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隣の男子高からは事件と男の匂いが漂ってくる

作者: ことり

過去作品です。


 男子校というものは、いつも未知の世界と繋がっている。


 と思うのは、隣の聖華麗女子高の生徒達が勝手に考えている事である。

 正門を出て左に一分歩き、左向け左で法花鏡男子高の正門の前に辿り着く。

 この近さにしてあまりに不効率な高校の組み合わせは、全国広しといえども稀であろう。


 いっそのこと合併してしまえば晴れて共学高というハレンチでステキな高校が完成するにも関わらず、そうできないのには勿論、理由がある。



「また……お経が聞こえてきた……」



 と左右で結んだ長い黒髪を微動だにせず無表情で呟いたのは麻衣子だった。

 山岡麻衣子。

 無口ではないがボソッと喋る独特の口調とほとんど変化しない表情から、ある意味“不思議ちゃん”である。



「辛気臭せえ。しかも男子校だからムサいし、臭いし、煩いし、悲しいし、」



 腕を組んで美紗が脚を開いてドンと構えて答える。短めの茶髪が同校百合の会で評判が高い。




 一之瀬美紗。

 女の子らしさを省いた女子高生の代表。お隣の男子校のネガティブキャンペーンを語らせたら右に出るものはいない。



「年中聖歌歌ってるあたし達が言う事は何もない……」

「ちょっとまてっ!聖歌とお経を並べんなよ!」

「どっちもつまらない……」

「なんだとこら、そもそも崇高な女子高と下衆な男子校を横に並べる事自体が間違ってんだよ!」



 麻衣子と美紗は最終的にはこうなる。そして最後は、



「絶交でいい……」

「フン。珍しく意見が一致か。上等だよ!」



 と物別れし、翌日は一緒に登校する事を繰り返していたが、今日は別のパターンが待っていた。



「お待ちなさい!」



 黒縁のメガネを上げながら二人の会話をインターセプトしたのは、生徒会役員で図書委員、ゴミ出し係、いきもの係、保健委員……etc..である桜。




 蛇飼桜。姓と名のイメージのギャップに苦しむ彼女は、基本的に名で呼ばれる。成績は上の中。いつも余計な事ばかりしてるので、勉強する暇がない。それでも成績は上の方。

 桜が手入れ不要の艶々な長い髪をふわりと揺らし、ポーズを取る。



「お待ちかねの依頼よ。貴方たちの大好きな法花鏡高からね」



 桜と麻衣子、そして美紗は聖華麗で探偵を営んでいる。営んでいると言っても別に料金をとっているわけではなく、桜が本の影響で探偵同好会を発足させ、麻衣子と美紗を無理矢理会員にしただけだが、その事件の解決率は高く、街でも有名になっていた。




「好きじゃないし……」

刑務所ムショ好きのお前と一緒にするな!」

「あらあら、私は刑務所が好きなのではなくて、裁判所が好きなのよ」





***





 法花鏡高ではこのところとある事件が多発していた。




「……では山田さん、あなたが学校に来た時、すでにこの“暴走ラブ”は机の上に置いてあったのですね?」





 桜が腕を組み、片手で眼鏡の位置を直しながら尋ねた。




「うう……もうダメだ、俺、晒されるんだ、もうだめだぁ!」

「落着け、クズ……」



 半ば泣きかけたに山田に対し、慰めるどころか最後の一撃を加えようとする麻衣子を、桜が手で制する。

 小太りで坊主頭の山田という男子生徒は、一応、今回の事件の依頼主であった。



「でもさあ、ナニ?この陰湿なイタズラ。おたくの学校では、こんな遊びが流行ってるんですかね?だから暗いとか、悲しいとか、」



 美紗は最初の五秒までは冷静さを保とうと努力したがやっぱり最後はネガティブ攻勢になっていた。それを桜が麻衣子とは反対の手で制する。



「この本が机に置かれた生徒は、一週間以内にこの本の読書感想文を書き、廊下の掲示板に貼りださなければならない。拒絶したり、適当な感想文を書けばその生徒の他人に知られたくない秘密を晒す……という事ですね?」



 事件の被害者である山田が泣きながら頷く。





「どっちも恥ずかしい……」

「男子の悲しい現実だと諦めろ」



 麻衣子と美紗が難しそうな顔をしながら嬉しそうに呟いた。




「少しお聞きしますが、貴方、今、他人に絶対知られたくない秘密があるのですね?」

「は?……はい……い!?いえ……」



 桜のさばさばした問いかけに、怯えた子犬のような山田が虚ろに答えると、



「どっち……?」

「言ってしまいなよ。楽になろーよ。お前らこれ以上失うものなんてないんだからさあ」



 と麻衣子と美紗が突っ込む。

 桜はそんな二人を無視して手にとった“暴走ラブ”という小説をジッと見つめながら考えた。



『帯付の新書版か……。でも帯が波を打っている……』



 “暴走ラブ”は、数年前に発売された小説で、思想が相容れられない男子校と女子高の争いに巻き込まれた恋人達が、半ば暴走しながら死を目前に恋を成就するというストーリーだった。もちろん、全く売れていない。著者は嘉納ショウ。





