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賭け事を致しません?

作者: あさくら

 人には生まれた瞬間から個々として能力が備わる。

 血統、相貌、才能。


 そして、運。


 この国の貴族たちには様々な決まり事があった。

 その一つが、王宮で行われる十の歳のお披露目である茶会だ。

 伯爵令嬢としての血統を持ち、美形な顔立ちの両親を持った彼女は美しさと幼いながらに思慮深く聡明な頭脳をその才能として持っていた。

 将来を有望視される余りにその時の王子の婚約者としてその名を上げられる程に。

 通例に従い両親か、父親のみを連れ立った子息、令嬢が最初に身分の高い者から一人一人挨拶をし、全てが終わった後に主宰である王妃と王子に挨拶に上がる。

 最初から王妃の指示で少し時間が経ってから落ち着いた頃に周囲から少し離れた場にて王子と伯爵令嬢の顔合わせが行われた。

 両親と王妃が話し込んでいるのを横目に、薄いブラウンのサラリとした髪を持った王子は少し不機嫌な顔で彼女を迎える。


「お初にお目に掛ります、ラストリア殿下。シグル・プラムエード伯爵の長女、リニア・プラムエードで御座います。以後、お見知り置き下さいませ」


「ああ、よろしく」


 淑女としての礼をした彼女に返ってきたのはその一言と、興味の無さそうな瞳が彼女を一瞥すると小さくポツリと彼は彼女にしか聞こえ無いように言い放った。


「偉そうで可愛げのない女」


 挨拶も出来無いのか、とそれだけを思った。

 周囲の目を気にしながら一つ礼をして彼女は両親と共にその場を離れた。


「王妃様もお前の事を気に入ったようだ」


 も?、と思わず顔を顰めてしまう。


「お父様、申し訳ありませんが、少し疲れてしまいました。まだご挨拶があるかと思いますが、あちらの座れる所で休んでいてもよろしいですか?」


「ああ、あとは私だけで大丈夫だから休んでおいで。周辺を近衛たちが固めてるといえあまり遠くへ行ってはいけないよ」


 そうやって離れた場所にあるベンチに座ると溜め息を吐いた。

 王子が思っていたよりもオツムがよろしくないのと、両親と王妃が乗り気なのが逃れられない運命を示している気がしてならない。

 憂鬱だ。憂鬱でしかない。

 見目も血統も才能もある私に足らないのは運だったのだろうか。

 場所が場所ならば頭を抱えてしまいたい。


「あの、申し訳ありませんがお隣よろしいですか?」


 かけられた声は鈴のように澄んで軽い。

 顔を上げるとステッキを持った黒髪の少女がリニアの前に立っていた。

 良くも悪くも無く目立たない少女だったが品の有る物腰と大人びた様子はどちらかというと好ましい印象を与えた。


「ええ、宜しくてよ」


 返答に彼女は慌てたように一礼をする。


「これは失礼を致しました。不躾で申し訳ありません。私、ジーン・エヴァルト男爵の二女、ユカリノ・エヴァルトと申します」


「構いません。シグル・プラムエード伯爵の長女、リニア・プラムエードよ。どうぞ、頭を上げて隣に座って」


 こちらの答えに彼女は微笑みを浮かべながらステッキでベンチまでの距離感を測るように歩き、そっと腰掛ける。


「目がお悪いの?」


「ええ、ここまで近くないとハッキリと見えないのです。リニア様のドレスや髪の色は分かりますが。あとあそこら辺の方は色の固まりにしか見えません」


 自らの目の前に手を二十センチあたりの場所に翳して言うと彼女はステッキを置いて息を吐いた。


「眼鏡などは?」


「領地には眼鏡屋がありませんでしたので。王都に引っ越してこれたのでこれから探すつもりです」


 離れた場所での喧騒が耳に入るが、静かな時間が過ぎる。


「暇ですねぇ・・・」


「そうねぇ・・・」


 本当ならば両親の元で挨拶をしなければならなかったり、周囲の子供とも交流を図らねばいけないというのにリニアはユカリノという目の悪い令嬢の存在を優先した。

