漆の世界②
漆の世界――勇者の話――とある神殿にて
「まだまだ未熟か……」
勝てなかった。おそらく奇跡のような援護射撃がなければ、俺は魔王に負けていた。カミサマから勇者の力を与えられているとはいえ、やはり扱う者の技量がおざなりであれば魔王を打倒することも叶わない……か。
「………………にしても、なぁ……」
今回の魔族大侵攻には色々と疑問が残る。思い返すと、俺自身の行動にも不可解な点がある。
なぜ魔王直々に人間界侵攻を企てたのか。こういうのは普通、尖兵が遣わされて、魔王はどっしりと魔王城にでも構えているもんじゃないのか?
なぜ門を破壊する必要があったのか。魔族軍は戦いに敗れて魔界に帰ろうとしていたのに、どうしてわざわざ人間界に残らせて追い込むような真似をしなくちゃいけないと、俺は思ったんだろうか? そのくせ、魔族軍をその場で殲滅しようともしなかった。
魔王からは、邪悪なオーラも感じなければ、魔族軍を率いるに相応しいカリスマも感じなかった。思い返すと、破壊神からも悪の権化たる雰囲気も、全てを破壊し尽くすような混沌たる悪意も感じ取れなかった。
カミサマに選ばれた勇者であり、カミサマの声に従って戦うことは勇者の使命としてもっともなんだろうが…………それにしても破壊神に魔王、俺が本当に今戦うべき「悪」ってなんなんだろうか。
どうも魔王も破壊神もらしくない。加えて、俺の立ち回りだってらしくない。選ばれたからには、らしかろうがらしくなかろうが、俺はカミサマから与えられた使命を全うするだけだ。だが……それにしてもイメージと違って、なんだか違和感がある。
「あー、なんかもやもやする! わっかんねぇよ、畜生!」
『――勇者よ――』
「あ、はい!」
そうこう考えている折、穏やかな声と共に神々しい姿が眼前に浮かぶ。
それは俺に力を与えてくれた存在。勇者の力を司る存在である――カミサマ。
『――魔王討伐、ご苦労でありました。貴方のお陰で、この度世界は救われました。本当に感謝しています――』
「いや、俺は……何も。結局、魔王にトドメをさしたのは俺じゃねぇし」
『――貴方はゲートを破壊してくれました。これでもう、あのような下賤な輩が人間界に大挙することもありません。貴方のお陰で、世界は救われたのです――』
「それならいいんだけど……」
『――しかし、破壊神は未だこの世界を闊歩しています。今はまだ大きな動きを見せてはいませんが、いずれあの存在はこの世界にとって厄災を引き起こす癌となるでしょう。早く除かねばなりません――』
そう言って、カミサマは俺の手を取り、その美しい両手を重ねる。そして、仄かな温かさをその手に感じたかと思うと――次の瞬間、俺の右手には見たこともない剣が握られていた。神々しく光り輝く中、妖しくも映る炎を纏った大剣が。
『――これは貴方の新たな力、レーヴァテイン。この剣ならば、破壊神の一撃を受けても砕けることはなく、たちまち彼の邪悪を断ち切ることが可能でありましょう――』
軽く一振りしただけで、その剣が見た目よりも遙かに扱いやすいことがわかった。軽い。その気になれば片手でも扱えるぐらいに軽いのだが、研ぎ澄まされた刀身を見る限り、よく斬れることが予想できる。
何かを斬ってみないことにはわからないが……おそらく、数時間前に叩き折られた伝説の剣よりもそのポテンシャルは高いだろう。持った瞬間に「これは違う」ということがわかる。
『――と言っても、破壊神を一人で倒すのも難しいことでしょう。今日は貴方の力になってくれる新たな仲間を紹介します。出てきなさい――』
「は、はい!」
後ろの方から声が聞こえたと思い、振り向く。するとそこには、どこか見たことのあるような――天使がいた。
「よ、よろしくお願いします、ユウシャサマ……」
緊張した面持ちで、少し顔を俯かせて話す女の子。ショートパンツにTシャツと、容姿からは快活な様子が窺えるが……その振る舞いのせいで、どことなく暗めの印象を受ける。
そのどことなく困惑した表情からは、まだ初対面の男性を信用しきれていない戸惑いがありありと伝わってくる。まるで、王様に命じられるままに勇者一行に加えられてしまった僧侶のような――
――あれ。こんな展開、どこかで……?
「あ、あぁ……よろしく」
『――エル・ガブリエル、天使です。まだあどけなさが残っていますが、治癒の能力に関しては大いに信頼してくださって構いません。きっと貴方の力になってくれることでしょう――』
「が、頑張ります!」
ショートカット。透き通ったまだ幼さを残す声。控えめな表情。治癒能力。
初対面のはずだが、俺はこの娘をどこかで見たことがあるんだろうか? どこか、初めての気がしない。