「とりあえず被害者救済が先決です。私がこの本の感想文を書きますから、ご心配なく」

「図書委員だから出来る事……」

「さすが図書委員!そんなつまらなそうな本ですら読めてしまう!」



 そんな桜達に、今までの話を聞いていた別の男子生徒が語りかけた。

 背は小さく色白で、小さな顔には似合わない大きな銀縁眼鏡。髪には天然のクセがついており、冴えない容姿だった。



「あー……それ、他人が感想文書いてもダメだよ」



 その少年は桜に向かいボソッと喋り、その大きな銀縁眼鏡の位置を直した。強い度の入ったレンズが光を反射してキラリと輝く。

 桜は、腰に当てていた右手を上げ、自分の眼鏡の位置を直すと、同じくキラリと光った。



「光通信……」



 その異様な風景を見ていた麻衣子が呟く。



 ……光通信が一段落つき、桜がおもむろに問い返す。




「どういう事ですの?仮に私が感想文を書いたからって、見つからなければわかるはずはないわ」





 確かに、桜が言う事はもっともだが、美紗は別の事を考えていた。



「(通信できてねぇし)」



 それはさておき、眼鏡の少年が答える。



「よくわからないんだけど、実は僕もそれをやった事があってさ」

「バレたのですね?」

「うん。で、晒されたんだ。秘密を」

「(その秘密がかなり気になる……)」

「(その秘密がすっげえ気になる)」



 二人の助手は既に欲の塊となっていたが、さすがに他校の手前、言葉には出さずにいた。



「ところであなたのお名前をお聞かせ下さい」

「金森です。それにしても嬉しいなあ……聖華麗の方と話せるなんて」

「……そんな事はどうでもいいわ。金森さん!貴方の秘密を教えなさい」

「えっ!?」

「その秘密が気になって仕方がありません。その晒された秘密を早く言いなさい!!ぶちまけてしまいなさいっ!」



 桜が金森の胸ぐらを掴みながら迫る。



「ひぃ!……ぼ、ぼ、僕、趣味で少女マンガを描いていて……って!?ちょ、ちょっと!」




 少年は山田と同じく既に涙目であった。

 麻衣子と美紗からは桜の顔が見えなかったが、おそらく悪魔のような表情だったに違いないと思ったが、金森に対する率直な感想が先に口から出た。



「それはキツイわ!」

「そこでなぜ少女マンガに行くのか……なぜ少年マンガではだめだったのか……」



 もはや少年は慰み者にされ、小さい背がまた一段と小さくなってしまっていた。




***




「それより私が気になるのは、貴方程の方でしたら、この“暴走ラブ”を読めない理由はないと思うのですが」

「ぼ、僕は少女マンガしか読まないんだ!」



 桜の眼鏡がキラリと光る。いや、この場合は通信ではなく。






「君たち。うちの生徒をいじめるのはやめてくれないかな?」



 突然後ろから聞こえた声に、桜達が反応する。

 教室の扉の前に、一人の男子生徒が立っていた。やや茶色の髪はナチュラルに風に揺れている。身長は桜達よりずっと高い。




「あ、貴方は……」








 華麗に登場したその男は、甲高い声で自己紹介を始めた。



「聖華麗高校探偵同好会の皆さん。はじめまして。法花鏡高生徒会長の矢崎です」



 突然現れた矢崎と名乗る男子生徒に、美紗が打ち震える。



「うっ……(こいつは既にあやしすぎる)」



 その様子を見ていた麻衣子が美紗の異変に気づき呟く。



「(恐らく美紗は珍しくあたしと同じ事を考えてる……)」



 しかし桜はまったく動じるどころか、生徒会長という肩書にライバル心剥き出しであった。



「初めまして。聖華麗高生徒会……書記の……蛇飼……桜です……」



 桜は姓を小声で喋った。幸い矢崎が気にしたのはそれではなく、桜の肩書のようだ。



「書記?」

「クッ……(そっちか)」



 桜は言ってしまって後悔する。何も肩書を言う必要などなかったにも関わらず、ぶちまけてしまった自分は、劣等感の塊りなのではないかと自己嫌悪に陥いる。……がすぐに立ち直った。




「改めて言わせて頂きますが、聖華麗高生徒会……“書記”の“蛇飼”さん」

「(書記を強調し、しかも姓もきっちり聞いてやがったか!)」



 やはり後悔した。色々な意味で。



「うちの生徒は純粋に困っているんだ。助ける気がないなら早々に引きあげて頂きたい。ただでさえここは女人禁制の神聖なる場所。今回もこんな事件がなかったら君たちは足を踏み入れることさえ許されないんだからね」

