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つかの間の休息

「――どうぞ」


 カロンが差し出した蜂蜜入りのなつめやし酒を、ルイアナは優雅に手にとって飲んだ。

 彼女はしばらく目を閉じていた。それから杯を戻した。


「……温めてあって、おいしかったわ。疲れがほぐれたようよ」

「ようございました」


 カロンは受け取った杯を側に控えていた下女の盆に載せた。下女は来た時と同じように台所へ戻った。


「このまま寝椅子で少しお休みになられますか?」

「そこまでの疲れじゃないわ」


 しかし、親族が帰った後のルイアナは疲弊しているようだった。

カロンにはそのわずかな疲れの色が見て取れた。


「ともかく、寝椅子に行かれてください」

 既にクッションをのせてカロンが待っている様子を見ると、ルイアナは自然そこへ行かないではいられなかった。


「呆れたかしましさだわ」


 ルイアナはしばらくして呟いた。


「申し訳ありません」

「何故あなたが謝るの?」

「私が完璧に振舞っていれば、私が最後までみなさまとお付き合いしてすみましたのに」

「…それはとても素敵な想像だけど、もし出来たとしても、よしとくわ」


 ルイアナは微笑んでいた。


「彼らは私の身内だもの。あなたにその相手を押しつけるようでは、さすがに勝手と言うものよ」


 カロンは黙って銀の水差しを卓から取り上げ、側の銀たらいに水を注いだ。横の籠から取り出した薔薇を散らし、たらいをルイアナへ差し出す。

 ルイアナは目を閉じると、すくった水で頬を塗らした。


「…ああ、気持ちいい。血の上っていた頭も落ち着くようね。――セヌーン」


 部屋の帳の影から、一人の少女が出てきた。

 黒髪に、くすんだ、少し青みがかった灰色の目をしている。

 どちらかというと物静かで実直な性格の少女だった。

 四年前からルイアナに仕え、カロンと同じように腹心として、似姿として側に控えていた。


「ここにおります」

「ねえ、あの魔術師はまだ館に滞在していたかしら?」

「はい。滞在しております。――ここへ?」

「ええ、呼んでちょうだい」


 セヌーンが奥へ行こうとするのを、ルイアナは再び呼んだ。


「セヌーン、待って」

「はい」


 セヌーンは振り返ってじっとルイアナを見た。


「楽師は今館にいたわよね?」

「はい。殿下がお好きな竪琴弾きは今旅に出ておりますが、楽師の一団が数日前からおります」


 ルイアナは門戸を叩く者を快く引き入れていたので、今自分の館に誰がいるのかすら把握していなかった。それを把握して世話を見ているのは、セヌーンたち従者だった。


「その者たちも呼んでちょうだい。急ぎでなくてもいいわ」


 魔術師が先にやって来て、ルイアナに請われ、彼女の気を鎮めるまじないを唱えてくれた。

ルイアナはじっと目をつむってしばらく休んでいるようだった。

 魔術師と世間話を始め、しばらくすると市街地へ繰り出していた楽師の一団も登場した。


「待っていてよ。何が得意なの?」


 ルイアナが問うと、楽師の代表らしい男が答えた。


「なんでも。…姫君のお好きな歌はなんでございましょうや?叙事詩もございます、滑稽話もございます、謎々に、芝居風の曲もございますし、哀しい神話も唄い語れます」


 ルイアナはしばらく考えていた。それから言った。


「楽しい曲がいいわ」

「それでは……」


 楽師たちは演奏を始めた。明るい曲だった。

 心が浮き立つような軽快なメロディーが弾み、豊かに動くひょうきんな表情も、大いに人を喜ばせ楽しませるものだった。賑やかな音を聞きつけて、同じく館に留まっていた軽業師が飛び入りで参加して、場をさらに盛り上げた。

 カロンは時折ルイアナの表情を見ていた。

 寝椅子の上でクッションに身を沈め、静かな横顔だったが、瞳は和らいでいるように思えた。

 しばらく同じような軽快な曲が続いていた。カロンはやがてルイアナの顔から楽師たちへ目を転じた。


「…殿下はとてもご満足なされたようです。他には何かありますか?」

「はい。では、芝居風の物語はどうでしょう?素朴な話です」

「そうね……」


 ルイアナは左右に目を転じた。


「あなたたち、何が聞きたい?」


 セヌーンは自己主張しない少女だった。それでじっとカロンを見た。

 カロンは二人からの視線を向けられ、慌てて考えた。


「…そ、そうですね。じゃあ、芝居風の曲か、叙事詩がいいです」

「どっちなの?」と、ルイアナ。

「……えーと、じゃあ、芝居風の曲で」


 楽師の代表はにっこり笑った。「かしこまりました」

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