ルミ
俺達の今度のターゲットは今井川ルミという十八の小娘だ。
ただし、今回のミッションは殺しではない。
保護だ。
つまり、ボディガード。
畑違いの仕事だが、封筒の文面を見れば非常に割のいい仕事、つまりおいしい仕事だと分かった。
ボディガードの期間は六か月。
なぜ六ヵ月間かは不明だが、その間保護すれば眼の飛び出るほどの報酬が入る。
とりあえずは,いつも通りに今井川ルミを調べた。
調べて驚いたのはこの今井川は、十八という若さで白蛇光宗教法人の教祖という事だった。
今、巷ではこの宗教がもてはやされている。
新聞、週刊誌や、テレビ、ラヂオに出ずっぱりという小娘らしい。
俺も、ジャックも世の中の出来事に疎いというか、関心が薄いから今はじめて知ったと言う訳だ。
俺達の事務所には一台の埃のかぶったテレビがある。
地デジ対応の最新式3Dテレビだが俺もジャックもこのテレビを付けたことがない。
どちらかと言えばラジオを聞く方が多い。
テレビは目に悪い。特に俺達にとっては視力は命だ。
新聞の番組欄で今井川ルミが出るという番組を調べた。
ほとんど毎週、テレビの出演者欄にはこのルミと言う名前が入っている。
どのチャンネルを回そうがルミの顔を拝めるわけだ。
依頼の封筒の中にはルミの写真があったが、静止画よりも表情のある顔を見たかった。
トレードマークの白いレース付きの布を頭から被り、額を半分隠している。
二重の目はクッキリと大きく、瞳も調和のとれた大きさで魅力的だ。
目尻がわずかに吊り上がりぎみだが、それが聡明で思慮深く理知的に見える。
段差のない形のいい鼻筋や、ふっくらとした弾力のある唇、話す時の顔の表情一つ一つが生き生きと輝いている。
まったく感心するぐらいの美しさだ。
「奇跡を起こせるという事だがホントかな」
ジャックは呟くように言った。
「奇跡等この世にあるわけがない。あるとしたら、単なる偶然さ」
俺はジャックにそう言ってやった。
奇跡を認めれば神の存在を半ば認めたことになる。
神の存在を認めるのは俺の信条に反している。
「だが、このルミは何人もの病人を直している。
不治の病を持った者や、医者から見捨てられた患者、長年原因不明だった
病状を即その場で直したという事だ。証人が何人もいるらしい」
「俺は信用しない」
きっぱりと俺は言い切った。
ジャックはそんな俺に苦笑しながら言った。
「しかし、美人だな」
その意見には俺も同感だ。
美人だけではない。頭の回転もいい。
今見ているテレビはバラエティ番組らしいが、漫才出身の司会者がルミを次元の低い笑いに誘い込もうとしている。
が、ルミはそれには乗らない。話をうまく逸らし自分達の教団の教えを披露する方向に持っていく。
「若いのに雄弁で弁舌さわやか、しかも気の利いた品のあるジョークを折り込み聴衆を引き込んでいく。
単なるお飾り的なマスコットではない事がよく分かった。教祖の素質は十分にありだな」
確かにジャックの言うとおりだ。
ルミに関して言えば裏表がない人間に見える。
しかし
こういう得体のしれない宗教組織は、とかく裏で操っている集団や人物がいるものだ。
ねずみ講まがいの組織や暴力団まがいの組織が牛耳っている事もある。
俺達が調べたところでは、この白蛇光教団は純粋な信仰団体のようだ。
信者からお金を巻き上げるような事はなく、いわゆる坊さんに渡すお布施と言う名目で幾らでもいいという事らしい。
面白いのは、信者が払ったお金に関してこの団体は領収書を発行しているという事だ。
税務署が泣いて喜ぶ明朗会計を実行しているらしい。
お布施は気持ちだけだから、信者の中には数円のみ払うだけの者もいるし、また数百万円、数千万払う
信者もいるようだ。
多額の献金をする者は何かこの宗教から見えない恩恵を受けているのだろう。
だが、お金の多少にかかわらず、この教祖は分け隔てなく平等に信者と接する。
これが大うけしているのかもしれない。
もうひとつ、
この宗教に関して信者とのトラブルは皆無だ。
全ての信者がこの若い美人の教祖に忠実らしい。
この信仰団体のモットーは犠牲的精神だという。
病める者、貧しき者、悩み多き者を救う事により自分が救われるという事らしい。
集まったお金は全て、食べることに事欠く者への炊き出しや、ボランティア活動の為の資金に
使われている。
だからこの教団が蓄え持つ財産はほとんど無いに等しい。
たった一つあるといえばこの教団の本部の土地と建物だ。
土地と言っても水道やガス、電気も通っていない僻地の場所。そして建物は信者の善意によって建てられた
木造の小屋のようなものだ。
二束三文にもならない財産と言っていいだろう。
だから、疑問がわいてくる。
信者の善意だけで持っているようなこの清貧な教団がなぜボディガードを必要としているのか、
誰から守るのか
そしてボディガードの対価の高額なお金をこの教団はどうやって払うつもりか?