「と、とんでもございませんわ。私達、純粋に山田さんを助けたい一心でございますの。天使ラファエルに誓ってそう言えます!」



 桜の言葉に麻衣子と美紗が同時に心でツッコミを入れる。



「(ルシファーが好きだと言ってたクセに……)」

「(うそこけ!ハデスの化身が!)」



 二人の気持ちにはまったく気付かずに桜は続ける。



「生徒会長のあなたこそ、ご協力願いますわ」



 すると今度は矢崎が仏のポーズをとって答えた。




「ふふ……いいでしょう。なんでも質問して下さい。釈迦に誓ってお答え致します。なんせ、生徒“会長”ですから僕の知らない事はないですよ」



 山田と金森は同時に心の中でツッコミを入れる。



「(釈迦と観音菩薩の区別もできないクセに!)」

「(右手と左手が逆じゃないか!)」



 いつもは冷静な桜も、この矢崎にだけはライバル心の炎が燃え上がる。

 だがそこは数々の事件を解決してきた桜。私怨をグッと堪えて質問を始めた。



「矢崎さん、この学校は朝何時に開門するのでしょうか?」

「うちはご存じの通り、仏の教えを勉強しています。おたくと違い、かなり早いですよ」

「ム!……ですから、何時ですか!」

「そうですね。五時半には開門し、すぐに床も机も雑巾がけ。それからやたらと鐘を突きます」



 麻衣子が思う。「(合法的な近所迷惑だ……)」




「まあどこかのミッション系チャンチャラ女子高とは違って、非常に厳しく教育されてますよ。ハハハ」

「(こいつめ……喧嘩を売っているのか?)」



 桜は懸命に自分を落ち着かせようと努力する。



「鐘は誰が突くのですか?」

「生徒全員で一度ずつですよ。それが出欠確認の代わりです」

「つまり……一学年百人いたとしたら、全学年で三百回……ですね?」

「正確には、一学年百八人なので、全学年で、三百二十四回ですよ」




 美紗が思う。「(多すぎるだろ!ってか、少しは近所の迷惑を考えろ)」



「なるほど……」



 桜が顎に手を添えて考え込んだあと、口を開いた。



「山田さん。貴方は何時に登校されたのですか?」

「ぼ、ぼくですか?ぼくは、ええと……五時三十五分には教室に……」

「……という事は、犯人は五時三十分から三十五分までの五分間に犯行に及んだのでしょうか……?確かに置くだけだったのなら、五分もあれば問題ありませんが……」






「フフフ……甘いな。甘すぎるよ蛇飼さん。だから君は“書記”止まりなんだよ」

「な、なにを!」

「だってそうじゃないか?犯人は朝ではなく、昨日の放課後に犯行に及ぶことだって出来るんだよ。とんだ迷探偵さんだ。やっぱりJKはあてにならんなあ!アハハ」



 桜達が同時に思う。



「(JKとか言うなよっ)」





***






 法花鏡高での屈辱を胸に、その晩から桜は“暴走ラブ”を読み始めた。

 ベッドに横になり本を持ち上げる。



「重い……」



 そう、新書版の本は無駄に表紙が厚く、紙の質も高い。

 寝転がって読むにしては重すぎるのだ。



「(波打つ帯……。単行本は出て行いないのかしら?帯以外に汚れらしい汚れのない真新しい新書版……)」



 本の内容に入る前に、桜は二つの疑問が湧いてくる。そしてこの本の内容に何か解決の糸口があるかもしれないと、思い切って見開きを切った。



「なによこれ……」



 暴走ラブに出てくる高校の設定が、まるでどこかの両校に酷似している。





 もともとは友好な付き合いのあった両校だったが、宗教争いに巻き込まれ、半ば戦争状態に陥る。

 主人公は生徒会長の少年。ヒロインが生徒会長“書記”の眼鏡っ娘。

 その設定を知り、一瞬だけ矢崎の顔が頭を過る。




「(……吐き気がしてきたわ)」




 物語は、主人公の少年の生徒会立候補から始まり、マニュフェストである両校の合併を推進する為に東奔西走するが、教師だけでなく、警察、あげくには総理大臣までがこの少年に政策に反対し、国家的陰謀によって両校が全面戦争に突入する。生徒会長が命を懸けてまで合併を推進したのは、ヒロインへの熱い想いのためであった。しかしヒロインは悪魔に心を乗っ取られ女子高の全兵器と魔女を動員して男子校に挑む。阿修羅の化身となった少年は、そのヒロインを……~略~……だったのだった。



