すぐあの担任を止めるんだ!」「迅! 奴を殴れ!」「迅にそんなことさせたら担任が死ぬ!」「誰でもええッ! 早くあの担任を止めるんや!」「そんなことより! 俺に油をさしてくれ!」「いくらなんでも可哀想……ね。なんならあたしが呼びに行こうかしら?」「ナツキちゃん! その不敵な笑みは何!?」「」「」「」「」…………。

 騒然とする教室。そんな中、一人の真っ直ぐな声が転校生に向けて届けられる。

「早く出てきたらどうだ? じゃないと死ぬほど嫌な思いをすることになるぞ」

 騒然とする教室の中で発せられたその一人の忠告は、何故か、明瞭に転校生の元へと届く。そして、

「私はもう死んでいる。これ以上の屈辱に値するモノが、他にあるというのか?」

 転校生――獅羽(しば)マオは、そう自虐的かつ逆説的に呟きながら、その声に反応して悠々と教室に入ってくる。そして、声の主――如月迅に対し、もう一度問いを投げかける。

「どうなのだ……?」

 転校生が突然姿を見せて、あの如月迅に対し問いを投げかけるという状況。そんな光景を目の当たりにし、一同の声は完全に止む。そして僕はこの時点で、この数奇な光景に対し、驚きのあまり目を見開いていただろう。

「……馬鹿だろお前。死んでいる奴に、生きている奴の感情がわかるわけないじゃないか」

 微妙にかみ合ってないのだが……その時の迅の言葉には、何故か妙に説得力があった。

 そして、これが僕たちとマオちゃんとの初めての出会い。


「私の名前は獅羽マオ。今日から……世話になる」

 最低限のことだけを伝え、余計なことは話さない姿勢。表情は無表情。黒く美しいセミロングの髪が目を引くが……それ以外は何の装飾もない――言ってみれば、ただただ言われたままに制服を着たかのよう地味な服装。

 先程の言葉も相まって、本来ならば近寄りがたい様相。話しかけづらい雰囲気。

 しかしそれは、|本来一般的な高校生を対象にした《・・・・・・・・・・・・・・・》場合であって、僕たちは普通じゃないから――

「か……!」

「「「「「カワイイッ!!」」」」」

 ――否、違うかもしれない。これはおそらく「普通じゃない」とか関係ない。

 一般的な男子高校生は、彼女を見たら放っておけるわけがない。そう……彼女に積極的に近づき、会話をしようと試みる姿勢は――彼女の纏う雰囲気がおよそいかなるモノであっても――万国共通だと思う。

 だって――

「見蕩れちゃいました……」

 カワイイんだもん。そりゃもう、ありえないくらいに。

「んなっ!? え、と……」

 『カワイイ』。その言葉の持つ破壊力というか、影響力というものは、正直計り知れない。

 さっきまで完全に無表情だったマオちゃんの顔が、なんとものの見事に紅色(べにいろ)に染まる様を見てしまえば……連呼したくなるのも無理はない。いや、というより仕方ない。寧ろ必然とも言える。

 僕はそんなこと、声に出して直接言えるほど勇気も勢いもない。だから……そのアホみたいに口々「カワイイ」と連呼して、マオちゃんを赤らめるその言動ができることは、言えない僕からすれば凄く羨ましい。加えて、正直マオちゃんの照れて顔を真っ赤にしてる表情はこの世の者とは思えないくらい可愛くて仕方ないので……たとえその「カワイイコール」が我々2―Bクラス全体の馬鹿っぷりを象徴するモノであったとしても、僕には止める義理はない。っていうか……いいぞ! もっとやれ!

「こらこらぁ。転校生をあんまり囃し立てるなよ、殺すぞ男子」

「うるせぇ、担任!」「ってか、手前(てめぇ)、こんな可愛い()に『あんなこと』しようとしてたのかよ!」「もし、本当にやってたら……俺はあんたに死すら生ぬるい罰を与えてたよ」「ははは! 俺はエルちゃん親衛隊をやめるぞ、みんなぁっ!」「ウチのクラスにこれまたエライべっぴんさんが一人」「ナカヨクシタイナ」

 担任に男子連からの非難の声が飛び、同時にマオちゃんの可愛さを讃える声が木霊する。

 とりあえず、僕も担任の言動には納得がいかないものがあったので、密かにケータイで『蓮皇高校2―B担任にそれなりの恐怖を与えといて。運転中にタイヤがパンクする系の』と連絡を入れておいた。

 メールが終わってから思ったが……少々可哀想なことをしたかもしれない。担任の『あの手』には遠く及ばないとはいえ。

「まぁ仲良くしてやってくれ、みんな。席は、そうだな……」

 担任のこの言葉に――未だナツキちゃん派、あるいはエルちゃん派を貫く男子を除き――十名弱の男子諸君の目つきが変わる。その中には、僕も含まれていたかもしれない。いや、おそらく含まれていただろう。

 ちなみに、現在2―B教室における空席の数は九。それも、その空席はまとまった一角に確保されているわけではなく、教室内に『まばら』に存在する。

 つまり、担任の采配次第で誰にでも「マオちゃんの隣」という、とてつもなく美味しいポストを得られる可能性があるのだ。

 この状況で、()に飢えた戦場(教室)(男子生徒)どもの心が躍らないわけがない。各人が各人なりの方法で、担任に視線を送り、マオちゃんに視線を送り、敢えて素っ気ないふりをし、さりげなく自分の隣の空席を呟き……。

 僕は、祈ることにした。両手を組み、目を瞑り。担任の指定、あるいはマオちゃんの選択が、自分の右隣に存在する空席に向けられることを。

 そして絶対に――僕の左後ろで、迅の右隣、ナツキちゃんの左隣という位置にポツンと存在する「空席」と言う名の危険区域(レッドゾーン)が埋まらないことを。

 担任がニマニマといやらしい笑いを浮かべ、「どの生徒に恩を売ってやろうか」と、教師にあるまじき考えを巡らせて席の選考を行っている刹那――突然、マオちゃん自身が動きを見せる。

 その足運びは非常に端麗で、歩くたびにたなびく肩ほどある黒髪は、今まで僕が嗅いだこともないようなフローラルな香りをあたりに振りまき……やがて彼女は、一つの席を自ら指定した。

「……ここ、いいか?」

 「神というものは本当にいるんだ!」そう確信した。十七年間生きてきたが、これほどまでに神の存在を感じることは無かった。やはり神様は偉大だ。人智を超越した何かを持ってらっしゃる!

 今度からはちゃんと神棚の整理整頓掃除はしようと、僕は決意を固めた。

 ただ、一つだけ悔やまれるのは……。

「何だと?」

 その神様が、「破壊神」という名称であったことぐらいか。

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