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王女様の宴


 ルイアナはある日、自宅で宴を催すというので、召使いたちに命じてその準備をさせていた。


 館で宴を開くのは珍しいことではなかった。裕福な人々は互いに饗宴を催して人を招くのが普通の事だった。

 しかし、ルイアナは未だ後見人を持つ身で、華美を尽くせば尽くすほど、弟のジョザンスキムたちに目をつけられるのを知っていたので、ほどほどに控えめな招待に抑えていた。



 宴に定刻通りに来る人は稀で、大抵は遅れてやって来るものだったが、それでも召使いたちは大わらわで準備に取りかかっていた。


 とりわけ、裏方の騒ぎ方といったらなかった。

 厨房はひっくり返らんばかりに騒いで、激した料理人が小間使いに当たり散らしている光景がおなじみのように見受けられた。

 専属の狩人が用意した獲物に、加えて市場で仕入れておいた珍しい食材が、続々館の中に運び込まれ、普段厨房を手伝わない召使いたちも動員して、晩餐のための支度が進められているところだった。




 ルイアナ付きの侍女であるカロンは、そちらにはあまり関係がなかった。

 宴の始まる数時間前から、ルイアナが身支度を始めていたので、それにかかりっきりだったのだ。


 まず、髪結いの係りの侍女たちが、その技術を凝らして、驚くほど複雑に髪を結いあげた。熱した鉄のコテで巻髪をつくるため、部屋は熱気に満ちていた。

 彼女たちは仕事が終わると、絶対に崩してくれるな、というようにこちらを睨んで、衣裳替えを行う侍女たちと入れ替わった。そして、厳選して用意した衣裳を手に臨んだ、カロン含む侍女たちもまた、ぴりりとひきしまった顔つきで、いざ戦いに参じるのだった。


 ルイアナはいつも以上に雅やかな衣装に身を包むと、どの装飾品がそれに似合うか、側の者に何度もたずねていた。

 そのさなか、数日前に、室内に樹を飾りたいから運ぶようにと命じてられていた園芸師が、樹を持参してやっと現れた。


「――…一体どういうことなの?やっと来たかと思えば、なんなの、このみっともない樹は?」


 が、ルイアナは気に入らなかったとみえ、いつもよりはっきり怒りの色を見せて、すぐに別のものを持ってくるように命じた。

 その間身を飾れないので、衣装替えの侍女たちは途方に暮れたように待っていた。


 ルイアナは、侍女たちが差し出した、紅サンゴ、黄玉(トパーズ)瑠璃ラピスラズリ瑪瑙(めのう)などをあしらった様々な宝石を、次々突っぱねた。


「――そっちの色じゃだめよ。こっちの青い色がいいわ。それに、身体の具合がよくないの。魔よけの月のついた銀の飾りを多くしないといけないわ。銀が悪い魔を吸い取ってくれる。そう、これね」

「でも、これは大粒過ぎて、均整がとれませんから…」侍女が言葉を添えれば、

「そうよ。もっと小粒のものを連ねた、この色合いに近い首飾りがあったはずわ。持って来てちょうだい」

「こちらでございますか?」

「そうよ、これよ。…今度はこっちがふさわしくないわね。誰か、腕輪を全て持ってきてちょうだい。全部一度に見比べてしまった方が早そうだわ」

「かしこまりました。ただちに…」

「あの園芸師はまだなの?」

「今、樹を持って参りますと申して、出てゆきました」

「どうして十日も時間があって、あのみっともない樹を持って来ようだなんて考えられるのかしら?ねえ。一体彼はどういうつもりだったのだと思う?」

「ひどく抜けております男で……」

「そんなはずはないわ。彼は趣味センスのいい人間だと思ったから、私も任せたのよ。何か事情があればいいけれど、怠慢だとしたら許せないわ。無事帰って来れれば、理由をただしたいものだわ」

「もっともでございます…」

「腕輪は?」

「今持って参っておりますので」

「早くしてね。料理の具合を見ておきたいのよ。全て綺麗に盛りつけてほしいの」

「もちろんでございます」


 普段招待者の少ない館の主人であるルイアナは、人を招く時には力が込もっているようだった。数少ない娯楽と言ってもいいのかもしれなかった。

 彼女は装身具を気に入ると、さっそく料理の出来栄えを見ることにした。


「セヌーン。あなた、もう味見はしたのかしら?」


 ルイアナはセヌーンにたずねた。セヌーンはうなずいた。


「味はどうだったかしら?」


 セヌーンはたずねられて不思議そうな顔をした。彼女は毒見役だったからだ。そのため、異常な味がしなかったのかと聞かれたと思ったらしい、こう答えた。


「何も。普通でしたが」

「――普通ですって?」


 カロンが慌ててセヌーンにたずねた。


「おいしかったの?セヌーン」

「味の良し悪しなんて分かりません」と、セヌーン。

「いいわ。自分の舌で確かめるもの。――アステナ」


 アステナは直前に毒見する役目だった。アステナも大体の料理に口をつけ、異常がないことを確認した。


 ルイアナはさっそく一番目立った盛りつけをしていた、メインらしき大皿に手をつけた。

 基本的に宴会では、皿に小山のように盛られた料理を、手で掴みとって食べる。

 三種類の野禽の肉をこね、油を照りつけて香草をたっぷり散らして焼いたもので、見た目には十分においしそうだった。


「……これがメインなの?地味な味ね。もう少し派手な大皿料理をつくるように言って」


 直前にとんでもない注文を受けた侍女頭が、青ざめた顔で厨房へ向かっていった。料理頭がかんかんになって暴れまわること間違いなかった。

 

 今からメインの食材を調達するのだろうか?側で見ていたカロンも少し不安だった。だがもちろん、料理頭は何がなんでもなんとかしてしまうだろう。

 

 園芸師が息を切らせながらやっと参上した。すでに客が来ていてもおかしくない時刻だった。

 彼はもう弁解する余分な気力は持ち合わせておらず、大急ぎで部下に命じて南国の大きな樹を室内に飾らせた。 

 それを見て、まるで部屋の中が極楽のようだ、と喜んだルイアナが言った。


「とても素敵な光景だわ。こんな素晴らしい光景が室内で見られるのなら、お客さまたちだって帰るのが惜しくなるほどでしょうよ」

「――過分なお言葉を頂きまして……」


 既に息も切れ切れな園芸師は、やっとのことで答えた。


「本当に素晴らしい腕前ね。数日もかかって、その間にかなり難しいことがあったのだと思うわ。その苦労に見合うかどうかは分からないけれど、この見事な結果にさしあげる褒美を用意したわ。どうぞ、侍従長から受け取っていただける」


 園芸師は用意された褒賞を見て、ぱっと顔を輝かした。


「…おお、これはこれは…。王女様!本当に、私はあなた様を敬愛しております!」 


 そして丁重に挨拶を述べると、疲れももう吹っ飛んだかのように揚々と引き揚げた。

 



 日が暮れかかり、続々と人々が館にやって来た。国のまつりごとに関わる貴族や軍人たちから、商人まで、様々な人々で館はあふれた。

 ルイアナは主人として相応の挨拶を彼らに述べ、踊り子を舞わせ、楽師たちに賑やかな音を奏でさせ、客が退屈しないように気を配っていた。後見人たる親族たちは誰一人来ていないので、彼女ものびのびと人と触れ合えるようだった。


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