誕生
時は幕末。いや、後に幕末と呼ばれる時代に差し掛かったところだろうか。
浦賀に黒船が来航し、そして去っていった。
日本は、米国に開国を迫られ、下田・函館の二港を開港することにあいなった。
後にいう、鎖国の終幕である。
この鎖国の終幕より、日本は混乱期、後にいう幕末の時代が幕をあける。
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それから、十年ほど遡った頃・・・・
ある薩摩の武士の家に、一人の女の子が誕生した。
末に生まれた姫だということで、その誕生はそれはそれは血縁を問わず歓迎された。
その女子の一族は大変喜んで、三日三晩の宴を行った。
生まれた赤子は、代わる代わるいろいろな腕に抱かれ、それでいて、泣くことも なく幸せそうに静かに眠っているのだった。
そんな、赤子を見て、周りの者は幸せそうに笑い合いその子の将来を語り合うのだった。
その三日、その屋敷にはとても夜遅くまで明かりが灯り、笑い声が耐えず聞こえていたのだった。
その声を聞き、近所からもお祝いを告げる人々が多いにやってきて、更に笑い声が響きあった。
幸せがまるで、いつまでもいつまでも、続くような気が一家からは漂っていた。
それは、薩摩の国には珍しい白い雪の多い、寒い冬の日のことであった。
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やがて両親や兄の大きな愛情を受けて、その赤子はすくすくと健やかに育っていった。
ときには、悪戯をし、叱られて泣いてしまったり、転んですり傷をつくったりもした。
武術を学ぶことを好み、女子として、はしたないと罵詈雑言を吐かれたこともある。
けれども、どんなことがあったとしても、彼女は決してめげずに、笑顔を絶やさなかった。
月日は人々が思うよりずっと早く流れ、小さな赤子は少しおませな少女になり、少女は芯のある少し色気のある女になっていった。
彼女の周りはすこし変わることはあれども、毎日つつがなく、彼女は目一杯の幸せな日々を送っていた。
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しかし、その幸せは、誰もが永遠に続くと信じていた幸せは、ある日突然、儚く消え去った。。
その日から、彼女は激しい時代の渦へと、心に深い闇を持って、自ら飛び込み、巻き込まれて行くのである。
彼女の消息を知るものは 、薩摩には、もう一人もいない。
ただ薩摩人が知るのは、彼女とその家族の優しい笑顔と、真摯で真っ直ぐな瞳だけである。
時は幕末。
薩摩の地から後の豪傑たちが旅立とうとしていた。
その豪傑達よりも一足早く薩摩をたった、女傑。
名を神崎龍。
その細い背中に背負ったものを下ろしたと共に、表舞台から姿を消した、一人の女の話である。