 編んで纏めた金髪のウェーブのついた髪を持つ大人びた自分よりも、肩までの黒髪を彼女の子供らしい見た目に反した大人しい品の良さに引っかかりを覚えた事もある。


「そうだ、リニア様。賭け事を致しません?」


「えっ?」


 清廉潔白そうな少女の口から出た言葉にキョトンと瞬きをした後に思わず、ふふっと笑ってしまう。


「まぁ、賭け事なんてお父様みたい。でも、何も賭ける物はなくてよ?」


「そう・・・ですね・・・では、負けた方が勝った方の質問に答えるというのはどうでしょう?勿論、嘘はダメですよ」


「宜しくてよ。遊具もないけれどどうするのかしら」


 ユカリノは少しだけ悩んでからステッキを持つとそっとあるテーブルを周囲からバレない程度に指した。


「あちらのテーブルに来る方を私が親となって提示するのでそれの正誤に致しましょう」


「親?ん、と・・・それでは貴方のが不利ではなくて?」


「・・・リニア様はやはりご聡明ですね、最初の皆の挨拶の時は私の父も感嘆の声を上げていたのですが」


「ユカリノ嬢、それは貴方もではなくて?」


 クスクスと笑い合う彼女たちの姿は年頃の子供に見えるが、やはり何処か違う。

 こんな受け答えをしてくる同い年の子はお互いがお互いに初めてだ。


「では、最初は母親と子供の二人」


「正」


 しばらくするとそのテーブルに愚図る子供を連れた母親がやってくる。横に座るユカリノを見ると目を細めて眺め、あらあらと呟いた。

 ぼやけてはいるが男女や背丈は判断できるようだ。


「私の勝ちですわね。ユカリノ嬢、もしかして貴方は声で人を見分けられるの?私の声を聞いて気付いたように見えたのだけれど」


「ええ、これとは十年の付き合いですから。では次は子供が二人」


「誤」


 愚図る子供を気にかけたのか二人の子供が連れ立ってテーブルへ行く。リニアは、まぁと声を上げた。


「リニア様、お好きなものは?」


「本と、知識かしら」


「まぁ、嬉しい!私と一緒ですわ、次は・・・女性が二人」


「正」


 三人の子供が話していると二人の女性が、最初からいた女性へと話しかける。後から来た二人の母親だろうか、リニアにもこれは予想が出来た。

 そうやってまた他のテーブルを指して誰が訪れるかを賭けお互いに質問を飛ばし合う。


「リニア様、これが最後ですわ。お父様がいらっしゃいます」


「正、ね」


「まあ。では、最後のご質問を」


 ステッキを持ち、その不思議な黒髪の少女はベンチから立ち上がった。

 黒髪の男性が軽く手を上げながら近くまで来る。ユカリノはその場に、手を上げて父を止まらせる。


「ユカリノ嬢、私とお友達になってくれるかしら?」


「是非・・・ああ、それとリニア様」


 ゆらりとユカリノがリニアの耳元に薄い唇を寄せる。

 星のような輝きを宿した大きく黒い瞳にリニアを写す。


「人生を賭けるのに『誤』を選ぶのは友としてお勧め致しませんわ」


 その時にリニアはユカリノが自分との出会いでさえも『賭け』をしていたのだと気付いた。

 リニアが王子の婚約者候補として顔合わせをする事も。

 リニアが他の子供から浮き、離れた場所にいる事も。

 リニアが自分からユカリノへ友達になって欲しいと願う事も。

 全てに勝ったからこそ次の王になる王子へ不敬にあたる言葉をリニアへ聞かせたのだ。

 もし一つでも欠けていたのならばリニアはユカリノを彼女の親ごと排除していたし、ユカリノもリニアと賭けをする事も無かっただろう。

 親の元へ戻った彼女に笑顔で手を振ると、ユカリノも手をふり返す。ユカリノの父とリニアの両親がそっと顔を合わせ軽くお辞儀をする。


 それが彼女たちの出会いであった。


 リニアは両親に初めてお願いをした。

 まずは男爵の令嬢であるユカリノと友達になれるように。

 それと王都にある眼鏡屋さんを彼女の親へ紹介して欲しい事。

 王子との婚約はまだ十歳で決めては何が起こるか分からないし初めての同い年の友達であるユカリノと交流する時間が取れないのは寂しいので、ちゃんとマナーもダンスも外交も勉強するので待って欲しい事。

