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祭祀 二.


 古来よりの暦にのっとり、今日は豊穣祈願の儀式が行われる。


 神殿は都クスイキオンの中にいくつもあったが、中でも大きな神殿は、火と生を司るとされ、獅子の象徴(かたち)で祀られる神、ロビングスだ。

 今向かっている場所は、同じく大神殿と呼ばれる、主に戦いと豊穣を司る女神アリムアンナをまつる神殿だ。


 他にも春と恵みをもたらす女神リアンナや、法と秩序を象徴するセトメキオン、戦いと鍛冶、工芸を司る神ラバースなどの神殿が、それぞれの地区に建てられている。


 王族の中には、神殿の重要職である、ガニ(大神官を意味する)などの役職に当たる者もあった。

 ルイアナの弟フーディーンは、まさにロビングスの神殿において、ガニを勤めていた。


 今月は女神アリムアンナの、"恵みこぼれる月"であるため、豊穣祈願の祭りがあるのだ。

 来月には種を蒔く時節とあって、なるほど今するにふさわしい祭礼だった。


 近くの市民は朝から往来で引き回されている牛を大声を上げて歓迎し、およそ女は年寄りから子どもまで、花びらを雨のようにその牛の体に降りかけていた。

 そうして市民の祝福を受けた牛が、もうすぐ神殿の前にやって来る。民の恵みの願いを引き受けた牛は、(にえ)になって、ガニの手によって祈りを捧げられる。


 ルイアナとなったカロンは輿(こし)から降り立ち、神殿の前から街の方を振り返った。

 家々の建物には草花によって飾りがなされ、民は通りに出て祝っていた。

 牛がもう間近いのだろう、歓声のような大きな声が沸き立っている。


 街の中でも頑健で生気みなぎる若い男が、牛を曳き回してやって来た。

 特に大きな牛が一頭、先触れのように通りをゆくが、牛はそれ一頭だけではない。

 大勢の人波に興奮し、牛が暴れて時々けが人も出たが、それも入れて祭りは恵みを期待してとり行われるものだった。


 曳き回される牛に触るのも、花を投げるのも、牛の象徴する生にあやかること、もしくはその生の力をいや増すことを目的としていた。


 もうすぐ種蒔きとあって、やや早過ぎるような気もするが、街に出る人の顔にはもう生気が昇り、もたらされる春に顔を輝かせていた。

 牛がうなると大げさに驚いたり、笑って囃し立てたり、やれ血気盛んな牛だと言って喜んだりした。



 ルイアナ姿のカロンは、遠くからその喧騒の空気を見やって、ほのかに唇に笑みを上らせていた。

 侍女の姿をしたルイアナも、人々の声を聞いて穏やかなまなざしをしていた。


 神殿の前には、通りで牛を歓迎する役目より、儀式の様子を見守ることを選んだ人々が、垣根をつくっていた。やがてその人垣を割って、それは大きななりの牛がやって来た。


 さんざん人々から言祝(ことほ)がれた牛は、少し血が上ったように荒々しく歩いていた。

 数人の若者が牛の(くつわ)と飾りに結んだ紐を持ち、それを留めていた。

 轡を引く男は特に真剣な顔で、牛が暴れないか気を張らせている。


 神殿の前には、普段神殿の日陰にこもってまじない文句を唱えている神官、巫女たちが、ぞろりと列をなし、とりわけ高位の神官が中央に集まっていた。

 辺りには没香を初めとした希少な香が焚かれ、神秘的な匂いを漂わせていた。


 ずっと真ん中に佇んでいたガニが、神官たちを従えて前に進んだ。

 彼は前に引き据えられた牛に、大ぶりの手で(じゅ)を切り、祝いをほどこした。それを見て集まった市民は一斉に歓声を上げた。



 ルイアナを筆頭に、集まった貴族らが牛に花を降りかけた。


 ルイアナ――カロンは一番先に牛に手を触れ、その牛の盛んなことを誉め、体躯のよさを誉めた。

 次の大臣も牛の肥えぶりが見事なのを誉め、その次の大臣はまた牛の堂々たるさまを誉めた。

 こうして祝いちぎり、数々の花や手に触れて、牛はとうとう台座の上に据えられた。


 この日のために神殿に仕えている、刀児(とじ)と呼ばれる神官がその前に立った。

 彼は迷いなくもっていた太刀で牛の喉笛を切り裂いた。集まっていた人々が歓声を上げた。台座を流るる血は、しばらく台座の下の溝へ溜まった。

 刀児は作法にのっとって、丁寧に、かつ慎重に数頭の牛を捌き、こぼれた血を神官たちが金の大きな杯に受け止めた。それはガニにうやうやしく渡された。


 ガニは神殿の(きざはし)に立って、天に祈り、地に請い、恵みこぼれ垂れることを祈った。

 アリムアンナへの長い賛辞が捧げられた。

 そうしてやっと、彼は自分たちがアリムアンナにいかに感謝し、忠実に働いているかを、これまでの歴史においての行動を振り返って説き、また同じような恵みをもたらさんことを願い、杯を上に掲げた。


 集まった人々は割れんばかりに喝采して、あっという間に熱気と喜ぶ気持ちが街を押し包んだ。


 

 カロンは決まりに従って前に進み出て、屠られた牛を見た。

 その後ろにはルイアナとセヌーンも侍女のなりでうやうやしく付き従っていた。

 大臣なども続々階を上がって、牛を見て、祝い恵み請う言葉を述べたりした。


 カロンはしばらく、振り返って街の様子を高みから見ていた。

 長い儀式は続いたが、三時間ほどしてようやくそれからも解放された。


 ――ほっとしたのもつかの間、彼女はある大臣の家にしつらえられた宴の場に身を置くことになった。


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