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世界に投げ出された少女

戦争に敗れた街を逃げ出し、家族と一緒に貧しい

生活をしていた少女カロンは、

ある日突然やってきた人買いらしい男たちに連れ

られ、ある高貴な方へ使えるためだと聞かされて、

遠い異国へ旅立つことになった。

 

「…ごめんね……。わけが分からないだろうに、カロン、ごめんね」


 涙を溜めてこちらを見つめる母は、カロンにかがみこむと、強く抱きしめてきた。

 カロンは母親のぬくもりを感じて、その背に腕を回してかじりついた。


(…ずっとこれを覚えてられるかな?)


 カロンは母親を抱きしめながら不安に思った。

 よく分からないが、目じりに涙が浮き出てきた。

 カロンは身を離し、母の顔をじっと見た。


「大丈夫だよ、お母さん。これでみんなちゃんと暮らせるんでしょ」

「…ごめんね。お前がもっと大人で、ちゃんとものの分かっている子だったら、こうやって簡単にあたしたちの考えにうなずいてくれなかっただろうね。それなのに…。ああ、ごめんね」

「お母さん」


 …ちゃんと分かってるよ。それだから行くんだよ。

 カロンは泣く母を慰めたくて、そう言ってあげたかった。

 だが、とっさには、言葉は思うように口から滑り出てこなかった。


「早くしろ。船に乗るんだ」


 遠くで見守っていた男たちの二人のうち一人が、苛立ったように声を上げた。

 振り返り、目を見開いたカロンの姿に、男はうんざりしたように言った。


「お前、大人しくて聞き分けがいいんだろう?早く来い」


 両親は男たちの手から砂金の入った袋を受け取り、それをまじまじ確認して、うなずいた。


 カロンはうながされて、この狭い住みかを離れる前に、もう一度両親と兄弟たちを振り返ったが、それが最後に見た家族たちの姿になった。



************



 洋上はひどく揺れたせいで気分が悪くなり、カロンは船のじめじめした貨物室の中で、じっと我慢していた。

 いろんな事情を背負って、一緒にこの船に乗り合わせていた人たちが、慰めたり、励ましたりしてくれたので、カロンは一人で戦うより、少しだけ船酔いがマシになったと思えた。


「お嬢ちゃん。あと十日もあれば港につくよ。頑張りな」


 出稼ぎに行った夫を追いかけて、船に乗り込んだ女がそう言った。

 カロンは口元に手をあてたままうなずいた。



************



 カロンは港につくと、男たちと一緒に道を歩いた。

 カロンは遠い道のりを歩くのには慣れていたし、食糧も十分与えられたので、空腹で目が回るようなこともなかった。

 そのせいか、家族と離れていたわりに、カロンは悲しみを抑えていられた。

 しかし、一月半歩きどおして目的地の都に着いた時には、さすがにほっとした。

 街の影が見える前に、男たちはもう近いぞと呟いていた。


「………わあ…」


 カロンは遠くの街並を目にして、小さな歓声をもらした。



 それは想像以上に大きな街だった。

 遠目に見る限り、歪みもなく素晴らしく均整な塀が、その美しい並びを勝ち誇ったように輝く日にさらしていた。

 カロンが住んでいた町が何個も入ってしまいそうだった。これが都だ、と男たちは言った。

 この国の首都らしい。しかし、カロンはなかなかその国の名前も聞かせてもらえず、ただ男たちにつれられるままその後に従って街に入った。



 カロンは目をみはり、初めて目にするものばかりの、知らぬ世界に驚いて、とても嬉しかった。

 道を通り過ぎた貴婦人は、気取ったしぐさで肩布を持ち上げ、通りしなに焚き染めた香りをくゆらせて行った。

 遠い異国から来たような風変わりな衣装の商人や、見たこともないこしらえの壺や装飾品、珍しい文様の絨毯やラクダなど、次々と新鮮な光景が開かれていった。



 しかし、カロンがだんだん新鮮な驚きより、知らない異国の街中を歩いているんだという心細さの方を強く感じ出した時、とうとう男たちが、ある一軒の家の前で立ち止まった。



 男たちは中にいた人間となにやら話すと、別の大人が肩に手を置き、カロンを奥へ行くよううながした。

 どうやら男たちとはここでお別れらしい。


 カロンは出てきた老婆にじろじろ見られ、体が丈夫かどうかなど、色々聞かれた挙句、しばらく待っているように言われた。



************



 ひっそり静かだった家の中がざわついて、どうやら主人が帰って来たようだったと分かった。

 部屋にその男が入ってきた時、カロンは緊張して面を上げた。


「――ずいぶん小さいが、年はいくつだ?」


 男は冷たく光る目で見下ろして言った。

 カロンの代わりに、昼間会った、年をとった女が答えた。


「十でございます。体は健康のようでございます」

「どこの出身だ。訛りはあるか」


 カロンは部屋の向こうから女がうながす気配を感じ取って、慌てて答えた。


「…あの、ウラム語は、あんまり話せません。……旦那さま」

「これから教育すれば問題ない。顔つきは悪くない、体に傷もなく醜悪でもない。――よろしい」


 男の声は非常に淡々としていた。

 カロンは何故か急に重たいものを感じた。

 男の声や気配にはどこか避けたくなるような冷たい雰囲気があった。


「館に送る。準備しておけ」

「仰せのとおりに」


 老婆が答え、男はすぐいなくなった。

 翌日、カロンはある豪邸に送られた。



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