「これは……」



 売れないな。と桜は普通に思うのだった。




***




 翌朝早朝、美紗は苦手な朝にも関わらず、五時前には起きていた。

 手にはプッシュ式のカウンタを持ち、空いている手で歯を磨く。磨いている間もカチカチとカウンタを押し続けていた。



「(なんで俺がこんなことを……)」



 と考えながらも、桜の顔を思い浮かべると、押さずにはいられない。



「獣は生きるために自然と天敵を知る」



 ずり下がるパジャマのズボンを何度も上げながらぶつぶつと呟く。もちろん、その間にもカチカチとカウントは続いていた。

 その動作は、法花鏡高から聞こえる鐘が鳴りやむまで続く。





***





 麻衣子はほとんど徹夜に近い形でインターネットによる法花鏡高の情報を集めていた。と言っても、麻衣子自身は徹夜を何とも思わない。授業中に寝ているからだ。

 学校の創立から現在までの情報はもちろん、学校の裏サイトや地下アンダーグランドサイトまで全て洗い出していた。





「第百二十九回生徒会総選挙……」



 もちろん、この生徒会長への立候補に二期当選を狙う矢崎がいる。そしてその相手として、なんと依頼者である山田がいたのだった。

 この時点で、麻衣子は一つの結論に達する。



「どうみても矢崎さんが犯人……」



 だが気になる点もある。それは地下サイトに書かれた情報だった。



 掲示板のタイトルは『ほっかきょう高情報交換スレ』

 平仮名ではあるものの、これが法花鏡男子高に関するものだという事はすぐにわかった。

 匿名で様々な書き込みがされていたが、ある一部に着目する。


「123:山田が立候補ってワロス 23日 19:11 Yx1ab2H」

「124:>123 禿同。でも矢崎の隣接高敵対主義はムカつく。 23日 20:01 UMyHroz」

「125:鐘突ききうぜぇ。だれか代打ち頼む 23日 20:34 1AAabZx」

「126:昨日きた聖華麗の三人で誰が好き? 23日 21:18 UMyHroz」

「127:>126 眼鏡。俺の首絞めてほしーわ。マジで。 23日 21:22 Lon97BB」

「128:>125 通報しますた。代打ち=退学だっつーの。 23日 21:28 Yx1ab2H」

「129:>126 ツインテールは俺の嫁 23日 21:44 Jjki01H」

「130:>123 隣の女子高との合併を推進するらしいが、山田はありえんww 23日 22:21 Lon97BB」

「131:>130 俺は合併がいい。山田に一票 23日 23:48 UMyHroz」

「132:>126 ショートの男らしさに惚れた 24日 1:20 33BmoYz」

「133:>126 まだ教室に彼女達のかほりが残ってる 24日 5:32 Lon97BB」



 麻衣子はこのログをプリントアウトした。




***






「319回。あ、一回か二回は間違えたかもしんない」



 と美紗が桜に報告する。



「昨日の話だと、一学年108回、全学年で324回がフルって事だったわよね」

「5人が欠席……」

「そんなんわかんねぇだろ?サボりかもしんねえじゃん」



 美紗の言葉に麻衣子が反応し、鞄の中から一枚のプリントを出す。



「なにこれこわい……っていうか、うちら完全に注目されてんじゃん」

「男らしいらしい……」

「うっせえな!」



 二人の会話は桜の頭の中には入ってこない。ログの内容に集中していた。



「麻衣子が、このタイミングでコレを出した理由は、125の書き込みのことですわね?」

「そう……。鐘突きはあたしから見たらバカみたいだけど、相当厳しいみたい……」

「なるほどね。じゃあこの数字の違いは、あのアホ生徒会長に確認してみる必要があるわね」

「また行くのかよ。臭いし、暗いし、キモいし、……」



 かくして、三人は再び法花鏡高に乗り込むのだった。





「山田さん。私が書いた感想文を急いで書き写して下さい」



 桜が暴走ラブの感想文を山田に渡す。山田はその原稿用紙の匂いをクンクンと嗅ぐ……



「や……山田さん。やめて下さらないかしら」



 桜に言われ、山田がハッとする。完全に意識が飛んでいたようだった。それから渋々と桜が別途用意していた原稿用紙に内容を書き写し始める。

 ところがその様子を見て、金森が言う。



「あ~あ……それって絶対バレるって言ったのに……」

「なぜですの?感想文は私が真面目に書きました。そしてその内容は山田さんが自分の字で書き直しています。これでバレたとしたら、金森さん。この事実を知っている人間が犯人という事になりますが?」

「ええっ!?や、やめて下さいよ。それじゃもしバレたら僕が犯人になっちゃうじゃないですか!」

「貴方は犯人ではないと?」

「あ、当たり前じゃないか、ぼ、僕だって被害者なんだぞ!」





「……そうですね。でも被害者ぶってカモフラージュするという事も考えられますわ。念のために、この本が山田さんの机に置かれた朝、あなたはどうしていたのか詳しく教えてください」