 普段、恐ろしい程に聞き分けの良い娘の初めてのお願いは軽く受諾された。

 リニアの両親は是が非でも彼女を王子の婚約者にしたかった訳ではなく、子供としては頭が良く大人びた彼女に同世代の友達が出来ればと思っていただけだったからだ。王子の婚約者となればその周囲の子供とも交流が出来るだろうと思っていたが、彼女がちゃんと仲良く出来る友達を作れたので安心してそれらを了承した。


 そして、手紙やお互いの愛読書のやり取りや伯爵の屋敷にユカリノを招いてのお茶会。

 ユカリノが眼鏡を手に入れた時は「リニア様!私、こんな地味な顔立ちでしたの!ショックですわ!」と言う彼女にリニアは思い切り笑ってしまった。

 彼女たちの親もお互いに領地での貿易の事もあり、仕事上でも良い付き合いをする事になった。


 そして、五年の月日が経った。

 貴族の子供たちの通う学院へ通いだした伯爵令嬢であるリニアにも取り巻きのような令嬢が出来たが、ユカリノはそこに属す事は無かった。リニアとはプレイベートのみの付き合いとして、眼鏡をかけた黒髪の大人しい男爵令嬢はひっそりと学院生活を送る。

 しばらくして隣国から転入生が来た。

 辺境伯の誘拐された令嬢が隣国で見つかり保護され、こちらに送られて来たのだ。

 自由奔放でそれでいて優秀な頭脳を持つ美少女は生徒会の令息たち、王子に不敬にも取れる発言や振る舞いをするがその生い立ちから同情の念もあり、目をかけられる事となった。



 くすくすと、女生徒たちは周囲に目をやりながら学院の奥にある庭を目指す。

 中庭ではあの転入生が生徒会に所属する生徒たち、王子とその従者、一人狼だった筈の上級生に囲まれていたが。それらを尻目に彼女たちは含んだ笑みを浮かべ、それぞれにお菓子が入ったバスケットやポーチなどを持って奥の庭を進み、学院でも特別な者にしか入れないその部屋の扉をノックする。

