薩摩二
薩摩の空は今日も晴天
泣き止まぬ蝉時雨
こちらに迫る入道雲
変わりゆく季節の中
人々の活気が陽炎をつくる
そんな日々の続く
それは夏の日のこと
※※※※※※※※
それは天気の良い日だったように思えます。
兄はお武家様の家に婿入りしていました。
しかし、時たま思い出したように神崎家に顔出すものでした。
「______母上っ!ただいま戻りました。」
「あら龍。お帰りなさい。兄上が顔を出していますよ。会いにいって......
「本当ですかっ、ありがとうございます。」
「あらあら。気の短い子なこと。お茶菓子でも持って行きましょうね。」
その日も私は道場から帰ると、兄が来ていると母から教えてもらい、私は喜んですぐに兄に会いに行きました。
____________タタッタタタッ.......パサッ____________
「兄上っ、ここにいらっしゃったのですか。母上からいらっしゃったって教えていただいたんですよ。」
久しぶりに見た兄は少し憔悴していたようでした。
いつもその顔に浮かぶ精悍で優しい笑みはなく
その広い背中が心なしか小さく見えました。
ぼぅっと庭先を眺めていたようで、振り向いた顔は
顔色が悪く、微笑んでこちらを見ているのにどことなく違和感があって、
何よりその瞳が私を見ているのに見ていなかったのです。
「兄上.....どうかなさりましたか。」
「.......ん、何でもないよ。久しぶりだね、龍。元気にしていたかい。前見た時より大人びたかな。」
「私は充分に大人です。元服も致しましたのに。」
「おぉ、そうだったなぁ。あんなに小さかった龍が元服したのだった。変わらなさすぎて忘れていた。」
「兄上おっしゃっていることが矛盾されていますっ」
不安に思ってもう一回顔を覗き込み声をかけると兄の目に光が戻り、一瞬にしていつもの兄に戻っていました。
あまりに一瞬だったので単純な私は首を捻っただけでした。
幼い頃と変わらずお茶らけて見せる兄を見て私も安心していつものように接していたのです。
それは歯車が狂った為に見えた違和感だったとは気づかずに.......
「兄上、今日は昼餉まで済まされて帰られるのですよね。じっくりとお話をしてください。」
「そうだね、龍たちの婚礼ももうすぐだしね。仲良くしているかい。」
「仲良くは.....まぁ..........」
「照れるなよ。また、まさか喧嘩でもしたのかい。」
母が差し入れてくれた茶を啜りつつ
兄上とたわいのない話をしました。
その中でも話題になるのは
私と許嫁の婚姻の式についてでした
幼い頃から決まっていた許嫁でしたが
ようやくお互い一人前になり
長い長い許嫁の期間を経て
次の冬の良き日に夫婦となることが決まっていました
なんだかんだと互いに言いながらも
幼い頃から慕う人と家庭を築けることにとても幸せでした
兄はそんな私をみて微笑ましく思っているようで
私たちが上手く行くように気を使ってくれるのでした。
「その......婚姻の宴に招待する人について少し......」
「あぁ、どうせ道場の奴ら(あいつら)を呼ぶか呼ばないかだろう。」
「はい.....私は是非招待したいのですが」
「あいつのことだ、騒がしいのは不愉快とでも言ったのだろう。」
「まぁ、そんな所です。さすが兄上、何でもお見通しですか.....」
「ははははっ。私に隠し事でも出来ると思ったのかい。
「.........はぁ、無理ですね....」
「まぁまぁ、落ち込まないで、私からも説得してみるから。」
「本当ですかっ、ありがとうございます。彼奴ら根はいい奴なんでっ。」
「それは私もあの子もよく知っているよ。きっと恥ずかしいのさ。」
許婚は天邪鬼だから.....
そう言って笑う兄上を見て私は安心した
私といい、許婚といい昔から兄上の笑顔には敵わない
きっと説得は成功するだろうと確信しかしなかった
道場の奴らもきっと喜ぶ
あの太陽のようなたくさんの笑顔を思い出して
心の中がほっこりとするとともに
幼い頃から一緒の奴らに自分達の婚姻を見届けられると思うと
確かに甘酸っぱいような気恥ずかしい気がした
兄上と話し込んでいる内に昼餉の時間となり
母上が昼餉を運んで来てくださった。
父上も休憩しに帰って来ていらっしゃり
久しぶりに家族四人での食事を楽しんだ
蝉時雨も止み、夕日が沈む頃
その夕陽を大きな背に追うようにして兄上は帰っていかれた
その背中があまりにも大きくて
それでいてどこか切なくて
私はなんとも言い難い
お腹の底からじわじわとやってくる感情を押し殺しながら
家に入り、襖を後ろ手で閉めたのだった
※※※※※※※※
夏が終わり、秋が過ぎようとし
南の薩摩にも冬の香りが漂いはじめた
薩摩の秋は短い
じりじりとした暑さが長く続くのだ
人々は今年もいつの間にか
冬が差し迫って来たことに驚き
襟を立てつつ早足で歩き去る
そんな中、神崎家はどこか浮ついた空気で忙しそうにしていた
その様子を近所の人たちも微笑ましく眺めるのだった
婚姻の宴の日まで残りわずか
そして
龍の運命が動く日は目前に迫っていたのだった