 桜は目を細め、やや冷たい口調で金森に言う。



「き、昨日の朝は、五時四十分頃に登校しました。みんなで雑巾がけをしてから真っ先に鐘突きに行きました。六時丁度くらいだったと思います」

「つまり、アリバイはあるという事ですね?」

「もちろん。僕が鐘突きに行ったのは大勢の皆が見てるし……」



 美紗が昨日の話を復唱する。



「桜が言ってた犯行時間って、五時半から五時三十五分だったよな。ってことは、この金森ちゃんが犯行に及ぶ事は不可能って事か」

「……そうね。ちなみに金森さん、今朝は何時頃に登校されたのです?」



 金森はそんなの関係あるのかな?と疑問に思いながらも、胸倉を掴まれそうな予感が走り、素直に答えた。






「今朝は五時四十分の少し前です。そうですね、山田くんが証人になってくれますよ。教室には山田くんだけがいましたから」

「山田さん……?山田さんは何をなさってたのです?」



 桜の問いに、無心に感想文を書き写していた山田が顔を上げ、あやふやな顔をして首を捻ったあとに答えた。



「えと……一応、念のため感想文らしきものを書いておこうと」

「それは、私が書くと言ったじゃないですか!私を信用なさってないのですね!?」



 桜が山田ではなく近くにいた金森の胸倉を掴みあげる。



「いや、ちがうんだよ……だって本も無いし、内容もわからないから保険で……」

「ちょっと、それをよこしなさいっ!」



 山田がガサゴソと自分の書いた感想文を机から出すと、桜は金森をかなぐり捨て、原稿用紙を山田から奪い取りすぐに捻ってゴミ箱へと捨てる。



「こんな適当なものが読まれたら、犯人の思うツボじゃないの!というか、そんなの私のプライドがゆるしません!」





 自尊心を傷つけられた桜が、ハァハァと息を荒立てたが、そこは麻衣子と美紗が獣を扱うのと同じ方法で諌めた。

 一方、同じく心に大きな傷をつけられた金森は誰も助けようとはしなかった。



「君たち!またうちの生徒を苛めてるんですか……困りますね……」



 この登場の仕方は二度目にして飽きた感がある。



「あら、生徒会長殿、ごきげん麗わしゅうございます」

「これはこれは、“書記”の“蛇飼”さん、今日も暇なようですね」

「さ、桜って呼んで下さい!」



 桜は名字で呼ばれる事を極度に嫌う。しかし面と向かってこんな事を言うと、明らかに相手は誤解してしまうという配慮に欠けるのも確かだ。



「そ、そ、そ、それは、僕に君のファーストネームを呼べ……という事ですか……ね?」

「ちげえっつうの!名字で呼ぶなってつってんだろうが!」



 桜がいくら弁解しようが矢崎は既に大きく勘違いしている。






「さ、さ、さ、……桜」

「敬称略すんなっつーの!誤解されるだろうが!」



 誤解を招かせたのは本人だったのだが。




***




「今朝の鐘の回数ですが、319回でした。5人ほど足りません。これはどういう事か説明をお願いいたします」



 どうにか落ち着きを取り戻した桜が、改めて矢崎に尋ねた。桜の本性を垣間見た矢崎からはさっきまでの軽薄さは失われ、結構真面目に対応した。



「金森くん、今朝の出欠表を……」



 矢崎がそういうと金森が書類を手渡してくる。

 麻衣子と美紗は顔を合わせて疑問を感じた。



「(金森は、矢崎と繋がりがある?)」



 それを察した矢崎が答える。



「ああ、失礼。金森くんは生徒会書記なんだ。まあシモベみたいな……」



 矢崎はそこまで話して口を閉ざした。目の前にいる桜がピクピクしていたからだ。



「コホン……えー……今日は五人欠席ですね。ですから319回叩かれたのは正しいでしょう」

「おーっ!俺、すげえっ!」





 美紗が手をパンと叩いて喜んだ。実際は多く押しすぎたのと、押し漏れが相殺しただけの偶然であったが、誰もそんな事は知らないのであった。

 そんな偶然で生きている美紗を眺めながら、桜は思考の世界へと旅立って行く。



「(見えてきたわね……でも、まだ決定的な証拠がないわ)」



 桜が想いにふけっている中、麻衣子が矢崎に質問する。それも単刀直入に。



「矢崎さんと山田さんはライバル関係……」



 その言葉で当人二人がピクリと反応した。



「な、舐めてもらっちゃあ困るよ。キミ……。僕がこの山田くんとライバルだなんて。あははは……」



 そこに美紗も加わる。



「うちらの学校と合併を推進している山田、猛烈に反対する矢崎。少なくとも金森は推進派だな」

「冗談は顔だけにしてくれ!僕たちの学校と君達の学校では目指すものが異なるんだよ。それなのに、単純に共学に憧れただけで合併しようだなんて、甚だ呆れる話さ」





 矢崎は引き下がらず、山田は俯き、金森が状況の不穏さにアタフタする中、麻衣子と美紗がそれぞれの見解を言う。



「合併は反対。だけど票を入れるなら可哀そうな感じのする山田さん……」

「そうだな!間違っても俺は矢崎にはいれねえよ。がはは」



 二人が山田側に付き、山田の顔がぱあっと明るくなったが、それに反比例して矢崎の顔がみるみる蒼くなって行った。

 だが、桜はそんなやり取りを気にしてはいない。



「さあ、山田さん、その“完璧”な感想文を掲示板に貼りに行きましょう。これで犯人はわからずとも、貴方が恥を晒す事はありませんわ」



 桜の促しに山田は素直に従い、矢崎を置いて教室を出て行った。



「チッ……」



 取り残された矢崎が舌打ちして分の悪さを悔しがったが、ふと落とした視線の先にあるゴミ箱が目に留まる。





 山のようなゴミの中から丸められた原稿を拾いあげ、カサカサと広げてからほくそ笑んだ。




「(フフフ……。そうはいかないぜ……僕が簡単に生徒会長の座を譲るとでも思ったか!)」




 矢崎は自身の勝ちを確信し、不敵な、いやかなり気味の悪い笑みを浮かべるのであった。





 山田が恥を晒されたのはその翌日の事だった。



「なんですってぇ!!私の感想文のどこに手落ちがあったというの?暴走ラブの主人公にもヒロインにも完全に感情移入して、涙まで流して読んだ私が書いた感想文は完璧なハズよ!」