 扉を開けたのは侍女服を着た纏め髪の女性であった。

 少女たちの顔を見てから、そっと招き入れる。


「リニア様、ユカリノ様、お約束のお嬢様方がお揃いになりました。お茶の準備を」


 ユカリノの侍女であるその女性は淡々とした口調でそう言うと部屋の端にあるカートの元へと向かう。

 少女たちを迎えたユカリノは大きな丸いテーブルの真ん中で、にっこりと微笑み彼女たちに席を促す。

 この場所ではユカリノがリニアよりも偉いのだ。

 テーブルを囲むのは学院の制服に身を包んだ八人ほどの少女たち。

 何しろ不自然ではない個室のお茶会の人数はこれくらいがギリギリなのだ。

 リニアも少女たちも持ってきたバスケットからクッキーやスコーン、ジャムを取り出しテーブルにある何も乗っていない皿へとあける。

 そして、小鳥の囀りのようなお喋りが始まった。


「ユカリノ様、今日は何を致します?」


「前回は『ちょうはん』や『ちんちろりん』とかダイスを使った遊びでしたわね」


「まぁ、私の時はお茶会に参加される方が人が少ない日でしたので見事な花の絵札の『はなふだ』をやりましたけど」


「私の時はお父様とかが良くやられてるトランプを使ったポーカーやブラックジャックでしたわ」


 リニアは持っていた扇子を軽く叩き、絶え間無く囀る彼女たちの声を諌めた。

 丁度、侍女が紅茶を淹れ終わったのもありそれぞれに一口、紅茶やお菓子を味わう。


「実の所、今月から始めていたのだけれどほら二ヶ月前に賭け決闘を行ったの覚えていて?シード伯爵のご息女とディメル子爵の二男・・・って貴方の弟でしたわね」


 リニアに言われ、丸いテーブルに座る一人の令嬢が頬を赤らめて、咳払いをした。


「ええ、そうですわ。うちの愚弟ってば折角あの子に有り金を全てを賭けたのに負けてしまって最悪でしたわ・・・楽しかったので良かったのでしたけれども」


「そうそう、あの時は結果が出るまでは皆でそわそわして変に居残りやカフェに行く方も多かったですわね」


 姉である令嬢の様子とからかい混じりの言葉にその場の全員が笑みを零す。


「それも本当は決闘ではなくて告白がしたかったみたいですの・・・シード伯爵令嬢って別名は姫騎士ですわよ?下手な男性よりも凛々しくて女性のファンも多いのに」


「でも、賭け決闘はドキドキしましたわね。決闘自体が見れなかったのは残念でしたけど」


 その時のことを思い出したのか嬉しそうに頬に手を寄せる令嬢に同意するように周囲は頷き、そして次に期待に満ちた顔でリニアとユカリノを見る。


「今回はあの転入生と周りの殿方たちを」


 ユカリノの鈴のように澄んだ声が部屋に広がった。

 幼い頃から変わらない肩までの黒髪と銀縁の大きな眼鏡の奥にある瞳の星の輝きに、誰も彼もが目を奪われる。


「転入生が生徒会長、副会長、書記、会計、王太子殿下、側近、二年の騎士団長の令息様、三年のプラムエード伯爵令息様。計八名の中からどなたを秋の夜長祭のパートナーにするか」


 大人しく清らかな雰囲気を持つ彼女の、その薄いピンクの唇から告げられた言葉に、ある令嬢は目を細め、ある令嬢は笑いを吹き出しそうになるのを抑えた。

 そして、兄の名前が出たリニアは冷たい微笑みを浮かべる。


「ですが、これでは組み合わせが途方も無い数になってしまいますので親である私が決めた七つの組み合わせから選んで頂きます。それで、よろしいですね?」


 徐々に熱を帯びた顔を覗かせながら令嬢はそれぞれに頷き、ユカリノの次の言葉を待つ。

 隣にいるリニアがそれを嬉しそうな顔で見ているのに気付いた令嬢たちは『今月から始めた』との先の発言から今回の賭けは全員参加という事か、と胸に熱く込み上げてくるものを感じた。

 パサッと扇子を広げ、リニアは熱で浮かれたような空気を和らげるように扇いだ。


「察している方もいると思うけれども今回はお茶会のメンバー全員参加ですわよ。いつものようにこの奥の庭のお茶会の間の小さな賭け事ではなくて、時間をかけた賭け。だから皆様、くれぐれもお気をつけてね。ああ、勿論その間も奥の庭のお茶会自体は普通に行いますからご安心なさって。あと私の愚兄の事はお気になさらないで」


 リニアが集めた信用に置け、身を滅ぼす事もしない、戯れを戯れだと楽しめ、教養とマナーのある退屈を持て余した選ばれし伯爵、子爵、男爵の令嬢たち。

 賭け事に溺れなく、金銭面に余裕のある者しかこの扉は開かない。

 特別に在学中のリニアより年上である王女も紛れているが、彼女は自らが主筆した書物で稼いだ中から賭け金を出している。戯れに国の金は使えぬと。

 そして、他の令嬢は次期王太妃候補と噂されるプラムエード伯爵令嬢主宰のお茶会としかその存在を知らない。

 時折、参加したそうにリニアへと媚を売る令嬢もいるしお茶会に参加した令嬢に探りを入れてくる令嬢もいるが、メンバー以外にもしお茶会の中で行われている賭け事を教えたり、バレるような事があればそういった高貴な方、主力貴族の令嬢から存在を無かったことにされるのだ。

 人脈が途絶え、刺激的で秘密なお遊びが出来なくなるのを彼女たちは決して望まない。


「一口金貨一枚、上限は十口とします。七つの組み合わせをこれから言います。

 一番、八人の中から一人を選ぶ。

 二番、王太子殿下、生徒会長の二人を選ぶ。

 三番、生徒会長、副会長、書記、会計の四人の生徒会を選ぶ。

 四番、王太子殿下、側近、生徒会長、副会長の四人を選ぶ。

 五番、王太子殿下、側近、生徒会長、副会長、騎士団長の令息様、プラムエード伯爵令息様の六人を選ぶ。

 六番、八人全員を選ぶ。

 七番、それ以外の組み合わせ。

 以上です。現時点では人気の無い順に一番と六番同列、五番、三番、四番、二番と七番が同列となっております。さあ、張った張った」


 定例に使う煽り言葉が相も変わらず似合わないとリニアは思いながら令嬢たちの表情を眺める。生徒会のメンバーも殿下やその側近も騎士団長の令息とリニアの兄もきっと貴族の中でも優秀な彼女たちならば全員のプロフィールくらいは頭に入っているだろう。数人しか覚えてなくとも卓上にいる令嬢たちと情報を交換すれば、自ずと全員分揃う筈だ。


