薩摩 一
人の道とは複雑なようで
単純なものなのだろう
皆行くはずのない人生を通り
振り返っては哀しみ嘆く
なんとも数奇な運命でございます
変われるもなら変わりたい
そう思える日々すら忘れてしまいました
同情はご遠慮いたします
だって
同情が私に何を与えるのでしょうか
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生まれ故郷の薩摩はご存知の通り南国
暑くて日がな一日太陽が照りつけていた
その上、桜島が火を吹いて
灰の降らぬ日はなかった
灰が舞い上がる道を目をこすりつつ歩く帰り道
その横をはしゃぎながらすり抜ける幼子
欠伸をしながら通る早馬
威勢のいい客引きの声
木刀を肩に担いだ青年たちの笑い声
変わらぬ平和な日常に満足して
また歩を進める
そんな毎日だった
父と母そして兄の四人での生活
兄とは五つ違いだった
両親は薩摩で指折りの商家を営んでいた
呉服が主だったが
琉球から手に入れた商品も並ぶ貿易商で
なかなか繁盛していた
そのため、生活は豊かで
飢えたことも、凍えたこともなかった
毎日、兄と二人で寺子屋に行き
地域の子供で集まって
剣術や水術、兵術といったものを学んだ
年長者から教わり
年少者に教え
互いに助け合い、鎬を削った
とりわけ剣術は
代々父の一族が道場を開いていたために
歩けるようになったら剣をもたされ
その日から一日と怠ることなく
道場主である父にしごかれていた
寝る時も枕元に木刀を
免許皆伝したら真剣を置くほどだった
その為だろうか
寺子屋でも兄に次いで二番手だった
その上、馬術が好きで
暇があれば
馬に乗って砂浜を駆けずりまわった
何時の間にか
馬術は兄をも抜いていたのだった
有力商家だったため
生まれついた時から許嫁がいた
許嫁とは家同士が仲が良かったので
幼馴染でもあった
許嫁は情熱的で天邪鬼な性格で
しかしふとした瞬間に優しさが見え
武術のかなりの使い手であり
その博識さでは
寺子屋で右に出るものはなかった
喧嘩もした
絶縁状態になったこともあった
一緒に馬駆けに行った
同じ釜の飯も食べた
天邪鬼な性格もあったためか
思いを伝え合うことは少なかったが
お互い相思相愛だった
それは平和な日々だった
父がいて、母がいて、兄がいて、許嫁がいて
皆で笑い、
皆で手合わせをして、
皆で食事を取り、
手を取り合って生きていた
唯一の思い出
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それを見守るように
桜島が大きく今日も噴煙をあげるのだ
ああ、幸せな
薩摩の国の
幼子は桜島を見上げて育ち
青年は桜島を見据えて励む
大人は桜島を支えに今日も生きている
変わらぬのは桜島
変わりゆく人を見つ見つ
今日も煙を上げる
切なかろう 面白かろう 人ゆうもんは