 もちろん、そう荒れるのは桜であったが、麻衣子と美紗は別の感想を持っていた。



「(泣いたんか!)」



 二人は荒れる桜を慰めながらもどこかで軽蔑し、なんとか法花鏡高まで連れてくる事が出来た。

 しかし教室に入り驚いた。それは教室中に貼られた山田の恥ずかしい写真のせいだ。


 犬の糞を踏みつける山田。

 バナナの皮で滑る山田。

 側溝に落ちる山田……。



「悲惨だわ」



 さすがに美紗も同情を隠しきれない。

 当人は机に突っ伏し泣いていたが、しばらくすると立ち上がり一言。




「ぼ、僕……こんな妨害に負けないぞ!」



 そんな健気な山田の姿を見た教室からは「がんばれよ!」とか「まけるな!」と声援が上がる。


 桜は腑に落ちない。それはそうだ。桜の感想文が不合格の判定をもらったからだ。

 これには桜の自尊心もかなり傷つけられた。

 役に立たない桜を見かねて、麻衣子が山田に尋ねる。



「犯人からの手紙を……」



 美紗がその手紙を山田から受け取ると声に出して読んだ。




 山田に告ぐ。


 私は暴走ラブの感想を非常に楽しみにしていた。

 苦難を乗り越え実りそうになった恋。

 しかしあまりに……あまりにも悲劇的な結末に、私は涙を隠せない。

 素晴らしい物語である。そしてこれは私からキミへの心からの贈り物だった。

 ……にも関わらずだ。

 キミはその本の感想を他人に任せるというあまりにも酷い仕打ちで返してきた。

 恩を仇で返す貴様には未来はない!


 よってここに罰を与える。滅せよ!



 これを読んで美紗が桜に声を掛ける。




「バレただけだってよ」



 理由を聞いて桜がどうにか立ち直り、すぐさま金森を睨む。



「ち、ち、ち、ちがうよ……僕じゃないってば……信じて……」



 金森が留守番を任されたチワワのような目だ。



「やあ!残念だったね!君たちは頑張った!うん!頑張った!……だけど、ダメだったんだ。それだけの事さ」



 呑気に矢崎が言うが、美紗が足で床をドンとすると、すぐに静かになった。


 俯いていた桜がゴミ箱の異変に気が付いた。

 その違和感が散りばめられた謎を急速に結び付けて行く。

 顔を上げ、眼鏡の位置を直すと縁がキラリと光る!





「犯人がわかりました」





 全員が桜を見る。


 桜の眼鏡から放たれる鋭い光は、奥にある瞳から発せられる漲る自信に裏打ちされたものだ。

 組んでいた腕の片手を眼鏡に当てゆっくりと桜が歩き出し、そして説明を始めた。



「一つずつ紐解いて行きましょう。まず、犯行時刻についてです」




 そこまで言って、桜がピタリと止まり、踵を返して再び歩き出した。





 教室がシンと静まりかえる。



「犯行は山田さんの机に本が置かれていた早朝。正確に言えば、五時四十分から鐘を突き始める五時五十分の間」



 この桜の言葉に矢崎が反論する。



「ちょっと待った!それは前にも言ったと思うんだけどね、」



 だが、桜はそれ以上は矢崎に喋らせず、自ら答えた。



「そうです。矢崎さんのおっしゃった放課後。それはあり得ません」

「な、何を証拠に!」

「ふっ……矢崎さん、貴方、生徒会長失格ですわね。証拠ならここにあります!」



 桜が“暴走ラブ”を矢崎に突き付ける。



「桜さん、僕に暴走ラブしないでくださいよ」

「だれがするかっ!いいから見ろっつってんだよ!」



 オドオドと矢崎が本を手にとり眺めるが、桜の言いたい事が全くわからない。



「あの……全然、まったく、これっぽっちも」

「わかりませんの?その本の帯を見て下さい。波打ってますよね」


「は?はあ……それがなにか?」

「濡れた雑巾で机を拭き、乾く前に置かれた証拠です」




「なっ!?」



 桜が話を続けた。



「五時半すぎに雑巾がけ。それから鐘突きが始まる。犯人は留守になった教室で犯行に及んだのです!

ところがここで重大なミスを犯しました。

あまりにも早くに机の上に置いたために、雑巾で濡れた机は未だ乾いていなかったのです!」



 桜が指をビシッと矢崎に突き付ける。矢崎はその迫力に押されジリジリと後退する。

 しかし桜はクルリと翻り金森の方へと歩き出し、金森の手にあった出欠表を奪い取ってパンパンと叩く。



「鐘突きの間は教室には戻れません。そしてサボる事もできません。麻衣子くん、アレを」



 麻衣子がプリントアウトされたログを桜に渡す。



「昨夜の某掲示板に書かれたものです。これはおたくの学校の情報交換裏サイト。ここにこう書かれていますわ。


“代打ちは退学だ”と


 つまり、犯行時刻は雑巾がけ直後だという事を立証する証拠です」



 教室が俄かにざわつく。桜の体から漲るオーラに男子生徒達は完全に呑み込まれていた。





「さて……このログにはもう一つ重要な情報が隠されています。

“教室に私達の香りが残ってる”と書いた人物。それは……」



 桜がビシッと指先を向ける。



「山田さん!あなたですね?」



 驚いたのは山田だ。



「え?ど、どうして?」

「金森さんはこう言いました。“今朝は五時四十分前に登校し、山田さんがいた”と」

「……た、たしかにそうだけど」

「ここは男子校です。“彼女達”は私達以外にいません。……つまり、このログの情報はこの教室の状況を書いたもの。恐らく携帯電話で書き込んだのでしょう。そして書き込まれた時間である五時三十二分に、この教室にいたのは……山田さん。あなたしかいません!」