「婚約者がいる方も・・・」「流石にそれは・・・」「そこまで厚顔無恥で・・・」


 既に何番に何口賭けるかを真剣に悩む彼女たちの囀りを耳を傾けながらリニアはスコーンにベリーのジャムを乗せ、口に運ぶ。

 小一時間後、バスケットとポーチに隠されていた八人の令嬢の金貨はユカリノの正面へと積まれた。

 彼女たちはそのまま金貨に余裕がある者はユカリノが親のポーカーを興じ、他の令嬢はリニアとお菓子と紅茶と楽しみながらお喋りに花を咲かせる。

 時間になり、彼女たちが帰ると侍女の持ってきた金庫に金貨を入れるとユカリノはそれをリニアへと手渡した。


「リニア様、いつも有難う御座います」


「預かるくらい良くってよ。今回は王女が思い切り乗り気だったわ。まぁ、王太子とあろう者が女子にうつつを抜かして公務を疎かにするのだから姉君に怒られても当然ですわね」


 金庫をテーブルへと置くと、リニアとユカリノの前に新しく淹れなおした紅茶が置かれる。


「リニア様のお陰ですわ。このお部屋もお茶会の令嬢たちも」


 国内でも一番の立場にある伯爵の令嬢だからこそ与えられた奥の庭のサロン。学院内の数多い生徒の中でも厳選された令嬢を集められたのもリニアの手腕があってこそだ。

 ふっと思い出し笑いのようなものを浮かべてリニアは紅茶を手に取る。


「男爵令嬢である貴方をお茶会では誰もがユカリノ様と呼ぶ。この国の王女でさえも」


 ユカリノはずり落ちた眼鏡を直しながら、紅茶に手を差し伸べた。


「昔、少し脅し過ぎましたかね」


「良いのではなくて?それにしても今回のこの賭けって下手をする赤字にならなくて?大丈夫ですの?」


「んー、今の計算では何番になっても大丈夫です。それに損得など考えておりませんよ。年会費として貰っているだけでも十分な量なのですから、これで冬の休暇の間に『私のお屋敷』を作る計画がまた捗ります」


 花が咲くように満面の笑みを浮かべたユカリノにリニアはそれは楽しみだと紅茶のカップを置いた。

 賭博師として生きる事を望む彼女に必要なものは、男爵令嬢としての婚約などの責を負わない位置に至る事。貴族のみが参加できる会員制の賭場を作る為に彼女は幼い頃からずっと賭け事に身を置いているのだ。

 リニアがユカリノに何故そのような事をするのか、どうやってその知識を得たのかと聞いても彼女は首を傾げて微笑み、何も語らない。

 いつの日かリニア様に話そうと、ユカリノが話してくれるだろうとお互いに思ってはいるが。


「でも、私はユカリノに本当に感謝していますのよ。人生を賭けるのに『誤』を選ばなくて本当に良かったわ」


 幼い頃に自らが言ったセリフを返されたユカリノは目を細める。


「まあ、では私は『正』なのですね」


 そう言った後に二人で肩を震わせて、無いわ無いわと笑い合う。

 賭けの対処となった転入生と八人の青年たちは何も知らずにきっと秋の夜長祭に向けて転入生の気を引こうと必死になるのだろう。

 金貨を賭けた令嬢はその様子に一喜一憂しながら秋までお茶会で小さなゲームで気晴らしをするのだ。


「退屈、しないで済みそうですね」



 優雅に紅茶を楽しむ彼女たちも予測はしていなかったのだろう、この後に転入生がプラムエード伯爵令嬢のお茶会に参加したいと言い出して、妙な勘違いの先に男爵令嬢のユカリノへとそのお茶会の事を聞きに来るということを。

 伯爵家の跡継ぎであるリニアの兄が何を間違えたのかユカリノに興味を示し、赤子の手を捻るようにあしらわれることを。

 王太子の婚約者に無理矢理に選ばれそうになるリニアをユカリノが助け、自分の一番年の近い兄を伯爵家の婿へ追い出すように送ることを。



 見目も血統も才能も、そして運も。

 私は全てを手にしていたのだろうと、リニアは満足そうに微笑んだ。

 ユカリノの大きな黒い瞳の星が瞬くのを見ながら。



突発でガーっと書いてしまったので、とりあえず。

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