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 3 タクシー・ドライバー (3)

  ◇◇◇


「ラジオを付けてくれないか」

 後部座席の金髪の外国人は、一語ずつ英単語を選ぶように、口を開いた。

 成田空港を出てから、男はずっと目を閉じていた。ルーム・ミラーで何度か伺ったので確かである。前触れもなく声を掛けられて、一度、ミラーに目をやった。

「は……」

 相変わらず、目を閉じている。

 児島は、手を伸ばしラジオを入れた。

「音楽は要らない。日本語が聞きたい」

 奇妙な要求に、児島は戸惑ったが、どのチャンネルを選ぶか思案した。日本語に堪能ではない客に、音楽抜きで何を聞かせればいいのか。

 自分も、客が降りた時間しかラジオを付けることはないので、どんな内容の放送があるのか、明るくはない。だが、騒々しい民放の番組を求めているとは思えなかった。

 チャンネルを選ぶと、外国語が流れた。教育番組の外国語講座のようだった。次のチャンネルは、けたたましい女性の笑い声。すぐに次。

『……えー、番組の途中ですが。……都内で、はぁ、こちらもさきほど感じました。計測では、渋谷区……、震度3ですか……今のが震度3。の、地震が発生しました。これは……、ああ、都内全域が揺れたようですね。気象庁発表では、震源地は東京湾。へー、東京湾とは、珍しいですね。……と、はい。これによる津波は無いとの発表がありました。リスナーの皆様、落ち着いた行動をお願いします。

 九時四十七分、東京湾、深さ二十キロを震源として、マグニチュード3.4。地震が発生しました。これにより津波の心配はありません。繰り返します、……』

 また地震。児島は微かに気落ちする自分を感じた。関東で小さな地震は珍しくない。

 東京湾が震源というのは、滅多にあることではないが。慣れてはいても、この繰り返しの先に何が起きるのか、予測されている巨大地震に行き着くのではないかと、それが気落ちさせるのだ。

「……ジシン……?」

 聞き返す声に我に返った。

「YES。あ……、アース・クエイク。フロム・東京」

 男は瞼を開けた。ノー・プロブレム。すぐに続けると、納得して、窓外に目をやった。

『……報道フロアからニュースをお届けします』

 最初のニュースは、さきほどの地震について。被害は無い様子。都内で勤務中であろう妻が気にかかったが。どこも被害が無いのなら大丈夫だろう。

『……政府は、原子力安全委員会の……』

「……ゲン…シ……リョク……?」

 平坦な発音で、短く切りながら、後部座席の青年が呟いた。

「?」

 独り言なのか、児島は返答を迷った。

 ミラーを見ると、ニュースの発音を追いかけるように、唇が動いている。

『……来日中の、英国民間核施設保安隊は、延長していた鷺浜原発での視察日程を本日終了、明日帰国すると……』

 地震に原発。心穏やかでない話題が続き、都内の事故、株価、経済時事に触れた後、ニュースの時間は終わり、天気予報師とラジオ・パーソナリティとの会話に移った。

『……気象庁の長期予報が先週出たようですが、ええ。今年の夏も暑いんでしょうかねぇ? 昨年は、九州地域が猛暑で、佐賀県北部では大規模停電が起きて、かなり、ええ被害があったわけですし……』

『あの大規模停電を受けて、原発の再稼動への機運が高まった部分もありまして、はい。……今年も同じような気象状態になるようでは、地元の皆さんの不安も増すでしょうからねぇ。では、浜田さん、気象情報をお願いします』

「電話を、掛けてもいいかな?」

「どうぞ」

 ラジオの音声を落とした。


 

「黄色、がかった、スーツを着ているんだが……」

「何か不都合がございましたでしょうか?」

「もう少し、濃い色の生地は無いかな?」

「ございます。今のお召し物は、明るすぎるでしょうか?」

「ああ。かなり……」

「…………。クラン様?」

「一着。……いや。二着。色違いで取り急ぎ」

「かしこまりました。ご要望は?」

「任せる。これまでの私のことは忘れてくれ。別人のものを」

「…………」

「ああ。一つ。胸周りを、少し緩く」

「ショルダー・ホルスターが装着可能なように、でしょうか?」

「……」

「そういうご要望をなさるお客様も、うちにはございますので」

「なるほど。だが、この国では、そんな物騒なものは携帯不能のようだ。

 少し身体を鍛えたい。かなり脆弱なのでね」

「でしたら、生地の厚みも考慮いたしましょう」

「そうしてくれ。……ひらひらとして、落ち着かない……」

「すぐにかからせて頂きます。お届けはどちらに?」

「……。後日、こちらから連絡をする」

「どちらの国にご滞在ですか?」

「日本だ」

「でしたら。私の知人が日本におります。まだ若いですが、かなり優秀なテーラーで。日本、……東京に店を構えているはずです」

「出向いている時間は無い、かもしれないが」

「いえ。私の方から、クラン様のサイズとデザインを回します。タガワの技量は承知しております。私同等に仕上げることでしょう。こちらから空輸する時間を省けるかと存知ますので如何でしょうか?」

「任せる」

「承知致しました」




 携帯の通話を切ったのを見取って、児島はラジオの音声を上げた。

「ラジオは、要らない」

 唐突に、金髪の青年は日本語で話しかけてきた。外国人にありがちな、くせのある発音で単語を並べるような言い方ではあるが。

「話を、してくれ。YOU。……KO…JI………M…A……?」

 助手席の背面ポケットに入れた、名刺を見ながら、青年はローマ字を読み上げた。

「コ・ジ・マ、です。……私の……?」

「YSE。コジマ。コジマの」

「はぁ……」

 何を考えている客なのか。まったく理解できない。

 理解出来ないが、貪欲に何かを吸収しようとしている。何か、というより。全てを。

 そして、この青年はそれが可能な頭脳をもっていると自負している。不思議な存在だった。




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