 的確な推理に山田の顔は今にも泣きそうになる。



「で、で、でも、それが事件と関係あるの……?」

「ありますっ!」



 桜が叫び、そして微笑む。




「この掲示板は匿名ですが、書き込みの後ろにあるIDは書き込んだ人物が同一なのか判断する事ができます。

“Lon97BB”これは山田さんのIDという事になりますね?

“Lon97BB”は、他にも書き込みを行っています。

“俺の首絞めてほしー”これは、山田さんはMだと言う証拠……え!?」



 思わず勢いで喋ってしまった桜が、顔を赤らめる。

 その様子に男子生徒達が見とれてボーっと眺めている。



「コホン……いえ、“眼鏡”こと、私が首を絞めたのは金森さんです。それを見ていたのは矢崎さんと山田さんだけ」

「確かに、桜、今日も金森の首しめてたね」



 矢崎がつい口を滑らすと、桜はギロリと睨んだ。



「……桜?」

「……桜さんでした」



 教室の静けさはさらに暗さまで運んできているようだ。



「もっと大事な事があります。この書き込みを見て下さい」



 桜がプリントのある一文を指さす。





「“山田はありえんww”

 山田さんが山田さんを否定しているのです。これがどういう事かわかりますか?」



 麻衣子が間髪入れずに答える。



「自作自演……」



 その麻衣子に向かって桜が指をパチンと鳴らす。



「その通り!」




 教室からは「おお……」とか「うそだろ……」とかヒソヒソと声が聞こえてくる。




「皆さん、この教室にある“かわいらしい”写真を見て下さい」




 桜のその声に矢崎が反応した。



「そう……恥ずかしい写真ではなく、かわいらしい写真です。山田さんの恥というのはこの程度のものだと訴えているのです」

「な、なんだと……つまり、山田は自ら恥を晒しながらも、決定打にはならない微妙なレベルの物だけを晒したというのか……何のために?」



 矢崎の問いかけに桜ではなく美紗が答える。



「ネガティブキャンペーンってのはさ、中途半端じゃ逆効果なんだよ。ハンパなやつだと、“同情”されちまうんだよな」



 桜がニヤリと微笑んだ。





「矢崎さんと山田さんは、現在選挙活動中でございましたわね」

「ああ、そうだけど……」

「山田さんは……同情票を狙ったのです!」



 教室中の視線が山田に集中する。しかし山田はさっきまで見せていた泣きそうな顔ではなく、なぜかドヤ顔に。

 変わり身の早さよりも、変り様に桜は不審を募らせる。



「山田さん、なぜか自信に満ち溢れておりますわね……」



 さすがの桜も、この山田の表情には迷いがでそうになった。



「そうだね。桜さん、いいとこまで行ったんだけどさあ……全部、状況証拠なんだよねぇ……」



 先ほどまでのトロい山田からは想像の出来ない口調で言うが、山田の言う事は尤もであった。

 桜はしばらくは山田を泳がせようとしているのか、口を閉ざしている。

 変わりに声を荒げたのは矢崎だった。



「山田くん!ここまで来てしらばっくれるのかい!?」



 だが山田は今度は矢崎を睨む。その目は悪魔のように怖い。……が、顔が丸いので全体的にはあまり恐くはない。




「フン!疑いだけで捕まったら、この世界、ドロボーだらけだぜ!」

「クっ……!」



 口惜しそうにする矢崎。だが、ここで満を持して桜が最後の推理を突き付けた。



「山田さん、犯人はもう一つ大きなミスを犯していますのよ」



 あくまで冷静な桜の目は、山田を突き刺すほど鋭い。



「な!?」



 山田の表情が一変し、額に汗が滲んでくる。山田の焦りを察知した桜は口元を緩めて微笑む。



「ふふ……矢崎さん、この学校、床や机は毎日磨いていらっしゃるようですけど……ゴミはいつ捨ててらっしゃるのかしら?」

「ご、ゴミ?……ああ、毎週金曜日だったかな?」

「そうですね。ですからそれまでゴミ箱のゴミは捨てられていないという事になります。


つまり……


昨日、山田さんが自分で書いた駄目作感想文も勿論、そこにあるハズですよね?」



 桜に指摘され、矢崎がビクッとする。そのゴミ箱から原稿を拾い上げたのは矢崎だったからだ。




「金森さん、拾って下さる?」

「え?なんで僕が?」



 金森の反応に美紗が床をドンと踏みつけ怒鳴る。



「おらぁ!てめえ乙女にゴミ拾わせんのかよっ!」

「いえ、はい。只今。すぐに僕が拾わせて頂きます……」





***




「ありません!……ないですよ」



 ゴミまみれになった金森が眼鏡を輝かせながら答えた。



「聖華麗高ゴミ出し係の私を見くびってもらっては困ります。ゴミ箱の異変には人一倍厳しいのですわ。さらに言わせて貰えば、そのゴミ原稿が今、どこにあるのかも知っています」

「知ってたんなら、探させないで下さいよーっ!」



 桜は金森のブーイングを完全に無視し、命令する。



「金森さん!!今すぐに掲示板の所に行き、貼ってある感想文を持ってきて下さい!」

「また僕……?」

「おらぁ!さっさといけっ!」



 しばらくすると、金森が泣きべそかきながら、くしゃくしゃになった感想文を持って帰ってきた。



 それは、感想文とは到底呼ぶことのできない酷い文章であり、山田が自分で書いたもの……つまり、昨日桜に捨てられたものであった。

 それでも山田は抵抗をやめなかった。



「そ、それが何の証拠なんだよ!」

「山田さん、犯人からの手紙をもう一度思い出してみてください。そこにこの出来損ないの感想文が重大な物的証拠だという理由が書かれておられます」



 山田の表情がぽかんとなり、次第に汗が大量に流れてきた。



「そうです。犯人は“他人に書かせた”と指摘しているにも関わらず、実際には本人が書いたものが貼りだされていたのです!」



 それは犯人が、掲示板に貼りだされた感想文が桜の書いたものだと言う事を知っていて、尚且つ、掲示板に貼ったという事まで知っているという事だ。ところがここで犯人は大きな誤算をしてしまった。



 教室に取り残された矢崎が、山田を失墜させようとあえて酷い文章でかかれた感想文にこっそりと貼りかえてしまったのだ。

 矢崎がした事は結果として犯人を追いつめる事になった。



 山田の目が回り始める。

 虚ろになる表情で、最後の抵抗を心みた。



「か、か、か……金森……かもしれないじゃん……」



 確かに、今までの桜の説明では山田の動機こそ暴かれたが、金森が犯人ではないという証拠がない。

 しかし、桜は笑って答える。



「ふふ……金森さんは生徒会“書記”なのですよ。出欠表を記録する彼は、鐘突きに真っ先に行かなくてはならないのです。つまり、彼に教室にギリギリまで残って、他人目に触れずに暴走ラブを置くことは出来ません」



 桜が金森の潔白を証明すると、山田は椅子からズルズルと滑り落ち床に倒れた。



「山田さん」





 桜は振り向きざまにピンと伸ばした指を山田に向け放った。








「犯人は……あなたです!」







 ここに聖華麗高探偵同好会の完全勝利が確定した。









--パシャ






 その時だった、倒れたハズの山田が携帯で桜達のスカートの中を撮影した!!

 そしてその姿からは想像もできない程の身の軽さで風のように逃げ去る。



 桜が叫ぶ!




「追えっ!矢崎!貴方の未来はこの先にあるっ!」




 すると矢崎は「うぉーっ!」と気勢を上げて山田を追いかけた。






***





「そういう趣味か……」

「これは最悪の恥晒しだな」

「曲りなりにも仏の教えを乞う身でありながら、なんと破廉恥な」




 桜達に囲まれた山田が、縄で縛られ床にペタンと座らせられている。

 矢崎と生徒会一同で捕まえた山田の鞄から、桜達の写真が溢れ出てきた。それどころか聖華麗の体育の授業風景や下校の風景の写真まである。



「山田くんは、確かに悪いが……このような生徒を生み出してしまった責任は僕にもある。心からお詫びしたい」



 珍しく意気消沈している矢崎に、桜が微笑む。





「お互い、大変ですわね」

「いや、“書記”と一緒にしないでいただきたい」




 和やかなムードが矢崎の一言で一気に崩れ去る。








~エピソード~




 事件を見事に解決した桜達だったが、一つどうしても腑に落ちない事があった。

 今回のキーアイテムである“暴走ラブ”についてだった。



「あの本、新品のようにキレイだったのよね……」



 横を歩く麻衣子が答える。



「あの本の著者……法花鏡高出身……」



 ボソっと呟く麻衣子の言葉を桜は疑う



「うそ?では、法花鏡と聖花連が本当にモデルだったいう事なのですね!?」

「そう。それで著者の本名は山田宗雄……」



 麻衣子の情報収集力は桜も一目を置くレベルだ。

 そこまで聞いて、桜はピンときた。



「もしかして、あの山田さんの……お父様?」

「そこまではわからない……だけど、そうかもしれない……」



 桜の推理が電流のように頭を駆け巡り、答えを導き出す。







「つまり、返品が有り余っているということね」





 それもそうだと桜は思い、全ての謎が解決した事で晴れて気持ちが軽くなったが、校門で同性に囲まれている美紗を見つけて、一つため息をつき、空を見上げて「男女共学……か」としみじみと呟いたのだった。








おわり

ありがとうございました。

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